#深夜の真剣物書き120分一本勝負 参加作品 企画アカウント様(@two_hour_write)
・お題:地図、トマト、携帯デバイス ジャンル:オリジナル
・「曖昧線」(http://privatter.net/p/288404)の続きですが、単体で読めます。多分
@huyutoya
カチ、と短く弾くような音が、ミドリさんの手元からする。
ミドリさんは小さな機械に指を当て、時折難しい顔をしながら端末をいじっている。
「ミドリさん、ミドリさん」
「はいはい」
返事がおざなりだ。
「何を見てるんだい?」
「地図」
わあ、すっごい、おざなりだ。
これは暫く相手をして貰えなそうだと判断して、僕は大人しく紙上に戻る。
ミドリさんが今日くれたのは、柔らかな封筒とそれに描かれた真っ直ぐな切り取り線だ。ふんわり足をとる感触と、真っ直ぐどこまでも伸びるような線の対比が心地よい。
普段はてくてく、のんびり歩く僕だけど、今回は少しばかり背筋を伸ばし、しゃかしゃか歩きたくなった。
「……キリトリさんさ」
「ん、何だいミドリさん」
ぴんと伸ばす角度を測っている所にミドリさんから声が掛かる。嬉しくてすぐに返事した。
が、今度はミドリさんの答えがない。大人しく待つ。
やがて、端末から視線を動かさないまま、ミドリさんは言った。
「トマト畑、歩ける?」
「えっ」
えっ。
えっと。答えに窮した僕を後目に、やはりミドリさんは難しい顔でぴしりと画面を弾いた。
僕とミドリさんは、たぶん友達だ。
紙の文字や文章を伝って歩く、『僕』という種族と、その文章を作り書いている、人という種族。
偶然にも僕が見えた黒髪の女性に好きなように呼んで欲しいと言ったら、『キリトリさん』との呼び名を頂いた。僕としてはこう、優雅にじゃーにー(前に歩いた本の中にそういう表現があった)とか、タビビトとか、そんな感じになるかと思ったらそうでもなかった。あ、いや、それはどうでもいい。
代わりに僕は、『ミドリさん』とその女性を呼ばせてもらっている。
初めて出会った時、彼女が使っていたハサミの持ち手が、ミドリという色だったから。
ミドリさんは、僕の同族に会うのは僕が初めてだったらしい。僕も、僕が見える人に会ったのはミドリさんが初めてだ。
紙上やパソコンの上で同族とすれ違うのとは違う、僕らからしたらとても大きな彼女と話すのは楽しくて、以来ちょくちょく遊びに来ている。
「最近、誤字脱字が増えたんだよね。私じゃなくて、私の周りで」
そうじっとりとした目で見下ろされたのは記憶に新しい。
……その、僕らはあの、決して害を成そうとかそういうのではなくて、あの、僕は大体は切り取り線の上を歩いているのだけど、インクや文字を食べることもあって、あの。
歩いてくる間に、ついついおいしそうなものには手を出してしまうのです。
ふぉあああマント掴まないで揺らさないでええええ!
結局ミドリさんは「まあいいけど」と寛大にも許してくれた。
それでもって僕は、今もミドリさんの所にやって来ている。ミドリさんの奏でる切り取りの音が、素敵で。時々生産される手書きの文字や、かたかた小気味よい音と共に紡がれる電子画面の文章が優しくて。
名のない僕らから『僕』を呼ぶ『キリトリさん』の響きを、僕はけっこう愛しているのだ。
そんなわけで、僕はミドリさんのことを友達だと思っているわけだけど。
「と、トマト……?」
「トマト畑」
ミドリさんは時々、突飛なことを言う。
これが人と僕らの種族の違い故か、それともミドリさんの性質故かは未だに分からない。けれど恐らく後者だろうと思っている。ちなみにミドリさん自身に言うとまたマントを掴まれそうなので言ったことはない。
「えっと、僕は旅人だけど、基本的には切り取り線の上、大きく分類すれば文字や文章のある所でないと」
「それは散々聞いた」
「う、うん、だからその、トマトが何かはきちんと見たことないけれど、畑と言うからには紙の上にはないものなのだろう?
