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2018年アニメ振り返り(話数単位で選ぶ、2018年TVアニメ5選+α)

全体公開 4332文字
2019-01-02 21:35:08
Posted by @nomu1214

遅えよ!!!(cv. 二階堂サキ)

というわけで、あけましておめでとうございます。昨年はアニメ方面でも多くの方にご愛顧いただき誠にありがとうございました。今年はもう少し記事も増やせたらなあ(例えばtwitterである程度の分量呟いたものを貼り付けるなどの形でもいいので)と考えておりますので、怠惰な僕ですが、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

さて、昨年に引き続き「新米小僧の見習日記(http://shinmai.seesaa.net/article/463312876.html)」さん主催の「話数単位で選ぶ、2018年TVアニメ10選」のフォーマットをならいつつ、今年もそこまで本数を見れていないので、大変恐縮ですが5選に限定して、2018年に僕が見たアニメを振り返る記事を書いていきたいと思います。

ルール
・2018年1月1日~12月31日までに放送されたTVアニメ(再放送を除く)から選定。
・1作品につき上限1話。
・順位は付けない。

① ゆるキャン△ 第1話 「ふじさんとカレーめん」

 日常系の作品の蓄積と現実での情報機器の発達を踏まえ、個と共同性の間の関係について新たな景色を見せてくれた本作。ただ、それも全ての物語の起点となった本栖湖での特別な出会いがあってのこと。ということで1話を選出。
 大自然とちっぽけな人間、次第に暗くなっていく世界、吐息・カイロ・焚き木・トイレなどを駆使した寒暖の表現。本作特有の美術の強さが早くも唸りを上げる。その結果、真っ暗な寒い山中に取り残されたなでしこの心細さが痛いほど伝わってくる。
 そんな状況だからこそ、ほのかな焚き木の明かりの中で差し出されたカレーめんが、志摩リンのささやかな優しさが、どれだけなでしこにとって心強いものとなったかは計り知れない。そして最後には、世界全体を優しく照らす月光の下で、澄んだ空気の先に見える夜の富士山という光景と共に、それはあまりにも特別な一夜として記憶に刻まれる。あまりにも美しく絵画的で、物語を起動するに足るパワーを持ったエピソードでした。

② 宇宙よりも遠い場所 第5話「Dear my friend」

 冬クールに颯爽と登場し、国内のみならず国外にも大きな反響を生み出した本作。瞬間の爆発力で言えば最後の旅を描く12話が圧倒的なのだけれど、上記のような不思議な影響力を本作が持つに至った根幹を考えると、やはりこの回について語らなければならない。
 「南極に行ける人間」たる4人組の楽しいやり取りはこの回でも健在。しかし、この回で長々と描かれるのは「南極に行けない人間」たるめぐっちゃんの澱みとそれが流れ出し「キマリのいない世界」へと痛みを伴いつつ一歩を踏み出す物語である。そしてこの物語を通して、「ここではないどこかに旅立たねばならなくなるのは決して『南極に行ける人間』だけではない」ということがこの上なく示される。こうして獲得された作品のテーマの普遍性こそが、この作品を見て「これは私の物語だ」と思える人間を量産する原動力となったのではないだろうか。
 尚、この回に限らず、めぐっちゃんの描写は作品全体を通してキレッキレであり、それは最後の最後のシーンに結実する。本作のメインの物語の背後でひそかに進行していたもう一つの物語・旅路の結末を心から祝福したい。そう思える素晴らしい作品でした。

③ ヴァイオレット・エヴァーガーデン 第5話 「人を結ぶ手紙を書くのか?」

 主体性と無力さの狭間に置かれたミクロな個人の語りに寄り添い続けた本作。その姿勢が非常に重要なものであるということは言うまでもない。しかし、それだけではどうにもならないもの、特に11話でヴァイオレットが願った「もう誰も死なせたくない」という願いに答えるためには、個人の語りからマクロな社会を繋ぐ物語へと視野を広げる必要がある。そしてそのヒントを唯一提示しているのがこの5話だと思う。
 「良き姫」「良き王子」というジェンダー・身分規範を強いる象徴としての公開恋文における「宮廷の言語」。そこから、言語のプロたる代筆屋の力を借りて、シャルロッテとダミアンは徐々に逸脱していく。そして、「良き姫」や「良き王子」としてではない自分を語る自らの言葉を獲得していくことにより、与えられた役割も含めて自分自身を統御していく力を身に着けていく(それは少女が大人になるというモチーフにも繋がる)。
 さらに、「宮廷の言語」から逸脱する中で公開書簡は民衆の世界との奇妙な共鳴を生み出す。それは美麗な文章だけでは届かない、場合によっては音読や絵画の助けを借りてようやく届く世界。または、特に男たちが相も変わらず家父長主義的な台詞を述べるように、真の意味では決して届くことのない世界なのかもしれない。それでも、物語・手紙・言葉が全く異なる価値観を持つ人々・世界を(差異・誤解を内包したままでも)結びつける可能性があるのならば、それは新たに代筆屋として再生したヴァイオレットが11話の問いに答えるための一つの道標となりうるのではないか。そんなことを考えさせてくれる豊かなエピソードでした。

