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一度目の過ち

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2023-05-14 17:44:48

【修学旅行で仲良くないグループに入りました:大学編】
日置が渡会を怒らせちゃう話。

Posted by @RcNfe37

沸々と頭が煮えたぎるような感覚。気持ちを落ち着かせる為に吐いた溜め息は何回目だろうか。
少し塗装の剥がれた腕時計を確認すると、終電まで20分を切っていた。今から走ればギリ間に合う。
信号ではなく歩道橋を使おう。エスカレーターのあるホームはどちらだったか。その前に連絡を入れておかないと。
すっかり酔いの覚めた頭で、この後の行動をイメージトレーニングした。けれど、すぐに実行できないのは手元にスマホが無いから。


「ドアぶっ壊していい?」
「は〜?やめてよ〜、器物損壊で追い出されるんだけど〜」


店で飲んで来たばかりだと言うのに、また晩酌を始めた友人は気の抜けた返事を返してきた。いつもなら気にならないが、今の状況だと無性にイライラする。
何度目かの溜め息を吐くと真っ白な天井を見つめた。
六限を終えて飲みに行ったまでは良かった。お開きになったのも21時を回った頃。明日も授業があるし丁度いいくらいだった。
問題は店を出てから。


『俺のスマホ無くね?!』


駅に向かって歩いていると現在トイレに籠っている友人が騒ぎ出した。先程の店に置いて来たのではと急いでUターン。けれど、俺達の居た座席に置き忘れは無いと言われた。
店を出るとポケットやバッグの中を入念に探した。俺ともう一人の友人も。けれど、どこにも無い。
そこで思い当たったのは大学。奇跡的に大学から近い居酒屋に入ったので戻るには時間が掛からなかった。と言っても23時には閉まってしまうので走って戻った。結局、受講した教室に忘れていたようで机の隅っこにポツンと置かれていた。安心したのも束の間、見回りの警備員に急かされると慌てて門を出た。
そして、今度は走った影響でスマホ無くし兼トイレ籠り友人が吐きそうになり、晩酌中の友人の家に運び込む流れになった。
23時も回ってそろそろ帰ろうと思い、踵を返そうとしたところで友人が俺に向かって吐いた。最悪なことに服と靴は吐瀉物に塗れた。友人宅の前だったから不幸中の幸いだけどシャワーを借りて靴を洗って乾かしている間にこんな時間。
しかもなぜか友人は俺のスマホを掴んでトイレに籠ってしまった。代わりに彼のスマホが机の上に転がっている。実家暮らしなので親に連絡しようと掴んだのが俺のスマホだったとかそんなとこだろうけど、すげー迷惑すぎる。


……渡会になんて説明しよう」


そう呟いて机に突っ伏した。乾き切ってない髪が冷たかったが今はそんなことどうでもいい。
渡会と大学は違うが、家はそこそこ近いのでお互いの家に泊まり合う事が多い。近いと言っても片道1時間だけど、会えるなら時間など気にならない。
今日も渡会の家に泊まりに行く約束をしていた。飲みに行くことも店に入る前に連絡した。約4年の信頼関係のおかげか、友達との飲み会は特に制限を掛けていない。ただ、泊まりはダメと決めていた。そして、今日俺はその約束を破ってしまいかけている。
せめて、遅れることだけでも連絡できれば。


「な、スマホ貸して」
「てか渡会って誰?」


体を起こして晩酌中の友人に手を差し出すと、友人は缶を持ちながらヘラヘラと笑みを浮かべた。


…………親友」
「ふ〜ん。よく聞くから何かそういう関係なんかと思った」
「ははっ、まさか」
「えっと〜、スマホだっけ?どぞ〜」


友人はビール缶を机に置くと、ゴソゴソとバッグを漁ってからスマホを手渡してきた。
本当は言ってしまった方が楽なんだろうけど、世の中全員が信用できる人だとは限らない。いつ言いふらされるかも分からない。
スマホを手に取るとパスコードを掛けていないロック画面が映された。セキリュティ大丈夫なんかと心配しつつもホーム画面を開き、電話アイコンをタップした。
さて、渡会の電話番号…………


……やっぱ、いいや」
「あれ?いいの?」


思えば電話番号知らなかった。いつもアプリで通話するので、番号を聞く機会など無かった。
友人にスマホを返すと荷物を抱えて立ち上がる。


「あいつに明日スマホ返してって言っておいて、あと、靴貸して、明日持ってくるから」
「ん〜」


他に忘れ物が無いかと周りを確認すると、バタバタと玄関へ向かった。
あ、嘘だろ。ICカード、スマホのケースに挟んでるんだった。待って、現金は?
財布を確認すると現金は170円。決済アプリは入れてないし、無駄遣いしないようにカードは家に置いてきてしまった。
玄関先で呆然としていると、友人は追い討ちをかけるように後ろから声を掛けてきた。


