カルみと
ワンドロ『思い出』
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
警察学校を卒業して、最初に配属が決まったのは都内の交番だった。
美術館や動物園などの文化施設に囲まれたその地域は比較的治安も良く、仕事はもっぱら観光客の案内や落し物の手続きだったように思う。
その日も彼は、日本語が不慣れな外国観光客を動物園まで送り届けて、学校帰りの子供たちを見守って、定時まで溜まった書類作業をこなしていたのだ。
「…あのー……お巡りさん?」
書類に終わりが見えた頃、ふと入り口にいつの間にか立っていた老婆が彼を呼ぶ。
顔を上げた彼は、慌てて席を立ちそちらへと駆け寄った。
「はい、なんでしょう。」
「そこの通りで会ったんだけれど…この子……」
困った表情を浮かべる老婆の隣には、そんな彼女と手を繋いだ幼い子供が立っている。紫の瞳に涙をいっぱいに溜めた少年は、俯いて地面を睨みつけていた。
「しばらく見てたんだけれど、お父さんもお母さんも側にいないみたいで…そろそろ暗くなるし念のために連れてきたのよ。」
大人しく手を引かれる少年は、泣くのを堪えるように唇を噛んでいる。十中八九迷子だろうと考えた彼は頷くと、老婆に丁寧に礼を伝えた。
「ありがとうございます。こちらでお預かりしますね。」
「えぇ、お願いね。それじゃあねぼく。」
面倒見のいい老婆は、少年の頭を一度撫でると交番を出ていく。
その背にお辞儀をして見送った彼は、その場に腰を落として少年の顔を覗き込んだ。
「きみ、名前は?」
「…………みーくん。」
「そっか。みーくん、いくつ?」
「……むっつ。」
ぽつぽつと呟く声は、小さく震えている。
六歳にもなると子供はませてくるものだ。迷子になってしまった自分が恥ずかしく、寂しくても泣くことができない真面目な子供も少なくない。
「ここには誰と来たか言えるかな?」
「…ぱぱと、ままと、かがくかん、いったの」
家族と遊びに来て帰り道に逸れてしまった、そう考えるのが妥当だろうと頷いた彼は少年の頭を撫でる。金色の髪は、夕焼けに反射してきらきらと輝いて見えた。
「じゃあ、みんなが来るまでお兄さんとここでお喋りして待ってようか。」
小さな頭がこくりと頷く。
このあたりの交番は、駅前のここしかない。六歳の息子と逸れた両親が探す場所はおそらく、遊びに行ったらしい科学館から駅までの道くらいだろう。
いずれこの場所に両親はやって来るはずだ。そう考えた彼は、無線で同僚に手短に状況を説明すると、少年の手を引いて中へと入った。
抱えて椅子の上に座らせれば、両足をぴったりと合わせた少年は居場所なさげに俯く。
そんな小さな肩を眺めていた彼は、机の引き出しから袋を取り出して少年の前に腰を落とした。
「手を出してごらん?」
「……?うん。」
不思議そうな表情を浮かべた少年は、素直に小さな両手を差し出す。
彼が袋の中をそっと傾ければ、柔らかな手のひらの上に色とりどりの金平糖が散らばった。
「きれい…」
「今日道案内をしたらもらったんだ。あげるよ。」
星屑のようにきらきらと手の上で輝くそれを見て、少年は小さく感嘆の声を上げる。
偶然午前中に案内した外国観光客から貰ったお菓子をとっておいてよかったと、彼は内心胸を撫で下ろした。
紫色の金平糖を摘んだ少年は、おそるおそるそれを口の中に入れた。
「…あまい!」
「おいしい?」
「うん…!!」
ぱちぱちと目を瞬かせて嬉しそうに青色の2粒目を頬張る少年の瞳から、滲んでいた涙がこぼれ落ちる。
どうにか泣き止んだその顔を見上げて彼が安堵していれば、その鼻先に少年は緑色の金平糖を差し出した。
「おにいさんにもあげる!」
「え、お、俺はいいんだよ。全部食べな。」
