@natyupo
以前「YOIは勝生勇利による神殺しである」というモーメント(https://twitter.com/i/moments/819929342952108033)をまとめたが、今回は別の視点で見てみたい。
それが「YOIはユーリ・プリセツキーによる父殺しの物語である」という視点だ。
ヴィクトル・ニキフォロフとユーリ・プリセツキーとは意図的にかどうか知らんけど「父-子」を暗喩してる感じあると思ってる。
あるいは「同一人物の時間だけが違うもの」的な感じ。(つまりユリオの未来図がヴィクトル)ユリオの髪型はヴィクトルリスペクトなんだろうけど金色と銀色の髪色、似た髪形という事を考えるとメタ的にはそういう意味合いがあってもおかしくはない。
だからユリオの成長の儀式としてユリオの中でヴィクトルに憧れる時期があって(擬似的な【父】を尊敬し憧れの対象とする時期)
それは「ロシアでチームメイトをしていた」いわば「巣の中にいた」時の事となっていて、しかしユリオは「外」の世界にいる勝生勇利の演技に魂を揺さぶられてしまった為に「巣立ち」せねばならなくなった。
「外の世界への希求や憧れ」を与えられてしまった事による変化がそうさせた
これがヴィクトルが勇利から受け取った二つのLとは違う、ユリオに勇利によって与えられた”L”の効果だと思う。そして憧れ、希求=longingを与えられたユリオは周囲の力を借り、また自身もその熱を源泉にして必死な努力をして成長していった。そしてその成長のプロセスに必要だったのが「憧れの存在」から「超えるべきものとしての父」に代わったヴィクトルを「殺す」事だった。
といっても、もちろんヴィクトルを実際に殺す必要はなく、また実際には「それまでのヴィクトルを殺しつつ、新しいヴィクトルを再生させつつあった」のは勇利だった。
つまりその時ユリオの【勝生勇利のスケートに魂を揺り動かされてしまった事を契機として】始まった成長(進化)とは別軸でヴィクトルー勇利間では【互いの出会いを契機として互いに与え合ったものに拠る】「再生のプロセス」が同時進行していた(ヴィクトルは勇利による二つのLの供給とイマジネーションの源泉の供給による死と再生、勇利はヴィクトルの視線=存在と繋がる事に依っての新生)
ユリオの「進化のプロセス」には勇利が与えたlongingを契機にヴィクトルが「殺す=超える」対象になる必要があって、ヴィクトルの「再生のプロセス」には勇利が供給した「life&love」によってそれまでの自分を死なせ、新生させる必要があった。
勇利ももちろんユリオとヴィクトル両方から受け取るものがあって、それによって未来の扉を開く事のできる【新生】勝生勇利となれたのだけど、ここでは割愛し、「父と子」あるいは「同一人物の過去と未来の暗喩」としてのユリオとヴィクトルに注目してみる。
ユリオは「未来」の象徴であり、伝説を受け継ぐ者だ。故に勇利から与えられるものはlongingという”渇望と希求”の性質を帯びるもの=「追い求めるもの」でなくてはならなかった。そして勇利の演技に与えられた希求に促されてユリオは成長のプロセスを歩み始めた
一方ヴィクトルは「成熟した大人」として行き詰った「現在」の象徴であり、行き詰った未来の扉を「どう開くか」を模索する者だ。その未来の扉を開く鍵を必要とする者で、だから勇利に与えられるものはlife&loveという”豊饒と滋養”の性質を帯びるものでなくてはならなかった。
勇利に与えられたlife&loveによって自らの付けた枷と共に心中しようとしていたヴィクトルの「病巣」は死に、「再生のプロセス」を歩み始めた。そして再生したヴィクトルが生きていくためにはソウルメイトである勇利による恒久的な「life&love」の供給が必要だった。これによってヴィクトルは恒久的な【乳と蜜の満つる約束の地】を手に入れた。そう考えるとその【約束の地カナン】の乳と蜜の源泉となる勝生勇利を必要とするのは必然だ。
つまりユリオに与えられたlongingはユリオが「進化していく」為に必要で、ヴィクトルに与えられたlife&loveはヴィクトルが「”本当の意味で”生きていく」為に必要なものだったというのが「成長過程にある」ユリオと「人生の充実が必要になってくる」ヴィクトルとの違いなのだ。
ヴィクトルは人生を充実させ「二人でなら辿り着ける場所」に行くために勇利というソウルメイトとがっつりひとつのユニットを組んで安定した。
一方longingを与えられたユリオは「未来の自分としてのヴィクトル」のように”魂で繋がり、生きていく力となる存在”を追い求める事をヴィクトルを見て学習していく。(ユリオにとってのその存在は現在関わっている人の中にいるかもしれないし、まだ出会っていないのかもしれない)
そうやってユリオの心の中でヴィクトルは「憧れの対象としての父」から「乗り越えるべき対象としての父」に代わり(えらく若いが)
一度はその記録を塗り替えた事で「擬似的父であるヴィクトル殺した」事を心で知覚した。
ユリオが暗喩的な父(ヴィクトル)のパートナー(勇利)の演技(の核に在る美?)にlongingを抱き、そしてそれを契機として「父が殺す対象に変わる」というのはエディプスコンプレックスめいていて示唆的であり面白い。
そしてそのユリオとヴィクトル両者の「成長」と「再生」に最重要の因子を与えたのが勝生勇利という存在だという事とユリオとヴィクトルが「継承」で繋がっている(つまり疑似的な父と子)という事を合わせて考えるととても興味深い関係性だなと思うのであった
(終わり)