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【文フリ36新刊】謳えよレーゾンデートル 

全体公開 7471文字
2023-05-14 19:11:34

冒頭部分のサンプルです

Posted by @0sou25pjj

2030年10月

学ぶ者に開かれた自由の地が、権力に踏み荒らされている。

身を切るような風が吹き荒ぶ。十月にしては季節外れの寒さだ。
土砂降りの雨が、文系キャンパス図書館前で衝突した学生五十人、機動隊三百人超とに等しく降り注ぎ、肩口で飛沫を上げる。真っ向からぶつかりあった彼らは髪の毛一本分の隙間もないほど押し合い、へし合いして、黒き一塊と化して蠢いていた。
その只中で、木の枝のようにか細いヒトの腕が一本突き立ち、ぶらぶらと手首を左右に揺らしている。腕の持ち主の胴体は、人混みに押し潰されてどこにも見えない。黒と強烈なコントラストを成す白い肌が、その身体にもはや血の巡らないことを示している。数分前までその拳は固く握り締められ、雄叫びと共に天に向かって突き上げられていたはずなのに。

「文学部、廃部反対!廃部反対!警察は出て行け!警察は今すぐ西大から出て行け!」

怒号が飛び交う。誰もが何かを叫んでいる。だがこの喧騒の中、意志の伝達など成しえない。三百五十人の群衆は、制御不能なまでに膨満したエネルギーを、ただただ放出するだけの獣である。 
ひときわ声を涸らして吼える、女学生がいた。小柄な身体で機動隊員の肩の上によじのぼり、ヘルメットに片足を乗せて頭を踏みつける。デニムのポケットのなかに丸めていた襷を取り出すと、くるくると広げて両手に掲げた。深紅の布には白文字で、「学問の自由は我らの手に」と染め抜かれている。
「西大文学部は、国家権力に屈しない!」
高く澄んだ声は、不思議とよく通った。学生達はハッと顔を上げ、夜明けに日が昇るのを見るような眼差しで、彼女を見つめた。防弾チョッキを着込んだ厳つい制服姿の機動隊員達は、自分たちより一回りも小さい彼女が頭上からこちらを睥睨し、指差し、声のかぎりに叫ぶ姿に唖然とする。
「西大文学部は不滅だ!西大文学部は、不滅だ!」
そうだ、そうだ!の歓声と拍手。機動隊員は躍起になって、彼女を引き摺り下ろそうと手を伸ばす。幾度となく体勢を崩されながら学生を鼓舞していた女学生が、ついに髪の毛を掴まれ後ろ向きに転倒したとき、絶叫した。
「死んでも、文学部を守り抜け!」
倒れ込んだ場所を中心に、わぁっ、と場が波状に沸騰した。興奮で眼球が飛び出た若者が、目の前の機動隊員の頬を、爪で引っ掻かく。頬から赤い血を流した機動隊員が、手に持つ警棒で相手の頬を強かに殴りつけると、骨の砕ける音がする。機動隊員らの掲げる、重さ五キロにもなる強化プラスチックの大楯が容赦なく、学生達の膝を叩き潰す。足を潰された学生は、隊員の身体に腕をまとわりつかせてその場から一歩も引こうとしない。
憎しみは憎しみを呼び、憎しみは暴力へと変換される。暴力は連鎖して、止まるところを知らない。やがて数に勝る機動隊は、ゆっくりと学生の群れを飲み込んでいき、長靴の底で蹂躙し、制圧した。枯れ木のように突っ立っていた女性の腕も、その死を誰に気づかれるでもなく、人の渦のただなかに沈んでいった。

