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献杯

全体公開 創作話 3064文字
2023-05-20 14:36:07

多喜と雪宗。雪宗過去話2。グロ、行為匂わせ注意。

Posted by @lianmiso

「雪宗くんはさぁ恋人いたことあるの?」
 多喜が毎回お猪口1杯で酔っ払うのに今日は珍しく中途半端に意識を残している。
「いますよ。湊くんあたりは気づいていますでしょう。」
 空いた雪宗のグラスに多喜が琥珀色の液体を注ぐ。なみなみとつがれた酒を雪宗はぐいと喉に流した。
「そうじゃなくてその前。」
「2日だけの逢瀬を恋と誰が呼べますか。」
 グラスを揺らして雪宗が自嘲する。世間からどう呼ばれているか雪宗は知っていた。
「僕は恋と呼ぶけどなぁ。」
 さらりといった。
「知った口を。」
 顔が笑ったままでも目の奥が冷えていく。多喜は気にせず続けた。
「雪宗くん、人間好きで特に気に入った人はずっと見ていたいんだろ。壱樹くんも、湊くんも、もちろん霧凍くんもな。2日で終わるなんてそれこそおかしい。なんかあったんでしょ。」
「多喜さん。」
 眼鏡の奥で雪宗は目を丸くする。
「反応見たいんなら3日くらい付き合うはず。3日3ヶ月3年。元百貨店の店員舐めないでよ?」
 グラスを揺らし、得意げな多喜に雪宗は腹から笑った。
「僕のこと、どう思ってるんですか。」
 普段の多喜なら答えないであろう質問が思わず口から滑り出る。
「頭がいいのに馬鹿。欲ですべてをぶち壊す大馬鹿。関係性に甘えている大大馬鹿。」
 グラス片手に多喜はぶつぶつと文句を繰り返す。聞いたはいいが容赦のない言葉にへこむ。
「酔ってる多喜さんは手厳しい。」
「ちょっと羨ましい。」
 雪宗は手の中でグラスを回して氷を溶かした。録音して素面の時に聞かせたらどんな顔をするだろうか。
「昔、露国で任務が思ったより早く済んで3日くらい空きが出たんです。女性がハンカチを落としたので、ちょっとからかおうと。手を取って渡しただけなのに喜んで。逆に両手を掴まれて『2日間何か奢るので付き合ってください!』と言われました。」
「へぇ、何処かの小説みたいじゃないか。君にもロマンスあったんだねぇ。」
「遊園地に向かって、アトラクション回って。何処回っても楽しそうでコロコロ表情も変わって。偶然装ってアイスをぶつけても嫌な顔ひとつしないんですよ。」
「やっぱり君は君だった。」
 多喜が椅子の背もたれに身を預ける。ぎいと不穏な音が鳴った。痩せ型の多喜でこの音だ。妙信が座ったらきっと面白いことになる。椅子を見てにっこりする雪宗に多喜は「気持ち悪い」と溢した。
「で?それからどうしたんだい。その次の日もデートかい?」
「ショッピングをして。お互い大人ですから一晩過ごすことになりましてね。」
「えっ」と多喜が思わずグラスを取り落とした。
「それは君からかい。」
「いいえ、向こうから。」
「意外だな。君はそういった行為の時心臓が止まるんだろ。」
「あの時はそこまで悪くなかったんですよ。」
 そっと雪宗が自分の心臓に手を当てる。
「やることやった後、『明日日本に帰る。』と打ち明けて『僕はずっと貴女といたいです。僕は君を連れて帰りたいし、君が望むなら残る』って言ったんです。」
 酔いもせずいつもの調子で言うので聞いているこっちの方が赤くなる。多喜はグラスを顔に当てた。いい氷は溶けるのも遅い。
「熱いねぇ。それで?」
「答えてくれませんでした。『最後にお願い聞いてくれる?笑ってくれない?』と言われました。笑顔なんていつも浮かべているんですけどね。」
「君の心からの笑みが欲しかったんだよ。で、笑ったのかい?」
「ちゃんと笑えたかわかりませんけどね。彼女は喜んでましたよ。」
