貴方色に染まる。
/夜ロナ
@hirop573
「よく似合っています。窮屈ではありませんか?」
「……。…いいや、丁度いい」
悪態を吐きたい気持ちと呆れてモノも言えない気持ち。せめぎ合った結果後者が勝り深い深いため息をついた。
ロナードは今仕立て屋に缶詰め状態となっている。
店主にあれやこれやと言葉を交わしている彼の背中をぼんやりと見つめ、ロナードは過去に思いを馳せていた。
……………
発端は己のコルセットを夜来香が凝視していたことから始まった。ジャケットを脱ぎラフな格好で館内を彷徨こうとすると視線を感じ、振り返れば夜来香が顔を覗かせている。不法侵入だと突っ込む気はとうの昔に消え失せていた。
草臥れてこそいないものの、特注したものなので目がいくのも納得ではある。
しかし夜来香は賞賛することなく驚く言葉を投げかけてきたのだ。
"私にそのコルセット、作らせていただけませんか"と。
断る以前に何故と疑問がロナードの頭を支配した。
そうして混乱しているうちに手を引かれ腰をひかれ、気がついた時には仕立て屋内で立ち尽くしていたのだ。
「生地が決まったのなら帰っても構わないだろう。私はこれで失礼す、」
「いい訳ないでしょう、採寸ですよ。貴方は体型を維持出来ていると思っているのでしょうが、私には刻一刻と変化していますからね」
「何故分かる」
「夜ですよ」
「……………………」
毒を吐いたつもりが跳ね返ってきた気分になりロナードは口を噤ませた。こうやって何かにこだわる夜来香となってしまえば何を言っても棘が付いて返ってくる。最近の付き合いでようやっと分かってきた彼の癖だ。
仕立て屋の主人にあれやこれやと注文をし、採寸をするであろう巻き尺を持ってこちらに近づいてくる従業員が見えたロナードは再び深いため息をついた。
(今日一日が消えるな…)
………………
窓を見れば陽が傾いていた。人通りはまだあるが夕日が見えているあたり相当な時間が経った事が伺える。
不動の人形よろしく立って座ってを繰り返していただけだったが、精神的に疲れ果て息切れを起こしそうになっている己がいた。下手をすれば劇の稽古より過酷かもしれないと思えるほど。
「とりあえずはこの様に」
試着室に通され渋々腰に通せば普段通りの着心地を感じ、完璧な採寸にロナードは寒気がした。本来であれば一度着ただけでは満足せず、それこそ夜来香の様に注文を追加していたことだろう。
しかし、今回はそれがない。
ない、と思えるのが不思議なぐらいにだ。
そして鏡を見るとふと異質な模様が目に映り夜来香を呼ぶ。
「これは何だ」
「何だと思います?」
「とぼけないでくれ」
「…夜来香」
「は?」
「ですから、夜来香、ですよ」
「……なんだと」
こんな花だっただろうか、とまじまじと己の腰を見る。白く小さな花がそこかしこに刺繍されておりいやに目立っているのだ。
いや、そもそも突っ込むべきところはそこではないとかぶりを振ったロナードは鏡越しに後ろの男をじとりと睨む。
「模様は必要ない。貴方の名の花なら余計にだ」
「それは困りました」
「勝手に困ってくれ。以前のコルセットで十分だ。返してもらおうか」
「ありませんよ」
「何…?」
「正確に言えばそれですが」
「!まさかここに刺繍したのか…!」
あり得ない。何をしでかすんだこの男は!
声を荒げそうになるのをなんとか堪え、ロナードは二度三度と夜来香とコルセットを見て頭を抱えた。
しかも。
「まだありますよ。後ろを見て」
「なんだ…まだ何かある…のか…」
振り向かされ後ろから鏡を見たロナードは絶句した。
背中の腰部分にあるはずのない紐が施されていたのだ。以前のものにはつくはずのないもの。
まるで女性の装飾品のようだとロナードはここでようやっと慌てた。が、しかし以前のコルセットを改良されてしまったのなら何をしても遅いのだ。
それをこの夜来香は知った上で行動したのだろう。
「よおく、お似合いですよ。ロナード」
「………………」
「後ろは早々見えません。見るとしたらそう…私ぐらいですから」
腰を撫でられ、こちらの耳に合わせる様に屈み囁く様は悪魔か死神か。どちらにせよ顔に熱が溜まるのと汗が噴き出るのは変わらないのだが。
「どうかそのまま。明日の公演が楽しみですねぇ」
「……、…っ、つくづく貴方があの一族だという事を思い知らされるな…!」
ついた悪態は彼にとっては褒め言葉にしかならないようで。
「ふふ。それはどうも」
振り回されることには慣れたと思っていたが、どうやらそれはまだまだ先の話らしい。
頭上から聞こえる鼻歌を聞きながら、ロナードは明日からをどうやり過ごそうかと考えを巡らせるのだった。
【逆効果】
「....完成したのだろう。手を離してくれないか。さすがに帰りたいんだが」
「んー」
「....ジャック」
「!」
(反応有りか。やっと....)
「そう呼ばれてしまいますと手放せません」
「!?」
「貴方からその名を聞けるのはまたとない機会。もっとお呼びくださいな」
「......〜〜!」
【君に夢中】
「ふふ。やはり花を施して正解でした。綺麗ですね」
「自分の名でもある花を刺繍するなんて正気の沙汰ではないと思うがな。何がしたいんだか…」
「おや、お分かりでない?」
「言わなくていい」
「貴方の側に私がいますよ、と周囲にお伝えしたくて」
「言わなくていいと言ったんだが?」
「貴方が理解されておられないようなので」
「……………」
「いやはやそれにしても…えぇ、私の目に狂いは無かった」
「改まってなん…だ…」
「本当に、美しい」
「…夜来香」
「貴方の一部にソレが在る。ふふ、試して正解でした。それに…」
「ジャック」
「!」
「貴方の言いたい事は分かった。着ていればいいのだろう。ただし団員達に文句を言われたら付けられない。それはいいな?」
「えぇ。おそらく大丈夫ですから」
「どこから来るんだその自信は…」
(にしても、この男があぁなるまでとは…いずれ全て塗り替えられてしまう日も近いのだろうか…)