@mugenwars
「やあ、まだゲンキかい?」
突然の再開に、囚獄の勇者はサングラスの向こうの目を丸くして驚いた。
「"まだ"ってなんやねん」
彼の前にいるのは
黒から銀に変わる長い髪を後ろで縛り、黒いベストを着ている、見た目では図書館かどこかの司書といったような男。
しかし、男の浅黒い肌と、にこにこと笑うその顔に、勇者は覚えがあった。
「ええと…伝令の、…。」
伝令の悪魔。
今、勇者が対峙しているのはその人である。
しかし、ここは人間たちの住まう聖界。本来、悪魔などと言う存在がいてよいものではないのだ。
「なんや、その格好」
そしてもうひとつ、
勇者が知る悪魔の姿は、黒い羽と黒い尾をもち、黒い服を見にまとった姿だった。
それが今の悪魔は、肌と髪の色、そして張り付いた笑顔がなければそれと気づかないほど、人間のようで、
なにより、町中で見かけるには少々場違いな服装だった。
「コレは仕事着、副業の方ね」
「副業」
ぱちくりと丸くしたままの目を瞬きさせる。
そんな勇者のようすに満足そうに悪魔は笑った。
「ねえ、キミから貰った"大事なヒト"の話、アレやっぱり有効にしてもらっていいかな」
にんまり
そんな笑顔とともに語られる悪魔の言葉に、勇者は体を強張らせる。
少し前、勇者はこの悪魔と取引を交わした。
なんのことはない、気まぐれのような口約束を、ここで支払えと悪魔はそう言うのだ。
「…なにされるん」
恐る恐る勇者は訊ねる。
悪魔はもういっそう、にんまりと笑った。
【勇者と悪魔の短いお話】
「あー!やっぱりオイシイ!想像以上だよね!」
口の端にクリームをつけて、悪魔が満面の笑みを見せた。
その対面に座っている勇者は、未だ状況を飲み込めないかのようにぽかんと口を半分開いたまま悪魔を見つめていた。
悪魔から言い渡されたのはこの一言だった。
「今日一日ボクの食べ歩きツアーに付き合って」
そうしてあれよあれよというまに手を引かれ、
たぶん一人じゃ入らないだろうお洒落なカフェで、
クリームが山と盛られ、半分にカットされたイチゴが飾られ、さらにその上からチョコレートソースがかけられたパフェを注文し、
それをとても美味しそうに食べる様を見せつけられているのだ。
「なあ、あの、これ…どういうこと?」
呆けながらようやく出た言葉はなんとも不自由な言葉となってしまった。
だが悪魔はその言葉に当然のように答える。
「いっただろ、一日付き合えって。ヒトリじゃこんなところ来れないからねー」
また一口、パフェを口に含んで幸せそうな顔をする悪魔の姿に、勇者は小さく「えぇ…」と声を漏らす。
ぺろりとパフェを平らげた悪魔はコーヒーを飲み干し、一息ついてから、さて、と立ち上がる。
「次にいくよ考えすぎくん」
悪魔はまたにんまりと笑った。
次はケーキ屋だった。女性が並ぶ列を勇者と悪魔で、しかもたぶん男同士で並ぶのはなかなか恥ずかしかったし、注文したケーキの名前が「期間限定ふわふわ春の初恋味チェリーミルクシフォン」なんて名前を悪魔は恥ずかしがることなく店員に告げるものだから、隣にいた勇者のほうが恥ずかしくなった。
甘党なのかとおもえば、次はラーメン屋だった。
それも激辛のラーメンを注文する悪魔に勇者が
「ようさん食べるなあ…」と感心しながら呟いたら、
「双子の方がボクの倍はタべるよ」と返され、こちらも少し前に出会った双子の悪魔を思い出して苦笑した。
そのあと「ヤバイ」の一言で一口渡された激辛ラーメンを啜って、勇者は悶絶する。
次はからあげの屋台だった。
いくつか味見をして、お土産用にと7パックも買い込んだ。
そうして買ったひとつを、悪魔は勇者に手渡して、
「買い食いはサイコウだよね」とまたにんまり笑った。
日が落ち始めた町を悪魔が踊るように歩く。
「さて、あとはお使いを済ませてオワリだなあ」
終止楽しそうだった悪魔の背を眺めて、勇者は思う。
今日は本当に散々町をつれ回された。なんなら今日一日で町の構造に詳しくなったぐらいだ。
だがそう、本当に釣れ回されただけなのだ。
奢らされることはなかったし、置いていかれることも迷わされる事もなかった。
ゆっくり歩きながら、勇者は口を開く。
「たのしかったか?」
その言葉に悪魔は振り替えって、尚笑う。
「モチロンさ」
悪魔の笑顔に安心したように、勇者は「そっか」と言って今日を振り替えるように目を閉じた。
すぐに目をあけて、勇者は悪魔に訊ねる。
「これで良かったん?」
それは「大事なヒトを一人もらう」という悪魔との契約。
これが対価でよかったのかということだった。
悪魔はくるりとまわって勇者に背を向ける。
「言っただろう、ヒトリじゃこんなところ来れないって。ボクが"この世界で"活動するのは、割と制約が多くてね」
どこか寂しそうに、どこか諦めたように、
悪魔は腕を羽のように大きく広げる。
「コトバはタマシイから紡がれるものだ。だからこそ、読み取るのは難しく、間違えればタマシイを傷つける。けれどキミ"たち"は、ヒトのコトバを汲み取りすぎだよ」
ぱたり、と広げた腕が下ろされる。
そうしてから、悪魔は首を横に振った。
「今日はホントウに、ただボクがボクのプライベートで来たかっただけさ」
そして振り返った悪魔は、にこりと笑って見せた。
勇者はそれを見て、すこし笑って手に下げたからあげのパックの袋をすこし掲げた。
「ほんなら、ごちそうになるわ」
悪魔は、満足そうににんまりと笑った。
町に日が沈んでいく。
最後に悪魔が笑って、「気を付けてね」と付け足して帰っていくのを見届けて、なんのことだろうと勇者が思い、
本体に帰った勇者が、昼に食べた激辛の味を思い出して悶絶するのはもう少しあとの話。