「てかさ〜、もう終電終わってんよ」


時刻は24時を回っていた。
タクシーを使うか……ここからだといくらだ?二万とかいってしまう気がする。そもそもタクシーって営業時間あるよな?
お先真っ暗な状況に絶望していると、ポンッと肩を叩かれた。


「もうよくね〜?夜遅いし、その、渡会くん?も分かってくれるって」


今日泊まるって約束していたのに? 飲みに行く連絡で途切れているのに? 遅れるとも終電を逃したとも伝えてないのに?
許してくれる訳ないだろと思いながら振り返ると、アルコールに絆された上機嫌な友人が目に映った。他人事だからって無責任な彼が無償に腹立たしくなる。
もう歩いて帰ろうかと考えていると、ガチャッと音を立ててトイレのドアが開いた。


「うぅ〜、気持ち悪……


ヨロヨロと出てきた友人は死にそうな顔で部屋の奥へと消えていった。
今なら連絡できると後を追って部屋に入ると友人の手に握られたスマホを抜き取った。
しかし、ホーム画面を開いたところで画面が真っ黒になり、バッテリー残量が無い事を知らせるアイコンが表示された。
あぁ……そういえば、居酒屋で課題の資料見てた時ずっとつけっぱなしにしてたっけ。
真っ暗な画面を見つめていると後ろに友人の姿が映った。


「どうすんの〜、帰んの?」
……明日、始発で帰る」
「授業まで居ればいーのに」
「無理」


友人は机を雑に押してスペースを開けると近くのブランケットを引っ張り出して床に敷いた。ベッドはもう占領されているし、ソファは家主が使うだろう。
力無く床に座ると一気に眠気が襲ってきた。
渡会の事を思うと申し訳ないのに、一刻も早く帰って謝りたいのに、疲れた体は正直で笑えてくる。
ほとんど気を失うようにブランケットの上に体を横たえると、目を閉じて意識を暗闇へと投げ出した。





微かな音と体の重みで意識が浮上した。
大学生になってから自分で起きる習慣が身に付いたのか、最近はアラーム5回目くらいで起きれるようになった。
何回か瞬きをして視界を慣らすと、体に乗った重みを落とした。ゴロンと友人の体が反転した。大きく体が動いたのにまだスヤスヤと寝息を立てて夢の中を彷徨っている。
顔を上げてベッドに寝ている友人を確認するとこちらも寝息を立てて眠っている。顔色を確認するといつも通りに戻っていたのでもう大丈夫だろう。
ずっと友人のスマホから鳴り響いているアラームを止めるとゆっくりと立ち上がる。


「いって……


ほぼ床で寝たから当たり前だが体の節々が悲鳴を上げた。
けれど、今はそんな事を気にしている場合ではない。


「帰らなきゃ……


荷物とスマホを抱えて、最初に洗面所へ駆け込んだ。顔を洗い、身なりを整える。
部屋に戻ると乾かしていた服を確認した。部屋干しだから若干濡れているような気もしなくは無いが、着ても大丈夫……か?いや、もし臭いが取れてなかったら嫌だから今着ている服は借りて行こう。周りを見回してビニール袋を見つけると衣類を突っ込んだ。
あとは……てか、今何時だ。そう思い、腕時計を確認すると丁度5時半になったところだった。始発は調べて無いけど、もう動いているだろう。
なるべく音を立てないように玄関の扉を開けると、薄明るい視界に目を細めた。気分は最悪なのに、清々しい程の朝は不思議と身体を軽くした。
静かに扉を閉めると駅へと走った。鍵閉めてないけど、連絡すればいいか。その前に渡会に連絡しないと、見るか分からないけど。
走りながらスマホを開こうとしたが、画面はずっと真っ暗なままだった。


…………


ミスった。昨日充電して寝るのを忘れていた。
充電器は常備していないのでどうすることもできない。コンビニで買うにも所持金が無い。
理不尽という見えない相手にフルボッコにされて何もかもが嫌になってきた。

兎にも角にも謝る事が一番の目的だ。急いで改札を通ると、階段を駆け上がりながら謝罪文を考えた。





人生の中でトップに食い込むくらい緊張しているかもしれない。来たのは良いが、しばらく渡会の部屋の前で立ち尽くした。
合鍵は持っていないのでインターホンを押すしか選択肢は無い。けれど、押そうと掲げた手は僅かに震えている。
怒っているのは確定だから謝るしか無いが、どんな表情で、どんなトーンで話せばいいのか分からない。そもそも、今部屋に居るのか、起きているのかも分からない。もしインターホンの音で起こしてしまったなら二重で謝らなくては。
心臓がうるさかった。緊張と不安と恐怖と。


