「つはものども」で三日月の内面がかなり描かれていたことから、これまでの派生作品とゲーム本編の情報を繋げて考察してみました。ミュ本編ネタバレ有り
@asato_000
◆三日月宗近が抱えている秘密とは?
【結論から言うと】
三日月宗近はこの世界(刀剣乱舞)の重大な秘密を知っている
【その秘密とは】
「時の政府」がこの物語の黒幕であり、
審神者も刀剣男士も誤った(真実ではない)情報を与えられ、
「時の政府にとって都合の良い歴史」を守らされている
…のではないかという考察です。
ゲーム本編、アニメ、刀ステ・刀ミュなど今出ている情報を繋げて考察してみました。
特に今回の刀ミュ「つはものども」では三日月の内面が一番描かれていたので、「つはものども」の三日月とミュ審神者をメインに書いています。
とても長文ですので、先に三行で言います。
今回の考察で言いたいことは
・時の政府が黒幕
・検非違使=刀剣男士
・それに気付いていると知られると消される
です。
なぜこの三行に至ったかの考察を下につらつら書かせてもらいます。
この考察をまとめようと思ったのは、
「つはものども」がかなり刀剣乱舞の設定に踏み込んだものであり
今までの派生作品や公式ゲームの情報と繋がるような部分もあったためです。
◆刀ミュ「つはものどもがゆめのあと」
「つはものども」の三日月は
一人で全て抱え、汚い部分は全て一人で行っている
それは優しすぎるゆえに…だと初見は思いました。
「歴史を守るために派遣された刀剣男士がどんな辛い思いをしているか」
「歴史を守るために派遣された先で、
歴史上の人物達がどんな辛い思いをさせられているのか」
審神者は現場で行われていることを知らない。
ただ刀剣男士を信じて送り込むだけ。
以下は髭切による三日月の心の代弁。
・審神者にはそれを知らせる必要はない。
・汚い部分を見るのは自分だけでいい。
・審神者にはきれいなものを見ていてほしい。
(蓮の花に例え、審神者は花、自分はその下の泥水)
・審神者の心を翳らせたくない
今回の三日月はあらゆる方向に優しさを向けていた。
歴史の闇に埋もれてしまっている者へも、
三日月(月)が放てるわずかな光を届けてあげようとした。
泰衡にも頼朝にも義経にも仲間へも審神者へも。
でもその結果、自分自身は疲弊している。
初見で三日月がやっていたことを知った時、
優しいけれど、周りを信じきれていない、結果的に周囲に心配をかけてしまうエゴでもあるように見える…と感じました。
でも本当にそれだけだったのか?と考え直しました。
三日月のやっていたことは確かに優しさなんだけど、
「勧進帳」を通じ岩融に今剣への優しさが独りよがりではないかと説いた三日月が、自分自身のことは分かっていなかった…で済ませていいのかな…?
もし三日月が審神者に自分のしていたことを伝えない理由が
「言わない」のではなく「言えない」もの
だとしたら?
三日月が知っていることは
「審神者が知ってしまったら、審神者の身に危険が及ぶこと」ではないか?
そしてそれは、
「刀剣男士とは、どういう存在なのか」
というこの世界の根本の設定ではないか?
今作は「架空の刀、存在が曖昧な刀」達が
それに気付いた時にどう受け止めるのか、
という刀の在り方に切り込んだお話でした。
それとは別で、三日月のやっていることを通じて
「刀剣乱舞の世界における刀剣男士の役割」
にも少し切り込んでいるのでは?
