聴き取れなくて意訳もいっぱい。
@2nomachi
「コンテンツを作る」
前提として刀剣とは人を映すもの、刀は人格を示すものと教えられて育った。
刀(拵えなど)を見れば最低でもその人の財産状況が分かる。重さを見れば持ち主の年齢も分かる。
美意識も分かる。
同田貫は当時の法律違反だから、造りは太刀だけど刀と言い張って逃れていた。
長脇差と同じ(長脇差と言い張れば長くても逃れられる)江戸時代の法規制で刀以外の兵器は所持禁止。神社や仏閣などに奉納して保存(→いざとなったら取り出す)太刀などは作り直して薙刀にしたりして法律を逃れていた。
そういうエピソードがあるので刀剣の面白さをゲーム化するにあたって知識がある方が楽しい。
実際ユーザーが目にするかは分からないがその百倍千倍の背景があって、何気ない所作が出てくる。
使わないものがあるからほんの少し残ったものが輝く。
「武器を男性に擬人化することについて」
男性に向かって美人を選んでと繰り返していくとすぐに理想の美人ができるが、女性に向かって選んでもらうと収束しない。だから男に美男子は要らないなと思った。美男子を作るのはやめようと思った。
「そのわりに美男子多くない?」
凛々しく描いてねとか、日本刀という美しいものの擬人化なんでせめて美しくしてくださいよというのは勿論ある。ただ女性の趣味は一向に収束しない。こいつがうちの推す美男子だ!と言っても心に響かないのはデータで出てたからそこは推さないことにした。
最初は書物から作ろうと思ったけど浮かばなかったから実物を毎日見に行った。
刀(美意識や使い方、傷の入り方)から持ち主が見えてくるという話に戻る。
そこから擬人化作ろうと思った。さらに法則性を作ろうと思った。まず最初に雄と雌に分ける。
そうして美しい日本刀はだいたい雄になったからこれで行こうとなった。
「刀の性質をよく吟味してキャラ設定に活かしていくということ?」
ファンがそうだったんだーと言ってくれないと歴史関係無いただの創作になってしまう。
どんなにめちゃくちゃでもいいから一定の法則性があってそこから離れないことが一番重要だった。
おかしい判断基準でもそれがしっかりしている限りは規則性が出る。だから分かりやすくなる。
既に設定や台詞を作ったキャラは合計すると100人超えている筈。
キャラの性格で病んでる人が多いのはウケを狙ったわけではない。法則性で分けたらこうなった。
「現存しない刀について」
現存しない刀を入れるかどうかで揉めた。
有名だけど三条派が面白がって後になって作った岩融みたいなものもある。
最初は実存刀や実際にあって整備した結果が残っている刀だけを収録しようという方針だった。
話を進めていった結果、皆の持つ刀剣の神聖なイメージや魔を払うイメージというのは、神話の時代の剣(草薙剣など)が無かったら生まれなかったんじゃないか。
そういう架空の剣を抜いて史実だけの刀にしてしまうと日本の持っているイメージや話が作れないんじゃないかと行き当たったから、悩んだ結果、非実存の刀も入れようとなった。
日本刀というのは日本そのものを扱うという開発支部の最初のコンセンサスがあった。実際やるかどうかは置いといて、神話などの話も収録されることを考慮した上で考えようということになった。
・ゲーム創作の戦略について
歴史に対して不誠実な態度を取りたくない。
創作だからといって嘘をついたり話を盛ったりして、新選組など関係する子孫の方たちをあまり悲しませたくない。取材をして、ゲームに入れられない話も沢山聴いた上で作った。
誠実な態度として、入れたくないなというものは選別した。
なるべく横文字は使わない。西洋かぶれになった人や軍刀になった人は別として、基本的には日本というテーマ性を持たせようとした。それで刀も雄と雌に分けようとなった。日本刀は分類したとき雌が少なかった。
「なんで雌は少なかったんですか?」
たぶん失敗作として。
女性の比率は波紋の乱れ刃で決まる。乱れ刃になると揺らぎが出るように仮定して設定した。
妙法村正は大変。村正はやばい。
・焼け身について
ゲームを作ることになって美意識を改めないといけないところが一箇所、焼け身についてだった。
焼けたり、実戦くぐり抜けて刃こぼれが起きて修理したりすると美術品的価値は下がる。
それこそ新選組は実戦刀として使われてきたので修理跡が多い。これをどう評価するか。
美術品的な価値をそのまま戦闘力としてしまうと、どうしてもそういう刀は弱くしないといけない、国宝とかで実戦刀としてあまり使われていない刀が強い、ということになってしまう。
どう価値のレーティングをつけるか考えた。最終的にそういうものは一回やめて物語として見ようとなった。焼けて修理されてもう一回使われて、というのは物語として評価しようと作り直した。
だから焼けて価値が激減する美術界一般的な基準は今回ゲームに取り入れていない。