カシャンッ


震えた手からスマホが滑り落ちた。
静かな朝の、誰もいない通路に大きく響いた。その音に更に心臓の速さが増す。
一旦深呼吸をして、スマホに手を伸ばした。
そっと拾い上げたところで頭上からドアの開く音が聞こえた。


「え」


顔を上げる前に腕を掴まれて強引に室内に引き摺り込まれた。
バタンッとドアの閉まる音とガチャンと鍵の閉まる音を背に、強い力で体を圧迫された。骨が折れるのではないかと思うくらいに抱き締められて息が詰まる。開いた身長差を感じさせるように踵が浮いた。


「いっ……痛い…………


まずは謝罪の言葉をと思っていた口からは悲痛な声しか出せなかった。それくらい痛かった。このまま殺されるのではないかと思うくらい。
なかなか弛まない力に抗うように背中に手を回すと弱々しくシャツを握りしめた。


「ごめん……連絡、しなくて…………


やっと絞り出せた謝罪は小さく、短かった。
本当は連絡出来なかった経緯と、約束を破ってしまった事を謝りたいのに。許されなくてもいいから誤解を解消したいのに。
肺に酸素を取り込む事さえも許さないくらいに体は締め付けられている。痛さと虚しさと悲しさが薄暗い玄関の闇に消えていく。
どうにも出来ない状況に視界がぼやけた。あまりの苦しさに喉が引き攣ると抱き締められていた力が抜けた。
一気に入り込んできた空気に咳き込むと、体が後ろへよろけた。けれど倒れることはなく、また強い力で腕を掴まれた。


「靴」
「え……
「靴、脱いで」


やっと聞けた声は低く冷たかった。
恐る恐る顔を上げるが、ほとんど暗くて表情は見えない。それでも前髪の隙間からは軽蔑するような瞳が俺を映していた。
ズキンと心臓が痛くなった。今までの積み上げてきた何もかもが、俺の行動一つで全て壊れたような気がした。


「早く」
……うん」


渡会から視線を逸らすと、のろのろと靴を脱いだ。掴まれた腕はずっと強い力で握られている。
来慣れたこの部屋もまるで違う場所のように見えた。今日で最後かもなんて考えるとまた心臓が鋭い針で刺されたように痛かった。
腕を引かれるまま廊下を歩くと、辿り着いたのは脱衣所だった。


「服全部脱いで」
「え、なんで……
「早くして」


俺の疑問に答える気は無いのか、渡会は顎で示すとスッと目を細めた。
渡会の意図は分からないが、ここで抵抗しても何にもならない。


「腕、離してほしい」


頭を伏せて呟くと掴まれていた手が離れた。血液が冷たくなった指先へ流れる感覚がした。
痺れた右腕はそのままにリュックを下ろして、シャツに手を掛けた。
あぁ、そうか。知らない人のシャツを着て帰って来た恋人は嫌だよな。どう見ても新品では無いし、きっと洗剤の匂いで俺のではないと気付いたのだろう。
シャツを頭から抜くと、スルッと手から奪われた。


「これ誰の?」
「と、友達の」
「貰ったの?」
「いや……借りただけ」
「その友達の家に行ったの?泊まって来たの?」
…………泊まった」
「へぇ」


渡会は俺の返答を聞くと洗濯機にシャツを放り込んだ。
渡会の動きを目で追っていると顔を戻した渡会と目が合った。伸びた前髪は瞳に更に影を落としていた。


「何してんの?早く下も脱いで」
「あぁ……ごめん」


怖い。
悪い事をしたのは100パーセント俺だけど、怒った渡会は想像の何倍も堪えた。
恐怖が脳を占めるほど、手が震えてホックが外せない。手こずっている俺を見兼ねたのか、長い腕が伸びてくると外すのを手伝ってくれた。
脳がバグったのか、手伝ってくれた事実にホッと胸を撫で下ろした。許してくれた訳では無いのに、とんだ勘違いだ。
ホックを外すと、ジッパーを下ろして脚からズボンを引き抜いた。こちらも洗濯機へ放り込まれた。
渡会はパンイチになった俺を見下ろすと、一歩踏み出した。無意識に俺も一歩後退りしそうになると、また腕を掴まれて引き寄せられた。
無言のまま体のあちこちに触れてくる。首や頸や腰や内腿、何かを確かめるように。
されるがままだったがパンツに手が掛かったところで慌てて渡会の腕を掴んだ。