とも考えることが出来ました。
その役割とは、をここから考察していきます。
■刀剣乱舞における「敵」
刀剣乱舞で敵は二勢力います。
①「歴史修正主義者(遡行軍)」
②「検非違使」
①は歴史を変えたい、しっかりと意思を持った敵
②は意思はない。ただ歴史を守るために、まぎれこんだ異物を機械的に殺す
私は以前からゲームの検非違使ポエムで
②の検非違使は刀剣男士の成れの果てではないか、と考えていました。
①はしっかりと「変えたい未来がある」意思のある敵です。
もしかしたら時の政府に悪政を強いられている未来の生き残りかもしれない
(ゲーム7-4の敵部隊の名前が「反政府軍」になっていることから)
一方の②は、とにかく歴史の異物を排除するだけの心ない化け物。
遡行軍も刀剣男士も、そしてその双方が介入したことで
生き残ってしまった歴史上の死ななければならない人間も殺害対象。
検非違使は本来、完全な第三勢力として
遡行軍にも刀剣男士にとっても平等に敵であるはずでした。
しかしゲーム6面クリア時に、とても怪しいメッセージが表示されます。
「敵は粉砕された
この時代に残った残党も
検非違使どもが食らうに違いない」
これを読んだ時、「んっ?」となりました。
検非違使を、いいように使ってないか…?
このメッセージを、時の政府が出していたとしたら?
検非違使が遡行軍を倒してくれるのなら、刀剣男士が戦いに赴く必要は?
検非違使がいるなら必要ないのでは?
じゃあその検非違使はどこから生まれているのか?
検非違使を生み出すために、必要なものがあるとしたら。
それが刀剣男士の魂だったら。
検非違使=刀剣男士ではないかと言うのはゲームの検非違使ポエムからも匂わされてます。
検非違使ポエムは、刀剣男士視点のものと思われますが、最初は
「何度も繰り返しこの戦場に訪れた」「そこに見慣れぬ勢力が現れた」
というものなのに、ステージが進むごとに「検非違使と自分たちは似ている」と語りだします。
特に転機を感じたポエム↓
【6-4池田屋一階の検非違使】
――歴史を守るために、襲撃を成功させる。
その結果として、人が死ぬ。
未来のために、眼前の人命が失われるのを見捨てる。
歴史を守るというのは、そういう事だ。
だが心せよ。それを当然と思ってはならない。
その胸の痛みが、眼前の狩人との最大の差であるのだから。
◇眼前の狩人とは検非違使のことを指しています。
この時はまだ自分たちは検非違使とは違う、人の命の重みを分かっていると言っています。
この後に実装された7面から、こう語っていた刀剣男士の様子がおかしくなっていきます。
【7-1江戸・新橋】
何度も時間を戻って戦い続けた報いを受ける時が来たようだ、
検非違使がゆらりと時空の狭間から出現をはじめた。
◇歴史を守るための戦いを「報い」と言い出す。
歴史を守るためとは言え、あまりに多くの人間を見殺し、
時には直接手にかけていたからこう感じてしまっているのか。
【7-2江戸・白金台】
検非違使はどこか、自分たちに似ている。
錯覚だと思いながら、武器を握り直した。
検非違使が襲い掛かってくる。
◇これが一番やばい。
似ていると、感じてきてしまっている。
機械的に殺している検非違使に、自分たちが似ていると。
刀剣男士たちの心がなくなってきてしまっているのが読み取れます。
【7-4江戸城内】
罪は許されるべきだと検非違使たちが叫んでいる。
意味が分からない。
誰が罪で、誰が悪のつもりなのか。
まあいい、敵は殺すまで
◇完全に心を失っているように見えます。
本来の自分たちの役割や誇りを忘れ、敵を殺す機械になってしまっている。
この「罪は許されるべき」の「罪」とは?
検非違使の部隊名は「放免」がついている。
この放免の意味は、検非違使庁(昔の警察)で
「前科があり放免のため働かされる者」のことを指す。
「過去に罪を犯したもの」が検非違使_放免になっている。
では、どんな罪を犯したのか?
