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かえるところ

全体公開 神無三十一受け 36 64 12318文字
2023-05-11 16:56:25

カルみと シナリオネタバレあり
狩魔さんのご実家捏造
一緒に帰省する話

 

 日暮れの町、買い物袋をぶら下げて道を歩いていた神無三十一はふと足を止めた。
 隣を同じように歩いていた縞斑狩魔は、数歩先で足を止めて彼を振り返る。

 「どうしたの?神無ちゃん。」
 「なんか今、音が聞こえたから。」
 「音……?」

 神無の言葉を聞いた縞斑は、目を閉じて耳を澄ませる。蒸し暑い風に乗って、縞斑は小さく火が爆ぜる音を聞いた。
 町はいつもよりも静かだ。至る所から、細く穏やかな煙が立ち昇っている。

 「うーん、おがらを焼く音かなぁ。」
 「おがら……あぁ、そっか。」

 神無は納得した様子で頷くと、空に立ち昇る煙の群れをぼんやりと眺めた。
 今日は盆だ。先祖の帰る日が正式なものだが、世間では亡き人を想う日として今も続く行事である。
 足を止めたままの神無はきっと、その脳裏にたくさんの人間の顔を思い浮かべているのだろう。
 天城夫妻や有馬一家、赤星透也、白瀬兄妹、実験で犠牲となった子供たち。齢二十二のうら若き青年が背負うには、あまりにも重すぎるたくさんの命を、優しい彼は余すことなく抱えて立っていた。

 「迎え火焚いたら、透也も戻ってくるのかな。」
 「どうかな。材料、買って帰ろうか?」

 ぽつりと呟いた言葉は、縞斑も真っ先に思い浮かべた神無の背負う命の名前だった。
 アンドロイドの彼らに魂は存在しないのかもしれない。血の繋がりのない自分と彼を、煙は繋げてくれるのだろうか。
 そう考える神無の顔を覗き込んだ縞斑がいつも通りの声色で声を掛けると、しばらく考え込んだ神無は首を横に振った。

 「やめとく。俺のこと心配して、透也が帰らなくなっちゃうかもしれないから。」
 「うーん確かに君の家にお邪魔するたびに、お義兄さんに睨まれるのは怖いねぇ。」

 張り詰めたその場を誤魔化すように縞斑が冗談を言えば、正しくその意図を受け取った神無が小さく笑い声を上げる。
 何気なく、縞斑は神無に手を差し出した。二人の身分を考えて外ではほとんど恋人らしい接触を行わない縞斑からの誘いに、少しだけ目を丸くした神無が顔を上げる。
 咄嗟に周囲を見回す彼だったが、迎え火を焚くために早く帰宅しているらしい町には人の姿がなかった。

 「大丈夫、誰も見てないよ。」
 「うん。」

 縞斑の手をそっと握れば、指先を絡めた彼は緩く神無を引く。帰路を辿ろうとするその動きに頷いて、二人は手を繋いだまま夕暮れの町を歩いていた。

 「明日は公休だったっけ。」
 「そう。パパのところ行くつもりだったんだけど、検査があるらしいんだよね。」

 休日は決まって黒田矢代のところに顔を出す神無だったが、明日は丸一日掛けて検査が行われるらしく、見舞いを断られてしまったのだ。
 黒田が目を覚まさないまま、季節は次々に巡っていく。世界は少しずつ変化を続けて、彼の抜けた穴を埋めて回っていた。

 「………どうしようかなぁ。」

 呟いた声に隣を見れば、神無は言葉通り迷子の子供のように困ったような笑みを浮かべている。
 泣き出しそうな感情を、どうにか作り笑いを浮かべることで誤魔化しているらしい彼は、独り言のように言葉を続けた。