「ちょっ……!そこまで見るの……?!」
「逆になんでここだけ残すと思ったの?」
「そ……それは……


もしかして、渡会は俺が友達と体を重ねたと思っているのか。そんな事は例え酒が入っていても、神に誓ってもしない。


「俺……せ、……セックス、してない、よ」
「うん、当たり前だよね」
「じゃあ……
「言っとくけど。今、日置への信頼ゼロだから」
「あ……


改めて言葉にされるとひどく心が痛んだ。
それはそうだよな。俺は友達と飲んで、友達の家に泊まり、友達の家のシャワーを借りて、友達のシャツを着て帰ってきた状態だ。説得力など微塵もない。
口より身をもって潔白を証明した方が確実なのに。今更、何を期待していたのだろう。
下唇を強く噛むと、ポロッと涙が溢れた。今まで我慢していた分が次々へと流れていく。
勿論、いかがわしい跡など付けていないので、確認が終わるとすぐに渡会は身を起こした。
泣いている俺に気付いた渡会は眉をピクッと動かしたが、表情は硬いまま低い声で呟いた。


「泣いたらどうにかなると思ってんの?」
……思ってないよ」
……全部洗い流して来て」


渡会は溜め息を吐くと脱衣所を後にした。
渡会の姿が見えなくなるとヒクッと喉が鳴った。止まらない涙をそのままにパンツも洗濯機へ放り込むと風呂場のドアを開けた。
冷えた風呂場で冷水を頭から被った。もうシャワーの水なのか涙なのかも分からない。
友人のスマホ探しを手伝わなければ良かった。介抱なんてしなければ良かった。あの時歩いてでも帰れば良かった。
色んな後悔が頭を駆け巡るが、全て過ぎてしまった事。戻す事はできない。





シャワーを終えると、ヨロヨロと脱衣所に戻った。
そういえば、着替え用意してないな。生まれたままの姿で立ち尽くすと棚の上に着替えとバスタオルが用意されているのが見えた。
俺が後悔に苛まれている間に渡会が置いてくれたらしい。全然気が付かなかった。
冷えた体をバスタオルで包み込むと渡会の匂いがしてホッと息を吐いた。抱き締められていた時は違う事で頭がいっぱいだったから意識が違う所へ飛んでいたけど、やはりこの匂いは落ち着く。
体や髪を拭いて衣類に手を伸ばすとピタッと手が止まった。実を言うと何着か自分の服を置かせて貰っているのだが、今用意されているのは渡会の服だった。俺が友人の服を着ていた上書きだろうか。
手早く衣類を身に付けるとドライヤーで髪を乾かした。だいたい乾いたのを確認すると、脱衣所の扉に手を掛けて呼吸を整えた。
ちゃんと謝らないと。
意を決して渡会がいるであろう部屋へと向かう。足がすくんだけど、向き合わなくてはいけない。


…………あ、あれ」


ドアを開けた先に居ると思っていた渡会は見当たらなかった。
外へ出てしまったのかと玄関へ戻ったが靴はあるので家の中にはいるようだ。



「どこ行くの」



先程より低い声が耳に届いた。
恐る恐る振り返ると渡会は無表情で俺を見据えていた。初めて見る表情だった。


「部屋、……いなかったから」
「外に出たと思ったんだ?」
「うん。でも靴あったから戻ろうとして──」
「俺さっきも言ったよね?今は日置への信頼無いって」
……紛らわしくてごめん」
「本当にな。今マジで余裕無いから余計な行動すんなよ」


渡会は苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。
これ以上は何をしても火に油を注いでしまうような気がして、足早に渡会の元まで戻った。
後ろ手にドアを閉めたのはいいが、目線は床に固定されてしまった。こんなにも渡会の顔を見るのが怖いと思ったのは初めてだ。仲直りの仕方はどうしたらいい。


「こっち来て」


渡会の声と共に戸を開く音が聞こえた。顔を上げると扉の奥へ入っていく背中が見えた。
震える脚を叱咤してその背中を追った。寝室に入ると、ベッドに腰掛けた渡会がシーツの上をポンポンと叩いた。
寝ろってことだろうか。導かれるままベッドに乗り上げると体を横たえた。
いつものように向き合うと思っていたが違ったようで、渡会は俺の肩を押して反転させると後ろから抱き締めてきた。


