@shalnadia
これは、憑の魔王がセレニタに潜入した時の痕跡の話。
迂闊にも一般人に見られ放題の、迂闊な魔王の話。
【憑の魔王のセレニタ潜入記】
・国境の関門の兵士
「止まれ!……っと、失礼いたしました!!
はっ、この者でありますか……?いえ、我々の記憶にはないであります。
この者がなにか?……いえっ、余計なことを言いました!お疲れ様であります!!」
・都の門番の兵士
「あ、いつもお疲れさんですー。
人探し……?ふん、ふん…そんな子なら見かけましたわー。
ここがフィトランゼかー、って聞いてきはったんですわ。
いかにも旅行者とか冒険者みたいな服装やったけど、背がどうみても子供やったな。
それに真っ赤な髪。あんな綺麗な赤の髪の子もおるんやなーってなったわ。
不審な様子?いえ、特には。姫様に謁見したいとは言うてはったけど。
……はあ、以上で。了解ですー。今日もお勤めがんばりますわー」
・食料品店の女将
「はい、いらっしゃ……あら!久しぶりじゃない!元気にしてた?
まあまあ、また一段と立派になって!あんなに小さかったのに!
え、今日は仕事できた?そう、残念ねえ。それで?
……人探し?悪人かしら?…そうかもしれないから調べているのね。
ふむ、ふむ。その子なら覚えてるわ、とても目立つ髪だったもの。
なんだか暫く悩んでたけど、結局リンゴをひとつ買っていったわ。
確かに目つきは悪かったけど、悪い事しそうには見えなかったわねえ。
え?ええ、食い逃げも万引きもしてないわよ。
お仕事の手伝いが出来たかしら?そう!今度はもっとゆっくりしていってね!」
・姫へ報告
「……以上です。国内で悪事をしたとの証言はありませんでした」
「ご苦労様ですわ」
3名ほか複数の証言のまとめを受けた、読心の勇者は安堵とも困惑ともとれないため息をついた。
クラリエ・シェリー・フォンティア。セレニタ国の姫で、信託を受けた読心の勇者。
その読心の勇者に一人の勇者…いや、魔王が謁見を申し込んできたのが、つい先日のこと。
能力を把握していてなお自ら乗り込んできたのは力の誇示か、それとも愚かなのか。
(嘘は……「言って」いなかったようですわね……)
・遡る事数日前、謁見室
「姫、入りますよ」
「ええ」
執事兼護衛の者に連れられ、謁見室に一人の少女が入ってくる。
まるで人間のような姿をしているが、それは勇者の少女に憑依した、憑の魔王だ。
どこで手に入れたのか、ドレスを着て、ガチガチに緊張している。
「……土と小麦の匂いがしますわ。ふふ、ようこそいらっしゃいました」
「く、クラリエ様におかれましてはご機嫌麗しゅうございます……」
「ええ、ありがとう。今日はどういった御用でしょうか?」
「本日は読心の勇者たる姫殿下のお力に救いを求めてまいりました」
「――……そうですの。わたくしと同じく勇者でいらっしゃるとか」
「ぇ、あ、はい」
……どことなく、怪しい。まるで台本を読んでいるかのようだ。
生まれつき盲目のクラリエには表情などで何を考えているかわからない。ならば。
(ええとつい勇者の立場を使ってしまったがどうしよう二つ名とか考えておらぬぞああああ)
能力を使えばいい。やはり嘘のようだ。
「……勇者の証をお見せいただいてもよろしくて?」
「うぇ!?しょ、少々お待ちを…!」
(ああ疑われておる当然じゃ勇者を騙るものなどごまんとおるじゃろうからな)
ごそごそと、衣擦れの音。どこに身に着けているのか、取り出しにくい場所なのか。
「お、お待たせいたしました、どうぞ」
「……」
手渡された、硬い宝石らしき手触り。どうやら、これが本物であることは間違いないようだ。
「ありがとうございます。疑って申し訳ありません」
「いえ!立場上仕方のないことと存じ上げます」
(と、とりあえず乗り切ったようじゃがこれからどうしよう何を何から話せばよいのか)
「そうだ、名前をお伺いしてもよろしくて?」
「名」
(名、え、えーと、いかん思い出せぬちゃんと考えてきたのにえーとえーと…!)