だからちょっと、たぶん、無理だと思うよ」
「うん。いや、地図の上は駄目かなって」
「へあ」
「変な声」
へにゃっとミドリさんは笑って、ペットボトルの蓋にお代わりのお茶を入れてくれた。
あ、どうも。
いそいそと蓋の所に戻って口をつける。このお茶というものはなかなかおいしい。おなかはふくれないが。
「ちょっと課題で農作物の画像漁ってたら、トマトって結構規則正しい配置してるなって思って」
ミドリさんは手元の端末を二、三度叩いて、僕の方に見せた。
「何だか切り取り線みたいじゃない?」
端末に映っている画像は、ミドリの茎とアカい実が綺麗に並んでいた。
なるほど、これがトマト。どうも甘いとか青臭いとか、色んな表現がされていた野菜がこれらしい。
「そういえばキリトリさんて、画像はどうなの? 『線』が歩けるなら『絵』もいけそうな気がするんだけど」
「うーん、それは……僕らは、文字を伝うから」
その中でも僕は、切り取り線の上を好む。手書きでも電子画面でも印刷物でも構わない。
僕らの中には電子がいい奴もいれば、手書きがいいのも、拘りなんて全くなかったり、とにかくおいしければいいやという奴、色々いるのだ。
原理は知らない。
ただ、僕らはそういうものだ。
そして、今回ミドリさんが見せたものの上は、伝えなさそうな気がしてる。文章の中に絵があるのなら、そこをちょっと齧ったりはするのだけれど。
「ふぅん」
「うん、せっかくの期待に添えなくて申し訳ない」
「大げさ」
ちょい、とミドリさんは細い指で僕をつつく。
この感覚も、歩いている時には味わえない、奇妙な感覚だ。
「じゃ、地図は?」
「地図」
切り取り線のある地図、あっただろうか。僕はミドリさんと出会うまで、切り取り線がないものは殆ど伝ってこなかったのだ。
うんうん唸る僕の前に、ミドリさんは本棚から本を一冊、広げて見せた。
「こういうの」
四角で区切られた升目が、とりどりの色の上に広がっていた。
「あとこういうの」
さっきの端末を操作して、今度は白っぽい背景にふるふる震える丸が乗っている。恐る恐るそれに足を下ろしてみたら、ぴんっと音がして僕はぴひゃっと声を上げた。
ミドリさんは気にすることなく、今度は丸が映らない画面に変えた。畑、とシンプルな文字が躍っている。
「これが、地図かい?」
「そう。地図」
本の方を見つめる。うん、この線の上は、面白く歩けそうだ。
「こっちは、歩けそうだよ」
何気なく進もうとして、直前で危うく足を止める。
「あ、あの、このまま歩いたら、もしかしたらその、文字を」
「……あ、そっか」
忘れてたと言わんばかりのミドリさん。
つい先日、僕を揺すったことを忘れたというのかい!?
「いいよ。それ使ってないし、食べても」
「そ、そうかい?」
ミドリさんがいいのならいいんだ。
ゆっくり、ミドリさんが重ねてくれた紙の角から、地図へと沈む。本当は重ねなくても多少の距離は大丈夫なのだけど、ミドリさんが重ねてくれる音が僕は好きなので、ありがたく歩く。
線を、足に。
地図の中は、今までにないほど、色に溢れていた。
といっても色の種類自体は、ミドリさんと話している空間の方がよっぽど多いのだけれど。
細いマスの上を、伝う。歩く。
なるほど、僕が理解できる情報とは違うけれど、文章とは違う形で情報が詰まっているらしい。
この線はとても細くて、けれどしっかり区切りをつけていて、なのに情報の邪魔をしていない。ああ、道だ。
ことりと音がして、ミドリさんの方を見遣ると、トマトの乗った皿がテーブルの上に置かれていた。
「ちょっとめくるよ」
「うん、どうぞ」
ぺらりぺらり、めくられた先へ僕は潜る。
「ここら辺、トマト畑があるの」
まあ正確には温室っていうか。
小さくミドリさんは呟く。升目の下、随分と拡大されて細かくなった地図がある。
「はい、トマト」
言って差し出した端末には、トマトがたわわに実っていた。
スタンドに固定されているおかげで、僕のいる地図にずっと向いている。
「せっかくだし、一緒に食べよっか」
ミドリさんは、ナイフでさくりとトマトを両断した。
ミドリの茎。ミドリのヘタ。アカの実。
端末に映る絵と、ミドリさんの口に運ばれる実を思い浮かべながら、線の先にある地図を撫ぜる。
文字と、線が薄まる。
しゃくしゃく。
「ふむ、……なかなか、面白い歯ごたえだね」
「ほー。地図のトマトもしゃきしゃきか」
さらに一つ、二つ、ミドリさんはトマトを運ぶ。僕も線の上からちょっとはみ出して、文字をさらう。
「やっぱ冷えたトマトおいしいわ」
「古い文字というのは、やはり優しい風情があっていいよ」
伝わらない感想を言い合いながら、僕らは一緒に、トマトを食べた。
「そういえば、課題と言っていなかったかい、ミドリさん」
「……休憩だよ休憩、キリトリさん」