KPあつむ氏 PL自分
@35kayaku
恐らくPCを拗らせている、RPを愉しんでる人ほど、刺さるものがありますよ
【「こちらは、廃人回収車です。」感想】
注意:今回このシナリオを回すに辺り、適宜参加したPLやKPに合わせた描写になっているとのことです。故にシナリオ内ではさらりと触れていた箇所も、人に合わせて描写が追加されているかもしれません。
▼率直な感想
凄いシナリオだな……と。時間にすれば1~2時間くらいなのですが、内容が濃く、そして重く圧し掛かるような話でした。このシナリオは「ロスト救済」になり得る――つまり、継続探索者または複数回シナリオを経験しているプレイヤーがシナリオを遊ぶ場合がほとんどなのではないかなと。故に自分が意識していない、想像もしていなかった業と、ここで向き合うのかもしれない……そんなシナリオでした。
ちなみに自分の場合は最近「見世物のように消費しながら楽しんでいた娯楽」というテーマで突き刺された側の人間だったので……このシナリオを通して更にその辺りを突き付けられて、塞がりきっていない傷口を抉られたような心境でした。決して悪い意味ではなく、心に残る名作ということはそれだけ心に傷跡のように残るものがあるだろう――みたいな感覚なので。それだけ印象深く、心に突き刺さって残った内容という称賛に近い感情です。
▼今回参加した探索者の事情
自分の探索者は複数のセッションに参加していた所謂継続探索者でした。そして約半年前にとあるタイマンシナリオのKPCとして登場して、結果SAN値0による永続的狂気によるロストで廃人になった事情があります。
そしてロストしてから暫くして、そのロストしたセッションで同卓していた友人から「回したいシナリオがある……けど、そのシナリオこの二人でみてみたい」という話が出ました。その二人が例のタイマンシナリオを通過した二人です。しかし自分の探索者である"行方智之"はSAN値ロストしている。
でもまあ、ルルブにも永続的狂気はKPの判断に委ねられるし、通過したシナリオのネタバレには触れない程度で話せば現在彼は相当の設備が整った環境に置かれているし、そのシナリオ作者さんも結末に関してはPLとKP双方で相談して決めて構わないと記載されている。丁度半年という節目だし、ロスト救済シナリオやってみるか。
そんな心境で始まったのです。ちなみに幾つかロスト救済シナリオを見てみて、最終的に二つまで絞ったところで例の友人に「KPとして回すならどっちがいい?」と尋ねて決まったのが「こちらは、廃人回収車です。」だったというわけです。
だから、今回のセッションは【KPCロストしたタイマンシナリオでPLだった友人が、今回はKP】として【ロストしたタイマンシナリオでKPだった私をPL】にして回した話でした。
セッション後、KPをしてくれた友人が「これは本当にロスト救済なのか」「このシナリオを読んで自分が回すのか、と。自分のせいでロストした探索者の、ロスト救済でこのシナリオをKPで回すこと、だいぶ業が深い」と漏らしていました。
確かにこのシナリオ、「ロスト救済」で後遺症なく還ってこれる可能性がありますが。個人的な所感としては「PLのエゴで再び探索者を過酷な運命に引き戻すシナリオ」または「PLとPCのエゴでロストという安寧に甘んじるのではなく、再び生きて償い続けるためのシナリオ」だと思いました。
▼探索者:行方智之とは
今回のセッションで登場したPCこと、探索者:行方智之。ざっくり説明すると……
医師ではあるが、同期や上司のような患者のために己の全てを投げ打てるほどの熱量は持てない自分に負い目を感じている。最近、自分が救えなかった遺族の少女に人生全て投げ打ってでもどうにかしてやりたい程に恨まれていたことが分かり、彼女がどう思おうとも己の残りの人生を懸けて償わなくてはならない――という自責の念を抱いている。そんな彼女を助けようとしたところを最後に彼の自意識は途絶えている。(SAN値ロスト)
ここからはシナリオ本編に合わせた感想です。
とりあえず、思った箇所で、思ったままに書いているので見づらいかと思います。その点はごめんなさい。忘れないうちに書き連ねていきたいと思いまして。