「……。どうやら過度に緊張なさっているようですわ。少し二人にしてもらえる?」
そばに仕える執事とメイドに声をかける。執事は驚きもせずに驚いたような声で、
「しかし、姫」
「この方は大丈夫ですわ」
「姫がそう仰るならば」
二人が謁見室から出て行くと、読心の勇者と憑の魔王はひとつ息をついた。
「そんなに緊張なさらないで。わたくしまで緊張してしまいますわ」
「しかし……」
(相手は姫で勇者じゃぞ落ち着けるわけがなかろうまあ急に切りかかってきたりはしまいが)
「とりあえず、こちらへ。お茶はいかが?」
クラリエの先導で、上質なソファへと座る二人。用意してあった紅茶は、少し冷めていた。
(たしか民が姫は盲人だと言っておったがそんなようには見えぬな…)
「あら、慣れた場所だからわかるだけですわ」
(! そうじゃった心を読めるのじゃったああつまり今までのを全て聞かれてうわああ)
「くす。……失礼ながら、あなた、勇者ではないですわね?ああいえ、口に出さなくていいですわ」
(落ち着いてー…落ち着いてー…。では、まず最初に謝罪させていただくのじゃ)
「謝罪、ですの?」
(無礼な物言いをしていること、そして、勇者と嘘をついたことへの謝罪を)
「物言いは慣れっこですわ。……しかし、証は本物のようでした」
(ええと……その。我は憑の魔王、生物に取り憑いて魂を食らう、わるーい魔王じゃ)
「!?」
(そして、今取り憑いているこの娘は、どうやら勇者らしいのじゃ)
「……なるほど」
しばし、間。紅茶の香りだけがそこにあった。
「貴方様は嘘つきですね」
「嘘つき、とは?」
「これだけの隙を見せても何もしてこないのですもの」
「むう」
「くす、くす。……そうですわ。わたくしの力に救いを求めてとは、どういうことですの?」
「そう、それなのじゃが……もう一度思考のほうで」
「ええ」
(……ここまでで、我以外の思考は読めたかのう?)
「いえ……?」
(先に言ったとおり、我は生物に憑依しておる。つまり二人分の思考が読めておるはずなのじゃ)
「なるほど」
(我は、この勇者の心を開きたい。何故閉じてしまったのかわからぬが、開きたいのじゃ)
「思考を棄てるほどの事があったと考えるのが普通ですわ。それでもなお……?」
(それは……そうじゃな、この者に更なる苦痛を与えるかもしれぬ。わるーい魔王じゃろう?)
「……わかりました。協力いたしましょう」
「恩に着るのじゃ」
「では、なるべく心を空っぽにして……」
「うむ…」
深く、深淵(ふか)く、相手の心に潜り込む。それは、読心の勇者にとってもリスクの高い行為。
普段ならもう奥の奥まで視えていてもおかしくない深さ。
しかし、そこに何かあるようには視えなかった。音も、色も、ない。しかし。
「…………海の、匂い……?」
一瞬、わずかに、そんな匂いを感じた、気がした。それだけだった。
「……ハアッ、ハアッ……!」
「ず、随分息が上がっておるようじゃが、大丈夫かの?」
「だ、大丈夫、ですわ。だけど、ごめんなさい。今のわたくしにはこれ以上わかりません」
「そうか…。ありがとうの、わざわざこんなことをしてくれて」
「いえ。勇気を出してわざわざ来ていただいたのですもの」
それから暫し、他愛もない話をして。
多少仲良くなって、その日の謁見は終了した。
その後も何度か謁見と称してただのお茶会しにくるのだが、それは別のお話。
【おしまい】