 「警務課からさ、緊急連絡先の再登録しろってめちゃくちゃ迫られてんの。」

 静電気のような、ぴりりとした感覚が走っていく。
 配属の際に黒田の名前を緊急連絡先として登録していた神無だが、彼が意識不明となった今、別の人間を再登録する必要があった。
 まるで冗談のような雰囲気で、言い辛かったであろう話題を口にした神無の緊張と、その言葉の意図に気付いて言葉を選ぶ縞斑の間に、一瞬の沈黙が流れる。

 「俺はなれないからねぇ。」
 「そうなんだよな……そもそも、俺に何あったらディーノから真っ先に二人には連絡が行くだろうし。」

 警察組織に形跡を残せないため、縞斑の名前は登録することはできない。実の両親が亡くなり、その親族すら全く分からない神無には、登録を頼める人間がいなかったのだ。

 「頼めるのは青木くらい?でも上司だから、連絡しなくても報告行くしさ。」
 「まぁ警務課も上司の登録は認めないだろうねぇ黒田先輩もかなり無理言ったんだろうし。」

 縞斑は深追いせずにそう呟く。緊張した空気を感じ取って、切り出したことを若干後悔していたらしい神無は、安堵のため息を吐くと歩みを進めた。
 隣を歩く縞斑は、前に視線を移すと同じように歩調を合わせる。

 「……俺も明日は休みだから、実家に顔出そうと思っててね。」
 「そっか、たまには帰省しないとだよな。」
 「うん。だからさ、」

 握った手を引いて、縞斑は神無の顔を覗き込んだ。きょとりと目を瞬かせる彼に微笑んで、縞斑は名案だと言うように言葉を続けた。

 「一緒に帰ろうよ。」



 

 乗客のまばらな鈍行列車から降りた神無は、大きく背伸びをして深く息を吸い込む。
 降り注ぐ蝉の音は都会にはない力強さがあり、青々とした緑の広がる無人駅を見回した神無は口を開いた。

 「電車久しぶりに乗ったぁ……
 「お疲れ様。自動運転車でも良かったんだけど、行き方覚えてもらった方がいいかなーと思ってね。」

 話しながら改札を抜けた縞斑は、側の花屋に寄って小菊の花束を買う。その背を見ていた神無は、緊張した様子で彼の裾を掴んだ。

 「あのさ、やっぱり手土産とか買うべきだったんじゃない?」
 「いらないよ。昨日も言ったけど、そんなに畏まらなくて大丈夫だから。」
 「そうは言ったってさぁ……

 躊躇うように呟く神無は、昨日からずっと本当に行くのかと何度も縞斑に尋ねていた。なかなか帰らない息子との時間に、部外者である自分が水を差してしまってもいいのだろうか、そう気にして神無は俯く。

 「本当に俺のこと、紹介していいの?」
 「家族に紹介して恥ずかしいような人と付き合った覚えはないよ。」
 「うー
 
 さらりと言ってのけた縞斑は、人がいないのを良いことに神無の手を取って歩き出した。唸る神無は、渋々頷くと彼の後に続いて足を進める。
 数十年前に発展した住宅地は、ベッドタウンとして一時は栄えていたらしい。ところが、丘陵地帯を開発して作られた町は斜面が多く、住みやすい都会へと若者たちは出て行ってしまった。
 今は高齢者ばかりが暮らしている町は穏やかで、休日の昼間にも関わらず人の姿はほとんどない。

 「久しぶりだなぁ、三年ぶりくらい。」
 「そんなに帰ってなかったんだ。」
 「色々あったから帰る気になれなくてね。こんな田舎じゃ、俺のこと知ってる人もほとんどいないと思うけど。」

 犯罪組織のリーダーとなった縞斑の容姿は、元刑事であることを隠したい警察上層部の都合でメディアに伏せられている。
 スパローを追っている一部の人間しか、縞斑狩魔の存在は知らない。それでも実家に多少の探りは入っているかもしれないと警戒して、ここ最近は帰っていなかったのだ。
 駅から十数分歩き続けた縞斑は、足を止めると神無に背後を指差す。頬を滑る汗を拭った神無が促されるままに振り返れば、そこには坂道の上に穏やかな町の風景が広がっていた。

