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猫芸者の宿 試し読み

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2018-04-18 22:06:26
2018-04-21 10:18:10

2018年5月6日から頒布を開始する『猫芸者の宿―あるペロリストの酒記4―』の試し読みです。

短い散文はTwitterハッシュタグ「#ペロリストの舐メモ」でご確認いただけます。

 庭になる木の実を目当てに、小鳥が遊びに来ていた。猫の背中は、それらを狙う気配もなく、陽のあたる縁側でただ丸かった。

 古びた旅館に奉公していた頃の話だ。

 父母一度にこの世を去った訳あり者として親戚筋をたどり、働き手はあって困らないという他人に引き取られた。そこが旅館を営んでいたというだけのこと。欲しいものを遠慮なく買ってもらえる扱いではなかったが、日々の務めをこなせば蒲団とおまんまにありつけたのはありがたいことであった。

 掃除も飯炊きもじきに仕込まれたが、来たばかりの時分は大したこともできず、言いつけられるままに使いに出たりなどした。

「猫を呼んでおいで」

 冷たい水で釜を洗っていると、女将が厨の顔を出して言う。

 「猫」は芸者を指す隠語だった。今になれば道具である三味線の俗称から転じたとわかる。対のようにあんまは「犬」と呼んでいた。どちらも旅館の近くに住んでいて、別口の仕事も受けつつ、宿客の声がかかれば気安く馳せ参じた。交通の要所となる街道から遠からずの立地のせいか、波はあれども客の入りは絶えることなく、犬猫の出番もそれなりに付いて回った。

 裏口から出て、宿を囲む塀沿いを歩きながら、猫の家へ向かう。

 振り返る奉公先は唐破風の飾屋根の玄関、その両脇にはべんがらに塗られていたであろう格子が伸び、二階には硝子窓の小部屋が並ぶ。その姿は春を売る妓楼であった過去を隠さない。

 時代ごとに手を入れて階段などは洋風なしつらえとなっているが、飴色に磨かれた廊下や奇妙な木目の柱、手すりの装飾から染み出す雰囲気に、何かを嗅ぎ取ることはあった。

 猫の本当の名は夏梅といって、遊廓の頃から座敷に上がっていたという。若い頃はその器量と腕で、芸者衆の中でも評判の花であったらしい。地方の廓だ。江戸吉原ほどのしきたりも境もなく、芸も春も混じり、一宵の夢と消えたのだろう。

 時代が変わり、新しいものが古いものを呑み込み、このあたりの芸者は老いた夏梅だけになった。
崩れそうに粗末な小屋の前で声をかけた。猫はたいてい、軒下で日向ぼこをしていたので、返事を待たずに裏へ回った。

 日々の糧となる菜が植えられた畑は、乾いた土の上で取り残された葉が黄色くしなびていた。赤い実のなる木から、鳥のさえずりが聞こえた。

「いらっしゃい」

 こちらの姿を認めて、まどろみから醒めた猫が微笑む。

「女将が呼んでいます」

「そう、ありがとう」

 皺を刻した手のひらひらとした動きに導かれ、隣に座ると、きまって鼈甲飴をくれた。

「ゆっくりしていって」

 旅館に戻ればまた働かなくてはならぬ。飴を舐め終わるまでと心に決めて、しばし休んだ。

 猫は奥の部屋で着物を換えた。しゅるしゅると畳に衣ずれが鳴る。

「つらいことはない」

「ありません」

 下働きとは気楽なものだ。上の者に指示されるまま、決められた手順でやればよい。自らの判断を要することなど、ほとんどない。わからないことがあれば、誰かしらに尋ねる。住み込みは昔から勤めている者が多く、仕事に関してみな真面目だった。

「それはよいこと」

「絵師の話、してください」

 今度呼びに行く時に、せがもうと思っていたのだ。

 猫の話を聞くのは好きだった。昔の旅館や料亭での話を、懐かしそうにしゃべる。

 芸者になったばかりのこと。三味線は弾けるのが当たり前。わからなくても教えてはもらえず、座敷から戻った夜中、音が漏れぬように布団をかぶって練習したこと。忙しい姐さんのわずかな隙に「少しだけ見てください」とさらってもらい、お座敷でも、先輩の仕方をじっと見て盗んだ。

