@Thatsright_CM
ため息をついて開けた音楽室のドア。小さめの打楽器がしまってある棚の前に、今日もみんなのランドセルが並んでる。赤、黒、赤、赤、赤、黒、赤。その列のはしっこにランドセルを置いた。
棚から自分の楽器を取り出して向きなおると、男子がティンパニを二人でえっちらおっちら運んでるのが見えた。いつ見ても重くてたいへんそう。
わたしはカウベルだから楽ちん。台形で手のひらサイズの銀色の鐘と小太鼓用のバチ一本だけ。
「みこっち、ヤッホ~」
スタンド付きの小太鼓を抱えて、はるちゃんも入ってきた。場所はわたしのとなり。クラスもおうちもおとなりさん。
「みこっち~。今日はぜったい一緒に帰ろうね~。ね?」
え? いつも一緒に帰ってるのに。どうしたのかな?
「トイレ行くときもぜったい一緒だよ~」
小太鼓を立てたはるちゃんは、いきなりわたしの手をにぎって、どアップで迫ってきた。
「……い、いいけど……。どしたの?」
びっくりして、のけぞっちゃった。はるちゃんは「はぁああ~」とため息なのか歌なのかよくわかんない声をあげて手をはなすと、小太鼓の皮を調節するネジをしめたりゆるめたりし始めた。
「ちょっと怖い話、聞いちゃってね~」
「へー、どんな? 聞きたい聞きたい」
耳たぶで手のひらを広げて、さいそくした。手を止めたはるちゃんが、耳もとに首を伸ばしてきた。
「ほら、六連覇したときの先生いたじゃん~。死んじゃったっていう~」
息ばっかりのひそひそ声がくすぐったい。
「心臓の病気らしいんだけど~。死んじゃった場所、この部屋なんだって~」
「え? そうなの?」
「怖くない? チョー怖くな~い?」
ツインテールをふりふりするはるちゃんに、わたしはショートボブを横にふりふりした。
「うーん……、怖くはない、かな」
「えー、ウソぉ? なんで~? ほら、ジバクレイっていうの? ユウレイ出るかもしれないじゃん~? 呪われちゃうかもしれないよ~? 怖いって~」
「わたし、ユウレイ信じてないもん。だって、見えないんだもん」
「見えないから怖いんじゃん~」
見えないってことは、いないってことだと思うんだけどなぁ。
「見たことないユウレイより、毎日見なきゃいけないホソマキの方が百倍怖いよ……」
みんなは半円形に並べたイスに座って、楽譜を確認したり楽器のチューニングをしたりしている。ちらっと指揮台を見た。ホソマキはまだ来てない。
「急におなかこわしたから練習中止、とかになればいいのに」って、みんなのいるところで言うわけにはいかないから、さっき音楽室の前でついたため息をもう一回。すると、はるちゃんの声がちょっと高くなって、ちょっと早口になった。
「みこっちは、いつも緊張しすぎなんだよ。リラックスすればすぐできるよ。あっ、そうそう、ホソマキ、今日の音楽はゴキゲンだったよ~」
そっか……。はるちゃんのクラス、歌もたて笛も上手にできたんだね。ホソマキは上手にできる子には優しいから。
はるちゃんだって、しゃべるのはゆっくりだけど、小太鼓打つのはものすごく速いから、ホソマキのお気に入りだもんね。
「てかさぁ、ホソマキって、ユウレイにとりつかれてんじゃないの~? だからギャーギャーギャーギャー優勝優勝ってうるさいんだよ~」
とりつかれてるからじゃないと思う。四年ぐらい前にこの学校に来てから一度も全国優勝できなくて、六連覇の先生とよく比べられちゃうから、ムキになっちゃうんだと思うんだよね。
「あの口に魔よけのお札貼ってやりたい~」
はるちゃんがイーの口をしてそう言ったとき、バターンとドアを開ける音がして、みんなのチューニングの音がピタっと止まった。
ああぁあ、やっぱり来ちゃったよ、ホソマキ……。
ホソダ・マキコ。略してホソマキ。黒いパンツスーツがはちきれそうなぐらい太ってるけど、ホソマキ。ヘンデルみたいなチリチリロングヘアにベートーベンみたいなしかめっつら。
うわぁ、はるちゃん情報とちがって、今、すっごくきげん悪そうだよ。ゴツゴツと鳴るヒールから、床にひびが入りそう。
コルネットのパートリーダーから号令がかかった。練習のはじまりのあいさつが終わると、ホソマキはすぐにタクトを振り上げた。
「『ヘイヴン』、とりあえず通すよ」
今年最後のコンクールを一週間後にひかえた三十五人
の目が、タクトに集中する。すっ、とみんなの息が揃って曲が始まった。
ホルンが主人公の暗い主旋律に、はるちゃんの小太鼓がクレッシェンドをかけながら迫ってくる。コルネットやトロンボーンも重なり、流れるようなメロディーから大太鼓が加わって刻むリズムに変わる。
もうすぐわたしの出番……!
