@LostGarden_nana
「泣けない少女」
神様なんていない。
もしも居たのなら、あんなにやさしいお父さんとお母さんをあたしから取り上げないだろう。
たとえ存在していたとしてもそいつはとても気まぐれで、きっとこちらなんて見向きもしないんだ。
家族の談笑をぱちぱちと暖炉が照らす。
なんの変哲もない普通の家庭。特別裕福というわけではなかったけれど、3人で囲む食卓はいつも賑やかで、両親は穏やかな人達だった。
お母さんは笑みを絶やさない優しい人。作るご飯はどれもほっぺが落ちそうなほど美味しかった。
特にシチューはお肉がとろけそうなほど柔らかくて、夢中で食べるあたしにくすくすと笑いながら何度も何度もおかわりをよそってくれた。
「ほら、お母さんにありがとうは?」
横からお父さんがあたしの頭を撫でる。
茶目っ気のあるお父さんはすぐにあたしを驚かしたり、ちょっかいをかけてくる。
髪の毛がぐしゃぐしゃになるからやめて!なんて言ったけど、温かい手が優しくて本当はちっとも嫌じゃなかった。
おかわりのお皿にゴロゴロとお肉を入れてくれて、あたしは大はしゃぎした。
おかあさん、ありがとう!
それを聞いたお母さんは幸せそうに、とろけるように破顔して笑うのだ。
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___誰か、…やく救急車!
…知らない人の声が聞こえる。
パチパチと聞きなれない音。喉が焼けつくようにあつい。
今日はお父さんの運転だぞ!なんて張り切ってピクニックに出かけて、少し遠い湖に向かって走り出して…
…それから?
___酷、事故だ…
頭を強く打ったせいか視界がはっきりしない。
それでも精いっぱい目を凝らして、辺りを見渡す。
出発前とは全く様子の違う、煙の上がった車内。熱い、痛い。怖いよ。
だれかたすけて。
あのラベンダーの服はお母さんだ。
おかあさん!
叫びながら伸ばした手は確かに届いたのに。
「泪、ごめんね」
それは涙をうかべたお母さんにその手は振り払われ。
運転席にいたお父さんに抱えられて、思い切り車外に放り出された。
直後、目の前で爆発する車体。
あたしの”幸せ”は唐突に消え去ってしまった。
▼
あの事故の日、信号待ちをしていたあたしたちの車に大きなトラックが突っ込んできたらしい。
当時運転手は友人と他愛のない電話をしていたそうだ。前に気づいた時にはもうブレーキが間に合わなかった。そう言っているらしい。
反省していると弁護士越しに聞かされたが、それなりに長い間入院したあたしの病室には一度も現れず、運転手はただ慰謝料として1000万を支払うことを約束した。
1000万。お母さんとお父さんの値段は1000万。
1人500万円かな。命って、安いんだね。
弁護士が淡々と告げた金額に、習ったばかりの割り算でそんなことを考える。
側でそれを聞いていた叔母はほっと溜息をついた。
「良かった、これでうちは面倒見なくていいわね」
後半はほぼ独り言のようなものであたしには聞こえていないと思ったのだろうけど、病室の静けさは無情にもその声を通した。
さっと全身の血が引いていく感覚。ずきずきと今の今まで痛かった体からまじないのように痛みが消えていく。
自分の居場所がどこにもなくなってしまったことを、幼いながらに漠然と実感してしまったのだ。
その後叔母や弁護士がいつ帰ったのか、あまり覚えていない。
「おとうさん、おかあさん」
夜、誰も居なくなった病室で両親のことを思い返す。
優しかったお母さん。あたしのことを最後まで守ってくれたお父さん。
大好きで、自慢の両親。でも、どうしてかな。
「…涙がでないや」
悲しいって、なんだっけ。
心にぽっかり穴が空いたようで、感情がうまく飲み込めない。全身に巻かれた包帯もなんだか大袈裟な気がして、本当に怪我をしているのかもわからなくなった。
傷が完治したのち、あたしは施設に預けられた。
叔父さんと叔母さんは子供が出来たばかりで余裕がないんだ。ちゃんと成人するまで後見人はするから安心してね、と申し訳なさそうな声で告げられた。
施設の人も子供たちも、あたしがここに来た理由を聞いては可哀そうにって慰めてくれる。
可哀そう?あたし、可哀そうなんだ。可哀そうは、悲しい?悲しいから可哀そう。
…悲しいって、なあに?
