@ttm_133
使用お題:花束/僕たちなりのハッピーエンド
我らが主は、いつだって高嶺の花だ。神の端くれがそう評すのも甚だ可笑しな話だが、如何せんそれ以外の例えをとんと思い付かないので仕方あるまい。これでもかれこれ、人でいうなら齢四桁というのに。
花嫁のようだと女主人に言われた戦装束をすっぽりと被り、そうしたならば、あぁたまるでてるてる坊主じゃあないの、と呆れ半分に言われた出来事を思い出す。おいおい近侍殿も似たようなもんじゃあないか、と言い返したが、はてさて返答はどうだったか、あっただろうか。
人の子の感覚は知らんが、此方からすれば瞬き一つ前の出来事を思い出し、鶴丸国永は急な小雨に慌てることもなく『てるてる坊主』姿になった。歩いているのは灰色の空が筒抜けの草原だが、なんたって此処は本丸の領内、困ることなど何もない。右手に見えるは白亜の壁とレンガ色の屋根が織りなす洋館、寝食を共にする本丸が西洋風なのに素直に驚いたのは幾つ前のはなしだったか。いや、どうでもいいか。
ぷらり歩けば、西に庭園。高嶺の花の如く麗しく、朝に芽吹く花のように瑞々しい姿の、しっかし中身は老獪な婆が育てる花が植えられている。あいや、最近は幼い見目の刀剣らも手伝っていたか。気ままな足取りで西へ、西へ。花の香りに誘われる鳥の如く。
ぱらりぱらり、小さくとも確かな雨音を耳にしながら進めば、庭園の中に小さな屋根――庭用の大きな白いパラソルが視界に入り込む。雨粒を寄せ付けない下を見れば、白く塗られたテーブルと椅子が二脚。それから、テーブルに合せた椅子とは異なる装飾の椅子に腰掛ける小柄な影。
大きな車輪が目立つ、背もたれも肘掛も全て曲線で作られた、滑らかな印象の車椅子。定規でも入っているのではないかと思うほど姿勢を正し、そこにおわすは、我らが高嶺の花である。
大きな金の眼が、気付いたのかまぁるく瞬かせ、次いで伏せられる。
「あら」
決して大きくない声は少女のようで、しかし純粋さも甘さも持ち合わせていない。聞き慣れた、高嶺の花と言われる所以の響き。
「あぁたも雨宿りですの? 鶴丸さん」
「散歩の途中に降られたんでな。きみもかい?」
「えぇ、まぁ」
歯切れ悪く、視線は逸らされ。気になり女主人の視線を追えば、其処にあるのは紫陽花……の、筈だ。
「……白いぞ、あれ」
女主人と同じ金の眼をぱちりと瞬かせ、鶴丸は素直に疑問を口にする。
紫陽花という花は古く、それこそ己が鍛刀された頃より存在する花。しかし、七変化の異名を持つ特徴的な色がごっそりと抜けている。丁度、自分の襟足が少し長い髪や、女主人のふわふわと雲の様に波打つ髪のように。
「アナベル」
さも詰まらなそうに女主人は一言舌に転がし、細い腕をテーブルに乗せ両手の指を組む。
「あなべる?」
「品種名よ。和訳するなら白紫陽花。漸く白く咲いたからねぇ、部屋に活ける予定なの」
そこまで聞いて、鶴丸は合点がいった。剪定係が此処にいない。
座っているもので分かるように、小枝の様に細い四肢をしている女主人は、杖がなけりゃあ一人で歩けない、よぼよぼの健康状態なのである。御年……は、聞こうとして杖で急所を突かれる寸前になったことがあるから知らないが、中々のご高齢であることは間違いない。見た目が西洋人形の様に細く儚い姿なのは、曰く血の関係と女主人は濁すが、気付いても口にしないことが円満な関係を維持する鉄則。
あぁた達はいいわねぇ、何百歳何千歳だというのに、ぴんしゃんしてらっしゃること。――皮肉交じりに言われた言葉を思い出して、鶴丸は椅子に座るでもなく、てるてる坊主姿を崩す事無く手毬のように咲く花へ近付く。彼女は何も言わない、ただ、眺めている。
一見すると綿雲のようで、改めて見ると色の抜けた紫陽花で。そういえば、人の身を得て初めての雨季だ。湿り気を帯びた空気も、重々しい灰色の空も、見れば見るほど驚きに溢れている。
試しにとばかりに手を広げて、子どもの頭を撫でるように、鶴丸はみっちりと詰まった花弁たちに掌で触れた。こいつは驚いた、思ったよりふわふわじゃあないか。
