拙作「烏揚羽」の後日譚に当たる、未亡人32イグニスと近所の大学生20グラディオ設定で、初詣へ参ります。
前作を見てなくても多分大丈夫です(亡夫要素ほぼ無し)が、この数ヶ月前にちょっぴり和姦じみたレ◯プがあった前提です。ご注意。
後半はがっつりエッチして頂く予定。というかそれしかない。
@ronnie621xx
「イグニスさん、用意できたか」
ノックに続いて、深夜という時間を踏まえてか、普段より少し抑えられたトーンの低音。
それでも真っ直ぐ届き、深く沁み入るように響くそれはいつもイグニスの隙間だらけの心を暖かく撫でる。
「済まない、そのまま中に入ってくれ。鍵は開いている」
その隙間や歪な部分も、いつかゆっくりと溶けてこの熱と滑らかに混ざり合い、満たされて望まれるままの形に変わってゆくのだろう。穏やかな気持ちでその未来を夢想する。
舞台は年末、大晦日。イグニスとグラディオの関係が激しく揺らいだあの猛暑の日から、四ヶ月が経っていた。
潜り慣れた扉を抜けたグラディオが玄関でスニーカーを脱ごうとした、その瞬間その場で固まった。視線は奥へ続く廊下に佇む佳人へ固定され、呼吸が止まり瞳孔すら開ききったかのようにピクリとも動けない。
「あぁ、靴は脱がなくてもいいぞ......ん、どうした?」
グラディオの異変に気がついたらしいイグニスが小首を傾げる。その装いはアイボリーを基調とした和服で、裾に向けて淡い紫の霞がかかったようなグラデーション、そこから伸びるように繊細な白水仙が描かれ、その間を飛び回るように薄青い羽を持つ鳩があしらわれたもの。帯は藤色の細かな菱紋。喪服以外では初めて見るイグニスの和装だった。
「イグニスさん、その服......」
「久しぶりというか、殆ど着たことがないんだ。何処かおかしいところがないか見て欲しくて......やはり、変だろうか」
喪服の手入れに訪れた店で薦められたものだという。あまりの熱意に相当な割引きをして貰い、半ば強引に押しつけるように買わされたのだと本人は溜息をつくが、グラディオにはその店員の気持ちがわかるような気がした。
際立っているのだ。
普段着のイグニスは色も形もシンプル、地味で突出した所のない、言わば年相応の男性らしいと言える(しかしボディラインが確かめられると途端に色気の出る)服装が多い。
今や見慣れたものとなった月命日の喪服はといえば、白い肌を引き立て秀でた容貌を更につやめかせ、妖しい色香を撒き散らし命知らずの羽虫を惹き寄せる食虫花の艶やかさと、日光にでも射たれたら露のように儚く融けてしまいそうな危うさを併せ持っている。
今日のこの、目の覚めるような明るい色あいの着物もまたイグニスの違う魅力を引き出していた。
普段着に近くシンプルながら、やがて訪れる春を密かに期待するような楚々とした晴れやかさ。引き締まった体躯を淡く染め上げる柄の爽やかさと色味の少しの寂しさが、三十路の男を不思議と清楚に、言ってしまえば生娘のように瑞々しく彩っている。そこに少しの齟齬も無く自然体で着こなす様はただ一人の為だけに誂えられた逸品のようだった。
「すげぇ......綺麗だ」
「そうなのか?自分では見たこともないから、よくわからないんだ」
口を開けば、呆気ないくらいにいつものイグニスである。動けないほど圧倒されていたグラディオも少しの安心と残念さに苦笑しつつ、イグニスが手にしていた少しの荷物を受け取った。
「マジですっげぇ似合ってる。でもこれを一人で着つけられるって、やっぱり凄いな」
「そこはある程度、慣れているからな。でも本当にどこかおかしいところは無いだろうか?遠慮なく言ってくれ」
「ん〜......オレ和服は詳しくないけど、どこも変だとは思わねぇよ。ただ」
ざっと全体を見渡しての印象、ひとつだけ、引っかかること。
「それじゃ、寒そうだ」
特にうなじが、とは口にしなかったが、グラディオの熱視線の向く方向くらい、イグニスにはおそらくお見通しだろう。
そう、もはや悪癖とも言えそうな程の襟の抜き具合だ。少し端末で調べたりもしたが、喪服にしろ普通の和服にしろイグニスほど襟を大きく抜いている画像は見たことがない。