どうしてあたしは悲しくないのにあなたたちが悲しい顔をするの?
不思議だったけど、いつも笑顔だったお母さんを思い出してきゅっと口角をあげる。
大丈夫だよ!ありがとう!
そしたらほっとしたようにみんな悲しそうじゃなくなるから、あ、これが正解なんだって思った。
それからはたくさん笑った。
笑顔を絶やさないあたしにはお友達がいっぱいできた。
転校した初日の挨拶。
運動会で練習を頑張った日。皆勤賞をもらった日。
お友達が階段から落ちて大けがをしたとき。
彫刻刀が自分の腕に突き刺さったときもまわりからの"可哀想"がわからなくて、へらへらと笑って見せた。
「…変だよ」
隣の席の女の子が怯えたように震えている。
あたしは笑っているのに、どうしてそんなに"可哀想"な目でこちらを見るの?
こんなの、ちっとも痛くないのに。
どくどく止まらない血。それでも笑い続けるあたしにいよいよ女の子は泣き出してしまった。
どうして?みんなで居るときは、可哀想な時は笑顔でいればいいんじゃないの?
成長するごとにそのズレは顕著になっていく。
いつの間にか友達と言える人はいなくなっていて、施設から出ないといけない歳になってもアタシの行く先はなかった。
ただ残されたのはお父さんとお母さん”だった”はした金の残りと、呪いのように張り付いた笑顔だけ。
アタシは、どこでまちがえたの?
泣ける映画を見ても、通りがかった酔っ払いに理不尽になぐられてもなにも感じない。
痛くない、辛くない。顔に浮かぶのはただ笑みだけだ。
アタシには、みんなの辛いがわからない。
「アハハ、困ったなあ…」
いつの間にか日課になっていた目的地のない散歩をしていたら、なにやら寂れた街に迷い込んでしまった。
こんなところ近所にあったっけ?
煙臭いし、どこもかしこも薄暗い。今にもなにか飛び出してきそうな雰囲気だ。
けれど特になにも感じないし、いやな気分にもならない。
そしたら今日はここでキャンプなんてものもいいかもしれない。どうせ帰る家はないんだし。
『おまえ、迷子か?』
興味津々に探索をしてまわっていると、後から妙に艶やかな女の声が聞こえた。
振り返った瓦礫の上、そこに気だるげに座る女の赤い瞳と視線がかち合う。
徐に立ち上がった美女は、アタシを品定めするように上から下まで眺めた後、なにか納得したように手を差し出してこう言った。
ようこそ。お前はたどり着いた、と。
とまあ、可哀そうな少女はさまよった果てに楽園にいきついたわけサ!
ん?誰もその子を探さなかったのかって?
そんなことするわけないだろう!
腫物壊れた人形!誰がそんな不良品探すもんか。
ふふん、いいでしょここは。
誰も周りのことなんて興味ないし、楽しいことがいっぱい!
なにをしててもなにをしなくてもいい街だヨ!
え?そこにたどり着いた女の子はどうなったかって?
アハ!さあ、どうだろうね。
▽推定該当者リスト
立花 泪(19) 2XX3年 失踪
事件性は薄く警察は家出と断定。
当該当者は幼少期に両親を亡くしており、そのショックから無痛症になっていたと推測される。
周囲の人間に馴染めず浮いていた模様。
____男の研究資料より