X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

お引越し

全体公開 3362文字
2017-06-21 20:13:21

#いいねした人を自分の世界観でキャラ化する より、新入社員の桐島くんと総務の木村先輩

Posted by @raixxx_3am

「お疲れ様です、こちらお願いしても大丈夫ですか?」
 耳慣れた声は、半覚醒のままだった意識へとゆるやかに揺さぶりをかける。 視線をあげたその先に映るのは、以前よりもずっと板について見えるようになったスーツ姿でぎこちなく笑いかけながら書類を差し出してくれる姿だ。
「ああ、桐島くん」
 すこしぐらつく頭をおさえつけるようにこめかみをさすりながら返答を返せば、途端にどこか物憂げなまなざしがこちらを捉える。
「体調不良ですか? 頭痛薬ならありますよ、持ち合わせ」
 心からの慮っての言葉を前に、周囲に居合わせた同僚は思わずこらえきれずに苦笑いをかみ殺す。
「ごめんごめん、そういうのじゃなくて」
  どこか居心地の悪さを隠せないまま、くしゃりと髪をかき分けるようにしながら私は答える。
「撮り溜めてた録画の消化くらいのつもりで見始めたドラマの続きがどーーーーしても気になっちゃって。早めに休もって布団に入ってもそわそわして寝れないもんだから、つい見始めたら止まらなくなっちゃったのね」
  興奮状態のまま、ブランケットを巻きつけただけの粗末な格好で床の上で寝落ちたのは明け方三時過ぎ(推定)
「頭は回らないし、背中は痛いし、でも脳の変なとこだけはぐるぐるフル回転してるしで……なんかもう、散々っていうか」
 学生じゃないんだから。
 桐島くん、真似しちゃダメだよ。
 周囲から茶化すような声が矢継ぎ早に投げかけられる中、目の前の当人はと言えば、どこか居心地の悪そうな愛想笑いをこぼすばかりだ。
 ―― 如何にも社会人らしいというのか、なんと言うのか。
「ごめんね。で、なんだっけ?」
「すみません、こないだ引っ越したので転居と交通費の申請をお願いしたくて」
 手渡された書類には、もう早見慣れたすこし筆圧の強めな綺麗な字で、新しい住所が記載されている。 へぇ、そう言うこと。ね。



「したたかに酔っていたわけですよ、まぁ」
 無礼講だなんて言葉は何よりも忌み嫌う言葉のはずだったのに。なんと言うのか。

  まだ着慣れていない様子のいやにぱりっとしたスーツ姿にぎこちない愛想笑い。 見慣れないその顔は、別の部署の新入社員で間違い無いのだろうと自己紹介よりも前にすぐに検討はついた。
「気づいたら喋ってたっていうか……その。全然知らない相手の方が気楽な時ってあるでしょ、やっぱ」
「女子高生の病みアカみたいなあれ」
「一緒にしないでよ、そこは」
  なにせ反省は山のようにあるので。 程よく柚子胡椒の効いた手羽先に齧りつきながら、私は答える。

 探り合いめいた世間話も尽きたころ――いつの間にか口をついて出ていたのは、その当時の一番の懸案事項だった婚約者やその周辺とのトラブルについてだった。
「別に家と家が結婚するわけじゃないのにね、ほんともう色々面倒っていうか。いまって平成何年だったっけ? みたいな気になるわけよ。板挟みになってる向こうもなにかと大変だってことくらいわかるんだけど、こっちだって譲れないことくらいあるしね」
 ――なんでこんな話してるんだろう。それも、よりによって初対面の男の子に。絡み酒にもほどがある、と気づいたころにはもう遅い。
……ごめんごめん、何言ってんだろうね。気にしないでね」
 取り繕うようなぎこちない笑顔を返せば、アルコールの効能か、少しだけ揺らいだまなざしから伝えられるのは、飾り気なんてひとかけらもないぬくもりに満ち溢れた色だ。
……木村さん、」
 ゆるやかにかぶりを振る仕草ののち、目の前の男の子は言葉を続ける。
「わかりますよ……っていっちゃうとなんか、すごい偉そうで申し訳ないんですけど。なんていうか、木村さんが俺に話して楽になるんならそれで全然いいんで、気にしないでください」
「桐島くん、」
「なんていうかまぁ、感謝する気持ちはあるんですけど、どっかで『それとこれは別』って思っちゃうっていうか。別の人間じゃないですか、向こうもこっちも。気にかけてくれることに対してはありがたいなって思う反面、なんていうか、割り切れないことっていくつもあって――
 とつとつと語られる言葉は、胸のうちに静かに潜ませていたであろう本音を余すことなく伝えてくれる。
――すみませんなんか、余計なこと言っちゃって」
 ぶん、と打ち消すように大げさにかぶりを振り、にっこりとめいっぱいの笑顔で笑いかけるようにしながら、私は答える。
「まじめだよね、桐島くんは」
……どうなんでしょうね」
「少なくとも私にはそう見えるよ」
「騙されてるんですよ」
「またまたぁ」
 わざとらしく笑いかけながら、すっかり氷が溶けてうすくなった焼酎にちびりちびりと口をつける。