大阪城落城の際には有名な刀の多くが焼けたけど、それの後の価値も下がっていないことにします。
「判断基準に当てはめてどちらかというとプラスに転じるようなかたちに?」
今回のコンテンツを作るにあたってつくづく思ったのが関係者の多さ。取材した人だけで2000人以上。
神社でよくある、記録に残っている刀と今飾られている刀の長さが違うなど矛盾した刀もあったし、掘ったら駄目だと口を閉ざすしかない話もたくさん聴いた。そうして取材を続けて皆それぞれ愛があって思い入れがある。ご先祖の刀で大事にしているものもある。
そういうものに対してゲームの作り手としてマイナスな評価はつけたくなかった。
だから今回は減点方式は無し。ぜんぶ加点だけで刀を評価していこうと思った。
「刀剣乱舞に出てこない名刀はどうなるの?」
大変な問題がある。近代の戦いで使われたものは結構残ってるけど一番残っているものはアメリカに流出してる。先祖伝来の刀を持った日本兵からアメリカ兵が戦利品として持って帰ったりしたこともあってアメリカには結構日本刀が多い。錆びたものが多いがちゃんと保存されているものもある。
そういうこともあって資料の集めやすい集めにくいとかもいっぱいあるけど、時代を通してなるべく広く収録したい。
「うまいこと時代を散らしている印象があるけど」
データだけなら、それこそ兼定だったら十一代目十二代目両方でデータや台詞を書きはしている。でも刀剣乱舞であって新選組乱舞ではないので、収録に関してはそのうち他のラインナップが充実した結果として2周目3周目にまわったときにじゃあしましょうというということは十分有り得る。
現状だけで言うとバランス重視。
・各所から『うちの刀を使ってください』
『芝村さん取材に来てくれたけどうちの刀はいつ出るの?』
『あっすみませんちょっと色々ありまして(>_<)』とか、
全然知らないところから入れてほしいんだけど、とかもある。
先程の話、法律の関係で太刀とか大太刀、槍になると神社などに奉納されてるものが多い関係で、我が町の剣をぜひ収録してほしいというお声がとても多い。気持ちとしては入れてあげたいけどどうしようという現状。時間がほしい。
かなり渋滞しているので順番に増やして行けたらいいな。
ゲームが進めばどんどん増やしていくのが筋かなと。
日本刀という名前になる前の倭刀やそれ以前の剣とかも出して行けたらいいな。
「刀剣男士のキャラデザの服装について」
パターンは2つある。
1つは拵えを服装化してもらうパターン(現存する拵えが残ってて間違いが無さそうなもの)
例→蜂須賀虎徹はキンキラキンなので黄金聖闘士みたいにしてくださいという指定をした。
中には拵えを全く使わなかったものもある。デザインから外してくださいという指定をした。
後になって楽しくないエピソードで付けられたものに関しては刀剣たちも喜ばないかなと思って外してもらった。
「強烈な逸話があった刀は?」
あまりにも強烈な逸話があると収録できない、ゲームにできない。
猫を沢山切りましたとかそういうのはなるべく入れないようにしてる。
「面白い話」
とある神社に飾ってある剣を宮司さんが売ってしまった(戦後わりとよくある話)
その後信徒さんたちがお金を集めて闇市場から探して買い戻して神社に戻したという話を3時間半くらいされた。いい話だなと思ったのに刀の記録を見ると長さが違う、どうしよう、でも話は聞けるだけ聞こうと思った。覚悟して訊いたら偽物だということは皆分かってますよと言われて脱力した。
強烈な逸話はいっぱいある。噂が噂を呼んで妖刀になってしまった刀もある。
このエピソードすごい面白いけど実際の話では無いよねとかも沢山ある。
美しい刀であればあるほど伝説が付き纏う。
本当に人を沢山切ってきた刀は伝説がない。ただ実績が残るだけ。
「海外で同じように武器を擬人化したらどうか」
海外は名前の残る刀が少ない。向こうでは実戦の武器は本当に消耗品。
日本は物持ちがすごくいいこと、武器としての武器以外のものの価値(美術価値)がついたから沢山残った。だからコンテンツとしての魅力もある。海外の場合ちょっとそういうものが少ない。
海外の武器(古式銃とかいっぱい飾ってあるものを探していけば)お話は勿論作れると思う。
「売れるか売れないは別ですよね」
それは作り手の愛と熱意次第。
成功した後からこういう理由だったから売れたと批評する人はいるかもしれない。
でも一番最初に作るときは前例がない。作ったあとに売れるかどうかもその作り手の熱意次第。
「和泉守兼定について」
京都時代の資料では二尺八寸、資料館は打刀二尺三寸で、両方あったんじゃないかという話に。
開発スタッフのミーティングで意見が割れた。東京民は二尺三寸推しが多かった。
整備記録とかでは二尺八寸の方が適当じゃないかと思った。
でも開発スタッフが喧嘩をするのはやめようという話になった。
