第四回 NP版深夜の真剣創作60分一本勝負 参加作品
企画アカウント様(@NP_1draw)
お題『オズの国の歩き方 1周年』
・オズとゲイレット
・ED後の捏造設定あり
・途中まで一時間→加筆修正
@huyutoya
未だ煉瓦道の上に立つ、レビの館の扉を開けて、俺は立ち竦んだ。
目の前の少女もまた動きを止め、その目を驚愕に見開く。俺も同じで、きっと彼女以上に、茫然とした間抜け面を晒していたと思う。
雪色の髪。透き通るような白い肌。深い、アメシストの瞳。
右手にある銀の鋏と、左手に握られた白い氷スズラン。
「……ッ」
名を呼ぶ筈の声が出ない。
思考が凍りついている。
やがて、彼女は俺より早くその動きを取り戻す。
綻ぶように、笑った。
「――はじめまして、オズ」
「えっと、知り合いだったの?」
「この人、長く旅をしているから。紅茶、ありがとう、レビ。
……出来たらカメラ、音だけでも切ってくれないかしら」
「あ、う、うん。邪魔はしないよ」
ありがとう、ともう一度言って、彼女はレビに氷スズランを渡した。
綺麗に咲いたね、とレビは喜色を浮かべて(多分)、部屋を去っていく。扉が閉まる前に端末を操作しているのが見えた。
残るのは、紅茶と御茶請けを挟んでテーブルについた俺たち二人だけ。
「……どうぞ? 私が作ったものじゃないけれど」
「レビ作なら味は保証済だな」
薬とか余計なものが入ってなければ、と注釈がつくのが、レビ・ノーマンという人物の残念な所である。
冷えた身体に紅茶が沁みいる。
「……どうして、ここに?」
「煉瓦道を辿っていたら、数日前にこの館がぶつかってしまって」
一晩の宿をお願いしたら、ハニーが、いやでもシチュエーションが、いやいや僕は一筋、いやいやいや、なんて葛藤の末、受け入れてくれたそうで。
彼女には無論、レビの葛藤の理由など分からないので、首を傾げるだけだったろうが。
本当になんて残念な人物だ。
思わずため息を吐くと、目の前の彼女がくすりと笑った。
「私、動く雪だるまって初めて見たわ」
「あれは中にエインセル辺りが入ってるぞ。大体、こんな雪だらけの場所で雪だるまなんて珍しくも――」
言いかけて、口を噤む。
彼女が、『彼女』だというつもりの言葉だったから。
「知ってるわ。でも、雪だるま型の生物は館の周りにはいなかったもの」
何事もなかったかのように、彼女は続けた。
ああ、なら、ならば。
紅茶で融かされた思考が流れていく。彼女の存在の正体が、女神と世界と、経験を重ねあわせて導きだされていく。
――本当は、彼女を一目見た瞬間から、分かっていた筈のことだった。
「君は……君は、」
「私は」
漏れ出でた俺の言葉を遮って、彼女は首を振る。
「私は、ゲイレットではないわ」
次の瞬間、湧き上がる衝動が口を開かせる。けれどまた別の慟哭が、声にはさせなかった。
ことり、と彼女がカップを置く音がする。
いつの間にか、紅茶は半分程に減っていた。
「……なら君は」
「多分、あなたが考えているのと同じだと思う」
「記憶は、あるのか」
「ええ」
「意識は」
「……どう思う?」
かつての北の魔女と同じ容姿で、彼女は苦笑した。
紅茶をもう一口。ほんのりと薄紅色に頬が染まる。かつての北の魔女には必要のない行為。
答えない俺に代わって、彼女が続けた。
「私、はぐれキャベツから生まれたのよ。キャベツから見上げる空って、とても高いのね」
「それは俺も未経験だな」
ああ。やはり。
何かを恐れて俺が答えにしなかったことを、彼女ははっきりと告げている。
「君は、ある意味で魔女で――もう魔女ではないんだな」
キャベツから生まれた命。女神の子供。この世界の命すべてに降り注いだのと同じ、小さな柱の力。
或いは、偶然と奇跡。
或いは――贖罪と謝罪。
――誰にとって?