バチをにぎりしめた。十一月の終わりで、さっきまでは寒いくらいだったのに、汗びっしょり。カウベルを持つ手のひらからサビっぽいにおいが漂ってくる。
低音の二連符と高音の三連符が、ボリュームと音階を少しずつ上げながら変わりばんこに三回くり返される。心臓の音もどんどん強くなっていく。緊張する。管楽器全員と大太鼓が「ダンダン」とフォルテで二回。
四分休符の沈もく。
その後、わたしもみんなと一緒に「ドン」とフォルテシモの四分音符。さあ、クライマックスへ。
……の、はずだったけど――
「やめー! やめやめー!」
顔をまっ赤にしてホソマキは大きく両腕を振った。パラパラと音がちぎれるようにやんでいく。うん、そうだよね……。
「カウベルー!」
顔よりも赤いくちびるを裂けるほど大きく開けて、楽器名でわたしを呼ぶ。
「いっつもいっつも何やってんの! ダンダン、カン、ドン! でしょ!」
わたし、またできなかった。また怒られた。
「はい……」
力いっぱい叩いたカウベルを持つ左手も、バチを持つ右手もふるえる。だけど、あごや足の方がたくさんふるえていた。
「管楽器のみんなは、メロディー覚えて五分間吹き続けてんのよ! 他のパーカッションだって速い連符ばっかりなのをちゃんとやってるの! あんたは『カン』って一発叩くだけなのよ?」
みんながどんなにたいへんなことをできてるのか、わたしがどんなに楽ちんなことをできてないのか。ホソマキはいつも大きな声で言いふらす。
管楽器のみんながつば抜きをしながら、チラチラと振り返ってはわたしを見ていた。チッて舌打ちしたりクスクス笑ったりして、また正面を向くんだ。
「もういい! あんたみたいのがいたら、優勝できない! もう帰りなさい!」
「え、ぇ……っ?」
声を出しちゃったのは、わたしだけじゃなかった。にやけていたみんなも、今はビックリした顔でわたしとホソマキと見比べている。注意するときガミガミどなるのはいつものことだけど、今までに「帰れ」なんて言うことはなかったから。
「次はできます。できますから……」
「できてない! そう言って、いつもできてない! ちゃんとできたためしが一度もない!」
「ない」と言うたび、タクトの先っちょを突き出された。何メートルもはなれてるのに、目の前でつっつかれてるみたいで怖い。
「できないんでしょ!」
はっきり決めつけられてしまうと、本当にできないような気がした。何も言い返せない。声が出ないよ……。
「帰れ!」
ホソマキはタクトで楽譜立てを思いっきりなぐりつけた。折れなかったのがふしぎなくらい、バチンと大きな音がした。わたしはよろよろと後ずさって、指揮台を囲むみんなの輪からはずれた。
「みこっちぃ……」
はるちゃんの泣きそうな声が聞こえたけど、無視することしかできなかった。顔見たら、泣いちゃいそうなんだもん。
後ろの楽器棚にカウベルとバチをかたづけると、赤と黒の列の中から自分のランドセルを拾って音楽室を出た。
やっぱり戻ろうとして、閉まったドアに手を伸ばした。けれど、すぐに合奏が始まってしまって、引っこめた。みんなのジャマになっちゃう。
っていうか、わたし、もうジャマなんだ。だから、追い出されたんだ。金管クラブに入って二年間、へたくそなりにがんばってきたけど、ここにいちゃいけないんだ……。
最後のコンクール出れないんだ……。
胸がしめつけられて、涙と鼻水があふれ出た。壁の向こう側から飛び出すフォルテは、わたしを追いはらおうとしてるみたいだった。
横の音楽準備室の壁に「町村小学校金管クラブ全国優勝六連覇の歴史」という大きなパネルがかかっている。いろんな説明文の横に、集合写真が六枚貼ってある。
スーツ姿の男の先生と、今はもう大人になってる卒業生たち。古い写真なのに、トロフィーや楽器がぴかぴか輝いてる。なるべく見ないようにして、横を通りすぎた。
今日だけじゃない。去年の夏ぐらいから、あのパネルをまともに見られない。わたしがみんなの足を引っぱってるんだって、はっきりわかっちゃったときから。
今年は優勝できるのかなぁ? わたしがいなくなったら、優勝できるのかなぁ?