 「綺麗だし、静かなところだな。」
 「でしょ?何もないけど、平和なところだよ。俺が生まれ育った場所。」

 景色に瞳を輝かせた神無は、感嘆の息を吐く。
 縞斑がこの場所でどんな時間を過ごしたのか、神無は少しだけ気になった。事件を共に追いかけて、想いを通じ合わせて同じ時間を過ごすようになったけれど、神無はまだ縞斑のことをほとんど知らない。
 そうして神無が口を開こうとした時、縞斑がぴたりととある一軒家の前で足を止めた。

 「着いたよ。」
 「ここ?」

 少し古びた二階建ての家は、しっかりと手入れされている。
 玄関横には花壇と小さな畑があり、夏野菜が色鮮やかに実っていた。車庫に車は無く、薄暗い奥に道具類が積んであるのが見える。
 縞斑、という表札を見つめた神無は、本日何度目か分からない緊張感に唾を飲むと、隣の彼を不安げに見上げた。

 「……俺、服とか変じゃないよな?」
 「んー早朝から家中の服ひっくり返して悩んでた神無ちゃんは十分可愛いし、その服もちゃんと似合ってるかな。」
 「起きてたのかよ!!!」

 急遽決まった親への挨拶に、神無は何を着ていけば良いのか悩みに悩んだ。ほとんど眠れないまま早朝に支度をして、ひとりでああでもないこうでもないとクローゼットを引っ掻き回したのだった。
 物音で目を覚ました縞斑は、うんうんと唸りながら服を選ぶ神無を微笑ましく見守っていたのである。
 起きているなら口を挟んでくれたら良かったものを、と神無は唇を尖らせた。そんな彼に笑い声を上げた縞斑は、緊張が多少解れたことを確かめると、玄関扉に手を掛ける。

 「ただいま。」

 声を上げて中に入れば、廊下の奥からぱたぱたと足音が響いた。固まった神無は、縞斑と繋いでいた手のひらを慌てて離す。
 奥から顔を出した女性は、縞斑の顔を見ると嬉しそうに笑った。

 「おかえり。」
 「これ、駅で買ってきた。」
 「あらあら、ありがとう。」

 短い会話を交わした縞斑は、あと、と言って視線を隣に向ける。神無と女性の視線が合って、神無はますます背筋を整えて息を詰めた。

 「あの、えっと
 「いらっしゃい、神無くん。いつも息子がお世話になってます。」

 微笑んだその目元は、彼によく似ている。
 部屋に漂う縞斑の匂いと線香の匂い、薄暗い玄関先の壁に貼られた時刻表。靴箱の上の棚には、幼い縞斑らしい少年の写る家族写真が飾られていた。
 はっと我に返った神無は、慌てて深く頭を下げて緊張で回らない舌を必死に動かす。

 「ははじめまして!!神無三十一でしゅ……ぐぅ
 「ふ、」

 盛大に噛んでしまった神無が気まずげに口ごもれば、隣の縞斑が耐えきれず吹き出した。せめてお前だけは笑うな、という神無の睨みを受けて、縞斑はどうにか途中から笑いを噛み殺す。
 そんな二人のやりとりを目を丸くして見ていた彼女は、気にした様子もなく穏やかに笑った。

 「そんなに緊張しなくていいのよ。暑かったでしょ、中に上がりなさいな。」
 「はい!お邪魔します!!」

 もう一度深くお辞儀をした神無は、縞斑に促されて靴を脱ぐ。玄関の端に寄せた彼の靴の隣に並べると、促されるままに居間へと足を向けた。
 しっかりとクーラーが効いた室内に息を吐く神無を呼んで、先に部屋に入った縞斑は座布団のひとつをぽすぽすと叩く。

 「神無ちゃんはここ。」
 「わ、わかった。」

 どうにか頷いた神無は、腰を下ろした縞斑の隣に敷かれた座布団に正座する。落ち着かない様子でちょこんと膝を合わせる神無の姿は、小動物のようで可愛らしかったが、指摘したら帰宅後まともに口をきいてくれなくなるかもしれないと縞斑は口を噤んだ。
 そんな二人の元に、盆に冷たい麦茶とお菓子を乗せた彼女が顔を出す。