福岡県福岡市最西の地。九州と朝鮮半島とに挟まれた玄界灘に突き出る、糸島半島。そこに、西日本大学は在る。
日本に七つある旧帝国大学の一つに数えられ、九州の若き俊英達に高等教育を授ける最高学府として百年以上の歴史を誇る大学の、キャンパスの一角で起きた学生と機動隊員との衝突事件。後に学生らが、事の勃発した文系図書館の愛称「ポプラ図書館」に因んで「ポプラ事件」と呼んだこの出来事は、機動隊側に重傷一名、軽傷五十四名、学生側に死亡一名、重傷三名、軽傷十六名を出す大惨事となった。
以下は、二○三○年十月二四日(木)毎朝新聞朝刊(九州版)社会面より抜粋。

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西日本大学構内で暴動事件を起こしたとして、福岡県警は二三日(水)、中心的役割を果たしたと見られる香坂桃子容疑者(21)を騒乱罪・傷害罪・公務執行妨害罪等の疑いで逮捕したと発表した。事件には香坂容疑者ほか五十名程度の学生が関係したと見られ、機動隊に出動要請が出されるなど現場は一時混乱した。
西日本大学総長の中川太朗氏は「学問を修める神聖な場で、あってはならない事件。事件を起こした学生諸君らは己を見つめ直し、規律と平和を愛する心を取り戻して欲しい」とのコメントを発表した。

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多くの報道が、一人の学生の死の真実を語らなかった。ひと一人の命は、そして学生らの掲げた文学部存続の夢は、警察や大学のメンツより軽いと言われたも同然だった。

ポプラ事件は西大文学部生全員の魂に火をつけた。烈しい怒りが、野火のように広がっていった。

それは、この男も例外ではない。

佐久間徹、文学部一年。通称、テツ。

暴動の跡地となった、ポプラ図書館正面入り口の階段にどっかと大股びらきで腰を下ろす。空を見上げれば、昨日と打って変わって爽やかな秋晴れ。逆立てた金髪が、そよ風に靡く。
あまりに平和な光景に、彼は一瞬、昨日見た光景はなにもかもが幻だったかのように錯覚する。だが、耳の奥に未だこだまする仲間達の絶叫が、夢まぼろしなどではなかったことを証明するのだった。
ふしくれだった大きな手に、クシャクシャに丸められた新聞紙が収まっている。ズボンの尻ポケットからライターを取り出す。火をつけると、紙片は身をくねらせながら燃え上がり、あっという間に灰になった。そのあっけなさに、無性に腹が立つ。
もう片方の尻ポケットをまさぐる。潰れかけたタバコの箱から一本取り出し、口に咥えた。 

