神通の過去話です。神通が生き方を変えるきっかけとなった話の、重要な部分だけをはしょって書いてあるので説明不足な点が多々あります。また自分達の鎮守府の設定を多用しているので、苦手な方は戻るを。
@jintsu_047
深海棲艦が出現して、アイアンボトムサウンド、ピーコック島など、様々な反抗作戦を乗り越えてきた艦娘達。そして遂に深海棲艦との戦いは、人類側の初の侵攻作戦へと駒を進めた。
その作戦についた名は通称、「AL/MI作戦」。深海棲艦の最後の極東方面軍、アメリカとの北行路シーレーンの復活、そして過去の戦争の分岐点であった事などから、日本の深海棲艦との戦争においてこの先の行方を決めるとも言われている極めて重要な作戦だった。
作戦は順調に進み、部隊はMI島の先、敵の大規模空母機動部隊との決戦へ。だがそこへ、深海棲艦の大規模空母機動部隊が援軍として向かっているという情報が入手される。
このまま二つの大規模機動部隊とぶつかるのは無謀と判断した大本営は、これらを個別に合流前に叩くよう指示。こちらの空母は決戦に向けて全員が駆り出されている以上、夜戦での奇襲で落とすしかないと判断。
そして、その役目には、神通ら二水戦が赴く事となった。
事前の情報には、一体だけ飛び抜けて出力の高い空母の存在が確認されており、それらへの威力偵察も同時に兼ねていた。
それらを元に、二水戦は予定通り奇襲を慣行。夜戦では空母は艦載機を操る精度はがくっと落ちるゆえ、予定通り敵部隊を大混乱に陥れる。
このまま順調にいくと思われたその時、霞が敵の攻撃で大破させられてしまう。さらに援護に入った陽炎と不知火も、異常な強さを誇る敵空母の前に同時に中破にされてしまう。
このまま倒されてしまうと思ったその時、神通が割って入る。
既に敵の空母部隊は半壊。作戦を半分は遂行したゆえ、神通は霰に霞を撤退させるよう命令。さらに陽炎と不知火も退がるよう言い渡す。
夜戦で陽炎と不知火を同時に相手取り手玉に取った空母の正体は、「空母ヲ級改flagship ヲリオン」。神通達が初めての観測者となる、名前持ちの敵の改flagship型との戦闘だった。
神通とヲリオン、互いに常軌を逸した存在同士の戦いの火蓋が、切って落とされた。
↓
「…一応、私が出向いていて正解だった。これだけの私の精鋭部隊相手にここまでの大立ち回り。素直に尊敬するよ。お前たちは凄まじく有能なんだろう…それは認めるさ。だがどれだけ無敵だろうと、吹き溜まりの中で朽ち果てる未来しかない。たった五隻相手でこれだけの損害を被るとは予想外だったが…二水戦旗艦、貴様の首一つで御釣りが来るさ!ここで殺されてもらおうか。」
「いちいち長ったらしい前向上は結構ですよ。何言ってるのか私にはさっぱりです。貴女は深海棲艦、私達の敵。だったら首がもげようがこの身が滅ぼうが、全員沈めてやるまでです…!むしろ私一人の命で貴女の首が落ちるなら、私はむしろ光栄ですよ…!」
…これが恐ろしい。
頭のいい人材。優秀な人材。スキルのある人材。そういう人間は、陽炎も不知火も、多く見てきたつもりだった。だが、神通にはそれにプラスアルファがある。
自分の命にまるで頓着が無い。
二水戦は常設部隊。即ち最も死傷率の高い部隊。じゃあ死ぬなら自分が真っ先に死にに行こう。そんな発想が既に尋常じゃない!
どんな部隊に身を置いても、どんなに戦争が死と隣り合わせの毎日だと解っていても、死にたくないと思うのが普通だ。
まるで自分の事など興味なく、厳しさも距離を置くのも、全ては私達教え子の為にやっている事。だがそれは最早鬼教官なんてものじゃない。
まるで殉教者だ…!
自分の行いは全て教え子の為。罪を償うかのように、何かから必死に許されようとしているように、いつだって自分に過度な負担を求めてる…!
権力や金は勿論、戦果や名誉に報酬、自身の安寧や幸福。そういった人として当たり前の欲すらまるで持っていない。全てを押しのけた歪んだ価値観に、人生を篭絡されている!