…………………………


静寂が二人を包んだ。
変わらず渡会は無言のままだけど、俺の存在を確かめるように腕に力を込めていた。
真っ白な壁やクローゼットの扉を眺めながら小さく息を吸った。


「言い訳に聞こえるかもだけど……言い訳と思ってもらって構わないから聞いてほしい」


返事は無かった。それでも言葉を続けた。
俺含めて三人で飲んだこと、スマホが無くなったと大学まで戻ったこと、体調悪くなった友達を運んだこと、服に吐かれたこと、シャワーを借りたこと、終電を逃したこと、スマホを取り違えられたこと、渡会の電話番号を知らなかったこと、取り返したスマホの充電が切れたこと、所持金が足りなかったこと、睡魔に負けて寝てしまったこと。
思い出せる限り事細かに話した。


「約束破ってごめん……心配させてごめん……許さなくても良いから、だから、……


そう言って口を噤んだ。
"だから"?
俺は今何を言おうとしてしまったのだろうか。自分の意思が分からずに混乱していると、急に肩を引かれて仰向けに転がった。
視界に映った渡会は怒っているようで、悲しそうな表情を浮かべていた。


「"だから"何?別れようって?散々心配させておいて、泣いておいて、勝手に終わりにすんの?俺の気持ちは無視?一回の過ちで日置は俺から離れんの?じゃあ何で戻って来たの?最後の思い出作りに来たの?それで俺が納得すると思ってんだ?」


渡会は早口で捲し立てると眉間に皺を寄せた。
そんなつもりで言った訳では無いのに、違うと声を大にして否定したいのに強張った体では首を振るのが精一杯だった。


「日置が言ったんでしょ」


渡会は目を伏せるとポツリと呟いた。


「彼氏だから好きにしていいって」
……言った、ね」


人生初めての告白で、初めて出来た目の前の恋人に確かに言った。あの言葉は嘘ではないし、今もそう思っている。


「だから好きにさせてもらう。日置が嫌だって言っても、別れたいってお願いしてきても、絶対に一生別れないし離さないし逃がさないから」


ゆっくり瞼が上がるとギラギラと決意と執念に染まった瞳が揺れた。薄暗い部屋の中でもそれだけはハッキリと視えた。


…………ごめん、……ごめんなさい」


行動で答えられない自分が惨めで仕方ない。
やっと伝えたかった言葉を溢すと、渡会はポスッと俺の肩に頭を落とした。


「絶対許さない。許したらまた繰り返すだろ」


潜もった声が耳元で聞こえた。
たしかに、もう約束を破るつもりは微塵も無いけど、許された事実があったら油断する可能性だってゼロじゃない。渡会の言う通り、許されなくて良かったかもしれない。
答えるように背中を撫でると、ゆっくりと渡会の体が離れた。


「別れないって言って」
「別れないよ、ずっと渡会といるよ」


渡会の目を見て微笑むと、安心したのか顔色が穏やかになったように見えた。
機嫌取りするわけではないけど。と、心の中で前置きをすると渡会の首に腕を回して首筋に触れるだけのキスを落とした。
腕を解いてベッドに体を沈めると、複雑な表情を浮かべた渡会が目に入った。


「あ……嫌だった?」
……嫌じゃない。嫌な訳ない」


渡会は溜め息を吐くと俺の隣に寝転がった。
ボーッと天井を見上げて重そうな瞼で何回も瞬きをしている。


「安心したら眠くなってきた」
「あぁ……寝てなかった、よね」
「寝れるわけないだろ」
「ごめん……ゆっくり休んで」


そう言ってベッドから起き上がろうとすると腕を掴まれた。眠いわりにはしっかりと俺の腕を掴んでいる。


「どこ行くの」
「え、寝るなら邪魔しないように……
「帰るつもり?」
「渡会が起きるまでは居るよ」


どのみち今日も授業があるので遅かれ早かれ帰らなくてはいけない。明日は休みだし、何の予定も無いからまた来ようとは思っているけど。
明日また来るよ、と口を開きかけた所で遮られるように腕を引かれた。


「行かないで。さっき、ずっと一緒に居るって言ったじゃん」


すっぽり収まった渡会の腕の中で、耳元に小さく囁かれた。おでこに控えめなリップ音と柔い感触を得ると離さないと言うようにギュッと抱き締められた。
心臓がギュンと音を鳴らした。目の前の恋人が愛おしくて堪らない。


「うん。行かない。離れないよ」


答えるように抱き締め返した。
見上げると、渡会は目を閉じてウトウトしていたけど不思議と満足そうに口角が上がっているように見えた。
今日の授業は必修ではないし、一回くらい休んでも大丈夫だろう。
規則的な寝息が聞こえてくると、俺も目を閉じて夢の海へと意識を投げた。


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