湊とおんがく。フェスにて暴走する湊。
@lianmiso
ストローでコーラを啜る。爽やかな炭酸が喉を通り、一時的だがムワッとした暑さを払う。
5月上旬だが、フェス故に全国の人の熱気を集めたように暑い。適度に休憩しないとばててしまう。湊は額の汗を肩に掛けた長タオルで拭った。目の前の男は遠くでリズムに合わせ体を揺らす者たちを不可解そうに見ている。
自分のよく聞くアーティストがフェスに出ると聞いたので行こうとしたら、保護者同伴が原則。家族向けのフェスだとしたら当然だ。チラシを見ていたら、湊の気持ちを汲んで名乗り出たのは多喜だった。そうしたら壱樹もいってみたいと言った。しかし、そこに霧凍が名乗り出たのは意外だった。
「くだらない。何がそんなに楽しいんですか。」
「おい、霧凍。」
「来たかった子に向かってそんな………」
ずいと湊が霧凍に向かう。
「フェスは目当てのアーティスト以外にも興味のあるアーティスト、知らなかったアーティストにも触れることができます。それに先ほどのアーティスト、曲を選ばせていたじゃないですか。お客様に選ばせることもフェスではあまり見ないことです。僕のことは置いておいても盛り上げ方、演出だって僕らの本来の事務所には大切なことじゃないですか?」
多喜の手からビールの缶が滑り落ちる。壱樹の口があんぐりと空いた。いつもの途切れ途切れの口調はどこへやら。湊の舌が遠くから聞こえる音楽に押されるように走っていく。
「この際言わせてもらいますが、楽器はもちろん場所、気温に湿度等奏者や歌手のコンディション、テンションの僅かな差でも変わります。いついかなる時もブレない演奏。それが評価されるのもわからなくはないのですが、一瞬。音楽は一瞬なんです。録音しても全てを残せない。乗るのもひとつ。聞くのもひとつ。ただ歌い手や聴き手が押し付けあってはいけない。」
決まった音源も好きだが、変わった音源も好きだった。聴き比べると更に楽しい。
「君にとって音楽とは?」
「自由。前提として音楽は自由。歌い手にとっても聴き手にとっても自由であらなければならない。誰にも押し付けるつもりはないけど少なくとも僕にとってそうだった。どこにも行けない狭い島で世界を広げてくれた。音は消せない。どう動こうとも発生する。例えば呼吸。風の音。星の瞬きだって星の息遣い。花が咲き、散る時だって。」
「そうだなぁ、蓮はぽんと音を立てて咲くし、芍薬も弾けて散るしなぁ。」
「音があれば音楽は成り立ちます。」
答えたもののなんだか湊が遠くに感じる。ぽこんと壱樹の足先に転がってきたビールの缶が当たった。やっぱり現実だ。白地に黒星が書かれたビールは多喜のお気に入りだった。
「多喜。」
「あ、あぁ。ありがとう。」
缶ビールはすっかりぬるくなっていた。
遠くで一際ステージが盛り上がる。しかし、壱樹と多喜は目の前の2人が気になって仕方がない。
「でも、歌う方も聞く方も心一つで変わりますが、
基本は【考えるな、感じろ】だと思います。でも、結局僕の言葉も在り方を定めてしまうものでしかない。ここまで語っておいてなんですが、忘れてください。」
「………一理ありますね。くだらないは言い過ぎました。君が各国の言葉を吸収しやすいのも目も耳が慣れているからでしょう。」
やれやれ、と霧凍が立ち上がる。
「まさか霧凍、参戦するのか!?」
盛り上がり体をぶつけ合う観客の中で地蔵と化する霧凍しか想像できない。
「馬鹿言いなさい。うちの会社の祝纏が出ますから、どのような層が喜んでいるか見ないと行けませんからねぇ。纏さん出演されていなかったら来ていないですよぉ。」
女性にしてはしゃがれたような低い艶やかな色気を持つ祝纏は人々をじわじわと魅了していき、今では中央ステージで枠を取るほどだ。
「うるさい人から離れて見ますよ。湊くん、後で解説お願いします。」