空に立ち上る一筋の煙は、追悼の線香代わりであり、反撃の狼煙でもあった。



2029年11月

草臥れたスーツの男性教師が、黒板に向かって淡々と、九九を書く。
「ににんがし、にさんがろく、にしがはち」
授業が開始されてから二十分間、彼は禿げた後頭部を生徒に向けたまま、目と耳を塞いで一心に、手を動かしている。チョークの粉で、爪と指先の皮膚との間が真っ白に汚れていた。
「にごじゅう、にろくじゅうに……
念仏のように唱えられる九九は、生徒達の嬌声にかき消される。今日はクラスのやんちゃ不良グループが、教室にスナック菓子、酒、各自のケータイゲーム機、そしてコタツを持ち込み『マリカー大会』を開催しているのだ。他の生徒達はといえば、耳にイヤホンをして机に突っ伏して寝ているか、仲の良い少人数で席を移動して固まり、漫画を読んでいた。そもそもクラスの半分は、学校にすら来ていない。これが福岡県立糸島工業高校三年一組の日常である。
「おおい、テツいるかぁ」
突然、大男が教室前方の扉から乱入してきた。学校指定の制服を身につけているものの、スキンヘッドにした頭皮に刺青という異様な出立ちの彼は、とても高校生には見えない。厳つい顔に収まる二つの小さな目を爛々と光らせながら、教室中に睨みを効かせると、ぬくぬくとゲームに興じていた不良達がコタツから一斉に飛び出した。一列に並び、直立不動の姿勢をとると異口同音に挨拶を始める。
「ゲンくんっかれさまーっす」
「つかれさまでぇーっす」
「るせぇテメェら、ピーチクパーチク」
男は机を拳でドンと叩くと、凄んだ。
「テツはどこかって聞いてんだよ」
ピリリ、と場に緊張が走った。
「さ、さぁ……あいつ今日そういえば見てません……
「声が小せえ。聞こえねーよ」
「し、知りません!アイツらならいつもツルんでる連中なんで……知ってるんじゃないかと…………
焦った不良達が、助けを求めるようにチラ、チラ、と眼球だけで横を見る。その視線の先を追ったゲン、と呼ばれた男は、教室の隅でギャグ漫画本を手にブルブル震えている小太りの男・ダイキと痩せっぽちの男・ショウタの二人組を視界に捉えた。男はのそのそとダイキの方に近づき、机を蹴り上げる。
「言え、このオニギリ野郎が」
ヒッ、と悲鳴を短く上げた二人は恐怖のあまり、互いに手を繋いだ。
「テ……テツは今日、お腹が痛いから遅れて来るって」
この学校イチ凶暴とされる男と平静に会話をする胆力など、並の人間には備わっていない。たった一言発しだけで恐怖のあまり気絶しそうになったダイキの襟首を、男は締め上げる。
「あのバカがハラなんか下すわけねーだろ!もっとマシな言い訳考えろや!」
「でも俺ら本当に知りませんって!だいたいなんでいっつもテツに喧嘩の代ア痛ェ!」
襟首を掴まれたまま、後頭部を壁に激突させられた。霞む視界いっぱいに、目を血走らせた男の顔が映る。
「黙れや」
地を這うような唸り声。どうやらダイキは、彼の地雷に触れそうになったらしい。怒りを爆発させた男は、顎先でショウタに指示をする。
「かけろ」
「は、えっ?!」
「テツに電話かけて今すぐコッチ来させろっつってんだボケェ!」
「はぃぃ」
手汗でケータイを滑らせながら電話をかける。だが、ルルル、ルルル、と単調な電子音が耳元で繰り返し流れるばかりでいっこうに繋がらない。一度切って、もう一度かける。繋がらない。もう一度。もう一度。ダメだ、繋がらない。ショウタの額から、冷や汗がダラダラと流れ始めた。
「貴様、いつまで待たせるつもりや」
痺れを切らした男は、ケータイを奪い取るやいなや窓に向かって思い切り投げつけた。ガシャン、と派手な音を立てて窓ガラスを突き破り、ケータイが三階から地上に落ちていく。
教室中が、恐ろしいほどの静寂に包まれた。延々と九九を唱えていた数学教師すらも、手と口を止め、気配を殺している。
「テツが来ねえってんなら、仕方ねぇ」
ゲンがぐるりと周りを睨みつけると、視線を向けられた者は皆、項垂れた。そして災厄が己に降り掛かるのを覚悟する。
ゲンは言った。
「テメーら全員、今からテツの代わりに死んでこい」