クレバーな合理的主義者?誰からも畏れられる鬼教官?そんな生温いモンじゃない…!この人の根本は、完っ全に狂人だ。いや、けど…!
だからこそ…強い!
一歩一歩、神通が歩み寄る。それに合わせる様に、ヲリオンの呼吸が少しずつ静かになっていった。目線が合う。距離は狭まる。そして…先に仕掛けたのは神通だった。
ドォッ!
海を蹴った瞬間に、圧倒的な速度でヲリオンとの距離はあっという間に縮まった。だがそれに臆することなく、大量の艦載機が神通の征く手を阻む。
ヲリオンは空母だ。本来はアウトレンジから艦攻や艦爆で敵を攻撃するのが役目だが、単騎で単騎の相手にそれは出来ない。まして敵は華の二水戦旗艦。手加減などできる余裕はない。
そういったゆえ、ヲリオンはある程度使い捨てにする、艦載機を直接ぶつける特攻にも近い戦法も熟せることができた。普通の空母ヲ級ならまずこうはいかない。自分の手足の様に艦載機を操作するだけの力。明らかに、名前を名乗れるだけの実力の持ち主だった。
だが神通も、空母が単騎である程度で近い距離で戦えるという、敵の揺るがない態度から、それに気づいていた。とはいえ、艦載機の爆発は軽巡の装甲では洒落にならない威力だ。一撃喰らうだけでも相当の痛手だろう。だから極力装甲では受けない。向かってくる艦載機を躱すか、撃ち落すか。そのどちらかでしか対処できない。
砲雷撃戦のような、ある程度一定の速度で同じ方向に進みながら、面で艦載機を撃ち落すのとは訳が違う。擦れ違いざまに艦載機を撃ち落すような戦闘は初めての経験だったが…。
「まだ、遅い!」
神通の反射速度が速すぎる。360度、頭上や左右、あらゆる角度から襲い来る艦載機を、全て一発で撃ち落していた。艦載機の操作と言えど、それは十数機も同時にラジコンで模型を動かすような精密で高度な技術だ。まして撃ち落されれば艦載機の生成も同時に行わなければならない。
空母と軽巡の一騎打ちと言う、おおよそ艦隊運動とは似ても似つかない状態での戦闘。それはお互い初めての事であったが。
「ガハ…ッ!」
先に明確なダメージを負わせたのは神通の方だった。艦載機の猛攻を擦り抜け、蹴りがヲリオンの腹部を直撃する。しかめた表情から、陽炎や不知火では到底無茶だったダメージを与える事に成功していたのだ。
(いやいやいや!おかしいでしょ神通さん!たしかに神通さんが物凄く強いのは知ってる!けどなんで近接戦でヲ級の装甲抜いてんですか!そいつの装甲は私らの主砲でも撃ち抜けなかったんですよ!?)
空母ヲ級などの改flagshipクラス型には、全員目から青白い光のようなものが漏れている。これは、海の底から湧き上がる力…深色の力と呼ばれているが、それを最大にまで受けている事を示しているのだ。
深海棲艦の身体に纏うオーラのようなものが、赤、黄、そして青と変わるにつれ、敵の強さが上昇することは知られているが、それが深色の力の濃さを表している。計器類により測定した、多くの深海棲艦のレベルが1でも相当な力を持っているのは、深色の力による恩恵が大きいのだ。
神通はこの深海棲艦しか受け取れていない力に呼応し、使いこなしていた。無論、他に艦娘が使用できた事例など報告されていない。…実際は、報告されていないだけなのだが。
この力を神通は、自身の砲雷撃だけでなく、鎧の様に体に纏い、拳や脚、肘や膝など、近接戦で敵に攻撃するために用いる部位に深色の力を集約させ、当てる際に爆発させて攻撃しているのだ。これにより、敵の深色の力のによる装甲をほぼ無視して攻撃を届かせることが出来ている。
更に神通の身に着けた空手や柔術・合気道などのあらゆる武術が、近接戦を可能にしている。艦娘として転生して僅か一年で、最早達人級に達している神通の武術の技量。まさに天才的だった。
(すごい…!正直何やってるか全然目で追えないけど…やっぱ神通さんは最強だ!いけるかもしれな…、っ!?)