彼は特別甘いものが得意ではない。この金平糖も、少年が食べなければ帰りに同僚の妹にでも譲ろうと考えていたのである。
遠慮する彼だったが、少年は少しだけ不服そうに頬を膨らませてずいと再び手の中の緑の星を突き付けた。
「ぱぱがいってた。みんなでたべると、もっとおいしいんだよ。」
「あー…ううん……じゃあ、ひとつだけ。」
従っておこうと手のひらを差し出す彼だが、少年はそんな彼に向かって口を小さく開けてみせる。
「あーんして!」
「……あーん、」
嬉しそうに笑う少年は、そういった趣味のない彼が見ても可憐なものだった。
きっと学校では相当モテるだろうに、そんなことを考えながら大人しく口を開けば、口の中に甘い砂糖の塊が入れられる。
「おいしい?」
「…うん、美味しいね。」
久しぶりに食べた味だったが、観光客が買ったものだけあって上質な品だったらしい。優しい甘さを残して消えていくそれに、素直な感想を呟くと、少年は嬉しそうにくふくふと笑って橙色の金平糖を彼の口元に押し付ける。
「あーん!」
「んむ…うーん、これで最後だよ?」
念を押して彼が唇を僅かに開く。舌の上に落ちた砂糖のかけらを転がして笑ってみせれば、少年は今度こそ満足した様子で頷いた。
絆創膏の貼られた膝をゆらゆらと揺らして、金平糖を大切に頬張る少年は、ぽつりぽつりと自分のことを話してくれた。
両親は研究職のため忙しく、今日は久しぶりに二人が休みを取ってくれたらしい。科学館を見て回って、楽しい一日だったそうだ。
「たんじょうび、すっごくたのしかった。」
「誕生日って……今日が?」
「そう!10がつの31にちなの!」
明るい顔で頷いた少年に、返事をしようと目線を合わせる。そうして言葉を続けようとした時、出入り口から人の気配がして彼は顔を上げた。
「すみません!!息子を探しているんですけれど…!!」
「あっ!ぱぱ!!」
聞こえた男性の声に弾かれたように顔を上げた少年は、椅子から飛び降りるとそちらへかけていく。その後を彼が追えば、駆け寄った少年を夫婦らしき男女が抱き締めていた。
「ぱぱぁ、ままぁ!!」
「よかった…ごめんね、手を離してしまって…!!」
大切そうに我が子を抱きしめて再会を喜ぶ姿を見守っていた彼は、落ち着いた頃に両親へと声を掛けた。
改めて少年が二人の息子で間違いないことを確かめて、簡単な手続きを終えると三人を送り出す。
出入り口の前に立って見送る彼に、何度も頭を下げて両親は歩いていく。そんな両親と手を繋いでいた少年は、何かを話すと一度手を離して彼の元へ駆け寄った。
「おにーさん!」
「どうしたの?」
胸にぽすりと飛び込んだ少年は、彼にしゃがむよう手招きをする。不思議に思いながら彼が腰を折ると、少年はつま先を伸ばして彼の頬にそっと唇を寄せた。
「………、」
「へへ…ありがと、おにーさん!」
はにかむように笑った少年は、改めて彼に礼を言うと両親のもとに走って行った。
触れられた頬を手で押さえた彼は、手を振って歩いていくその姿を見送りながら呆然と呟く。
「……最近の子は…ませてるなぁ…」
「ただいま、見回り終わったけど……狩魔、そんなところで何してんだ?」
しみじみと呟く彼の元に、見回りを終えた同僚が顔を出した。怪訝な表情で尋ねる白髪の男に、彼は笑みを返すと室内へ戻っていく。
「ちょっと迷子の子にお礼にキスされただけ。最近の子はませてるよな。」
「…お前そういう趣味あったっけ。」
「ぶん殴るぞ恭雅。」
今日も平和に、日常は終わる。
その出会いが星の巡り合わせのような運命の始まりであることを、彼も少年もまだ知らない。
終
三十一、その金平糖お巡りさんに貰ったの?
そう!
おまわりさんのおめめね、みどりいろでとってもきれいだった!!