十一月のショッピングモールは早くもクリスマス商戦に向け、華やかな飾り付けに彩られている。一階エントランスの吹き抜けに巨大なクリスマスツリー。フロアの至る所に、作り物の雪の結晶、赤のポインセチアと柊の葉。テナントの店頭ではサンタクロースや雪だるまの可愛らしいぬいぐるみが、客を出迎えている。
佐久間徹、通称テツはそれらを子どものように無邪気に目で楽しみながら、開店直後の人出のまばらな店内を駆け抜ける。
大柄な体躯を覆う、ダボついた学ラン。短く刈り込まれた髪は金に染められている。彼を目にした客は一様に、平日の朝から学校をサボる不良学生の姿に眉を顰めた。
不意にけたたましく鳴り響くメロディ。彼の尻ポケットに突っ込まれているケータイが、着信を知らせる。
目を細めて恐る恐るトップ画面を確認すると、
「うへぇ、またかよ」
ショウタ、と表示されていた。流れるような動作で着信を拒否する。ショウタの名前を見るのは、本日十四回、いや十五回か?ともかく数えきれないくらいだ。十分おきと言わず、十秒おきに電話がかかってくる。が、「すまん」と心の中で謝りながら全部無視した。ショウタは高校入学以来いつも一緒につるんで過ごす、大好きな友達だ。だが今日、今この時間ばかりは構っていられない大切な用事がある。
「次かかってきたら電源切ろっかな」
あとでショウタはキーキー、ネズミが鳴くみたいに歯茎を剥き出して怒るだろうから、図体のデカいダイキの後ろに隠れて守ってもらおう。そんなことをぼんやり思っていると、鳴り響くけたたましい電子音。
また、電話だ。今度は画面を見もせずに、電源を切った。ようやく、目的地に着いたからである。
巨大な三階建てショッピングモールの、フロアの端の端。こじんまりとした店舗スペースはおそらく街中のコンビニ程度。そのうえ店頭にずらりと並ぶ商品は洒落た見た目でもなければ、美味しそうでもない。だからほとんど誰の目にも止まらない。しかしテツの目には、そこはどんなブランドショップや豪華なレストランよりも心踊る場所だった。