神通の口から、血と一緒に何かが吐き出された。奥歯だった。
神通の回避力をもってしても、なおダメージは避けられない。そもそも深色の力という深海寄りの力を多用して、何のリスクもない方が不自然なのだ。そんな素振りなど見せないが、神通も少なからず消耗していた。それを陽炎と不知火も察していた。
(ヤバい…!神通さんは強がっちゃいるけど…艦載機の特攻なんてまともに喰らったら…どんな形でもいい、何か支援をしないと…!)
(とは言え、私達の火力じゃあの装甲は貫けない。どうする…?何かないか。奴への対抗手段…!)
「もっと死ぬ気で来なさいよ、化け物が…!」
だがそんな不安や思考を、神通の一言が全てを打ち消した。実際は、敵の目を自分に向けるための神通の策略のうちの挑発だった。そして再び、一瞬の思考。そしてその後、陽炎と不知火は同時に答えを弾き出し、そして動いた。奴を打ち破る策。
((んなもんあるかぁーっ!逃げるっ!))
二人の出した答えは至極当然で正しかった。
今の自分達の役目は威力偵察。敵を倒す事が目標ではない。しかもまともに戦えないのなら、後はさっさと撤退するだけだ。逃げろと命令を受けている以上、何の援護も出来ないならかえって神通の邪魔にもなる。
むしろ援軍を呼んで、大局の決まって余裕のある味方本体のいくらかでも応援を呼んだ方がずっといい。何も策が思い浮かばない以上、逃げられるうちに逃げておくのが正解だ。そう、正しいのだ。だが。
カチッ。
その時、陽炎と不知火には、聞きたくもない音が聞こえてしまった。
カチカチカチと、自分の歯が鳴っていた。震えていた。怯えていたのだ。自分でも気づいてしまった。
何だかんだ理由をつけてはみたものの…結局は言ってしまえば、神通とヲリオンの出す異常な殺気に圧され、恐怖に駆られたのだ。
(お、おおおっ!ヤバッ!頭がおかしくなってるのが、自分でも分かる!怖い…!)
(マスい…!鎮守府の方角、どっちだった!?まさか、間違えてないわよね、方向…!)
これが普通だ。いやむしろ、自分が恐怖している事を客観的に認め判断している、この二人も十分、二水戦を名乗れるほどの猛者なのだ。それほどまでに、今戦っているあの二人が異常なのだ。
神通の周りを、猫型艦載機が囲んでいく。最早ちまちま攻撃するだけでは神通を落す事は不可能と判断しての、搭載している艦載機の数など気に留めない捨て身の戦法だった。だがそれでも、神通は怯まなかった。
「甘いっ!」
攻撃の機会を窺う受け身の戦法に隙を見出し、最小限突破できるだけの艦載機を撃ち落し、真っ直ぐにヲリオンへ接近し蹴りを喰らわせる。反動でヲリオンは再び後退してしまった。
ここまで神通は、ヲリオンの猛攻を最低限の弾薬と体力だけで的確に捌き、じわじわとヲリオンの体力を削っていた。傍から見れば、確実にダメージを与えている神通と、徐々に艦載機と体力を奪われて行くヲリオン。一方的。そう見えた。
だが、ヲリオンの目には、青く怖い光が宿っていた。神通にも、それが見えた。
怖かった。
だがそれはいい。命がけの戦闘ならば恐怖はあって当然。神通は恐怖を当然のものとして支配できる艦娘だった。
しかし、今回に限っては、死に対する恐怖とは別の恐怖があった。
嫉妬。
ヲリオンと戦う前からこんな感情があった。何故こんな感情が沸いて来るのか?神通は最初、よくは分から
なかったが…。
「どうした?こんなものか華の二水戦は?私は…私達は、たとえこの身が裂けても戦うぞ。私を力づくでねじ伏せたければ、私の信念ごとねじ伏せてみろ!」
