@n_mglg
四つの机が並べられた執務室に戻ると、来客がいた。
誰かが対応するわけもなく、そもそも他の者には他の仕事があり、同僚といえどそれほど頻回に会えるわけではない。それなのにとアレイスターは数日振りに会った親友に「また来たのか」と告げつつ、向かいのソファに座った。
「晴明が顔を見せたらと言ったんだ」
でなきゃこんな忌々しい場所に来ないとアレイスターの親友――卍洞浩二が続ける。
同居している魔法使いがどのような声掛けで彼を動かしたのか興味はあるが、これは僥倖だとアレイスターは弱々しい笑みを浮かべた。
「丁度良かった。今仕事が一段落したんだ」
「そうか。じゃあ俺は帰るな」
「いや待てよ浩二。なんで其処で帰るってなるんだ?」
その問い掛けに浩二は少しだけ顔を顰める。長い付き合いがあるアレイスターは浩二が物凄く嫌そうな顔をしていることを察知していた。
今から立ち去ろうと腰を上げかけている浩二を何とか押し留め、指を鳴らす。アレイスターが簡単な魔法を使うと同時に二人分のティーカップとコーヒーが並べられた。
「まぁ聞いてくれよ。さっきまで円卓で裁判をしていたんだけどさ」
「それ、俺に話しても良いのか?」
アレイスターが言い掛けた内容に浩二は首を捻りながら問う。
浩二は円卓ではなく、むしろ外典という〈大法典〉で使われる道具のようなものだ。外典を本当に道具としか見ていない権威主義者がうろつく円卓に善き印象などないが、自分の首に鎖を付けた魔法使いが所属している以上、嫌でも内容は耳に入ってきた。
そして、その浩二を【編纂】した魔法使いたるアレイスターはにっこりと笑う。目元の隈は疲弊を表していたが、それよりも語りたいのか、さらに話を続けた。
「お前は守秘義務は守ってくれそうだからな。じゃなくて、さっきの裁判だけど、ぶっちゃけ冤罪なんだよな」
「冤罪?なんだ、責任の押し付けとかそういったやつか?」
「いや、そういうのじゃなくて。なんというのかな、多分彼女はシロで、他の誰かがクロに仕立て上げようとしているが正しいかな」
「つまり犯人は別にいると」
「そういうこと」
アレイスターが長年生きていても経験したくはないが、あの暗闇文庫に侵入者が現れた。そして、その侵入者はあろうことか〈禁書〉を奪って逃走したのだ。
もちろん円卓でも一部の者しか知らない暗闇文庫から〈禁書〉が盗まれたなど〈大法典〉全体に広まれば大事件となるし、いうまでもなく管理責任も問われる。そのため早急に盗んだ犯人を捕まえる必要があるのだが、その特徴が何故か新人書警に酷似していたのだ。
「あの子、『灰の竪琴』は前期の書警試験に唯一合格し、なおかつ任命から三ヶ月で〈禁書〉を【編纂】させている優秀な書警だ。
性格的にも〈禁書〉を盗んで悪いことをしようなんて思わなそうな子なんだが」
「さぁ?もしかしたら悪女かもしれないな」
「見た目はかなり可愛いぜ。でもって、『主人』がいる魔導書だ」
「魔導書?」
その言葉に浩二の興味がそそられる。やはり自分と同じ種類の存在は気にかかるかとアレイスターは肩を竦めた。
元〈禁書〉だった浩二も当然だが魔導書の一種である。彼の場合本のかたちはしておらず、その〈真の姿〉は断頭台そのものなのだが、どのような形であれ魔導書には違いない。だが、悪意がある強大な力を持った〈禁書〉とただの魔導書はその成り立ちは同じでも細胞と腫瘍細胞くらいに大きな違いがあった。
「あぁ、昔魔導七家の一つだったカメリア家の当主が命と引き換えに生み出した本の一冊だ。
今はまだ未熟だが、将来的には俺くらいには強くなるかもな」
「お前くらい強くなったらそれこそ〈禁書〉認定されるか」
「だから『主人』がいるから無理だって。いっておくが、その『主人』とやらも〈大法典〉の魔法使いだからな」
お前と若干似た雰囲気のと思ったことを飲み込みながらアレイスターは大きく溜め息を零す。
浩二がミルクも砂糖も入れずにコーヒーを飲んでいるのを見ながらさらなる愚痴を続けた。
「弁護人の発言から『灰の竪琴』はかなり『主人』に対する忠誠心が強い。そして、その『主人』は彼女に強い執着心がある」
「一応聞くが、その『主人』って男か?」
「男だけど『家族』という発言があったから浩二が想像するような関係はないと思うぜ」
恋する男の想像はアレイスターが呆れる要因の一つだ。こんな無愛想な成りで〈愚者〉の女性に恋心を抱いているのは面白いのだが、男女が一緒にいるだけで其処に直結させるのは良くない。
天涯孤独の身が唯一の家族を手放したくないだけという事実も知らない二人は乙女の『主人』よりも乙女自身について話を進めた。
「そんなお互いが強く想い合っているような魔法使いの片割れが裏切り、嘲笑いながら〈禁書〉を奪う。俄かには信じられないというのが俺個人の見解だ」
「だったらそれを発言すれば良い」
「司会に意見を通す権限なんてねぇよ……」
今さらだがアレイスターは先の裁判で司会進行を担当していた。つまり、自分の意見を告げることは許されなかったのだ。
幸い円卓内に『灰の竪琴』を擁護する魔法使いが現れたため事を終えることができたのだが、未だ大半の魔法使いが彼女を疑っているのは明白である。だからこうして他所で愚痴を零すしかないのだ。
「もう担当も外れたし、魔導七家が預かることになったから手は出せないけどよ。正直、何かあったら助けてやりたいなとは思ってる」
「個人的な正義で〈大法典〉を相手にするとは円卓らしからぬ発言だな」
「第五階梯となると色々と融通はきくぜ?それに俺には心強い親友がいるからな」
「……」
嬉々として語るアレイスターに浩二は黙って席を立とうとする。
コーヒーは飲み干した。もう用はないといわんばかりに立ち上がるとガシッと腕を掴まれた。
「な、親友?」
「俺はお前の親友になった覚えはない」
「俺が親友って言ったらその日からお前は親友なんだよ。健気な女の子ひとり救えないようじゃ恋を叶えることすらできないぜ?」
「余計なお世話だ」
要らぬ心配だと茶々を入れられ、浩二はアレイスターの手を振り払おうとする。だが、その手は思った以上に強く、本気で引き止めていることが伺えた。
まさか、動揺しているのかと腐れ縁の魔法使いをちらりと見る。表情こそヘラヘラと笑っているが、アレイスターの目は真剣そのものだった。
「……本当に、何かあったら救ってやりたいんだ。きっとあの子、いつか壊れてしまいそうだから」
その言葉は、恐らく長い年月を生きている魔法使い達にとって確信ともいえるものだった。
壊れる、破れる、燃えて灰となる。魔導書たる者達にとって同列の、滅びを描く言葉が耳障りなほどに訴えかける。生きたいと、死にたくないと本能のまま戦ったことを思い出させる。
そんな願い事を掠めつつも浩二は小さく溜め息を零す。
名前も知らないはずの魔導書の乙女がどうなろうとも関係ない筈なのに、なぜかアレイスターの言葉が心に棘を刺した。
end.