 「おまたせ。甘いものが好きって聞いたから、私ここの切り羊羹が大好きで……
 「えっえっ、ありがとうございます!!なに教えたんだよ!」
 「お茶菓子何がいいか悩んでてたから、甘いもの大好きだからなんでも食べると思うって言っただけだけど
 「なんっそん、あんたさぁ……!!」

 真っ赤な顔で照れる神無は、余計なことを、という目で縞斑を睨む。その一方で、お勧めの茶菓子を出して笑う彼女に笑みを返すと、ありがたく皿を手に取った。
 どちらにせよ帰宅後は怒られるコースだな、そう諦めた縞斑が自分の分の羊羹を口に運べば、それを見て神無も小さく切ったそれを口に入れた。
 しゃりしゃりと爽やかな外側と、柔らかい中身が口の中でとろける。昔ながらの切り羊羹は上等なもので、神無はぱちぱちと目を瞬かせた。

 「……美味しいです」
 「そう?よかった。まだまだあるから、おかわりが欲しくなったら言ってね。」
 「いやあの、本当にお気遣いなく……

 嬉しそうな笑顔を浮かべた彼女は、今すぐにでも台所へ向かって新しい羊羹を切り分けて持って来かねない。遠慮する神無がおろおろと隣の縞斑を見上げれば、満足げに懐かしい味を転がしていた彼がそっと囁いた。

 「多分昨日から親戚が来て、お菓子やらなんやらたくさん置いていったんだと思うから、消費してやって。」
 「でも……
 「たくさん食べて美味しいって言ってやった方が母さんも喜ぶからさ。」

 甘味が得意ではない縞斑は二切れが限界だが、神無は丸々一本でも平らげられることだろう。頷いた神無が素直に甘えると、彼女は案の定嬉しそうに台所へ向かって、先ほどよりも大きく切り分けた羊羹を神無に渡した。

 最初は固まっていた神無だったが、穏やかな母親の様子にほっとした様子で肩の力を抜く。
 天才肌の彼は、人や形式を重んじる人間には時々睨まれることがあるのだ。
 しかし、元々は人懐っこく甘え上手な彼ならば、その条件に当てはまらない自分の母親に嫌われるはずはないだろう。そう考えていた縞斑は、いつもの笑みを取り戻した神無を見守りながら、穏やかに麦茶を傾けた。

 「それでね、この子ったら私たちに何にも言わずに警察学校の手続き済ませちゃったの。」
 「え、報告一切無しですか。」
 「そうよぉ、突然書類渡して「サインして」って言うから新手の詐欺かと思っちゃった。」
 「母さん、母さん?昔の話掘り返すのやめてくれる?」
 「先輩、ホウレンソウは社会人の基本だって習わなかったの?」
 「あ、神無ちゃんもそっち側なんだ?」

 あっという間に打ち解けた母親は、楽しげに縞斑の昔話を神無に聞かせる。機嫌の良い彼女が二階からアルバムを持ち込もうとした辺りで、縞斑が慌てて止めに入った。
 幼い頃の縞斑の写真を見ることを楽しみにしていたらしい神無が不服げな表情を浮かべていれば彼女は、後で送るわね、と端末の連絡先を交換していた。
 目を輝かせて頷く神無を止めきれず、裏取引には目を瞑ろうと諦めた縞斑がふと辺りを見回す。

 「そういえば父さんは?外に車なかったけど。」
 「役所は普通にお仕事あるんですって。」
 「役所?」

 会話を聞いていた神無は、不思議そうに小さく首を傾げる。
 都内の役所はアンドロイドの導入が進み、人間の職員はほとんど居ないため、馴染みがないのだろう。
 田舎の公的機関はいまだに人間の職員が多いのだと縞斑が補足すれば、神無は納得した様子で頷いた。そんな彼に、母親は苦笑いを浮かべて声を掛ける。