神通はヲリオンの言葉で、嫉妬の原因がなんとなく分かってしまった。
こいつらは深海棲艦だ。だが今まで、敵部隊を蹴散らしてきた神通には、その一体一体に、ただの駒以上の信念を持っていることに、薄々気付いていた。
誰も怖気づいて退かない。こいつもその一人。今まで自分が力を振るえば、敵味方関係なしに畏れられていたのにだ。深海棲艦と言えば、ただ人間への怒りと憎しみを吐き出し続けるだけの化け物だった。思考を持たない、ただの駒。だが、この戦場にそういった敵は一人もいなかった。
だから、敵にも感情があって、目標があって、信念がある。それを知ってしまったとき、神通は最早深海棲艦を、知性の持たないただの化け物とは思えなかった。
こいつらには、志を共にする仲間がいる。艦娘と同じ様に、個性があって、戦う理由がある。こいつのように、凄い力を持った深海棲艦もいっぱいいるのだろう。
だから、羨ましかった。格上も格下も関係ない。弱い深海棲艦が、羨ましい。
だって、神通は自分で決めたのだ。慣れ合う事のない、殉教者の様に、鬼教官として生きる道を。
嫌われたっていい。教え子達が、生きてさえくれるなら。
狂人と思われたって構わない。強くなければ、あの子達を守れない。
愛せなくたっていい。愛することが馴れ合いになって、甘えになってしまうくらいなら。
独りでも構わない。あの子達を守って、あの人のところに逝けるなら。
そう、決めたはずなのに…まだ迷っている。心が揺れて、足が震えそうになる。決意したあの日の自分に後悔を憶え始める。
私は…半端者だ。周りに嘘までついて、騙そうとして、結局自分すら騙せられない。…いや、どんなに虚飾を重ねても、自分の感情だけは、心だけは偽れない。
本当は抱き締めたい。
愛したい。愛されたい。
甘えたい。甘えさせてあげたい。
自分は鬼なんかじゃない。
自分は弱いと泣きじゃくりたい。
肩書も役目も全部捨てて、あの子達と平和に暮らしたい。
けれど、これが戦争だからと、叶わないと言うのなら―――。
「殺してやる…!」
だから神通は、そんな迷いすら噛み千切った。目の前の敵を殺して生きるために。
一瞬、ヲリオンの背中に悪寒が走った。神通の強い眼光に、心が怯んだのだ。だがすぐに気を引き締め直し、神通の攻撃に備える。そう、油断も慢心もありはしなかった。だが。
「ブァガアッ!?」
神通の膝が顔面に、それも異常な速度で抉り込んた。その反動でヲリオンの身体が吹っ飛び、後方へと海面を転がる。そんな事情に目もくれず、神通はその速度で再び突っ込んでいった。
(何だこいつは!何だこいつは!!何だこいつは!!!は、迅過ぎる!強すぎる!意識が飛びかけた!今までは遊んでいたとでも言うのか!?)
遊んでいたわけではない。今の神通は、深色の力の過剰摂取で、艦娘として超えてはならない速度で加速していたのだ。今の神通ならそれは骨や靭帯を痛める程度だが、もし他の艦娘がこの速度を実現させた場合、全身がバラバラになって死ぬだろう。
「グガァアッ!」
その衝撃で吹き飛ばされる様子は最早、人と車の衝突事故。そういう例えが相応しかった。だが神通自身の肉体も、異常な加速の反動で既に全身が甚大なダメージを受け、身体が悲鳴を上げている。だがそんな事を気にも留めず、神通は真っ直ぐにヲリオンへと襲い掛かり続けた。
神通は直感していた。自分はもうここで死ぬのだと。だったら今の自分に出来るのは、陽炎と不知火が逃げるためと、援軍が到着するまでの時間稼ぎ。だがそれもいつまで続けられる?