「まぁいろいろあるわけよ。交通費の清算に勤怠システムの入力漏れだとか、IDカードのセキュリティの更新とかね。そのたびにお疲れさまです、お時間少しよろしいですかって丁寧に聞いてくれて。なんていうのか、礼儀正しいんだけど堅苦しくも押しつけがましくもないっていうの? 気持ちいい子なのね」
 あまり感情を表に出す方でもなければ、むやみやたらに明るく愛想よく振る舞うだなんてタイプでもないけれど。
 しゃんと伸びた背筋や行儀のよさを感じさせる立ち居振る舞いは、同期入社の新人達の中でも群を抜いて見えるのは確かで。
「ほうほう」
 相槌のかたわら、たっぷりとマヨネーズをディップしたカニカマフライを口元へ運びながら親友は尋ねる。
「で、その新人くんに乗り換えようかって考えてるわけ?」
「まさか」
 思いもよらない言葉を前に、ただ苦笑いをかみ殺すようにしたまま私は続ける。
「だってあの子いるよ、彼女」

 転居届に書かれたマンション名がちらりと目に入ったその瞬間、胸の奥で、鳴り響いたかすかな鐘の音をどう表現すればいいのか私にはいまだ分からない。
けれど、決して悲しいだとかがっかりしただなんて、そう言いたいわけではなくて。
 見覚えのあるそのマンションは、彼と暮らす部屋を探していた時に候補にあがった場所だ。

 早とちりはよろしくない。ライフスタイルにはいろいろあるのだから。
 気の置けない友だちだとか、家族や親せきだとか。もしくは何らかの事情でひとりで広い部屋を借りた可能性だってあり得るのだし。
 とは言っても――
 新しい部屋が彼にとって、そして(おそらく高確率でいるのであろう)彼の同居人のにとっても、何よりもの安らげる場所であればいい。
ひそやかにそんな気持ちを持つことくらいなら、ゆるしてほしいのだけれど。

「木村さん?」
にこり、と笑いかけるようにしながら、私は答える。
「ここの駅」
「いいとこだよね、街全体の雰囲気が明るくて、お店も程よく揃ってるし。昔の知り合いが住んでたとこだったから、懐かしいなって」
――いつでもいらしてください、歓迎しますんで」
「ワインと焼酎ならどっちが好みだったっけ?」
「木村さんのお好きな方で」
わかってるよ、そのくらい。面倒だよね、大人って。
ぎこちない愛想笑いとともに紡がれる言葉を前に、わかりやすすぎるほどの陳腐なよそ行きの笑顔で応えて見せることを忘れない。

「じゃあ処理しておきますんで、何か問題があれば内線かメールで連絡します」
「お疲れ様です」
綺麗なお辞儀をして去っていく姿を、視界の端だけでぼんやりと眺める。

(勘違いでないのなら)
おめでとう、どうぞお幸せに。




---------------------------------------------------------------


桐島くんは開発部か営業部あたりで、桐島くんの部署には木村先輩と同期の土佐岡先輩がいます。



遊んでくださってありがとうございました!


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.