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【試し読み】夢見るこどもたち

全体公開 5142文字
2016-09-26 21:06:27

現代小説短編集『華見せるおとなたち』収録。
夢を見続ける男に夢見る女が差し出す「特別な綿あめ」。

※試し読み部分は問題無い(読む方によっては問題あるかもしれませんが)ですが、本文後半には残酷描写がございます。

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 デパートでのお笑いライブ営業が終わった後のことだった。着替えを済ませて、いつものように控え室で綿アメを食べていたら、いきなりケェスケから呼び出された。
 この元相方とは長い間口をきいていない。三年前にケンカ売られて縁を切られて、それっきりだ。今さら何の用なんだ?
 控え室近くの階段の踊り場。舞台衣装である赤いスパンコールをちりばめたスーツ姿のままのケェスケは、しばらく黙っていた。通りすがりのお客やデパート関係者を数人見送る。人の気配が感じられなくなると、ようやくヤツは口を開いた。
「今日の『お昼でPO☆PON』で発表するんだけどさ」
 黒光りするオールバック頭をガリガリ掻きながら。
「おまえには直接言っとこうと思って。俺、今月末で芸人やめるんだわ」
「は?」
 信じられなかった。「お笑いで天下獲る」。お笑いコンビ「パンダ・アフロ」を解散した後も、お互いそれだけを目指してまい進してきたのだから。
 地方営業の間を縫ったバイトの掛け持ちで眠れないことなどザラだったし、客に生卵を投げられても、プロデューサーにツバを吐きかけられても耐えてきたというのに。なぜ今になってあきらめる? 俺は口をぽかんと開いたまま、理由の説明を待った。
「実はカノジョに子どもができてな。結婚することになったんだ」
 「子ども」「結婚」。なんだ、オンナがいたのか。……まぁ、そうだよな。あれはもう三年前の話だ。オンナの一人や二人とつきあってたって不思議じゃない。
「ローカル番組には準レギュラーで出させてもらってるけど、これ以上はひと花どころか芽が出る気配も無いしな。俺ももう三十五だし。いつまでもガキみたいな夢をガキみたいに追っかけてるわけにもいかんわな。カノジョも『引退して、まっとうな勤め人になってくれ』って言うしさ」
……おまえもか」
 今度は俺が頭を掻く番だった。白いアフロ頭に手をつっこむ。
 よくあることだ。結婚を言い訳に挫折していった芸人を何人も知っている。
「おまえの天下獲りの夢は、結局その程度のもんだったってわけだな」
 なかば挑発のような言葉に顔をしかめたケェスケが口を開きかけたのを遮り、言葉をつぎ足す。
「ま、決めちまったもんは、しかたないよな」
 最後までケンカすることはないだろう。ヤツの第二だか第三だかの人生へ、気持ちよく送り出してやるとしようか。
「末永くお幸せに」
 祝福を贈って、背を向けた。階段に足をかけたところで、呼び止められる。
「おい、ゴロ」
 振り返ると、しかめっ面のままのケェスケが俺をにらみ上げていた。
「まだ瑠果ちゃんとつきあってんのか?」
 おいでなすったよ。いつまでも執念深いことだ。
「ああ」
 ヤツが黒いアフロ頭だった頃の記憶が蘇る。
 高校の同級生でコンビを組んだ、俺たち「パンダ・アフロ」。大学の学園祭で俺たちのライブを見てファンになってくれた瑠果。先輩、後輩、ファンのみんなで「絶対ひと花咲かせてやんぜ!」なんて野望語りながらバカやってたもんだ。
「元気なのか?」
「元気だよ」
 俺は目をすがめた。ヤツをにらみ下ろす。
「『ガキみたいな夢をガキみたいに追っかけてる』俺を応援してくれてるよ、あいつは」
 ぶつかり合う視線を先にそらしたのは、ケェスケの方だった。ため息まじりに「そうか」と漏らして床を見つめていたが、やがて勢いよく顔を上げ、
「彼女も、もう三十になっただろ。あんまり無理させるなよな。もう二度とあんな目にあわすんじゃねぇぞ」
 などと保護者ぶったことを偉そうにのたまい、とどめに「大人になれよ」と言い残して階段を駆け上がっていった。
 赤いスパンコールのきらめく背中が曲がり角に消えるのを眺め、鼻を鳴らす。
 おまえは他の女と結婚するんだろう? もう関係無いだろう? いや、横恋慕してみっともなくフラレたヤツなんざ、最初から関係無いんだけどな。
「本っ当に関係無ぇ」
 あらためて声に出して、俺は再び階段を上り始めた。