 「神無くんに会いたかったって残念そうにしてたから、またあの人が休みの日に顔見せに来てあげてね。」

 どうやら神無の存在は、昨日の今日で父親にも伝わっているらしい。こくこくと神無が頷けば、彼女は嬉しそうに礼を言った。

 しばらくは三人はそうして、他愛もない話を交わしていた。追加された甘味を美味しそうに頬張る神無を見守っていた縞斑は、ふと向かいの席の母親へと視線を向ける。

 「そんなわけで、この子が神無ちゃん。」

 部屋の空気が変わったことを察した勘のいい神無は、不思議そうに隣の縞斑と彼女の顔を交互に見る。

 「どうかな?」
 「どうもなにも別に審査するつもりなんてないわよ。あなたが選んだ人なんだから。」
 「えっと何の話、ですか?」

 審査という言葉に緊張が振り返った神無がおずおずと声を上げると、縞斑はなんてことのない声色で言葉を続けた。

 「神無ちゃんの、緊急連絡先。」
 「え、」
 「母さんにしたらどうかなって思って。」

 齧っていたどら焼きを取り落としそうになった神無は、慌てて皿にそれを戻す。
 視線を右往左往させた彼は、言葉に悩むように、目の前に座る大切な人の家族を傷つけてしまわないように、おそるおそる口を開いた。

 「それは、どうなんだ?」
 「別に血の繋がりがなきゃいけないってわけでもないでしょ?」

 現在の警察の緊急連絡先の制度には、血縁者でなければならないという規則は存在しない。確かにその通りだと神無は小さく頷く。

 「父さんは俺が登録してたけど、母さんなら旧姓を使えば俺との繋がりを辿られることもないだろうし。」
 「でもえっと、いいの?」

 それはきっと、神無が想像しているよりもずっと深い縁になるだろう。
 色褪せた畳は、机の天板についた細かい傷は、柱に刻まれたいくつかの線は、縞斑という存在を形成した大切な時間だ。
 彼の恋人とはいえ、安易に踏み込んで良い領域ではない。この場所において自分は完全に異物なのだと、神無は表情を歪めて俯く。
 そんな神無の手を、縞斑が握った。指先で手の甲を軽く叩いた彼は、顔を上げるように促す。

 「いいよ、神無ちゃんなら。」

 丸く見開いた紫の瞳に、じわりと涙が滲んだ。そんな彼と縞斑のやり取りを、母親は穏やかな笑みを浮かべて見守る。
 やがて、ぽたぽたと頬を伝い落ちる涙を拭う余裕もないまま、神無は小さく彼女に頭を下げた。
 よろしくお願いします、という呟きは涙に濡れて震えてるいたが、正しく彼女には届いたようで、深く頷いて見せた。
 神無の涙を指で掬った縞斑は、泣き止む気配のない彼の背中をさすりながら口を開く。

 「いい機会だから、母さんにちゃんと伝えておこうと思ってここに来たんだ。」

 前々から、どこかの機会で帰省して両親に直接伝えなければならない言葉を縞斑は抱えていた。
 彼女は首を傾げて言葉を促すが、心の何処かで縞斑の話を予想しているようだった。それでも自分の言葉を待ってくれている彼女に内心感謝して、彼は言葉を続ける。

 「警察から連絡があったかもしれないけど……俺は今刑事を辞めて、別の場所に身を置いてる。」

 スパローのリーダーになることを決めた日、警視庁内にある自分や相棒のアサギリに関する全てのデータを削除して二人は姿を消した。
 そんな彼らのことを警察は現在も捜索している。同じドロ課の神無たちにはもちろん、おそらく両親の元にも警察が訪れたことだろう。
 心当たりがあるらしく、彼女は小さく頷いた。きっと二人は何も話さなかったし、辿られることを考えて連絡も寄越さなかったのだ。
 両親の優しさに守られていたことを知った縞斑は、頭を下げたまま口を開く。