肩幅もある男性なのによくぞここまで、というくらいには魅惑の白が曝け出されているのだ。当然、非常に目に美味しい。いやしかし夏はともかく。
「大丈夫だろう。これでも中は結構着込んでいるし、ストールもある」
グラディオが受け取ったものの中でも、特に大きな布の塊。それを示され手渡せば、ふわりと広げて瀟洒に纏ってみせる。確かに首はある程度隠れた。それでもまだまだ寒そうに感じてしまうのは、自分がロングのダウンコートにマフラーの完全防備だからだろうか。
「さぁ行こうか」
「あ、ちょっと待ってくれ」
用意されていた草履に足を入れようとするイグニスをしばし留める。
「先に、挨拶を」
上がらせてもらうぜ、と言うより早く靴を脱ぎ、居間へ。
真っ直ぐに仏壇の前へ向かう。着座して鈴を軽く鳴らしたのは、半ばイグニスへ自分の意図と居場所を知らせるためでもあった。
「明けましておめでとうございます......つってもまだ明けてないし、めでたいっていうのも、なんか変だけど」
そこで一度、声を区切る。こんなことを言う資格があるのか、傲慢ではないか。わからないけれども、筋は通したい。だから。
「今年も、イグニスさんのこと、よろしくお願いします」
合掌して、そのまま一礼。真摯に言えただろうか。届いただろうか。
何も言わずに此方を伺っているらしいイグニスの表情を見るのが少し後ろめたい。若造の格好つけとでも思って、どうか目をつぶってほしい。
「待たせたな!じゃ、行こうぜ」
振り返った先で待っていたのは、いつもと同じ、泰然と微笑む美しい男だった。
イグニスの方から初詣に誘ったのは、少し前。クリスマスイブのことだった。グラディオが友人に頼まれて臨時で入ったアルバイト先のスーパーで、予想外に余った惣菜やらピザやらをお裾分けに行った時のことだ。
「本当の残り物で悪いんだけどよ、オレ一人じゃ食いきれそうにないから」
「大した大食らいだと記憶していたんだがな......そんなにあるのか」
クスクス笑うイグニス。どうせなら一緒にと誘われ、トースターやレンジで温めなおした揚げ物やピザを、これもグラディオが持ち込んだビールでメリークリスマスの乾杯をして流し込む。
「そうだ。グラディオは年末年始に何処かへ行く予定はあるのか」
「いや、特に何も決めてねぇな。今日みたいに急にバイトでも持ってこられたらわかんねぇけど」
「実家に帰省はしないのか?友達と初詣とか、旅行とかは」
「んー、オレの実家割と近いからしょっちゅう顔出すし、親もこの時期忙しいからいつも元日過ぎてからなんだよ、行くの。ダチもみんな帰省するって言ってたかな......」
「では、オレと一緒に初詣に行かないか?」
紡がれた言葉が意外だったのか、誘われたという事実が飲み込めないのか。きょとんとしたまま数秒沈黙したグラディオの返答は
「行く!ぜってー予定開けとくから!」
トーンの裏返った素っ頓狂なものだった。
「ふふ、楽しみにしておく。久しぶりに御節も作ってみよう」
「マジか。それ絶対食いてぇ。でもあんなの家で作れるもんなのか?」
「一人になってからは作ってないから、そうだな......手伝って貰おうか」
そろそろ日付と年が変わろうかという頃合いに、二人は共にアパートを出発した。
向かう先は徒歩で30分ほどの位置にある神社で、イグニスは過去に一度だけ、グラディオは大学を受験する年の元日に合格祈願に訪れてから毎年のように参拝している。
グラディオ所有のバイクでは、イグニスが乗れないために歩くしかなく、実家に置いたままの自動車を持ってきておけばよかったと今更悔やんだ。
「すまないな、かえって不便をかけてしまったか」
「いいや、歩くのも悪くねぇよ。今日はたいして風もないしな」
とは言っても、真冬の真夜中。キンと冷え切った大気が動くたびに剥き出しの耳を掠めてじわじわと感覚を奪ってゆく。
「目が見えないと、車体が次にどう動くのか予測がつかないんだ。相乗りは自分でも身体のバランスを取る必要があるから」
「着物だから、ってわけじゃないのか」
「あ......それもあったな」