 昼さがりの秋空の下、小石を蹴飛ばしながらアパートへ続く路地を歩く。
「大人になれよ、ってか」
 関係無いと自分に言い聞かせてはみたものの、同じ戦場から去り行く元相方の言葉が突き刺さったのは事実だった。
 思えば、俺は他人からよく「ガキ」だと言われ続けてきた。やたら綿アメが好きなところとか、後先考えられないところとか、それこそ、夢をあきらめきれないところとか。
 バカにされているのはわかっている。腹がたったこともあるし、今も正直いらついている。だが、お笑いで天下獲りを目指す俺は、褒め言葉として受け取ることにしていた。
 だって、そうだろ? だいたい「大人」ってなんなんだ? 一般常識とかいう窮屈な枠の中で、周りに媚びへつらいながら、あたりさわりのないことばかりしているつまらない連中だろう?
 そんな「大人」の硬直した感性なんかでは、面白いネタなど作れない。ガキのままだってことは、それだけ自由ってことだ。枠もタガもなく、どの方向にもどこまでも伸びていけるってことだ。
「うん。そういうことだ」
 結論づけて、もうそれについては考えないことにした。こんなことで悩んでいる暇があったら、ネタのひとつでもひねり出さなければ。
 今日のライブはまったくウケなかった。午前中だったから、客の頭がまだ寝ぼけていたせいもあるだろう。だが、原因はもっとシンプルだ。
 飽きられている。三月に出したばかりのギャグが、もう飽きられてしまっている。三ヶ月しかたっていないのに。早く次の一発ギャグを開発しなければ。
 って、そう簡単に浮かべば苦労は無い。
 仕事からの帰り道はいつも、新ネタのことで頭がいっぱいだ。考えれば考えるほど、逆に何も考えられなくなっていく。
 ああ、イライラする。ファミレスにでもこもってじっくり考えられればいいのだが、財布の中にはもう二百円しかない。
 こんなときの精神安定剤は、綿アメだ。俺は綿アメが好きだ。綿アメ風に頭を白髪のアフロにしているぐらいだ。
 綿アメは安くて、うまい。しかも形がマンガのフキダシに似ていて、イマジネーションをかきたたせてくれる。あの白いふわふわを食べていると、新しいアイディアの素が体に入ってくるような気がするのだ。
 蹴り続けていた小石を道の脇へ寄せ、落としていた視線を前へ戻した。住宅街の屋根の上に、白い雲がいくつか見える。
 同じ白いふわふわでも雲じゃダメだ。あれは見た目だけだから。綿アメじゃないとダメだ。味覚と視覚が合体してこその効果なのだ。
「ただいまー」
 コンビニで三十円の綿アメを三個買って、俺はボロアパートに帰宅した。出迎える声はない。
 立ったままスニーカーを脱ごうとして、バランスを崩す。とっさに壁を突いた右手に、べとついた何かが絡んだ。クモの糸だ。
 瑠果が掃除をしていない証拠だ。だからといって彼女を責めるつもりはない。
 あれから約ひと月。彼女はまだ本調子に戻れていない。もう少し時間がかかるだろう。六年前のときは半年を、三年前のときは一年近く費やした。それよりは早く立ち直ってほしいもんだが……
 まったく。俺もつまらないヘマをしたものだ。気をつけていたつもりだったが、注意が足りなかった。「二度あることは三度ある」という。事実、あった。もう絶対に同じ失敗はしないようにしなければ。
 居間に瑠果はいなかった。まだ寝こんでいるのだろう。朝も昼も食べてないんじゃないか? 起きたら、卵の粥でも作ってやるかな。
 それまではネタ作りタイムだ。俺は手洗いを済ませると、ちゃぶ台にメモ帳を広げ、綿アメをつまみ始めた。
 甘い。空気を含んだ砂糖の糸玉が、舌の上で滑らかに溶けていく。焦りで凝り固まっていた脳みそも溶けていく。溶けて、創作用へと新しく練り上げられていく。
 思いつくギャグやフリートークのネタを、かたっぱしから書き連ねていく。いくつが使い物になるかなんて心配をしていては、前に進めなくなる。とにかく、頭にあるものを出しつくす。
 いいぞ、どんどん浮かぶ。
 いよいよ調子に乗ってきたところで、ドアの開く音がした。顔を上げると、瑠果が立っていた。
「ゴロちゃん、おかえり……