世界にとって、彼女にとって、――俺にとって。
「……ね? はじめましてでしょう?」
未だ苦笑交じりに言う彼女に、俺は小さく頷いた。
彼女だ。
間違いなく彼女だ。
ただ、魔女ではない、それでも彼女である彼女。
ドロシーと同じ、と言える。かつての魔女としての命そのままではなく、この世界に芽吹く命として、彼女は生まれた。
「いつ、だ?」
「生まれたのが? 一ヶ月くらいは前、かしら」
かつての容姿と同じ――いや、ほんの少し大人びて見える。そのことに漸く気付いた。
「お姉様方も、もしかしたら」
時期こそずれるかもしれないが、十分あり得ることだった。
何せあの女神のことだから、繋がりながらも個別の意識を持った魔女たちも、慈しんでいた筈だ。
ねえ、と彼女が口を開く。だが、酷く躊躇った末に、視線を落とした。
「…………ドロシー、は」
絞り出した声は、それ以上続かなかった。白い睫が、伏せた目をゆるりと覆い隠している。
「ドロシーなら、もう生まれてる。君と同じように」
「それは知っているの」
一瞬、首を傾げてしまったが、すぐに納得した。彼女たちは、共に海の女神に還ったのだ。
視線が彷徨う。彼女がテーブルの下でキツく手を握ったのが分かった。
「ドロシーは」
す、と息を吐くように彼女は言った。
「ドロシーは、幸せ?」
アメシストの瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。必死で、そのくせ不安に揺らいでいる。
「海で、知ってるんじゃないか」
「海では、ね。分たれてからは知らないの」
そりゃそうだ。
さっきからどうも、分かりきったことばかり口にしている。ここまで動揺が尾を引いているのか。
「俺の見た所、まあ、歩いてた時と同じようにしてるよ」
「……お役目はないけど、幸せって意味?」
「さあ。……本人に訊いてくれ」
軽く肩をすくめると、彼女は黙り込んだ。
カップを口に運ぶ。紅茶はすっかり温くなっていた。何分寒冷地だ、冷めるのも早い。
ドロシーが幸せかどうか、なんて。
旅の仲間たちと共に過ごす日々を、ドロシーはきっと温かく感じている。
生まれ故郷との別離の傷を優しく抱えながら、この世界を愛おしく思っている。
ただ、その傷をつけた俺には、ドロシーが幸せだと彼女に断じてやることが出来ないだけで。
だから、訊けばいいのだ。
「……会いに、行ってもいいのかしら」
「悪いわけないと思うがね」
再び、彼女の顔が下がる。やがて、そうね、と力ない声と笑みが零れた。
「ドロシーは怒ってくれないものね」
私はおばあちゃんみたいに優しくないんですからね! そう叫んだドロシーを思い出す。
そうだな、ドロシーはずっと怒っていられる程、気が長くはない。
ああ、でも。
「いや、怒るかもしれないな」
「え」
「『何でもっと早く会いに来てくれなかったのよ!』って」
軽く裏声を駆使して言ってみたら、彼女はぽかんと間の抜けた表情でこちらを見る。
いかめしい顔を維持していると、ようよう彼女は笑いだした。
「……似てない」
「そうか?」
それは自嘲を含んでいて――でも、多分、ああ馬鹿なことを訊いたとでも思っているのだろう。
さっきの力ない笑みよりも、ずっとずっといい。
「まあ、そうやって怒った所で長続きしないだろうが」
「優しくないから?」
「自分に返ってくるから」
ドロシーの仲間たちが、どれほど待ち望みどれほど焦がれていたのかよく知っている。俺もまたその一人だ。
彼女に遅いと怒ろうものなら、自分が散々言われたことを言ってるとすぐに気付くだろう。
バツの悪そうな顔をして、それから笑うのだ。
「ドロシーは、いつだって待たれる側なのね」
「そうだな。だから今回くらい、待つ側にさせてもいいんじゃないか」
「……そうね。私も、待つ側でなくて、歩いて行く側になってみたい」
ぐっと目元を拭い、彼女は冷めた紅茶に手を伸ばす。
歩いて行く。
歩いて、世界を見る。
役目を持ち、役目と共に海に還る魔女としての彼女も幸せだった。
けれど、そうでない命として生まれた彼女が、歩くという選択をするのが、そう――嬉しいような、何故か泣きたくなるような、胸を締め付けられる心地になる。
……きっと魔女だった彼女も、こんな風に笑っていたことがあった。
ただ俺が、気付かなかった――気付こうとしなかった。
魔女は魔女という存在だから。理を知るからこそと、言い訳なら幾らでもある。
ゆっくりとカップを干す彼女を見つめる。
あの時、何も言えなかった。
今も、……言えない。
何を言えばいい?
情けない。色んな言葉が駆け巡りせめぎ合っては沈んでいく。
気付くと、彼女も俺をじっと見つめていた。
長い沈黙を破ったのは、彼女だった。
「ねえ、私、まだ名前がないの」
――瞠目する。
「おかげでレビにも名乗れないし、これから先会う人や、ドロシーにも名乗れないわ」
「名前」
「ええ。名前って、誰かに付けて貰うものでしょう?」
柔らかく、彼女は笑う。
新雪がふわりと舞うように。
「……俺でいいのか?」
「あなたがいい」
深雪が積み重なるように。
「そうだな」
ああ、俺は今、上手く笑えているかな。
嬉しいんだと、伝わっているかな。
「ゲイレット、はどうだ」
春に雪がほどけて、水が沁み入るように。
冬の全てを詰め込んだ彼女。
「いい女っぽい名前だろ?」
「ええ……いい、名前ね」
笑う。
泣いては、いない。
「ありがとう――ケララ」
「どういたしまして――ゲイレット」
ひさしぶりね。ああ、ひさしぶり。
ゆっくりと伸ばされる指に、触れる。ほんのりと冷たい。
やがて触れあった指先が温もっていく。
レビが紅茶のお代わりを勧めにやって来るまで、俺とゲイレットは、そうして笑っていた。
一時間分は「…………ドロシー、は」の辺りまで
魔女も偶然でもなんでもいいから生れ落ちないかなーと思った結果の捏造
お題をありがとうございました!