@gryokikamattya
少しだけ、奇妙な感覚だった。元は車が走っていただろうアスファルトはひび割れて、時にはまるで怪獣のような踏み跡もある。道路を照らす為に建てられた街灯はへしゃげて折れ曲がり、そして鉄の部分は殆どむしり取られている。
オスの襲撃に対して防護壁を作るのに鉄材が高く売れた為だ。そしてそれもまた崩されて、また別のところに売り払われて同じ用途されているだろう。なんとも堂々巡りな話だ。
瓦礫の下敷きになった車から漏れる乾いたガソリンの匂いに鼻を擦りながら、ぎゃあぎゃあと騒ぐ黒の大群に目を凝らした。
かぁ。
それを制するかの様にあのへしゃげた街灯に羽根を休めた烏が一羽、こちらを見つめていた。
「ハルペー」
メティスのもう一羽の隣人であり、アイギスに替わって昼に寄り添ってくれる存在だ。
嘴には何かを加え、自らの足元に置くと、こつこつと小突く。歩み寄ったメティスに警戒心ひとつなく、行儀よく佇んだままだ。
「これは…」
匂いに敏感な蠅が早くも匂いを嗅ぎつけてぶんぶん集ってくる。
指だ。
肌の感じからして、メティスと同じくらいの頃合か。刺青は施されていて、確かこの辺りの民族の通過儀礼だったはずだ。独自の医療技術を発展させ、どんな医者もお手上げだった奇病を直したり、切断された腕を素晴らしい縫製技術で再びくっつけたと聞く。
二十の指に刺青を施す痛みに耐えれば、子を産む強い女になれるという。
そして、その民族には、輝かしい技術の他にちょっとした逸話があった。こんなにも世の中が小さくなっていっているのに、また英雄的医療技術を持ちながら何故まだ比較的安全な街に移住せず孤立しているのか。
――それにしても。
それにしてもあれだけ騒がれていたオスの大群が見当たらない。
それに、この違和感、静寂。
本当に何もないみたいな。
逆に気持ち悪すぎてぞわぞわする。
大量の烏の、嵐が去った後に餌を漁る声だけが延々と響き渡っている。
――ぴり、
正体なく劈く警鐘に、がちりと合点がいった。
烏がぶわりと愚痴を零しながら飛び立っていく、まるで毒の霧でも晴れた様だ。だが、そこにあったのは、晴れて見える綺麗な光景でもなんでもない。
――人の、亡骸だ。