▼冒頭~廃人回収車移動中まで。
最初の<聞き耳>に成功して「美しい物語だったね……」という感嘆の声が聞こえたと描写される。その言葉に聞き覚えはあった。それは私が言った台詞だ。しかも何回か言った記憶がある。
探索者の最期として「当事者からしたら不幸と絶望以外の何物でも無かっただろう。」「でも、物語の結末としてはこの終わり方はとても綺麗だったよね」という感情を持ったことはありますか、私はあります。決してハッピーエンドではなかった、けども結末に至るまでの過程から、そして話のオチとしては見事だった――そう思えるセッションは幾つもあった。
探索者個人の幸せを思えば絶望しか無かったけども、あれで良かったよね――と傍目から見て思ってしまった。そんな一人のプレイヤーとしての感情が零れてしまった際の言葉ですね。
そうして気が付いたら乗せられていた荷台には二人の人影がいた。一人は光に怯えるように布を被った女性。もう一人は頭頂部にぽっかりと穴が空いて、そこから脳みそが無かった10歳くらいの少年だった。
女性の方はセッション当時は誰か分からなかった。
光が怖い、胸元に深々と貫かれたかのような傷跡――口調が自分が覚えている限りと少し違っていたので(もしかして……彼女のことかな)と予想してたんですが。答えは予想通りで、自分がKPとして回したセッション時、私の友人の彼女が探索者として連れて来た子でした。口調が違うなあ、こんな素っ気なく冷たかったっけと思ったが、よくよく考えたら自分がセッションしたときのKPCは彼女の親友だったので、赤の他人と気の置けない友人なら態度も口調も異なるよなと納得。
でももう一人の少年は直ぐに誰なのか、見当は付いた。それはとあるシナリオ――自分がKPとして何回か回しているシナリオでロストした、今KPとして回している友人の探索者だ。そのシナリオにおいてKPだった自分は、知的好奇心を満たすために少年を実験の末に殺したNPCの医師役を演じていた。至極愉快に、下卑た笑みを浮かべ、愉悦を声に乗せて、楽しく自分の実験内容を"彼"に告げていた。
奇しくも今回の私の探索者も同じく医師だった、最も探索者である彼は割と善人な真っ当な医師なのだが。自分ではない、"私"が惨たらしく悦に浸って少年を殺したのだ。このとき医師として人を救うのではなく自分の欲求のために殺したNPCである彼に怒りを覚えるのと同時に、こんな風に因果が回って来たことにやるせない気持ちになった――という不思議な感情が両立していたのを覚えている。
今思うと、このときの怒りや憤りはガワのPCである探索者の感情で。やるせない気持ちになったのは、第三者としてそれらの関連性を傍目で見ることが出来たPLとしての感情だったんだろうなあ。
そして流れてくる回収のアナウンス。まるで物のように、データ過ぎないと言わんばかりに流れてくる文章に、言いようのない不快感が募ったのを思い出す。
この感情はPCとしてのものか、それともPLとしてなのか。どっちだったのか、今振り返っても判別がつかないね。
▼回収車から集積所へ
集積所内に捨てられたため、周囲を探索する。
壊れたラジオや音楽プレイヤーからは誰かの呻く声や溜息が聞こえてきた。
これセッション当時は分からなかったんですけど、後の感想戦で尋ねたら私が探索者をロストしたときの様子だそうです。自分って傍から見たらそういう態度だったんだなあと言われてしっくりきました。確かにロストしたときの状況って「どうにかならなかったかな……っぐ、いや、無理だわ……」「いやでも、あれはあれで……話の結末としてはなるべくしてなったというか……はあ……でも、うん……」とか言っていたような記憶がある。
自分の場合、今のところロストしたときって「仕方ない、クトゥルフだもん」と納得はしてるけど「でも、どうにかならんかったか……!」って感情が追い付かないって感じです。結果は理解しても、心情としては幸せになってほしかった……いや厳しいか。みたいな。
テレビに貼られていた紙には「主の喜びこそ我らの至福。」と書かれている。意味が分からない。主の悦びと、彼らの感情は必ずしも一致しないだろうに。PLが喜んでいても、PCが同じ感情を持つとは限らないし。その逆もしかり。ただ、「きっと彼(彼女)は、そういった風に感じるだろう」と想像はするけどさ。