④ やがて君になる 第6話「言葉は閉じ込めて/言葉で閉じ込めて」

 ロジカルな原作とエモーショナルな演出が悪魔合体した結果とんでもないことになっていた新世代百合アニメの本作。その中でも、あおきえい演出が冴え渡り、恋はスリル・ショック・サスペンスを地で行く第6話に言及しないわけにはいかない。
 何せ怖い。全体通して怖い。佐伯先輩の眼差しも、踏切の音も、燈子と侑の顔に差す影も、約24分間画面に映る全てのものに意味が宿っているように見えて常に緊張感が張り詰めている。そんなサスペンスの中心にいるのが七海燈子であることは言を俟たない。「私がお姉ちゃんのように振る舞うとみんな喜んでくれる」の「みんな」の中には間違いなく燈子自身も含まれている。姉の代わりを演じて特別になることをやめられないにも関わらず、寂しがりで「ただの私」でいることの居心地の良さを捨てきれない。その多面的で複雑な人格のツケを彼女は侑から搾取し続けるし、優しい侑はそれを看破してもなお燈子の傍に居続ける。
 そんな歪んだ関係がどこにたどり着くのか。アニメは侑の目覚めた心が走り出した時点で終わってしまったが、この素晴らしいアニメ化を見てしまったら、その行く末を見届けないわけにはいかない。原作でも、アニメでも、今後の本作の展開に強く期待したい。

⑤ ゾンビランドサガ 第8話 「GO GO ネバーランド SAGA」

 自らが選んだ題材を作品全体のテーマの「手段」としてのみ取り扱うのではなく、それらの題材の限界や可能性に極限まで真摯に向き合う作品が好きだ。「ゾンビ」「アイドル」「佐賀」という常人では思いつかないような並びの題材を見事に描いた本作からは、そうした意欲と真摯さを最も感じられたこの回を選出。
 ゾンビという死者を題材にすると判明してから、誰もが予想したであろう遺族との邂逅のエピソード。しかし、ここで描かれるのは、「ゾンビになって生まれ変わり」などという夢物語を決して許してくれないような強烈な死のリアリティである。パピィの回想の中での生前のリリィから霊安室でのリリィへの顔色の変化がそれを如実に語る。
 ここで、本作が取り扱う「アイドル」という題材の強みが最大限発揮される。リリィは大勢のファンに向けた歌に託してパピィへの「言えなかった言葉」を伝える。パピィはフランシュシュ6号の姿にもう二度と会うことのできない我が子の姿を見る。アイドルとファンが共犯して作り上げる仮想の物語が、残酷な生死の境界線の両側に分かたれてしまった2人を不思議な形で繋げる。それは過酷な現実の中に咲いた徒花のようで、本当に美しい瞬間・エピソードであった。
 また、「ゾンビ」という題材に込めて性意識の問題に取り組んでみたり、そうは言っても「まさおでヒゲ死」って笑っちゃいけないけど大概頭がおかしい所とか、貪欲で、誠実で、狂っている(笑)、そんな本作が大好きです。

その他

 上で挙げた以外の作品だと、『ウマ娘 プリティーダービー』に言及しておきたい。競馬を擬人化することがもたらしうる一つの「ありえた物語」に賭け、そこに至るために必要な布石をシリーズ全体で計画的に確実に描いていく。そんな本作の意欲的かつ堅実な姿勢は大いに称賛されるべきだろう。スぺが担う「負け」とスズカが担う「怪我」というアスリートが避けては通れない問題に正面から誠実に取り組んだのも素晴らしいと思う。

 また、豊かな内容を含むがゆえに僕自身も十分に咀嚼しきれず割を食った作品として『SSSS. GRIDMAN』も挙げておきたい。色々な方の感想を拝読したが、その上でも思うのが、新条アカネが作った世界は神の名にふさわしくないほど不完全でジャンクに満ちており、それは逆にジャンクの存在を求めていたのは間違いなく新条アカネ自身なのではないかということ。ここに、「気持ち悪い」他者に腹立ちつつも、どうしようもなく他者を求めてしまう新条アカネの姿、およびそこに仮託される「人類補完計画」後の物語における問いが浮かび上がってくるように思えた。

 最後に、僕が見ることのできた2018年のアニメ全体を振り返ってみると、例年以上に様々な意味で挑戦的な作品が多かった印象がある。日常系の枠組みのその先へと飛び出していく作品、グローバル展開に本格的に乗り出す作品、原作を換骨奪胎しアニメ作品としてのオリジナリティを目指した作品、予想もつかないような要素の組み合わせによる化学反応を生み出そうとした作品、等々。もちろんその全てが成功したとは言い難いけれども、僕はこうした傾向を心から称賛し応援したいと思う。それは、結局のところ僕がアニメを見てるのは、作品を通して新しい何かが見たい、作品を通して世界を見るための新しい視座を得たいと強く思っているからである。2019年も面白い作品に出会えることを心から楽しみにしております。

 以上、長々とお読みくださり誠にありがとうございました。この記事のように面倒なことをクドクド考えてしまう質でして大変恐縮ですが、今後とも色々と構ってくださると幸いです。改めて、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

※付録:本記事作成にあたっての下書き

https://twitter.com/i/moments/1077674895629152256


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