揃った笑い声。穏やかな会話。気心の知れた声音。心地よい散歩道ではあったが、盲目の上に重心がやや浮く草履履きのイグニスの歩みは緩やかで、グラディオが曲り道や段差をさりげなく誘導しても通常の徒歩の速度からはどうしても遅れてしまう。
くしゅ、とイグニスが小さくくしゃみを響かせた。
「歩いているうちに温まると思っていたんだが......どうやら、冷えに追いつかれるほうが早いみたいだな」
困ったように眉を寄せてグラディオを仰ぎ向く。その手指があまりにも色を失い、細かく震えているのを見るや、グラディオは思わずその右手を取り、指先を包み込んで握りしめた。
「あ...?!」
「片手だけで悪ぃけど」
あったまるだろ、とイグニスの方は向かずに応える。少しばかり恥ずかしい真似をした自覚がある。頬が熱い。しかし相当冷え切っていたらしい指は見た目通りに冷たく、きゅ、きゅと熱を移すように何度も握り直す。
「......あぁ、暖かいな」
それに歩くのも楽だ、助かる。
チラリと見遣れば、指と変わらず血の気を感じさせない顔色と唇だったが、零された言葉と白い吐息はほんのりとグラディオの心に沁み入って、口元をむずむずと綻ばせた。
照れも手伝ってかお互いに口数は少なくなってしまった、その間や長い沈黙にすら、今は温度を感じる。
気がつけば、イグニスにも境内の光が感じられる距離まで来ていた。
然程広い神社ではないがここ一帯の人口がほぼ集まると言っていい規模なため、この時間でも参拝客は多い。
そのおおよそが元気のある若い世代のグループやカップルだったが、家族連れや老夫婦もちらほらと見かけられる。
人の多さを耳で肌で察したか、イグニスが繋がれた手を遠慮がちに引き始めた。指先が微かにもがくような動きを見せる。
「どうしたんだ?」
「いや......俺を連れていたら、お前が悪目立ちしてしまうだろうか、と」
グラディオが人波を避けるついでに身体を寄せて問うと、肩を竦めて囁き返して来た。
なるほど、何処へ行ってもその長身と体格でどうしても注目を浴びがちなグラディオは、自分のことなら慣れもあり周りの目に対して無頓着になれる。
対してイグニスはやはり長身であり、男性の体躯にして女性ものの和服だから嫌でも目立つ。更に際立った風貌に加えて顔の傷。普段あまり外出をしないことから、向けられる好奇には耐性が無いのだろう。或いは何か言われたことでもあったのか。
自らが恥じ入るというよりは、傷で周囲を怯えさせるのが憚られるのだろうか。俯いて、足速に進もうとする。
周囲の声や意識は、その多くが確かにこちらに向けられている気はする。
けれども。
グラディオは離そうとしない手が、萎縮し先を急ごうとするイグニスに引かれて身体がのめりそうになるのを、踏ん張って堪える。
反動でたたらを踏み、バランスを崩して倒れそうになるイグニスをその胸と腕で抱き止めた。少し離れたところからどよめきが走る。グラディオは全く気にも留めず、支えたイグニスが体制を立て直すのを手伝い、そのまま腰に手を回した。
「な、何を......グラディオ?」
「ゆっくり、行こうぜ。暗いし、足元も砂利が多くて危ねぇから」
「......だが、」
「大丈夫だ。」
よく通る、低くとも張りのある声が、イグニスただ一人に向けた声音で力強く言いきった。
「俺に任せて、堂々としていればいい」
そうして言葉通り、胸を張り背をピシリと伸ばして歩み出す。肩を寄せたイグニスに無理がない速度で。その堂々たるエスコート姿に何処からか溜め息が溢れたようだ。しかしグラディオはイグニスの動きに集中しつつ、周囲の野次馬と胸の内にはびこる靄に向かって内心で罵声を浴びせていた。
視線を集めるのは仕方のないことかも知れない。イグニスの配慮も、わからないでもない。
しかし己が選んだただ一人の美しい男が、こんな晴れの日に下を向いて歩かされるなんてその方が耐え難い。
(見るならガンガン見ろ。そして存分にビビれ。オレ達がそんな事で縮こまる必要も理由もない。むしろこんな綺麗な人と一緒に居られる慶びを目一杯見せつけて誇ってやる)
