映画のラストシーンからちょっとだけねつ造その後。
冥界でデュエルするときってデュエルディスクどうしよう、と悩んでいたら違うものが出てきました。
ものすごく真剣に真面目に書きましたが、普段はこういうのは書いていません。健全なのも書いていません。
@sirup024
硬質な足音が響く。
石造りの静まりかえった建物の中、それはやけに大きく、異質に響いていた。
ひとつ、またひとつと、歩を進めるたびに硬質な音は響く。
他に音はなにもない。
迷いも、惑いもしなかった。
歩は、戸惑うことなく止められることもない。
知っているとか、見覚えがあるというわけではなかった。ただ、そこに一本の道しか通っていないかのように。自分の行くべき場所まで、ただ一つの道筋だけが伸びている。
硬質な足音が響くたびに、細かく粒子が散る。ざらりと、まるで砂を散らすかのよう。
そして辿り着く、その先は。
何段か上がった先には、玉座がある。
玉座に、人の姿。
いや、もうそれは人ではなく、神と呼ばれるものなのかも知れないが。
玉座に座ることを許されるのは、王のみ。
その王は、金色に装飾され、ただそこに在るだけで、威厳を漂わせている。
近づくことを躊躇わせるようなそれを感じながらも、緩めずに歩を進めていく。
やがて、まっすぐに見据えてくる視線が合う。紅く、血の色よりも深いその瞳は、すべてを従わせるだけのなにかを持っていた。
その紅い瞳が、まっすぐに向けられている。
ぞくり、と肌が粟立つ。
求めていた存在がそこに在ること。
その存在を捕らえ返して、足を止めた。細かい粒子が全身から散り、あたりは静寂に支配されていく。
金色を纏った王が、玉座から腰を上げた。
それを目にして、デュエルディスクを展開させると、この場に不似合いな人工的で青く光るパネルが空間に浮かび上がる。
それに目を留め、王の唇が綻び笑みを浮かべた。そのまま、何段か高い玉座から降りてくると、王はその笑みを消す。そして、なにか思案するようにわずかに眉根を寄せた。
視線は絡ませたまま。
音は、なにもない。
そして、わずかな逡巡のあと、王は首から提げていた千年錐にそっと触れる。
そのとき金色の光で辺りは満たされた。なにもかもが眩さに包まれる。それでもすべてを見逃すまいと必死にまぶたを開いていたが、眩すぎて視界は痛く白いだけになっていく。
やがてその光が消え、光に浸食されていた視界が戻ってくる。
その、まだ白さを残す霞んだ視界に映ったのは。
―――遊戯。
あの頃の遊戯そのままの、その姿が視界の先に在った。
記憶から抽出したデータと寸分違いなく、共にデュエルを繰り広げたあの頃のまま、その姿が、そこには在った。
姿形、首に掛かる千年パズルも、その左腕にあるデュエルディスクも。すべてがあの頃と同じ。
ただ、まっすぐにこちら見てくるその視線だけが、違っていた。そこに在る毅然たる瞳は、データでは再現できないもの。
自分が何者かも知らず、存在が不確かだった頃から、その紅だけは、なにもかもを平伏させる威厳さを持っていた。
なにもかも再現できていたと思っていたが、その視線の強さだけが違っていたのだと知る。
その瞳の強さこそが、求めた遊戯なのだと。
そう、胸の中に落ちてくる。
ようやく、ここまで辿り着いたのだと。
求め、焦がれた遊戯は、言葉もなにもなく、デュエルディスクを展開させる。肩から羽織るようにした上着は、風もないのにまるでマントのように翻った。
その唇には、わずかな笑み。
ただ、それだけで。
すべてが伝わってくる。
言葉は、いらなかった。
ただ一つを、除いては―――。
「「デュエル」」
その瞬間に、すべてが報われる。
嵐のような時間が過ぎ去り、再び静寂が戻る。
勝敗などどうでもいい。
そんなことを思ったのは、初めてだった。デュエルだけではなく今までの人生すべてを含めても。
デュエルという嵐が過ぎ去ってほどなく、風もないのに遊戯の上着が煽られ、音もなく翻った。
そして、それが収まったとき、遊戯は王の姿へと戻っていた。金色に装飾された、王の姿へと。
それでも、捕らえた紅の色だけは変わらない。
さらさらと、身体から細かい粒子が散っていく。それは少しづつだが、止むことはない。
もう、長くは持たないだろう。
そう考えるが、身体も思考もすべて停止してしまっているかのように、なにもかもが動かない。
目の前にあれだけ求め焦がれた存在があるのに、指先一本すら。
ただ、視線だけが。遊戯から王へと戻ったその姿、その紅を捕らえていた。
一度、わずかでも逸らしてしまえば、掻き消えてしまいそうで。
目の前の王は、困惑したように小首をかしげると、深いため息をつき、やはり金色に装飾されている足を進めてくる。
一歩、また一歩。
ゆっくりと、二人の間の距離が近づいていく。
足音は、しない。
そのことにすら、得体の知れない心許なさを感じた。
身体を動かすどころか、呼吸一つで空気を乱したくないとでもいうように、息苦しく。
一歩、そして、また一歩。
王には、もう手が届く。
そんなに近くに在るのに、睨みつけるように見下ろすことしかできない。
あの頃と同じ角度。
同じ、紅。
ただ、視線だけを交わし続けた。
まばたきすら忘れた視界が、痛い。
そう知覚したそのとき。王の右腕が上がり、手が伸ばされる。
そして、指先が頬に触れた。
そのまま、てのひらで包み込むように触れられて。
そのてのひらがあたたかくて、ここに在るのだと思うと、視界がにじんだ。
カードも言葉をもかわしていても、本当にそこに在るのかと、どこか疑っていたのだろうか。
やっと、ここまで辿り着いた。
求め焦がれた存在。触れることも言葉を交わすこともできるほど近くに。
確かに、ここに存在している。
身体がちいさく震え膝が崩れそうになるのに、唇をきつくかみしめて耐えていた。だが、震える膝が耐えきれなく、あっけなく崩れる。
抱きすくめるように、王に身体を支えられて、膝に衝撃は感じなかった。それでもいきなり崩れた身体すべてを支えきれずに、そのまま床に座り込み、王は床に膝をつく。
そのまま身体を支えられて、自然と王の肩へと顔を埋めた。紅から解放された視線、痛みを覚えるほど開かれ続けていた視界に、まばたきを許す。
途端に、頬に熱いものがいくつも伝い落ちた。
ほどけた唇からは、ちいさく嗚咽が漏れ。
蒼から溢れたしずくが、唇に触れ。それは塩辛くて。
それが、涙だと気づく。
ずっと泣きたかったのだ。
きっと、ずっと。
今触れている存在を、なくしたときから。
それが、今確かにここに在り、触れることができる。
そのことに、またまばたき一つで、ほろほろと涙があふれた。
「―――」
王の肩を涙で濡らしながら、嗚咽をこらえ名を呼んだ。音にならない掠れた声は、王の耳には届かない。
けれど、背に回された手に引き寄せるように力がこもり、抱きしめられたから。
きっと、その声は王の耳に届いたのだろう。
もう一度、その肩口で名を呼んで。
その背にすがるように、腕を回した。