 青白い顔にかかるロングストレートの黒髪はぼさぼさに乱れていて、一週間前から同じクリーム色のパジャマ姿のままだった。
「おう、調子どうだ?」
…………
 彼女は物憂げな表情のまま、肯定とも否定ともとれない声を漏らした。まだダメそうだな。
「ちょっと今、ネタ作りがノッてるんだ。一段落ついたら、メシ作ってやるから。ちょっと待っててな」
「うん……
 うなずいた彼女は、ちゃぶ台の向かい側に座った。
 ん? 珍しい。普段は「集中のジャマになるから」と言って、出ていってくれるのに。そんな視界に入るところに居座られていたら、気が散るじゃないか。
「なぁ」と切りだすのと同時に、彼女が「ねぇ」と声をかけてきた。
……ケェスケ君、結婚して、パパになって、引退するんだってね」
「え? なんで知ってるんだ?」
「『お昼でPO☆PON』で言ってた……
 そういえば、言ってたな。今日の昼に発表するとかなんとか。あのローカル番組、見てたのか。
「へー、そうなのかー。ひょっとしたら、俺が代わりに『お昼でPO☆PON』に出れるようになるかもなー」
 興味なさげにふるまう。あまりこの話題を長引かせたくない。イヤな予感がする。
「あの、また子どもができたら、あたしたち、今度こそ
 予感的中。
「無理。まだ無理だって。何回も言ってるだろ」
 その話はしたくない。ケェスケに縁を切られた原因。
「ガキじゃあるまいし、現実見ればわかるだろ? どんなに愛し合ってたって、今の収入じゃ子どもなんか育てられないって。俺もおまえも身寄り無いんだし、誰にも頼れないんだぞ? 冠番組……いや、せめてレギュラー番組の一本でもなきゃ、不安で結婚なんかできねぇよ」
 つきあい始めてから八年、何度も話し合って結論は出ているのだ。瑠果は、その都度納得して俺についてきたのだ。イヤなら、三年前にケンカ売ってきたケェスケを選べばよかったのだ。
 選んだのは、瑠果だ。今さら蒸し返さないでほしい。
「そのための夢なんだからさ。そのために、笑いで天下獲ろうとがんばってるんだからさ。もうちょっと辛抱してくれよ、な?」
 説得に、いつもは泣きだしながらも「そうだね。ゴロちゃんの夢のためだもんね。ゴロちゃんの夢は、あたしの夢だしね」とうなずいてくれる瑠果だったが、今日はいつもと様子が違った。
 泣きだすどころか、顔から憂いが消えた。
「ふふ」
 青紫の唇の端に笑みがのぼる。一重瞼の細い目が、ちゃぶ台の上の綿アメに留まった。
「ゴロちゃん、本当に綿アメ好きだよね……
「あ? うん。いつも言ってるじゃないか。アイディアの素だって」
 話が突然あらぬ方へ飛んで面くらったが、結婚の話を続けられるよりはずっといい。
 彼女の視線は綿アメから離れない。目の光がどんどん強くなっていくような気がする。
「欲しいのか? まだあるから、食っていいぞ」
 食べかけの袋を差し出すが、彼女はゆっくりと首を振った。
「違うの。あたし、特別な綿アメを見つけたから、ゴロちゃんにあげなきゃと思って……
 何度も首を振りながら、瑠果はおぼつかない足どりで居間から出ていった。気配が静かに遠ざかっていく。
 「特別な綿アメ」?
 なんだろう? ワサンボンとか高級な砂糖で作った綿アメか? いくらぐらいのものなんだ? 手術代の出費でまた貧乏になったし、高いものなど買ってくれなくてもいいのに。
 まぁ、高いと言っても、しょせん綿アメだ。高いといってもタカがしれているし、俺のためだっていうのだから怒るわけにもいかないか。
「ゴロちゃん、おまたせ」
 三分ほどたっただろうか、瑠果が居間に戻ってきた。さっきまでのスローモーな動きではなく、弾んだ足どりで。声も明るい。
 さてどんなものを持ってきたのかと注目したが、彼女は何も持っていなかった。
「あれ? 『特別な綿アメ』とやらは?」
「あるわよ」
 答えた彼女が、また俺の向かいに座る。やっぱり何も持っていないように見える。
「どこに?」
「ここに」
 瑠果は右の掌を開き、俺の目の前に差し出した。


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