隣を見れば、まだ堅い表情で俯きがちなイグニス。前を向いて欲しくて、グラディオは周りの光景を目につく限り声に出して聞かせた。
去年より人が増えて来てる。けどみんな屋台目当ての騒ぎたがりばっかだな。参拝の列はそんなに待つこともなさそうだぜ、よかった。おみくじに絵馬に破魔矢、お守りもある。オレは交通安全の買って行くつもりだけど、イグニスさん何か要るものあったら言ってくれ。あぁそれと温かいものとかどうだ?甘酒とか帰りに買って行こうか。
すん、と鼻をすするような音が左隣から聞こえた。ドキリとして左を注視すれば、イグニスが顔を上げて、耳をすますような...遠くを臨むような顔をしている。
「......いい匂いが、する」
「だろ?」
趣味の料理に通ずる反応。グラディオも思わず頬が綻ぶ。
「一番匂うのは、多分あっちの屋台の焼き鳥じゃねぇかな」
「そう、か......そうだな、それに」
グラディオの導くままにゆるりと進めていた足を止め、すぅと大きく深呼吸。
「色んな香りに、声、たくさんの気配......冷たいばかりの空気で麻痺してた感覚が、戻ってきたみたいだ......思い出した。初詣とは、こういう感じだったな」
緊張していた身体が緩む。隣り合うグラディオの肩にそっと預けられる、体温と重み。朝開く花に似た、イグニス自身の涼やかな香りがぐっと近づいた。
「あたたかい......」
何も映さない、虚を思わせる瞳が猫のように細められる。安心しきった、穏やかな微笑み。
頬と目を急激に侵食する熱を感じて、グラディオは思わず咳払いをした。
腰を抱く手に力が入る。
「拝殿まで、もう少しだから。早いとこ済ませて、何か買っていこうぜ」
参拝を済ませてグラディオは希望通りに交通安全の御守りを、イグニスも小さなストラップがついた家内安全の御守りを購入した。
甘酒を振る舞うテントの脇でしばしの休憩と、揃って暖をとっていた時のこと。
「あっれー?グラディオも来てたんだ?!」
「よぅ、あけおめ」
元気な若い声が二人分、近づいてきた。グラディオの知り合いだろうか。
「お前ら帰省してたんじゃねーのかよ」
「親父が忙しくて今夜は帰れねーんだとよ。明日にするわ」
「オレのとこも〜。だから行っても何も食べるものないし、だったらこっちで一緒に年越ししようって......あ」
高く響く声の方が、イグニスに気がついたのだろう。軽く会釈をすると初めまして、どうも、とそれぞれ控えめになった返事。
「あー、こいつら前に言ってた一緒にキャンプ行くダチな。声でけぇ方がプロンプト、あとノクト」
「おい、“あと”って何だよその紹介」
「他に言いようがないだろうが」
そのままぎゃんぎゃんと言い合いになる二人に呆然としていると、ザリザリと足音を立てて目の前にプロンプトらしい気配がやって来た。
「初めまして。イグニスといいます。グラディオとは近所で、良くして貰っていて...」
うまく笑えているだろうか。彼に恥じない堂々たる振る舞いは出来るだろうか。不安になりながらも名乗ると
「はい、あの、グラディオに本命が出来たって結構な噂だったんですけど、今すっごい納得しました!」
「......は?」
「だってこんな綺麗な人、見たことないですから!並んで立ってるの見てても、メチャクチャお似合いだな〜って、もうヤバくって!」
「......こんな、酷い傷があるのにか?それにこんな格好をしておいてなんだが、オレは男だ。それでもか?」
「最初はちょっとビックリしましたけど、見れば見るほど傷なんて気にならないですよ......あ、マジマジ見ちゃってすみません。でも、傷ならグラディオにもあるし」
「え......!」
初耳だった。確かにグラディオの容姿自体、見たことがない。然程気にも留めていなかったが、周りの反応から薄々だが相当の美丈夫なのだろうと見当をつけていた。しかし、まさか。
「知らなかった......聞いても構わないか?どんな、傷なんだ」
「あ」
そこでプロンプトはイグニスが盲目なのに気がついたらしい。
「えぇと、左の眉の上から目を通って、顎の近くまで、一直線に。あっちのノクトってのが割といいとこの御曹司で、たまに危険な目にもあうんですよ。それを庇って切られたんです」