何度もしゃくりあげ、制服のそでで鼻水をぬぐいながら、わたしはうす暗くて寒いろう下を歩き続けた。
♪
まっ暗な教室から、一つ上の階で光る音楽室が見える。窓を開くと、聞こえる音のボリュームが少し上がった。
「へくちっ!」
月も星も見えないくもった夜の冷たい風で、くしゃみが出た。窓を閉めたけど、スチームのスイッチは用務員室じゃなきゃ入れられないし、寒いまま。カゼひいちゃうかも。
でも、まだおうちには帰りたくない。泣いたのバレたらお母さんに何があったのか問いつめられるし、はるちゃんと一緒に帰ってないのがバレたらやっぱり問いつめられるし。
練習から追い出されたなんて、言いたくない。ただでさえ「はるちゃんは上手なのにね……」ってあきれられてるのに。
自分のクラスで時間つぶして、練習終わったら、はるちゃんと帰るんだ。さっき、はるちゃんに「今日はぜったい一緒に帰ろうね~」って言われたもんね。うん。
宿題でもしようかなって思ったけれど、明かりつけたら見回りの先生や用務員さんに見つかって「早く帰りなさい」って言われちゃいそう。やることがないから、つい窓の外を見上げて、耳をすませてしまう。
ホルンの二連符とコルネットの三連符が、かわりばんこに三回くり返される。管楽器全員と大太鼓のフォルテが二回。四分休符の後、ドンとフォルテシモの四分音符。
「一音たりないなぁ」
「わあっ!」
後ろからいきなり男の人の声が聞こえて、びっくりして振り返った。青いジャージを着た細いおにいさん……んー? おじさん? が腕を組んで立っている。右に七三分けの前髪にジャージは合わないなぁ。
……あれ? このおじさん、どっかで見たことがあるような……。他の学年の先生かな?
「ダンダンとドンの間に、カウベルのカンが入るよね? みこっちがやるんじゃないの?」
わたしの楽器もあだなも知ってるってことは、やっぱりうちの学校の先生だよね。夜の七時なのに、まだ残ってる六年生を注意しなくてもいいのかなぁ。ま、いいかぁ。
「明日からちがう子がやると思う。わたし、ダメな子で、一回叩くだけなのに、何回やってもできないんです」
はるちゃんにさそわれてクラブに入ったけど、わたしだけオンチで失敗ばっかり。だから今回の曲『ヘイヴン』では、五分の演奏時間の中で出番が一回こっきりのカウベルしかやらせてもらえなかった。
「タイミングがずれて怒られて、音が小さいって怒られて。すごく緊張して怖くてしかたなくなって、またまちがえて怒られて」
その一回こっきりすら、まともにできないんだもん。
「……ぜったい、できないんだもん……」
わたしはまた窓を見上げた。すごくまぶしい。目が痛い。胸も痛いよ。
「自分で自分をがんじがらめにしちゃってるなぁ」
後ろで大きなため息が聞こえた。
「肩の力抜かなきゃ、だな。だいたい、『絶対できない』なんて言ってたら、いつまでたってもできないぞ。『できる』って信じなきゃ」
はるちゃんにも似たようなこと言われたけど、でも、できないんだもん……。
「だいじょうぶ。先生は知ってる。みこっちはダメな子なんかじゃないぞ。ちょっとオンチで、ちょっとのみこみが悪くて、ちょっとあがり症で、ちょっと気が弱いだけだよ」
なぐさめてくれてるんだろうけど「ちょっと」がいっぱいありすぎるよね……。ちりも積もれば山となるよね……。それって、ぜんぜんダメってことだよね……。
「ランドセル持って、おいで」
出口に向かう先生に呼ばれた。ああ、今から職員室に連れていかれて、おそくまで残ってたのをお説教かな。
「今日は怒られてばっかりの日になっちゃったなぁ」ってしょんぼりしながら、わたしは先生の後についていった。
♪
先生に連れてこられたのはなぜか職員室じゃなくて、いつもは鍵がかかってて入れない屋上だった。先生がガチャガチャとノブを回してドアを開けると、教室にいるときよりメロディーが大きく聞こえてきた。
先生の横をすりぬけて屋上に入って、くすんだ白い鉄柵のすき間から、右ななめ下で光る窓をのぞきこんだ。
タクトと一緒に振り回されてるチリチリ頭。ホソマキが大きく腕を振ると、音がやんだ。まっ赤な顔でホルンに何かさけんでる。
カン、とさわやかな金属の音が響いた。
わたしはまたびっくりして振り返った。それは、四分休符の間にわたしが出さなきゃいけない音。
「なぁ、みこっち。先生なら、本当にダメな子にはこの曲のカウベルは任せないぞ」
先生の手には、わたしがいつも使っているカウベルと小太鼓のバチがにぎられていた。
え? え? さっき持ってたっけ? いつのまに持ってきたの? それとも、どこかのポッケにかくしてたのかな?
「星の音」
そうつぶやいて、先生はもう一度軽くカウベルを叩いた。
星の音? よくわかんないけど、たしかに星が地面に跳ねたような、かたくてくっきりしとした音だった。わたしが叩くと、ゴツッて感じの変な音にしかならないのに。
「みこっちに問題。『ヘイヴン』はどんな曲で、カウベルは何を表してるのかな?」