@3000_meters
正方形の角と角を合わせて三角に。さらに半分の三角に。
色とりどりの紙片を坐卓の上いっぱいに広げ、前田藤四郎が秋田藤四郎に、平野藤四郎が五虎退に、鶴の折り方を教えている。
暇さえあれば鶴を折るようになった三日月宗近のもとを訪れ、一緒に折り始めたのは今剣だった。じきに前田と骨喰が加わり、平野が加わり、いつもそのうちの誰かの姿が三日月の部屋で見られるようになってからしばらく経つ。
「やあ、またここに来てくれるものが増えるのはうれしいなあ」
五虎退の虎を1匹ひざにのせ、耳の根元をやわらかくくすぐってやりながら三日月は笑う。
「また張り切って仕事をして、きれいな紙をたんと買わねば」
「じゃあ、僕いっぱい折りますね、任せてください!」
「ははは、秋田は頼もしいな」
前田と平野は顔を見合わせ、ほんの少し苦い笑みを交わした。
三日月宗近は出陣する。
「給料分は」などと言っていたのはいつの話か、鬼神のごとき戦いぶりでたびたび誉をさらっている。そのぶん色の付いた給金で、ただ、紙ばかりを買い込んでいる。
鮮やかに柄の刷られた千代紙もあれば、素朴な色合いの染め紙もある。手伝いに出入りしているかたなたちは更紗や友禅の華やかなものを好んだが、三日月は淡い色合いの草木染めばかりを手に取った。
白の紙だけは1枚もない。そのことについて、前田たちは決して尋ねなかった。もちろん三日月が話すこともなかった。
三日月宗近はほとんどの時間を自室ですごす。
出陣するまで鶴を折り、いくさ場から戻っては鶴を折った。
「あんなに庭歩きが好きだったのにねえ」
咲き初めのウツギに目を遣って石切丸がほろりと零せば、最近来たばかりの物吉貞宗が「そうなんですか?」と目を丸くした。今や三日月といえば、風呂と食事といくさ以外は部屋にこもって鶴を折るばかりのかたなだった。
そうしてこしらえた折り鶴が、今や行李にみっつにもなる。
かたん。
と軽い音がして、短刀たちが顔を上げた。きれいに揃った視線の束は三日月宗近を通り越して、背後の文机に注がれている。
「何か倒れたり……ではないようですね」
「抽斗のなかかもしれません」
前田と平野が思案深げに首を傾げる。
五虎退はきょろきょろと辺りを見回して、虎たちの居場所を確かめた。文机に近づいた仔虎はいない。
三日月は静かに首を振り、「何もないよ」と静かに言った。
それをすぐさま裏切って、かたん、と再び音が立った。夜目だけでなく、耳も鼻も利く短刀たちには聞き逃そうにも聞き逃せない。
三日月は、仕方なさそうな笑みを浮かべる。そうしてひとつ、ため息を吐いた。
「おまえたち、これは内緒の話だぞ。近頃なあ、どうにも文箱が騒ぐのだ。寝ているとかたん、茶を飲めばかたん、こうして鶴を折っていてもかたんという。だが害はない。放っておいてやっておくれ」
「文箱、ですか……」
三日月の文箱は空である。本丸中のものが知っている。
以前は文箱の役目のとおり、文が大事にしまわれていた。
三日月はすべてを焼いたのだ。秋だった。この本丸から、一振りのかたなが失われた矢先のことだった。庭を掃いていた鯰尾藤四郎と加州清光の目の前で、三日月は落ち葉の山に火をつけた。紅が、黄が、橡色が、橙が、炎に巻かれて錦になった。うずまく色のただ中に持っていた紙束を投げ込んだ。瞬間、炎が大きくなった。炎がいっそう美しく燃えた。三日月の瞳のなかの月が、炎を映して赤く染まった。あっさりとすべてが灰になった。
三日月の背後、三日月の机の片隅に、ひっそりと文箱は置かれている。目立った装飾のない黒漆の箱だ。
短刀たちの目の前で、たしかにそれは小さく揺れた。かたん。かたん。何かを主張するかのように、文箱はだんだん激しく揺れる。
「あっ」
秋田が声を上げたのと、三日月が右手を延べたのと、どちらが早かったかわからない。だが、どちらも間に合いはしなかった。まるで身投げをするかのように、文箱は机の端から落ちた。
蓋と、箱と。箱のなかからもうひとつの箱と。幾葉もの真っ白な薄紙が、畳の上にばらけて落ちた。しばらくは誰も動けなかった。やがて平野が立ち上がると、箱に紙束をきちんとおさめ、二重の箱をはめこんで、何ごともなかったかのように蓋をした。
「静かにしていてくださいね」
文箱は元の場所におさめられた。
それから黙って半刻ほど、五組の手は鶴を折りつづけた。
「折り跡があったように見えました」
何が、とは言わずに前田がつぶやく。平野とふたり部屋に床を並べて、眠りに就く前の静かな時間だ。ことさら話しかけるふうでもなく、ひとりごとにも聞こえた。
平野も天井を見上げたまま、ひとりごとのようなつぶやきを返す。
「たしかに鶴の折り跡でした」
前田も、平野も、三日月の部屋で白の紙片を見たことがない。きっとひとりになる時間、たとえばこんな夜更けの時間に、そっと取り出しているのだろう。
夜の底の片隅で、指の先まで美しいかたなが、密かに真白の鶴を折る。折っては開いて紙片に戻す。
折っては戻し、折っては戻し。
折っては戻し。折っては戻し。
祈りのようにくり返す。呪術のようにくり返す。
そんな光景を浮かべながら、やがて二振りは眠りに落ちた。
落ちる間際の一瞬に、平野はちらりと思い出す。重なる白と白のあわいに、ちらりと光った銀色があった。あれはたしかに、はがねの欠片であったのだろう。