何度か掌で押すようにじゃれていると、「鶴丸さん」と、呆れ十割の声が背中に掛けられる。あぁた一体何がしたいの。と言いたげに。
おっと、それならば目的を果たさねば。剪定係であろう初期刀様が戻って来る前に。
手毬の花の下、茎の部分を左の指で摘み、その下に右の人差し指を添え、すっと一筋。鋏で切ったようにぱっくりと、手毬の白紫陽花が持ち上げた左手に付いてくる。人の体ではこんな芸当、出来やしない。あぁこの身はやはり、刃物だ。
ちょいとばかり感傷に浸りつつも同じ動作を繰り返し、一応景観も意識して合計六朶の白紫陽花を庭から頂戴する。振り向けば、やはり無感動な金の眼がじっと此方を見据えたまま。
自分と彼女、似た色を持っているとは思っているが、やはり似ていないなぁ。白紫陽花越しに女主人を見ながら、鶴丸はぼんやり思う。いやしかし、そこがまたいいのかもしれない。誰であろうと、例え妖だろうが神だろうが、彼女はきっと同じ態度で接してくる。
戦場で得るものと、疑似的な人の営みで得るものは、面白いくらい違う。それを教えたのは他ならぬ女主人ではあるが、彼女は決して媚びず靡かず、変わらない。例え此方が懸想を抱いても、だ。
「鶴丸さん」
「何かな?」
「あぁた、それ切ってどうなさるおつもりで?」
「きみへの贈答品、花束さ。部屋に飾るんだろう?」
気持ちゆったりと歩きながら、てるてる坊主を解除して、女主人のすぐ横へ。迷わず片膝を付いて、切っただけの花束を女主人へ差し出す。彼女の金色は揺らがず、寧ろ品定めをするように白紫陽花と鶴丸を交互に見る。
「主たるあたくしに贈るのであれば」
徐に薄く小さな唇を開き、女主人はぴしゃりと言う。
「せめて綺麗に包装してからになさい」
「……相も変わらず手厳しいなぁ、きみは」
「当たり前じゃあないの。あたくしが剥き身のものを受け取る軽い娘っ子とでもお思い?」
「……だよな」
「飲み込みが早くて助かるわ」
声音を全く変える事無く、女主人はテーブルの上で組んでいた指を解き、骨ばったともいえる指先で一朶、鶴丸の切ってきた白紫陽花を持ち上げる。包装してから渡せと言った傍からの行動に首を傾げれば、彼女は白紫陽花の詰まった花弁で鶴丸の額を軽く撫でた。
「これだけ、いただきましょう」
手にしたそれをふわりと揺らし、女主人は笑みの一つも浮かべず、取り上げたそれを膝の上に置いた。
「切っていただいた礼くらいは頂くとして。後は……お分かりよねぇ?」
「じゃ、これに見合う花瓶でも探してくるかな」
「驚きは要らなくてよ」
釘を刺すような物言いに苦笑を浮かべつつ、鶴丸は立ち上がり再びてるてる坊主姿になる。小雨は小雨のまま、もう暫く続きそうだが、女主人が動く様子は全くない。自力では押さない車椅子を押していいのは、近侍の初期刀と初鍛刀の二振りのみ。いつか俺も組み込まれたいねぇ、と思っているが中々に難しい。
取り敢えずは励起された目的を果たし、それ以上の結果を残し、こうして中と外がちぐはぐな、言っては悪いが驚きに満ち溢れている女主人に認めて貰う他はなく。しかしどうして、これが想像以上に面白いのだ。彼女は声にも顔にも出さないが、動作だけで伝えてくる。一朶受け取ってくれたのは、文字通り剪定の礼だ。付喪神といえどもこちとら使われてなんぼの刀である、分かりづらくとも持ち主が喜ぶならば、嬉しいことこの上ない。
今度は気持ち早めに庭を抜け、本丸というよりは本館へ。花瓶ははてさてどこだったか、屋敷内の女中を捕まえて聞けばいいか。
灰色の空に全然合わない適当な鼻歌を奏でつつ、鶴丸は本館の中へ軽い足取りで入って行った。
敬愛せしきみよ、九十九の神としてきみの刃として、その気高さを愛し抜こう。
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白紫陽花アナベル:寛容
さにわんらい、今までありがとうございました。最後の最後に甘さなどない主従? をぶち込むスタイル。