それは最早神通の理解では及ばない。だがもう、そんな事はどうだっていい。今は目の前のこいつを叩きのめす。力で捻じ伏せ、屈服させ、敗者として、お前の全てを否定してやる!私が正しかった事を証明してやる!それだけが、限界を超えた今の神通の原動力だ。
そもそも神通は、なぜ自分がここまで感情の抑えが効かなくなっているのかが分からない。実際はただ逃げていたのだ。自分の背中から押し寄せて来る、背中合わせの死から逃れように。
それに比べヲリオンは冷静だった。
「いくら速くとも、突っ込んでくることが分かってるなら怖くねえんだよ!」
神通の行く手を、ヲリオンの艦載機の壁が阻んでくる。だが今の神通を退かせるのには、死ぬことへの恐怖だけでは最早力不足だった。そのまま突っ込み、ヲリオン諸共自爆させる。
「逃がさん!」
「っんの…!離せよ軽巡風情がぁ!」
ヲリオンの副砲がこめかみを掠める。動きの乱れたその隙に、神通の主砲がヲリオンの左目を捉えた。ヲリオンが躱すそうとする、その刹那を勝ち得たのは神通だった。ヲリオンの左目を、神通の砲撃が貫き視界を奪った。爆発と砲撃の衝撃で、二人の距離が引き剥がされる。
「ゲホ…ッ、ガホ…っ!天才的…だな。膝をついたのは久し振りだ…!認めるよ、軽巡神通。お前は私より数段強い…だが!」
ヲリオンの目に、再び強い光が溢れ出ると同時に、海面から大量の猫型艦載機が召喚される。撃ち落したヲリオンの艦載機はゆうに100を超える。なのにそれを上回る圧倒的な艦載機の生産能力。明らかに神通が不利なのは明白だった。
「この大量の艦載機の前で、どれだけ足掻ける?どれだけ時間を稼げる?悪いが…勝敗を決めるのは強さじゃない。相性が覆らぬ限り、貴様の無駄死にの運命は変わらない…!勝つのは、弱い私の方だ!」
「御託並べるのはもういいんですよ…!さっさとかかって…」
ドゴォッ。
その時だ。神通の背中に、鈍く割れた爆発音と、尋常ではない熱の痛みが広がったのは。
「え」
神通が気付いた時には遅かった。騙された。ヲリオンの大量の艦載機はただのブラフ。本命は神通の後ろから喰らわせる為の艦載機の特攻だった。今まで神通から離れた場所から艦載機を生み出していたのも、ある程度近い距離でしか艦載機は形成できない。神通にそう思わせるために張った心理的死角。その為に、残り少ない力を振り絞って艦載機を形成し、わざと神通に見せて注意を海中から逸らせたのだ。当たらなければどうという事はないを貫いてきた神通の足を止めるのには、十分な威力だった。
「…っくああ…っ!!」
怯んだ隙を、ヲリオンは見逃さなかった。艦載機を特攻させて叩き付け、一撃一撃が重く体を蝕んでいく。神通はただ喰らうしかなかった。捌き切れないのだ。艦載機の特攻で受けたダメージで、右腕が動かなくなっていた。一気にダメージが溜まる。もう、躱せない。
「堕ちろ…鬼めが!」
だが。
ガガガガガッ!
「!?」
突如、最後の力を振り絞って召喚した艦載機が、頭上でいきなり撃ち落されたのだ。一瞬で神通にトドメを刺す攻撃手段を失ってしまったヲリオンは戸惑い、動きを止める。
(艦載機が…やられた!こいつがやったのか!?いつの間に!何という不覚…!敵に集中し過ぎて、小細工に気付かないとは!どうする…!?お互い満身創痍な状況で、コイツがこのまま戦うリスクを追う筈がない!この大勢が決した状況で逃げられ援軍を呼ばれては、こちらは全滅するだけだ…!どうすればこいつを殺せる!?)
混乱するヲリオン。
だが、それは神通も同じだった。
(…艦載機が、勝手に墜ちた?一体、なんで…)
神通は何もしていなかった。ただダメージでふらつき、目の前で一瞬戸惑うヲリオンを、ただ睨みつけていただけだ。そう、神通は何もしていない。艦載機を撃ち落したのは…。
「っちくしょお…!怖い…!でもここで逃げたら、あん時と一緒なのよ…!もう逃げられないっ!腹ぁ括りなさい不知火!」
「言われずとも、もう此処しかない…!ボサっとしないでください神通!そいつは今、何もできない!艦載機は私らが撃ち落した!」
「「決めるなら今しかない!行けええええええええええっ!!」」
聞き間違える筈もない。ヲリオンの背後から聞こえてきた、陽炎と不知火の声。その声が、立ち尽くす神通の意識を、引っ張って来た。
「ちょ、あ、お、」
神通には何が起きたか、すぐには分からなかった。だが、理解するよりも先に、神通の本能が身体を動かしたのだ。こいつを倒せと脳内をプッシュして、それが神通を、吼えさせた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああっっ!!!」
大破した身体を、深色の力を以て無理矢理動かし、一瞬で距離を詰める。肘、膝、蹴り、最後に主砲で吹き飛ばす。体力も弾薬も尽きるのが近い。次で決めると、神通が決断するのは早かった。
(水城艦長に、よろしく)
ヲリオンに最後の砲を突きつける瞬間、ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。感情は昂ぶっていたのに、何故か不思議と、取り戻した理性は、静かだった。
ゴオオオォォォォン!