 「世間から見たら胸を張れる立場じゃない。けど相棒だった奴が託してくれた場所だから、守りたいと思ってる。」

 白瀬が残したあの場所を、そこに集った仲間たちを守ると決めたのだ。それは罪滅ぼしではなく、紛れもない自分の意志だった。
 けれど、そう決めた縞斑がひとつ心残りを抱えていたとすれば、離れた故郷で何も知らずに帰りを待つ両親のことだ。

 「立場上、母さんたちにも何をしているか言えないし、もしも俺が死んでもその報せは届かないかもしれない。」

 アンドロイドと人間の共存を目指すスパローだが、現在の立場は犯罪組織のひとつに過ぎない。
 抗争によって万が一縞斑が命を落とした時、遺体どころか、その報せすら両親の元には届かないだろう。
 隣の神無が小さく唇を噛んで悔しそうに俯いた。スパローは決して人に害を為すような犯罪集団ではない。神無がそう主張をしても、元同僚である彼の声は擁護と捉えられて逆効果になってしまう。
 そんな神無を慰めるように頭を撫でた彼は、母親へ視線をまっすぐに合わせると言葉を続けた。

 「その時は……彼に、神無ちゃんに聞いて。俺が何をしていたか……ひょっとすると、その最期まで知っているかもしれないから。」

 同じアンドロイドが関係する事件に関与する神無ならば、縞斑の最期に立ち会う可能性は高い。そうでなくとも、相棒のアサギリから通信を受け取ることができるはずだ。
 その時を出来る限り想像したくない神無は、とめどない涙を流しながら嗚咽を殺す。

 「けどきっと、俺を失った神無ちゃんは、今よりも泣いてると思うからたくさん慰めてあげてほしい。……その時くらいは、昔のアルバム出してきても怒らないからさ。」

 親不孝な息子でごめん、そう呟いて縞斑はもう一度深く頭を下げた。
 刑事であった頃以上に、故郷に顔を出すことは難しくなるだろう。今日という日が今生の別れになる可能性も十分にある。
 自分が身を投じる世界は、刑事でいた頃よりもずっと危険な場所だ。明日の命の保証すら危ういということを、両親には伝えなければいけないとずっと考えていた。
 黙って話を聞いていた母親は、縞斑に顔を上げるよう促す。そうして彼女は、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。

 「いいのよ。それにもう一人息子が増えて私もあの人も嬉しくて仕方ないの。」

 彼女の手のひらが俯いていた神無の頬を撫でる。皺の刻まれた柔らかい指先が、溢れる涙を優しく掬った。

 「神無くん、この子のことよろしくね。」
 「っおれ、こそ……よろし、くおねがい、します……

 幼い頃の記憶を失った神無は、母親という存在を知らない。
 今まではその寂しさを覚えることすらなかったが、黒田が目を覚まさなくなって初めて、親という存在が恋しくなったのだ。
 もしも母親がいたら、こんな風に温かく寄り添ってくれたのだろうか。そう考えた途端、更に溢れる涙と嗚咽に、彼女は困ったように笑った。

 「あらあら大丈夫よ、もう泣かないで。あんまり泣かせると怒られちゃうわ。」

 麦茶を持ってくると呟いた彼女は、縞斑に目配せをして席を立つと、ぱたぱたと台所に歩いて行く。
 居間の扉が閉まったことを確かめた縞斑は、必死に両手で涙を拭って泣き止もうとする神無の肩を抱き寄せた。
 嬉し涙と悔し涙と、たくさんの感情が混ざり合って余裕のない神無は、今だけと言い聞かせて小さく謝ると縞斑の胸に顔を埋める。

 「余計なお世話だった?」
 「じゃ、ないっ」
 「ならよかった。」

 背を優しく叩く手のひらと言葉に、更に涙腺を刺激された神無は頷く。
 そうして縞斑は、神無が泣き止むまで小さなその温もりを腕の中に強く抱き締めていたのだった。



 