■「花丸」最終回では、大和守安定が沖田総司を助けてしまう可能性が出た時、本丸から安定の存在が消されかけていた。そして検非違使が現れた。
■「みほとせ」では、石切丸が信康を殺そうとして、殺せなかったところで検非違使が現れた。
どちらも「刀剣男士が歴史を変えてしまう可能性が出た時」
歴史を守るために死なせなければならないのに、生かしてしまいたくなった。
それはこの戦いにおいては「罪」で、許されないこと。
最終的に安定も石切丸も歴史を守ることを選択するけれど。
もしあのまま罪を犯していたら。
時の政府がそれを許さず、検非違使となり放免にされてしまうんじゃないか。
「罪は許されるべき」
大切な人を助けたいと思うのは罪なのか?それも許されないのか?
7-4ポエムの叫びは、検非違使堕ちする前の、かすかに残った刀剣男士の嘆きかもしれない。
【時の政府の怪しいところ】
時の政府が怪しいのはゲームの極修行でも見えます
極修行では、行先は男士ではなく時の政府が決めている描写があります。
そして修行から戻ってきた男士は、審神者への忠誠が元の主より高くなっています。
時には今剣や安定のように、元の主から存在を否定され、自分には審神者しかいない、という辛い思いをさせられている男士もいます。
なぜそうまでして審神者への忠誠を高めさせるのか
それは時の政府にとって、刀剣男士を更に扱いやすいコマにするためではないか。
同時に、より強い検非違使を生み出すためではないか。
■ようやく本題に戻ります。
「以上を審神者が知ったら、審神者は従うか?」
多分、従わず抗うんじゃないかと思います。
(この考察ではミュ審神者の前提で書いています)
抗うことが分かっているから、時の政府は本当の目的を教えずに
真実ではない情報を与え、審神者を操っている。
審神者がそれを知ったら、恐らく始末される。
それを三日月は知っているから、言えないのでは?
刀ステでは三日月が成長した山姥切に
「これで俺がいなくなっても大丈夫だな」と言う台詞があります。
これがミュの三日月の知っていることと共通していたら。
三日月が時の政府の目論見に気付いていると、時の政府にバレた時。
三日月(秘密を知った者)だけが消される可能性が高い。
審神者や他の仲間は利用価値があるので生かされる。
だから三日月は誰にも言わない。
今回の「つはものども」は、三日月が持っているその設定にも踏み込んでいったのかも?
と考察してみました。
ちなみに「つはものども」のラストで、三日月が義経を逃がすところ
ここでは検非違使が来ません。
あくまで「歴史解釈の一つ」であり、歴史を変えている訳ではないから。
多分三日月はそれを分かっていて、検非違使が来ない範囲で
救える命を救っているんじゃないかな…。
今回の考察でいくと、
三日月は刀剣男士が検非違使になる秘密を知っている。
そして検非違使が来ない範囲が分かっており、
その中で救える者を救っている。
けれど三日月自身が疲弊しているのは唄や表情で描かれています。
このまま繰り返せば、いつか検非違使になってしまうかもしれない。
それでも強い意思で持ちこたえている。
疲弊を感じさせる三日月が、見ていてとてもつらかった…。
でも、全てを話した訳ではないのに、小狐丸は
三日月が何かを抱えていることを理解し、受け入れてくれた。
それで少しでも救われたんじゃないかな…と思わせてもらえるラストでした。
■最後に
ゲームの三日月の修行見送り台詞は「のたれ死ぬならそれまでだ」と
修行がとても厳しいことを想定して言っています。
これが時の政府の狙いが分かった上で言っていたとしたら、
三日月は「それでも強さを得るためには必要なこと」として、時の政府を逆に利用しているのではないか?
三日月は検非違使にならないぎりぎりのラインを知っている。
極修行は辛い思いもさせられるが、今よりも確実に強い力を得られる。
利用されているフリをして、利用してやり、
仲間と共に力をつけて、審神者と共に
最終的に黒幕である時の政府を倒すことを視野に入れていたら
…だったらいいな、という妄想です。
その時は歴史修正主義者(遡行軍)と共闘したりとか熱い展開があるとより滾る。
ゲームでこんなのが見れたらいい、な…(なお7面が実装されてから1年以何もない模様)
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!