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「少し、お話いいですか」
突然声をかけられた中年男性は、驚いた顔で振り返る。そこには、穏やかだとか微笑だとかそういう類の言葉が服を着ているかのような青年がひとり。仕事のために急ぎ近道に路地裏へと入った中年と、彼を追いかけてきた、彼よりもずっと背が高い青年。言葉だけでは親父狩りの寸前のようにしか思えないが、青年の純朴さがそうではないと教えてくれる。
「……何でしょう、か」
それでも、見ず知らずの相手がこんな人気のない場所で声をかけてきたのは怖い。恐る恐るといった様子で中年男性は返事をする。そんな彼の怯えた様に一切フォローもせず、青年は切りだした。
「貴方、さっきまで中学生ぐらいの女の子でしたよね」
青年は頭がおかしいのだろう。そう思うしかない内容に、中年男性はかなりひきつった笑顔で「はぁ……ちょっとよくわからないですが」と、後ずさる。当たり前の反応だ。しかし、青年は彼を逃がす気はないようで、こう続けるのだ。
「その前はパーマをかけたOLさん。ですがその時話している貴方の声は、私の近所に住む女子大生の声でしたし、その更に前の姿は私の同僚のものでした。だから、とても驚いたのです。声だけは別人の声だったので、尚更」
「いったいいつから見ていたの?」
中年男性が、始めて彼に応じる声音で返事をした。ただし、その声は中年男性が出すにはかなり若い……そう、青年の声と全く同じ声での、返事だった。
「いったいいつから、あぶりの事を見ていたの? 何時間も後をつけて見ていたの? まぁ、何て気持ちが悪い方!」
青年の声のまま、アニメに出てきそうなわざとらしすぎる上品さがある口調で中年男性が―――先ほどまで、中年男性の姿をしていた、黒髪の少女が笑う。
「はじめまして、私(わたくし)、あぶり・キョーコと申します」
カジュアルなワンピースには似合わない、やはりわざとらしい会釈をして黒髪の少女が青年を見上げる。身長差がかなりあるために確かに彼女が見上げている側なのに、まるで見下しているような不遜な目つきで笑いながら。
「では、何の御用かしら? もしかして、都市伝説板の呪ってほしいやつリストの方からの方? あれは半年試してあんまりおもしろい結果が出なかったから、もうやっていないサービスですの。ごめんなさいね」
「貴方達と、同じにしてください」
少女の言葉もかなり奇天烈なものだったが、青年はその上をいくようだ。嘲笑をけらけらと鳴らしていた少女が、笑うのをやめて彼を見る。
「……本気ですの?」
「勿論です。ずっと、知りたかったのです。そう、僕は、貴方の後ろにいる存在を―――」

「―――みてみたいのです」
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別の路地裏を、鼻歌を歌いながら少女が歩く。先ほどの姿のまま、黒髪を揺らしている。
が、突然彼女は突然足を止めた。すると、そのタイミングに綺麗にはまるように電気メーターのチェックをしていた男が彼女へと振り返る。
「白峯(シラミネ)様よりご伝言が」
「まぁ、まあ! シラミネ! また直接は会いに来てくれないのね、つれない人! でもいいでしょう。あぶりは今、とても機嫌が良いので許してさしあげます。で、ご用件はなあに?」
「余計な事をするな、と。そのようなルールを侵すやり方を続ける限り、白峯は阿夫利(あぶり)の妨害を続ける、とも。」
「まぁ、まあ……。過激ですわね。戦う能などないくせに」
「それでも、阿夫利の起こす問題を鎮静化は出来ますので。あと、お忘れなく。阿夫利殿の能力は、白峯様には効きません」
妄信的なまでに忠実。そんな言葉が浮かぶ声色で断言され、黒髪の少女はためいきをついた。そして、笑う。
「問題など、ありませんわ」
「彼は、あぶりを受け入れました。違和感とは受け入れられぬ些細な引っ掛かりを気に掛ける行為。あぶりを受け入れ、ドッペルゲンガーを受け取ってしまったあの子には、もうあぶりの邪魔をする事は出来ない。せいぜい、あぶりのためにこの町の中たんまりとドッペルゲンガーを肥らせていただくのが最善かと。情報は、金とも言いますしね。うふふ、あぶりってば冴えております。最高です」
何も返事をされなくても、お構いなしに黒髪の少女が笑う。そうして、もう一度繰り返す。
「問題など、ありませんわ」

黒髪を揺らし、鼻歌を歌いながら去っていく背中に最後にもう一度だけ声がかかった。
「その格好で出歩くのはやめなさい。そうも、白峯様は繰り返しておりましたよ」
少女は何も返事をせず、振り返りもせず。大通りへと出て、雑踏に紛れた。おそらくもう姿も声も違うのだろう。一度目を離したその瞬間から、もう彼女を見つけることは、常識の中で生きる者達にはまず不可能だと、彼女に出会った者達はみな、わかっている。だから、探そうとは思わず己の暮らしに戻るしかないのだ。
そう、普通は、そう思うのだ。