死亡、怪我描写あり注意。
@lianmiso
「キリねーなぁ。出ても入っても部屋部屋部屋。広さこそ違いはあるが、何もねーじゃねぇか。」
東響のアパートの空間が歪んでいる。人は住んでいるものの、築何年かもわからないアパートの玄関先にある今は使われていない錆びた赤色の郵便ポストに魔力を込めた札を差し入れればあら不思議。住民の住むアパートとは違うアパートへ行ける。ただし、住民は人を模した何かだったり、動く生活用品が人気のないアパートを賑やかにしている。発覚したきっかけは郵便局員がエントランス内部のポストではなく、外のポストに誤って入れたため。新人である故のミスだった。それが魔力込みだったのが運の尽き。彼はいまだに帰ってこない。アパートをまだ彷徨っているのかそれとも命を落としたのか。確かめる術はない。
いち早く三十木に調査を申し出たのは秋成。
先に内部を把握し、天辺を目指せと言ったのは首脳陣。
色々と有用な物があるから回収してきてと言ったのは医療班含む技術班。
調べたいから情報集めてこいと言ったのは魔術班と研究班という名の実質冬月一族。
ネタになりそうな物があったら教えてと言ったのは柳と理央の2人。
会社の期待………約2名は若干違うが、期待を背負って壱樹、霧凍、湊、多喜の4人はアパートを内覧していた。扉を開けても開けても、間取りは違うものの同じ部屋だ。壁も何もなく重厚な作りの扉が鎮座していたり、意味もなく並んでいたりする。
深緑の燻んだ黄緑との2色の縦縞の壁紙をそっと霧凍が撫でた。双方紋章の様な柄が刻まれており、紋章から魔力を感じる。この階も変わらなかった。壱樹に尋ねてみたかったことを聞いてみる。戦闘に追われ、多喜以外の意見を聞いていなかった。
「植物の葉に……実?壱樹さん、これなんの植物かわかりますかぁ?」
「深緑の方は菖蒲の葉?葉菖蒲か?黄緑の方は蔦………ぜんまい?巻いているシダ?に見えるな。」
ふむ、と霧凍が頷くとメモに書き記していく。
「菖蒲の花言葉は適合、勇気、ゼンマイの花言葉は夢想、シダの花言葉は魅力だ。」
「はいはい、無駄な知識ありがとうございますねぇ。参考にしておきますよぉ。」
「写真撮れば良くね?」
「映らないこともあるじゃないですかぁ。」
スマホやカメラで写真を撮っても深闇を映すのみ。まるでこの空間が偽物、存在しないというようにだ。無意味なことはしない。と霧凍の顔には書いてあった。
「でも、一応撮っとくぜ。」
カシャ、と壱樹が壁紙の写真を撮る。
写真を保存したスマホが壊れることもあるとは言わなかった。
「階の壁、なんか罅入ってね?表面だけか?」
こんこんと壱樹が人差し指で壁を叩く。詰まっている音がする。空洞ではなさそうだ。
「そんなに深い罅でもありませんし、湿気による経年劣化でしょう。」
天井は矢印の様な紋章が刻まれている。4方向に伸びる紋章は方位を指し示しているかのようだ。中央に薄い赤色の菱形が大きく刻まれている。いや、ガラスだ。埋め込まれている。
「表のアパートと同じなのか?」
「違いますねえ。数えきれないほど改装している様ですから、まだ辿り切れてないんですよぉ。改装する前のアパートというのが可能性としては高いですかねぇ。」
一方その頃、湊は床を眺めていた。
白と灰色タイルのパターンの床に深い赤色の絨毯が引かれている。今までにないパターンだ。絨毯の一部が湊の拳くらいの大きさに膨らみ、もぞもぞと動いていた。つんとつつくとごそごそと絨毯の端まで移動する。えい!と絨毯を思い切って剥がすと、掌くらいの薬瓶が転がっていた。硬質的な薬瓶がモゾモゾ動く訳がない。霧凍に見てもらった方が良さそうだ。湊は小瓶を拾い上げた。壁に直付けされたランタン型の照明がじじじと蝉の羽音のような音を立てる。電力が何処から来ているかわからないが若干不安定で揺らぐ。みんなとあまり離れない方がいいかもしれない。その場を立ち去った。