「朝日堂書店」

店名が大きく掲げられている。書店の前に立つと、キョロキョロと周りを見渡した。遠くの方で、二、三人の女性客がウィンドウショッピングをしながらこちらに向かってくるのが見える。彼女達が店頭のマネキンに目を奪われている隙を狙って、腕で顔を隠しつつ、素早く入店した。誰かに、本屋に入るところを見られるのが気恥ずかしいのだ。レジに仏像のように居座る顔馴染みの老店主に、
「よ、おはよー」
と挨拶すると、店舗入り口に平積みされた漫画本を素通りし、ラックに並ぶ、女性グラビアアイドルが表紙を飾る雑誌本にも見向きもしない。開店して最初の客であるテツは無人の店内をずんずんと、迷いなく一番奥に進んでいく。そして、四つある書棚のうち最も入り口から遠く離れた「文芸」と書かれた棚の半分以上を占める文庫本の前も通り過ぎ、一メートルくらいの幅しかない、純文学のハードカバー本を扱うスペースにたどり着く。
「お、大江、しろうあ、あった!」
本は作家名のあいうえお順に並べられている。テツの目当ての本も、「大江四郎」のスペースにたった一冊だけ置かれていた。
大江四郎は1978年、当時最年少で芥川賞を受賞し、天才と騒がれた作家である。しかし酒・薬物に溺れて私生活が乱れ、破滅願望に取り憑かれた。一度自殺を企て、失敗している。以降、寡作ではあるが筆を取り続け、アウトサイダーの視点から「生きること」を見つめる珠玉の作品を、世に四十年送り出し続けた異色の人物だ。一昨年の冬に病没したことは、テツの記憶にまだ新しい。この度発売される小説は彼の遺作であり、書きかけの原稿を学生時代からつきあいのある、或る友人がまとめて出版した。
大江の著作を置く本屋は、実はあまりない。ここ近年、国際情勢の悪化により戦争の足音が近づく中、不況は深刻化し、貧困層が拡大した。さらに読書離れの加速も手伝い、紙媒体の書籍販売数は年々減り続けた。二〇二〇年代始めと比べて約二割も減ったと報じるメディアもある。さらに電子書籍の普及によって紙媒体の書籍は、売れ筋のもの以外淘汰された。ただでさえ手に取られにくい純文学の、それも文庫でなくハードカバー本が田舎の本屋に並ぶことは、ほとんど奇跡といってもいい。大江が福岡出身の作家であることと関係しているのだろう。
これまで教科書はおろか、漫画の文字すら読むのが億劫だった彼は本屋に縁のない人生を送ってきた。それが中学時代、偶然大江の著作を手に取る機会があり、のめり込むように一冊を読み終えた。
大江の本をもっと読みたい。そう思った彼はまずケータイのアプリで電子書籍を検索した。だが、電子化されているのは彼の代表作のうちのほんの一部だけで、昔の作品のほとんどは紙でしか出版されていない。テツは頭を抱えた。紙の書籍は、電子に比べて値段が数倍高いのだ。小遣いを貰えたことのない彼は中学時代、大江の本を書店で立ち読みするか、図書館で借りることしかできなかった。高校になってバイトを始め、ようやく昨年、一通りを買い揃えられた。そして今日、ファンになって以来初めての、そして最後の大江の新刊発売日を本屋で迎えられるというわけだ。
書棚から本を抜き出す手が、少し震える。表紙を撫でると、ややざらついた感触がした。経年劣化を連想させるベージュ色の表紙は、古書店に長年秘蔵された書籍のような味わいだ。謎めいた抽象画が描かれておりサイズはB5版、百ページくらいなので厚みはそこまでない。だが、ようやく大江四郎の四年ぶりの新刊が読めると思うと、手に持つ本がずっしりと重く感じる。タイトルは、
「『憎悪の軛』……なんか、カッケー」
読み方のわからない漢字がある。その文字列の意味するところも、わからない。もちろんどんな内容の本かも知らない。だが本能が、カッケー、と感じる。タイトルがテツに、何かを語りかけようとしているのだ。
大江の紡ぎ出す新たな物語、彼の最後の声にこれから触れられることが嬉しくて、身体が芯から、ブルブルと震える。思わず、本を胸に抱きしめた。テツが犬なら、尻尾を千切れるほどにぶんぶんと振っていることだろう。
今すぐにでも本を読みたい。が、今日は大江の新刊を手にすること以外にもう一つ、本屋に来た大きな目的があった。
テツは小脇に本を抱えると、次の目当ての書棚に移る。これまで一度も足を踏み入れたことのない、一生お世話になることのない場所だと思っていた「参考書」のエリア。
『基礎からわかる中学英語』『十日でマスター!高校数学A』『日本史Bの点数が伸びる本』
タイトルを目にしただけで吐き出しそうになる参考書の数々を薄目で見ながら、必死に探している書籍は--
「やっべー……赤本、ってマジで、赤いのかよ」
目の覚めるように赤く、辞書ほども分厚い背表紙が、ズラリと書棚の一角を占める様は圧巻だ。とある出版社が全国主要大学の過去の入試問題をまとめている通称「赤本」は、進学校の受験生にとってはお馴染みの問題集である。 
東京大学、京都大学……テツでも聞いたことのある、日本で最も偏差値が高いとされる国立大学。それらの数冊隣に探し物はあった。西日本大学--大江四郎の母校にして、テツの志望校--、その赤本である。
本を手に取る前に、誰にも見られていないか確認するためもう一度、辺りをぐるりと見回す。すると、ちょうど参考書スペースを訪れた五十代くらいの女性と、バッチリ目が合った。息子か娘のために本を見繕ってやるつもりで来たのだろうか。彼女はギョッとして、テツを頭の先から爪の先まで、ジロジロ見つめた。テツも恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして硬直してしまう。
「このオバさん、どうしてヤンキーがこんなとこいるんだろう、とか思ってんだよな」
と勝手に他人の脳内を妄想し、羞恥で顔から汗が吹き出した。
「姉に、買って来いと頼まれまして……
無意識に女性に話しかけてしまう。ちなみにテツに、姉などいない。妹二人の、三人兄妹である。
相手はますます困惑し、片眉を上げ、怪訝な表情を隠せない。このままでは完全に変質者だ。テツは焦りに焦った。えへへ、と愛想笑いを浮かべながら、そろり、そろりと本に手を伸ばす。そして指先が触れた瞬間本を引っ掴み、レジに向かってダッシュした。彼女が警察に、万引きを通報しているとも知らないで。


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