▼もう一人の探索者との邂逅
泥が剥がれてもう一人の探索者が見えたとき「動揺しないんだな」と聞かれたけども、探索者はSAN値ロストだから正気ではないんだよね。だからSAN値チェックも行わず、ただ減少値だけを決めるロールで更にマイナスのSAN値を底値割って減らしていく。そんな人間が狼狽えたりするだろうか。もはや感情や思考なんて擦り切れて淡々と振る舞うしかない。
今思うと、これって探索者であって探索者ではないよなと。感情や思考が既に擦り切れて無くなっている人間を、果たして"彼"だと言えるのだろうか。本来の彼の思考感情ではないのに。だとしたら、SAN値がない廃人の彼の思考なんて有り得ないだろう。当時も無意識に思っていたから、探索者としての彼のロールプレイではなかったんだろうなあ。
なんというか、廃人で思考する能力が無くなった空っぽの探索者だから。そのままでは動くことすら無い彼ではシナリオ上不都合なので、彼を模してPLがそのガワを被るようにロールプレイしてたんだろうなあ。
この時の彼との問答は――
Q.「お前は言いたいといって"言って"いるか?」
A.「分かると思うが、自分は頭で発言する内容を考えてから言っている。だから、それについてはそうではないだろう」
そしてこちらが Q.「お前は"私"か?」「それとも模したものか?」「あるいは自分の内面と向き合っているのか?」と尋ねれば、泥が剥がれたもう一人の探索者は A.「向き合っていると言えば、お前は向き合ってくれるのか?」と返してきた。
それに対して「そうせざる得ないなら」と答えたら、彼は「長たらしい問答をするつもりはない、問いたいのは一つだ」と告げる。
Q.「数多の捨てられた命を忘れないと誓うか?」
A.「取り零してしまったのが自分のせいなら、忘れないと誓うさ」
そう返したところで、彼が「お前がそう言うならそれはそういうことなんだろうな」と言って自らの足で忘却炉に向かおうとしたため、腕を掴んで引き留める。「さっきの問答は何だ?」と聞けば、彼は「すぐわかるさ」と返す。向かう先は忘却炉、恐らく忘れるための場所。彼に「その先は忘却炉だぞ」と暗にさっきの問答への答えに反してると問えば、彼は「だが忘れないんだろう?」と試すような口振りで言ってきたため「忘れるつもりなんてないさ」と再度返答をする形でダメ押しをする。
そうして彼は躊躇いなく、背中から忘却炉へと落ちていった。
崩壊していく世界で、白い視界の中から「うんうん、愚かで生きたがりな人間はこうでなくちゃ!また適当に遊んで頂戴ね。君の愚かな姿がみたいんだからさ。」という従業員の楽しげな声が最後に聞こえた。
気が付けば、探索者は病室に居た。その部屋のベッドに横たわる探索者と、その傍らのパイプイスに覚えている限り最後まで姿を見ていた彼女が腰掛けて眠っていた。
もう一人の探索者との問答の時、というかこのセッション通して今一つ探索者としてロールプレイ出来たような気がしない。乗り切れないような。彼がどんなキャラで、自分がどんなロールをしていたのか、感覚がおぼろげで掴み切れないような。
セッション後にKPから指摘されたのは「行方くん(探索者)たしか一人称「俺」だったよね。でもこのセッション中ずっと「私」だったよね、あと声音ももっと低かったのが、限りなく素だったし」という内容。言われて私は気付いた、そういえばそうだった。
キャラを忘れていたのかと思えば、このひと月前行方くんはエモクロアTRPGという別システムにコンバートしてセッションしてたのですが。そのときは特に違和感なく、誰にも指摘されることはなかった。更に言うと、この後に同じくエモクロアTRPGでロールプレイ多めの別セッションしてたのですが、そのときも「彼らしい」と言われていたから、恐らく違うはず。
今振り返ると自分の頭の中で「行方くんはSAN値ロストを迎えた人間だしな」というのが根底にあったのかもしれない。既に彼は話せるような状態じゃない――故に今の状態で彼のロールプレイは出来ない、から今一つRP出来ていなかったのかなあと。