「そうか......」
「二年くらい前ですからもう完全に治ってますし、本人は箔がついたって全く気にしてないんですけどね」
「成る程。詳しく教えてくれて、ありがとう」
イグニスは深く礼をする。プロンプトは恐縮するような慌てぶりを示したが、甘酒を追加で頼んでプロンプトと、グラディオとのじゃれあいを終えたノクトに手渡した。
短い時間ですっかり打ち解けた、賑やかな二人と別れて帰路につく。
イグニスとしてはせっかく友人達に会えたのだから、構わず一緒に遊んでくるといいと促しもしたのだが、グラディオが頑として送って行くことを譲らなかった。二の句を告げる暇もなくノクト達が退散したのもある。
「じゃーなグラディオ!イグニスさんも、またな!」
「二人とも気をつけて帰ってよー!」
聞けばこの後ノクトの部屋でゲーム三昧の元日を過ごすのだという。
「楽しい友人達だな」
「楽しいっていうか、行き当たりばったりのノリだけはいいんだけどよ......まぁ、楽しいには違いねぇか」
「ふふ、そうだろう。誘われたキャンプも待ち遠しくなる」
「もっと、暖かくなってからになると思うけどな。今行ったら冬の登山合宿みたいになっちまう」
すっかり温まった身体と心。紅潮した頬と高揚した気分は口を滑らかにしたが、歩くうちにやはり寒空の空気に晒されて自然と足も言葉も重くなる。
冷えに震えるイグニスを見かねたグラディオはストールの上から更にマフラーを巻きつけ、再びその手を取る。
ぽつぽつと、今年の予定だとか伝えそびれた年末の出来事などを交わしているうちにアパートの近くへ帰って来た。
階段の下で、イグニスは取られた手を引いてその動きを止めると、グラディオに向かい合う。
「今日は本当に、一緒に行って貰えて良かった。ありがとう......何度も助けられたな」
「や、オレも。一緒に行きたかったし、嬉しかったぜ」
今更ながらに、これまでになく彼との密な触れ合いが多かった外出の様子を思い出して照れが走るグラディオ。
イグニスは繋がれた手、その大きく暖かな、優しい手を最大限の感謝と敬意、愛情をもって両手で包み込んだ。
「一人で遠出もした事があるし、妙な目で見られるのには慣れていたんだ。たいして気にしてもいなかった」
重ねられた手に、きゅっと力が入る。
「オレと一緒に出かける、オレと共に居るというのは、今日のような目にいくらでもあうという事だ。申し訳ないが、こればかりはどうしようもない。グラディオにそんな肩身の狭い思いはさせたく無かったんだが、一度体感してもらおうと思ったのが初詣の目的のひとつでもあった......でも......」
掬い上げられた手は、イグニス自身の手によって、その頬へと導かれる。
冷たい頬に、じわりと広がる熱。
「そんな心配は、必要なかったな......試すようなことをして、本当に、悪かった」
分厚い手のひらに、愛おしそうに頬ずりをするその目に涙が浮いてはいないか。身を寄せたグラディオは、もう片方の指の背で左目の傷跡をそうっと、羽を乗せるような軽さでなぞる。
「......聞いていいか。他にも、目的があったんだろう?」
顔を近づけ、吐き出す息が額を掠める距離で静かに呟く。その溢れんばかりの想いと優しさが詰まったような豊かな唇に、自ら額を押しつけるように伸び上がって。
「グラディオと、歩いてみたかった......今まで誰にも見せた事がないこの、晴れの日の服を着て。見て欲しかった。新しい年と共に、オレが、新しい自分になれたのか、を」
どうだグラディオ。これが、お前と共にあることを願うオレだ。
囁きが消える瞬間、グラディオは素早くその痩躯を腕に閉じ込め、力の限り抱きしめていた。
くるしい。詰まる息と惹きあうからだが。
せつない。愛おしさに悶えるこころが。
「綺麗すぎて、勿体無くて、ホントは誰にも見せたくないくらいだ......もし、隣に居るのがオレじゃないなんて事があったら、許せそうにねぇ」
今度こそ、ほろりと零れ落ちた涙。
グラディオは朝露のようなその雫を吸い取り、やっと手にする事ができた恋焦がれる花に深く口付けた。