 遊廓で名を残した遊女のこと。垣間見た美しさは同じ女でも見蕩れるほど、情の深さに見せかけた操り上手は遊客たちの語り草。紅燈の下で彼女らが艶を競い、地位や金をふるう男たちに極楽を味あわせた夜は永遠に続くかのようだった。

 時を経て、落ちた客の質。下品になり、芸を見ようとしない。お座敷とキャバレー、芸者とホステスの区別がつかなくなった。男を口説いてばかりでろくに稽古せず、ふすまを足で開けるような女が勤め始めたのもその頃だ。

 話の多くは、体の一部かのような三味線を心思うままにつまびき、時に情緒をつけながら語られた。こちらが求めたわけではなく、弾いた方が自然に喋れるのだと言った。

「覚えていたの」

 それは、丸窓の部屋から出てきた猫と鉢合わせしたときのことだった。

 二階の角にある丸窓の部屋は、格の高い花魁にあてがわれていた部屋らしく、細部に凝った意匠が見られた。調度品も高価で、奉公人の中でも掃除担当者が決まっていた。

 当然、新米が入る機会もなく、そのときも別の部屋の膳を下げたところだった。

 座を辞した猫が、静かに戸を閉め、しばらくその戸を眺めていたのだ。こちらに気づいて止めたが、どんな思い出にふけったのか気になったので、玄関で見送る際に訊いた。

「あの部屋に泊まった絵師のことよ。今日は遅いから、またね」

 そう言って、夜闇にまぎれていったのが二日前のこと。

 藤色の着物姿になった猫が三味線を手に戻ってきた。胴をばちで触れ、糸巻きを回しながら調弦していく。

「これはそんなに前のことじゃない。ある絵師が絵を描くためにあの部屋に逗留したのよ」


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「目次」
舐める屋敷へ(書き下ろし)
茜さす 特純の生
秋鹿 純米酒 バンビ カップ
羽水 純米 ひやおろし
近江ねこ正宗 SHIRONEKO
近江ねこ正宗 HACHIWARE
男山 生もと純米
鶴齢 純米吟醸
川鶴 炙りいりこ酒
群馬泉
五橋 純米酒
黒龍 吟醸生貯蔵酒 吟十八号
酒屋 八兵衛 純米
作 奏乃智 純米吟醸
作 新酒 純米大吟醸
サビ猫ロック STAGE2 赤サビ
サビ猫ロック STAGE3 黒サビ  
澤屋まつもと kocon 純米大吟醸
上喜元 純米生酒 出羽の里
上喜元 特別純米生酒 出羽燦々
上善如水 純米吟醸 
人生フルスイング ワンカップ
積善 ワイン酵母×月下美人 純米酒
竹鶴
獺祭 無濾過純米大吟醸 磨き三割九分(書き下ろし)
中野新橋 純米吟醸
鍋島 純米吟醸生原酒 New Moon
日本酒 獺祭(アイス)(書き下ろし)
庭のうぐいす 特別純米 ひやおろし
伯楽星 純米吟醸 雄町
美酒爛漫
米寿 純米吟醸
鳳凰美田 純米吟醸 初しぼり
鳳凰美田 純米吟醸 Black Phoenix
豊盃 アップル&ドッグス 
北鹿
譽國光 特別純米酒
真野鶴 大吟醸
南 特別純米 ひやおろし
都美人 山廃純米 ヒノヒカリ
三芳菊 零 おりがらみ
神渡 純米旨口
山鶴 特別純米酒 めちゃ辛
遊穂 ゆうほのあか 山おろし
麗人 超辛口
猫芸者 純米吟醸 ワンカップ
あとがき

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かまこやもり(ペロリスト)@テキレボ7 @kmkymr
ただ、一さいは過ぎて行きます、 とても参考にならない日本酒レビュー「ペロリストの舐メモ」更新中。 好きなボードゲームはおばけキャッチ。 次に飼いたいヤモリはトッケイ。 推しの落語家は柳家喬太郎。 ペンネームは雲形ひじき。
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