思えば何となく彼の思考回路というのが掴めなくて、このセッション中はずっと『行方智之というガワを被ったPL』という感覚だった。だから「自分は頭で(彼ならこんな)発言する内容を考えてから言っている。だから、それについてはそうではないだろう」と答えてたし、最後の問い掛けも「取り零してしまったのが(PLである)自分の(選択やダイスの)せいなら、忘れないと誓うさ」という返答だったのか、とストンときた。
だって、ロストに至るまでの過程を綴って来たのは確かにPCの思考回路や行動かもしれない、でもそうなるべくしてさせたのはPLだから。
彼ら探索者はこういった信念(最近だと7版におけるイデオロギーや背景に近いかな)や価値観の元に動いている……というのをPLはロールプレイする上で考えると思うのです。更にPLからしたら第三者視点で彼らの行動、もっと大きく言うと人生や生き様をみているのだと。その上で「この選択をしたら危ないかもしれない。この先、ロストするかもしれない」と知りながらもPCを動かしていく。極論、クトゥルフ神話TRPGにおいて探索者として参加させる以上彼らPCが冒涜的事象に巻き込まれるのは必然ではないですか。そうなると、彼らが悲惨な目にあうように仕向けたのはPLである。だから"なるべくして、そうさせたのはPL"なのだと。
というか探索者って自分の分け身というか、我が子みたいなものじゃないですか。それらが送った人生(設定)はなるべく覚えておきたいし、その子が辿った物語(セッション)やその際に感じた心情は残しておきたい。大切な記憶だから。故にこうして忘れないように、後で少しでも見返せるものが多いように、感想を書く人間です、自分は。
これは人によって異なるかもしれませんが、自分と異なる人間を生み出してロールプレイをするって少なくとも私にとっては難しいです。何かしら自分と似通った部分がないと、ロールプレイは出来ない。故に探索者のどれもが、自分に似た部分や性質を持ち合わせています。だから根っこはどの子も同じなんですよ。だからこそ、愛着があるし、親近感を持ってる。ロストしたくてしてるわけではないが、そこに至るまでの生き様に美しさを見出してしまうのは、業が、深い、ね。
そしてもっと言うと、クトゥルフ神話TRPGのシナリオにおいて探索者である彼らの死に目を見れたものは実際は多くないと思われます。ロストした彼らの事を覚えてくれている人物もまたそういないのではないかと。
ロストした状況で他に探索者の末路を知って伝えてくれる人がいなければ、ロストした探索者の死を、彼らの存在を知ってくれる人はシナリオという物語の登場人物中ではいなくなってしまう。メタ的に言うと、もしこれが神話生物END(世界の終わり)や全ロストみたいな形だった場合は物語中彼らのことを認知してくれる人は誰も居なくなってしまう。そうしたら、彼らが今まで足掻いていた事やここまで懸命に生きていたことすらも無かったことになってしまう。そういった状況でそんな探索者たちを覚えているのは、ずっと第三者視点で見ていたKPやPL達しかいない。
その状況で、我々KPやPL達が彼ら探索者の事を忘れてしまったら、本当に探索者たちの存在が無くなって2度目の本当の死を迎えてしまう……
だから、忘れない、忘れたくない。
▼と、いうエピローグで終わるかと思えば。
音楽が止まり、ノイズが走る、加工された音声が聞こえる。
「さて。見ているか、そこの『神』よ。探索者越しにでも誓ったのだから、その約束は守ってくれるのだろうな?我々創造物は、貴方がいなければ存在が証明されないのだから。」
『問.廃棄された探索者は創造主を憎むか。』
ここでセッションが終わった――
一番自分が心臓を握られた、と直感で感じるぐらいにゾクリと来た瞬間であった。心の中の一際弱い、柔らかい部分を抉られたような、感覚である。
冒頭でも言いましたが、自分のここ最近の琴線に触れたというか心に突き刺さったエピソードがありまして。それがとあるソシャゲのシナリオだったのですが、端的に言うと「劇中の人物の生き様を、物語という見世物として消費するように楽しむ」読者に嫌悪感や怒りを募らせる登場人物がいた――という感じ。