 「理由、聞いてない。」

 長い坂を下って乗り込んだ鈍行列車の中、人のいない四人掛けの席に隣り合って座った神無は、ぽつりとそう呟いた。
 その声にふと、縞斑は隣へ視線を移す。小さく鼻を啜る神無は、まだ完全に泣き止んでいないらしい。

 「理由?」
 「どうして、俺をここに連れてきてくれたのか。お母さんを連絡先にしようって思ってくれたのか。何も聞いてない。」
 「うーん言わなきゃだめ?」

 誤魔化すように笑う縞斑だったが、服の裾を掴んだ神無は逃がさないというようにじっと顔を見上げる。困ったように小さく笑った彼は、言葉に悩むようにゆっくり話し始めた。

 「色々あるけど、大きくふたつかな。」
 「……じゃあひとつめ。」

 神無の小さな声を聞きながら、縞斑は窓の外に視線を向けた。坂道に並ぶ家々と田畑、穏やかな故郷の景色を目に焼き付けながら、縞斑は言葉を続ける。

 「神無ちゃんさ、おかえりって言われるのも、ただいまって言うのも好きでしょ。」
 「それはうん、好き。」

 家に帰れば、温かい光と美味しい匂いが神無のことを待っていた。仕事で忙しい二人だったが、それでも神無が寂しくないように時間を割いていたのだと、同じように働き始めて気付いたのだ。
 彼らの「おかえり」という言葉に心を救われ続けていたことと、そんな心を救う言葉が当たり前のように自分の体に染み付いていることが、二人が自分を愛していた紛れもない証だった。

 「俺は、少なくとも今は君と一緒に暮らせない。おかえりとただいまを本当の意味で伝えることはできないじゃない?」
 「うん。」
 
 現在の不安定な地盤では、縞斑がスパローのアジトを離れることはできないし、二人の関係が公となれば神無の刑事としての道が険しいものとなることは目に見えている。
 二人の願いを叶えるためにも、今は一緒に暮らせない。それは想いを通じ合わせてすぐに、二人で話し合って決めたことだった。
 それでも、寂しくないと言えば嘘になる。広い薄暗い部屋に帰った時に覚える虚しさに慣れ始めてしまった自分のことが、神無は嫌だった。

 「もしも俺が先に死んだら、その時君におかえりって言ってくれる人が君がただいまって言える場所がひとつでも多くあればいいと思ったから。」

 その瞬間を迎えた時、黒田が目を覚ましていることが何よりだが、植物状態の彼が目覚める確率は限りなく低い。
 神無の相棒と縞斑の相棒だけで彼を支えきれなかったとき、同じように自分を悼む人間が側に居てくれたら、少しは神無の心を癒すことができるのではないかと思ったのだ。

 「……縁起でもないこと言うなよ。」
 「別にこれは悲しい話じゃない、未来の希望の話だよ。」

 たまにでもいい、あの家に神無が帰って、自分の思い出話でもしてほしいと思ったのだ。両親はきっと話を喜ぶだろうし、神無のことを温かく迎え入れてくれることだろう。
 縞斑がいなくなってから、神無が新たに家族と呼べる存在を見つけることができれば何よりだが、それが難しいときは二人を頼ってほしいと縞斑は願っていた。

 「ふたつめは?」
 「もう一つは……うーん、呪い?」

 二人にとって馴染み深い言葉に、神無は小さく首を傾げる。

 「神無ちゃんにもしものことがあったら、その第一報は母さんのところに届く。」
 「うん。」
 「母さんは間違いなく、君に何かがあったらひどく驚くし、悲しむだろうね。」

 そう話した縞斑が神無の顔を覗き込めば、彼の言葉の意図を理解した神無が気まずい表情を浮かべた。

 「もしかしてそういうこと?」
 「君は未だに、自分の命を軽んじる瞬間があるから。」

 神無は、仲間たちのことを心から大切に思っている。それ故に、仲間たちのためならば平気で自らを危険に晒すことがあるのだ。
 どうしてかそんな神無は、自身も同じように仲間たちから大切に思われているという自覚が足りない。傷ついた神無を見て、自分のことのように傷つく存在がいることに、彼はずっと気付いていなかったのだ。

