@shalnadia
聖界のとある地方に、人を拒む切り立った断崖絶壁がある。
昔、この崖の下には村があった。今はもうない。
三方を高い高い断崖絶壁に囲まれ、もう一方にある海と共にいき、海と神の恵みに感謝しながら生きる。
男女共に素潜りに長け、小麦色の肌を持ち、海のような青い髪を持つ、殆ど贅肉を持たない人々。
慣例として服を着ることはなく、それでなお逞しい人々。
ある日、一組の尼と漁師の夫婦に子供が生まれた。
真っ赤な髪、白い肌を持つその少女の誕生に、村の教会は怒り狂った。
曰く、あれは悪魔の使いである。
曰く、あれは必ず不幸を呼ぶ。
曰く、今のうちに神に返してしまうべきだ。
しかし、夫婦は言う。たかだか色が違うだけではありませんか。
村の大人たちも言う。その通りだ、問題はない。
なにしろ、この村の人々の性質のひとつは懐が海のように広いことであった。
教会は押し黙ることしかできなかった。ようやく妥協点を見つけた教会は、ひとつの条件を出した。
「その子に名前を与えてはいけない」
----------------------------------------------------------------------------------
少女は16歳になっていた。
友達や大人たちからは、その髪色からスイカ(西瓜)ちゃんと呼ばれていた。
よく学び、よく遊び、よく働く少女は、皆からの評判もよかった。
そして、その肢体は日焼けこそするものの白く、また女性らしい丸みを帯びていた。
スイカの好きな遊びは、他の少女たち…まれに年上の女性のこともあった…と裸で触りあうことであった。
ある日、少女は夢を見る。
見知らぬ、言葉で形容することも出来ないような女性が、目の前に立っている。
女性は音ではない音で告げる。貴女は勇者に選ばれました、と。
あなたは誰?勇者とは何か?なにをすればいい?質問するも答えは返ってこない。
青く輝く石を手渡すと、女性は消えてしまった。
慌てて飛び起きた少女の手に、その石は確かに存在していた。
夜が明けると、少女はすぐに教会の懺悔室に駆け込んだ。そして夢のことを話した。
少女は、すぐに監禁された。
教会は言う。悪魔の使いめ、やはり邪神の手のものであったか。あの時殺しておくべきだった。
少女は言い返す。僕は何をするべきかまでは言われていない。力も与えられていないはずだ。
二人の言い合いは続いた。お互いに疲れてきたころ、村人が駆け込んできた。火事だ!!
村の大半はすでに火に飲み込まれていた。村人たちは船で海上に逃げていた。
教会は言う、やはり貴様が不幸を呼び込んだのだ。
少女は反論できなかった。ただ、この炎をなんとかする力を願った。
石が淡く光る。呼応するように海が荒れだす。
石の光が強くなる。海は荒れ狂い、船が沈んでいく。
津波が村に押し寄せる。全てを、飲み込んでいく。
教会は叫ぶ。これが悪魔の力ではなくてなんだというのだ!
少女はただ荒れ狂う力を抑えることを祈っていた。
教会は叫ぶ。貴様は水禍(スイカ)の――
---------------------------------------------------------------------------------
聖界のとある地方に、人を拒む切り立った断崖絶壁がある。
昔、この崖の下には聖界にありながら邪神を信仰する隠れ里があった。
ある日起こった大火と津波により、一人の生存者も残らず滅び去った。
それどころか、地形ごと削り取られ、そこになにかがあった痕跡すらもうない。
それが女神の意思だったのか、勇者の功績だったのか、知るものは、誰もいない。
<おしまい>