フロアさえ動かなければ空間は固定されるらしい。合流は容易だ。
チョコレートのような甘い香りのする松ぼっくり、多喜の両手くらいの大きさの蝶々が床に転がってる。中でも青い猫の目のような宝石は握ると氷か雪の塊かのように冷たい。指先から頭を突くような強烈な魔力を感じる。何処から来た誰か化け物が落としていくのか。それとも空間の裂け目から現れているのか。現在44階。落ちているものは階により変わっていく。分解すれば魔力になる。霧凍が喜ぶだろうと拾い集めていた。これだけ落ちていれば落とし物というわけでもなさそうだ。
「………これは。」
部屋の隅に何か落ちている。帽子だ。中央から右上に掛けて等間隔に3つの裂き傷があり、赤茶色に染まっている。僅かな染め残しは紺色だ。元は白に縁取られた明るい赤の郵便記号が書かれていただろう。時折現れる高層行き用の昇降機を使ってここまで来たものの逃げきれなかったか。手を合わせ、目を閉じた。鞄からビニール袋を取り出し、帽子を袋に入れた。銀、宝石等魔除けの効果がない限り遺族の元へ遺品が戻ることは少ない。出来たら帽子だけでも帰してあげたい。起こってしまったことは仕方ないものだ。重くなる胸の中の空気を必死に振り払う。次は自分かもしれないのだ。気を引き締めなければならない。
反対側の部屋から出てきたのは湊だ。
「おや、湊くんもみんなのところへ帰るのかい?」
「なんか、変な絨毯が、あって………」
壱樹と霧凍に声掛けようとする。湊が駆け出した。合流できるという安堵からではない。2人の間に割って入り―――湊の小さい体が吹き飛ばされた。
「湊くん!」
受け身も取れずに壁に激突した湊が扉を破壊し隣の部屋まで吹き飛ばされる。壁を突き出して現れたのはこの中で一番身長の高い多喜をゆうに超える銀色の鎧だ。顔は隠れて性別は伺えないが、鎧の兜は一つ目用で血走った目がこちらを見下ろしていた。
「壁の奥に潜んでいた!?もしやこの紋章は魔力隠し!他の階と違和感あったのは………!」
「下がれ!霧凍!」
舌打ちをして霧凍が下がる。壁を壊し、湊を吹き飛ばしたメイスの行方を予測して、壱樹が避けた。床が砕ける。
「危ないッ!壱樹くん!」
壱樹の前に追いついた多喜が躍り出た。たちまち多喜の体が炎に包まれる。
「うわあああああ…ぁ……あ………!…………」
業火の中から多喜の悲鳴は気管も焼けたのか自らを燃やしていく音にかき消される。霧凍の指が踊った。上空から滝のような水が現れ、多喜に纏う炎を消すが、消し炭が床に転がるだけだった。
「多喜ィ!」
壱樹の悲痛な悲鳴が響く。
「集中しなさい!早く片付ければなんとかなります!」
もう片方の手で拳銃を取り出し、天井を撃つ。
銃弾にたまらないというように天井に描かれていた菱形が降りてきた。多喜を燃やした主だ。目の前の2対の化け物はこれまでのものとは違うプレッシャーを放ち、肌が粟立つ。敵から目線を離さぬまま霧凍はコートの袖を伸ばした。警備システムか?撤退を―――
消し炭が立ち上がった。
「―――我の座を奪う者の魂の破損は好ましい。しかし、このやり方だと器まで傷ついてしまうな。」
「多喜、さん?」
炭が落ちる。黒焦げになっていた肌も服も元通りになり僅かに開かれた深淵から覗くような瞳は2体を格下と見下していた。壱樹の呼び掛けにも隣の部屋から駆けて来た湊の声にも多喜は答えない。普段の柔らかな声色から考えられない空間を支配する声に震え始める体を湊は剣を召喚したまま自分で抱き締める。
「彷徨った挙句下等生物から抜け出せないなり損ないに意思なき魔力の歯車にしか過ぎぬものよ。」