 「最近はようやく自覚してくれたみたいだけど、俺としてはまだまだ及第点にも達していないから……アプローチの仕方を変えることにした。」

 自分の恋人を粗末に扱わないでほしい、そう説得をしてどうにか神無に意識を持たせた縞斑だが、今でもふとした拍子に肝が冷えることがある。
 だから縞斑は、彼の緊急連絡先を母親に登録することによって、新しい神無の意識を芽生えさせる強行策に出たのだ。

 「自分のことを大事にすることがまだ難しいなら、自分が傷つくことで悲しんでしまう人のことを大事にするように立ち回ってほしい。」

 神無に万が一のことがあれば、その報せは真っ先に縞斑の母親へと飛ぶ。もう一人息子ができたと嬉しそうに笑っていた彼女は、神無が傷ついたらきっと泣いてしまうだろう。
 同じ現場に立ち会うディーノたちには、神無が傷つくことに覚悟があるだろうとたかを括っていた。おそらく縞斑は、そんな神無の考えすら読んでいたのだ。

 「絆とか願いとか祈りって言えばいいのに、なんであえてそのワードチョイスなんだよ。」
 「俺たちにとって、呪いは絆と同義でしょ?」

 得意げに笑う縞斑を見上げて神無は、よく言ったものだと当時の剣幕を思い出して小さく笑う。
 優しい両親、線香と畳の匂いが漂う室内。それら全てが、縞斑という人格を形成した大切な欠片なのだろう。
 まだきっと、二人の間には交わしていない言葉も、知らない顔もたくさんあるのだ。そのひとつを今日は知ることができた、そんな満足感に神無は満たされていた。

 「こんなにいっぱい貰っていいのかなぁ。」

 呟いた神無は車内に人が居ないことを確かめると、縞斑の肩に体を預ける。
 気を抜いたらまた泣き出してしまいそうな緩む涙腺を堪えて目を閉じれば、差し込む夕日が目の裏を焼いた。

 「俺も君から沢山貰ってる。お互い様でしょ。」

 神無の頭に自分の頭を預けた縞斑は、言い聞かせるようにそう呟く。
 抱いた恋愛感情に向き合うことを決めたのは、神無が真っ直ぐに気持ちを伝え続けていたからだ。人を愛することが当たり前のように身についている彼は、家族から与えられた愛情に満ちていた。
 表の世界に背くことを決めて距離を置いた縞斑を、神無は追いかけて追いかけて、ついに捕まえたのだ。変わらず後を追う明るい笑顔に縞斑が何度も救われたことを、神無はきっと知らない。
 すん、と神無が再び小さく鼻を啜る。膝の上に置かれた手のひらを重ねて、線路を叩く規則正しい車輪の音を聞きながら、縞斑は目を閉じた。

 「疲れたでしょ。家まで送ろうか。」
 「……ご飯食べてってよ。」
 「じゃあお言葉に甘えて。」

 まもなく電車は、二人の暮らすビルの海へと帰っていく。
 繋いでいた手を離して、拳ひとつ分の空間を開けて歩く二人だったが、不思議と心は満たされていた。
 家の前で足を止めた縞斑は、慣れた様子で合鍵を取り出して玄関扉を開ける。振り返った縞斑が、笑みを浮かべて神無を中に促した。

 「おかえり、神無ちゃん。」
 「……ただいま。おかえり、先輩。」
 「うん、ただいま。」

 玄関先で言葉を交わした二人は、幸せそうにくすくすと笑う。「ただいま」と「おかえり」が、こんなにも幸せな言葉だったなんて知らなかった。
 家に穏やかな光が灯る。
 その場所はふたりの暮らす家ではないけれど、確かにふたりを迎える場所として、暖かく優しい匂いを纏っていた。
 



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