まさしくそれだなと。探索者はセッションとして物語として生き様を出しているが、我々PLやKPはそれをTRPGというゲームとして遊んでいる。いわば、探索者の人生をエンタメとして使って愉しんでいる、ようなもの。
いやいやTRPGというゲームだから、楽しむのは当たり前か? それでも探索者は、自分達が生み出した我が子としてその世界で生きているわけだし。というか"生み"出しているという時点で"生きて"いるわけだ。そしてクトゥルフ神話TRPGというのは大抵が過酷な状況を辿り、場合によっては悲惨な結末を辿るものである。つまり、ほぼ確定で生み出した我が子は凄惨な人生を歩むことになる。それを我々は愉しんでいると。
と、ここまでを想像して更に心の柔い部分をめった刺しにした気分になった。
実際、そこまで考えて、思いながらプレイしている人ばかりではないだろう。自分もクトゥルフ神話TRPGを始めてしばらくくらいは「また神話的事象に巻き込まれると思うと探索者が可哀想だから、継続はあまり作らない……」と言っていたが、そこから数年現在は「それもまた一興」「美しい物語だったね……」と言って遊んでいるし、継続探索者が増えている、なんなら複数回回っている探索者もいる。
ただ、このシナリオはそういったプレイヤーの琴線に触れる、心に突き刺さる内容になるのではないかなあと。体裁考えずに言うと、めっちゃ面白い、考察や思考が深堀されてより楽しめる。今までクトゥルフ神話TRPGをエンタメとして楽しんでいる人たちが、更に別視点を敢えて気付かされることから別の面白さを掘り起こされる……気がする。
▼ざっくり全体感想
シナリオ本文の【KP向け概要】に『探索者がロストしたら新しい子を作ればいい、の考えがどうしても理解できなかった人間が綴ったシナリオです』と書かれていました。その考えに共感します。
自分は探索者はその世界で生きている人間だから、死んだり廃人になったりしたらその探索者の人生が終わってしまう。その探索者の人生はその探索者のものであって唯一無二であり、新しいキャラシを用意したところで代わりにはならないし、その探索者とは別の人間の人生なのだから。という考え方だったので……だからセッション中、呻いたり息が漏れたり、声が出るんです。そしてセッションを終えたら、彼らについて思ったことや感情、内容を残しておきたくて感想文を綴るんです。
でも、自分は「そんな探索者の人生をエンターテインメントとして消費している」ことに変わりはないんだよなあ。
そして最後の問いについて。『問.廃棄された探索者は創造主を憎むか。』
もしかしたら己の生まれたときから辿った過酷な運命は、偶然ではなく意図して作られたものだった――と知ったら、そうなった原因である"創造主"を恨む探索者だっているだろうなあ。ただこの場合『廃棄された』こと自体ではなく、そこに至るまでの過程を含めての恨みだと思うので。質問の意図とは少し離れてしまう気もします。
ただ、今回の探索者である行方くんについては……「なるべくしてなった、それが遅かれ早かれの違いであって。だから自分のこの思考も誰かの考えの元であったとしても、自分がこうなったのは自分の責任だ」という考えに至る気もします。しかしこれもきっとPLとしての"彼はこうあってほしい"という願望込みなんでしょうけども。
改めてここまでの感想を振り返ると、本来シナリオが意図していた事とは違うところで私の琴線に触れてぶっ刺さったんだなあと思いました。
たぶんこのシナリオの核心というか、意図は「探索者だって生きてるのに、使い捨てのように扱って忘れられていく」ということに一石投じるような感じだったのでは……
改めて、こんな深く重く、思考させられる、凄いシナリオ、セッションをありがとうございました。作者様、回してくれた友人、感謝の気持ちでいっぱいです。
心に突き刺さる、それだけ人の中に残る、話をありがとうございます!
追伸。
ところでセッションを終えて、このシナリオを通過した後の探索者:行方智之のショートショートを書いた頃に、このシナリオの作者であるroot-1様が新しいロスト救済シナリオを発表されたようで……いったい今度はいつ、そのシナリオの真相を知る機会を得るのでしょうね……