目の前の鈍色鎧が徐々に足先から黒く染まっていき、菱形が不自然に動きを止める。
「身の程を知れ。」
トン、と杖の石付が床を叩いた。と同時に銀の鎧は瞬時に溶け、菱形は砕け散った。黒い液体に薄赤い硝子片が入り混じる。
同時に多喜が倒れた。霧凍が手を翳す。しばらく手から溢れる光を多喜の頭部に当てていたが、首筋に触れる。
「脈が………無理です。治せません。一旦戻って冰叉目さんに診てもらわなければなりませんねぇ。」
霧凍が懐から鈴を取り出す。中に投げると4人の姿はフロアから消えた。
◇
炭化し、炎の中で崩れていく肌は霧凍が治したのかと思っていたが違うと言われた。炎が消えたら勝手に治っていたと。帰ってきた霧凍と壱樹は数日間は元気だったものの3日前急に体調を崩し、集中治療室に入れられたと聞いていた。色々な病の複合症のようで原因は不明。原因解明に冰叉目があちこち走り回っていると、多喜の部屋の花瓶の水を取り替えにきた湊から聞いた。いや、無理やり聞き出した。遠慮して言えなかったのだろう。言えなかったってことは答えは一つ。
「何か僕に聞き出したいことでもあるんじゃないかい?」
「退院したら、何が食べたいですか?」
「おいなりさん………いや、きつねうどんも捨て難い。どこの店がいいかなぁ。」
えっ?と湊の顔を見た。湊はきょとんとしている。
「そうじゃない。僕の中のことだよ。」
「何か、いるんですよね?」
やはり気づいていたか。今更何を聞いているんだろう?という感じだったので、多喜は気が抜けてしまった。
「そうだね。いるよ。胸の中に。」
鉄器展で触れてしまった銅鏡。その中に封じ込められていた妖狐が多喜の中に今もいる。
「きっと壱樹くんも霧凍くんもあいつがやったんだ。」
「そう、でしょうか?僕は、無事ですよ?決めつけるには早すぎます。雨辻さんも原因がわからないっていってた!」
いってた!と胸を張る湊は何故だか得意げで思わず多喜は吹き出した。
「い、いやいや!」
「2人も早すぎるくらい回復に向かってます。雨辻さんが驚いていました。病気もなんでも次に起こった時に対策できればいいんです。病は気から、ですよ。2人は、負けません。」
「それでも、僕が乗っ取られたら?」
思わず弱音が溢れた。言って「しまった!」と思う。歳下の子に何を言っているんだ。
「安心してください。まず壱樹さんが、呼び掛けるでしょ?多喜さんがいなくなるのは損失だから、霧凍さんも頑張ります。壱樹さんも霧凍さんもみんな、多喜さんの、ことが好きなんですよ。」
「湊くんはどうなんだい。」
あ、と湊は真っ赤になった。
「僕も、多喜さんのためなら、頑張ります。ね、頼ってくださいよ。」
外から差し込む月明かりの中で多喜の右手を取って包み、湊は微笑む。
「多喜さん、僕らのために、頑張っているでしょう。雪宗さんから、守ってくれたり。妙信さんが僕からお子様ランチ取り上げたの返してくれたり。だから、僕も、多喜さんの力になりたいんです。」
多喜はベッドに倒れ込んだ。スプリングがぎしりと軋む。片手で目を覆う。
「あっ、口は硬い方ですし、話したくなかったら、話さなくても………壱樹さんと霧凍さん、いた方がいい、ですか?」
多喜も湊も難儀なものだ。
「ありがとう。あまりこういう機会もないし、話そうか。」
思えば旅館の時に話そうと言ってそれからなかなか話せなかった。
今宵は満月。
月光が凶星の紅い煌めきを弱めてしまえば星の力を源にする狐も胸から起きることはない。
「花瓶のお水、代えてからでよろしければ、お話しましょう。忘れちゃいそうで。」
こまめな水代えでみずみずしさを保つ桃色の花が揺れる。振り撒かれる花香と共に湊は廊下へと去った。
「スマホの電源が入らねぇ!!!!」
遠くから壁を貫いて壱樹の絶叫が聞こえた。