「ハイッ!纏さんも素晴らしいですが、曲も歌詞もあいつが作ったものですよ!」
「俺も行くけど、多喜は?」
「僕も近くに行こうかな。中に入るには激しそうだ。どうしても彼女を見たくてね。」
「好き、なの?水瓜さんが、雨辻さんを好きな、ように?」
「湊くん、本当今日どうしちゃったの。」
ヒューヒューと壱樹は多喜を冷やかす。口笛は吹けない。
「まさか!年齢差がありすぎるよ。向こうは覚えていないだろうけど元同僚でね。」
「早くいかないといいとこ埋まっちゃいますよ!いきましょう!」
飛び跳ねる今にも駆け出しそうな湊の首元を霧凍は掴んだ。
「転びますよ。足元くらいきちんと見てください。こんな有象無象の掃き溜めで怪我するなんて馬鹿みたいでしょう。」
足元にはパックが転がっていた。踏んでいたら滑っていただろう。
「あんまり掴むな。襟が伸びるだろ。それに掃き溜めて。」
「うーん…………」
「ここ海風強いだろ。飛ばされちまったり、テンション上がり過ぎて置き忘れちまったのもあるかなぁ。」
そうかもしれない。風に攫われた空き缶やパックが転がって追いきれなくなり………いや。
「有象無象。そうかな?見てみなよ。」
多喜に言われて周りを見れば、フェス一般参加者たちが自分のゴミを捨てにいくついでに足元のゴミも拾っていっていた。
「さっき中央ステージでサラシさんが歌っていたんですね。生活密着型の歌が多いから、掃除ラブピースを歌ったのかな。後、唐揚げフォーエバー。ほら屋台。」
湊の言う通り近くの唐揚げ屋にもさっき見た時よりも倍の行列ができている。
「………救いようがないくらい影響されやすい人たち。」
「綺麗になるならいーじゃん。さ、急ごうぜ!」
これはいい影響だった。だが、音楽が悪い効果を撒くときは?例えば禁止行為の推奨。魔法、魔具による洗脳。思考を強制的に定める音楽。その時は?
湊の指がぱきりと音を立てた。
「望んでいる本人が遅れを取るとは。それほど魅力的な音楽が流れていましたかねぇ。」
「心配してくださり、ありがとうございます。若いながらもフクザツな深みのあるワインのような非常に魅力的ですが、行かないといけませんね。」
「一体誰の?」
「霧凍さんの声ですが。」
当然。それしかないとキッパリと湊が言っていた。
湊の言葉に霧凍の眼鏡がずり落ちた。
「馬鹿にしているんですかぁ?それとも煽りですかぁ?」
薄笑いを浮かべながら霧凍が見下げるが、湊は真剣そのものだ。霧凍が眼鏡を直し、歯噛みする。
「もちろん壱樹さんの篝火のような高く燃え盛る熱い声や満月の夜の穏やかな光のような優しい多喜さんの声も好きですよ!」
まさかこちらにも飛び火するとは。声を褒められることはあまりなく壱樹は恥ずかしかった。多喜も同様で前髪をしきりにいじっている。
「酒飲ませた?」
「そんなことするわけないじゃないか。」
フェスで奴は弾けた。こんなにも音楽は人を変えてしまうものなのか。
「嵐でも来るんじゃねぇの?」
「海辺で天気は変わりやすいし、もしかしたら………」
そんなことはなく。
「………あんなこともあるんですね。」
はしゃぎ過ぎて湊と壱樹が眠る車内で霧凍はネットのニュースを見る。
「ね、纏さんのステージに鯉のぼりが飛んでくるとは。」
3曲目「成飛」の冒頭でお父さん鯉のぼりが飛んできて、さも演出のように一緒に歌ったのは見事な対応だった。その後、纏のお願いで家族の元に返してやった。湊には伏せてある。今日だけは音楽を頭のてっぺんから足先、芯から楽しんでほしかった。
「………疲れました。もう行きませんからねぇ。」
帰った後、自分の発言が後になって恥ずかしくなり湊は部屋からしばらく出てこなかった。そんな彼を笑った霧凍の元に師匠からフェスのチケットが次々と送られてくる。どうやら霧凍が音楽に興味を持ったと勘違いしたようだ。師匠から感想を聞くと言われ、霧凍が頭を抱えるのは何週間か経ったとある日である。