突きつけた主砲が轟音と共に、最後の一撃を撃ち放つ。最大速度で突っ切り、擦れ違いざまの攻撃となった。やがて訪れた静寂と共に、神通は再び顔を上げ、ゆっくりと歩き始めた。後ろは見なかった。
ヲリオンの身体は―――脇腹と顔半分が吹き飛び、両腕が砕けていた。安堵感は無い。痛みも感じない。それでも最後に、目に焼き付ける様に、ゆっくりと神通の背中を眺めた。
「…人の…強さ、か…。
ヲーグレス…様…。申し訳…ありません…。」
一人呟くように零し、そのまま音もなく倒れ、水底へと沈んでいった。
空母ヲ級改flagship ヲリオン 死亡
ガシッ
力の抜け、倒れ込みそうになった神通に、陽炎と不知火が駆け寄り支える。
「「神通さん!」」
そんな心配を他所に、神通からは先程の鬼のような表情がすっと消え、今までに無いほどの穏やかな笑みを浮かべてみせた。それに自然とつられるように、二人もそっと笑って見せた。
「…ありがとう。陽炎。不知火。」
「ほんっと無茶し過ぎなんですよ、神通さんっ。マジぶっ飛び過ぎ。命いくつあっても足りないですって。」
「急いで止血をします。そしてさっさと退却しましょう。囮としての任は、もう十分果たしましたから。」
「そう…よかった、わ。」
勝利の快感が、先程まで抱えていた神通のもやもやを吹き飛ばす。戦闘から解放された安堵感で背中を焼かれた痛みすら感じない。…まあこの後、脳内麻薬の切れた神通は10日ほど地獄の痛みと戦い、背中には一生消えない火傷跡を負ってしまったのだが。
最強の部隊の名など、何の意味も為さない。いつだって死と隣り合わせ。こんな危うい日々の繰り返しなのだ。
(まあ…既に作戦の大局は決まっていた。はっきり言えばお互いがお互いに執着する必要なんてなかった。けど…もし仮に私達の援護が無かったら…ヤバかったわね)
陽炎も不知火も、すっかり恐怖に呑まれていた冷静さを取り戻していた。あの時二人は確かに策を捻り出してはいたが、確実にいけると思ってはいなかった。むしろ二人とも中破していた上、ヲリオンが艦載機を全て生産し尽した確証も無かったので、自身は無かった。いや、そもそもあの時二人は理詰めで答えを出せる様な心理状態ではなかった。
何故戻って来たのか。
二人は…いや、多くの艦娘はもう気付いていた。神通が自ら憎まれ役を買って出ていることを。鬼教官と言う、軍人とはいえまだ幼い駆逐艦の面々からすれば、どう繕おうとも畏れられ敬遠されてしまう立ち位置に、神通は己の本心を理性で捻じ曲げそこに立っていることを。
そういった事に、陽炎と不知火は未だ不満だった。なぜそんな簡単に答えを出せる?まだ人として生まれてたった一年で、なぜ人生の全ての生き方を決めてしまう?そういった、今まで神通に対して、言いたくとも言えなかった不満や怒りなどの黒い感情が、陽炎と不知火の足を動かしていたのだ。
もっと言えば、色々なものに苛立ちを憶えていた。そんな生き方をされても嬉しくない。自分達だけを残されて自分だけ死ぬなんて、誰も喜びはしない。
だが一方で、時にそんな願いすらいとも簡単に踏み潰してくれる、それが彼女らの生きる戦場なのだ。だから神通がそんな生き方を決めてしまったのも納得できた。
ただそれを認めたくなかった。もしあそこで逃げていたら、自分達は神通のその生き方を受け入れてしまう事と同義だと思ったからだ。
だから二人は、否定してみせた。神通の生き方は決して正解じゃない。もっと生きて、自分の在り方と真摯に向き合って欲しかった。もしそれが出来たなら、きっと神通は、もっと楽に生きて、そして更に強くなれる。それをきっと、水城艦長も望んでいる。薄らとだが、そんな気がしていたのだ。
だが今はそんな事はいい。今は早く脱出だ。それだけを考えろ。そう思いながら陽炎と不知火に支えられ、神通が母港で仲間と合流できたとき、神通は転生してから初めて、心が満たされたと感じたのだ。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。