開発スタッフで喧嘩をするということはファンの間でも喧嘩が起こるかもしれない。だから両方とれるようにしようということになった。先の展開はお話できないし、実際使わないかもしれないけど両バージョンある場合は、データ上では2バージョン作っている。台詞もそう。そのうちの1つしか出ていないだけ。
隊士は資料が作りやすかったことと近代の刀から作っていった関係でデータは沢山ある。
「同田貫について」
美術館各所から「うちの同田貫ですよね」という手紙が多い。同田貫は本当に実戦刀で量産されてるから勘弁してほしい。ぜんぶ集合されてると思って許してください。
同田貫だけに関して言うと、太刀か刀か熊本で訊いたら「抜いたら変わらん」と言われた。
「抜刀術をやっている奴でなければ抜いた以上、抜いて相手を殺すからにはどっちも変わらん」
そういうやりとりの結果と、江戸時代の法律は置いといて形状と重さで太刀にした。
「歴史的事実を導入部として物語に引き込むものと刀剣乱舞を捉えたとき、気を遣っているところ」
刀剣乱舞は最後発、一番後にコンテンツ化されたものだからそれまでの前例に対するアンチパターンが組み込まれている。差別化という意味でこれまでにないものを作ろう。だからアンチパターンのかたまり。
アンチパターンの例/フィクションはどこからくるか
①人気人物にあやかりたいとき
②現代の解釈に合わないとき(出来事自体は捻じ曲げないけどその前後にフィクションで挟む)
③分からない部分を補完するとき
だいたい3パターン。
刀剣乱舞を作るときにこのフィクションを盛る3パターンは封印した。
史実はいろいろな人の想いのかたまり。一つの主観で語られることは少ない。
いろんな人がいる、いろんな考えがある。有名人物を直接出すのはなるべくやめよう。だから刀剣にした。歴史的人物を登場させて語らせるのではなく、その刀が思ってる勝手なことを話そうというかたちにした。史実を勉強したい人は資料館に行ったり書籍を読んでくれると嬉しい。
「CPが作りやすいことは想定していたか?」
我々は鉛筆と消しゴムがあればCPができるし女の子が並んでるだけで物語が作れるという話になる。
出来ればコンテンツからコンテンツを作って欲しい、史実があるからそこから新たに話を作って欲しいという期待はあった。
ゲームシステムとしてCPシステムを付けるかと言うと、付けない。
皆さんがお話を作る空白を残したい、という開発チームの総意。
この空白を各自で埋めてもらえばそれが刀剣乱舞のひとつの完成形ですというかたちにしたい。
下手にCP誘導システムを作ってしまうと間違いなく色んな人たちからお叱りを受ける。
妄想や想像からクリエーターが生まれると思う。あとに続いて出てきてくれるんじゃないかな。
刀剣乱舞は何れ飽きられて誰も遊ばなくなってしまうかもしれないけど、ここから生まれた思い出と、いつまで経っても小狐丸が出てきませんでしたとかいう悔しさとかを次の新しいコンテンツで埋めていって、最終的に文化振興まで来てくれれば一番作ってよかったと思うかもしれない。
「ゲームの正解について」
ゲームの正解は日々変わる。今の時代の水準だから多少なりとも好意的な意見をいただけている。
それこそ10年前や15年以上前だったら新聞とかで解説されるくらいだっただろう。
時代というものは変わってきている。今の水準で考えると、今の二次創作はすごい。大丈夫信頼してください。今の同人作家はレベルが高いので何の問題もない。今の人たちはTwitterでリアクション芸人並のことを毎回やらされてるからかなり鍛えられてるし、見てる方も知識がある。そういうものがあって、その上で作られてるゲーム。
ソーシャルゲームというのは今で生きるゲームなのでそういう作り方も可能。
ゲームは1人で作るものじゃない。
ファンの声を取り入れることは今は忙しすぎてまだ難しいかもしれない。
大きな制約条件は予算と期間が二大巨塔。
スタッフがこれがやりたいあれがやりたいと言っても期間がないですというのはどうしようもない。
物理的な制約条件の中での自由度という話。その中で史実の扱いをどうしよう、テキストをどういう風に整えようかという話から作ることになってしまう。
「お話を史実から作るということについて」
コンテンツは毎年新しいものを作らないと飽きられてしまう。
史実というのもちょっとずつ、新解釈に新解釈が重ねられて変わっていっていると思う。
新選組は言ってしまうと賊軍からスタートしてる。明治初期頃は遺品を持つことはできないと言われて隠し持っていた時代があって、それから後に小説が出て、新選組の中にもいいやつはいるくらいの扱いにはなっていたと思う。時代が進んで昭和初期くらいになると新選組は新聞で好意的なイメージを持たれている。第二次世界大戦の頃は空の新選組まで呼ばれている。
新解釈が続いて今に至るところまで来ている。それの最後尾に我々のコンテンツがあるのかなと。
これからどう変わっていくのか分からないけど、それらを記憶して覚えていることが史学の仕事になるんじゃないかと。