 両思いじゃないか!にまにまと多喜は酒を煽る。人の恋愛話を聞いて飲む酒も美味い。
「別れたのは今の職場が原因かい?危ない仕事だもんねぇ」
 いいえ、と雪宗は首を横に振る。
「次の日、ホテルマンに叩き起こされましてね。話を聞くとロビーに毒物が撒かれたとのことでした。」
「なんだって?」
 多喜の酔いが吹っ飛んだ。
「彼女を探したんですけど部屋の何処にもいなくて。ホテルマン振り切ってロビーに行くと、天井も壁も床も真っ赤だったんです。防護服を着た人間が忙しなく人を運び、天井と壁、床に撒かれていた赤を洗浄していました。『おい!お前!なんで無事なんだ!』と言われても、彼女を探しているとしか答えられなくてね。救護室に連れていくから電話しろ、と言われましたよ。電話番号はわからないけど理央と柳なら探すの手伝ってくれますでしょう。救護室に向かう途中、ポケットに手を突っ込んだら封筒が出て来まして。彼女からの手紙でした。」
「手紙にはなんて。」
 乾いた喉に酒を流し込む。多喜の舌はもう酒の味を感じない。
「暗殺者だったこと。幼い頃から毒を仕込まれ、植物すら持てば枯れてしまい、人もただじゃ済まないのに僕は無事だったからターゲットに近づくのに利用したこと。後はこの2日間楽しかったお礼がずっと書いてありました。僕、姉からも医者からも投薬が多すぎて毒が効きづらいの、自分の体に興味がないのですっかり忘れていましたよ。」
「それは………
「ロビーの赤はね、毒物でもなんでもなく血だったんですよ。彼女の。」
 多喜が悲痛な顔をする。
「そんな顔しないでくださいよ。もう終わった話です。」と多喜の空いたグラスに酒を注ぐ。
「僕は彼女を連れて帰りましたよ。組織こそ潰せませんでしたが、彼女を縛っていた部署ももうありません。問題は彼女のターゲットでした。」
「よっぽど名のある奴だったのかい?」
「彼女のターゲットは日本最強と呼ばれる都西京。」
 都西京は1人で軍隊を堕とした等様々な逸話を残した実力者で世界最強候補としても名高かった。事務所にちょっかいを出され、多大な被害を受けたり壊滅寸前まで行った話は今でも語り継がれている。
………そうか。」
 多喜が天を仰いだ。
「君が先代都西を堕としたんだな。名もない誰かに負けて、引退したってのは有名な話だ。」
「『襲われたんだもん。正当防衛だろ?』それはそうなんですけどね。肉の感触、骨の折れる音、どんな表情だったか。ずっと話されて困りましたよ。表情以外は知りたくはありませんし。」
「困りましたよって。ぶれないね。」
 ドン引きした多喜に雪宗は軽く笑った。
「所長と同等の実力でしたから3人で計画を立てて「ごめん」と一言謝らせたのを録音しました。他にもいろいろやりましたが、それを流出させると面白いくらい彼女の名声が地に落ちましたよ。みんな思うところあったんですね。」
「今代はパッとしないけど先代の暴虐っぷりは伝説だものね。」
「全部終わった後、音源を墓前に備えました。そんなことしても彼女は喜ばないと知ってるんですけどねぇ。」
「なんで僕に打ち明けたんだ。」
「5分後、命日なんですよ。多喜さんだから打ち明けたんです。」
 もうすぐ時計は次の日に向かう。
「そうか。それじゃあ彼女に献杯を。」
 酒をしこたま飲ませれば多喜の記憶をアルコールで薄めて0へできる。万が一覚えていたら「嘘ですよ」とも言えば良い。左の薬指に嵌めてある黒いプロミスリングを撫でた。血の海に浮いていた彼女の形見だった。自分にちゃんと表情があったならどんな顔をしていただろうか。
 そういえば帰ってから受付に『気持ち悪い』と言われなかった。
 いつも貼り付けたような顔が気持ち悪いと言われるのに。
 自分はどんな表情をしていただろうか。
「君の彼女に。」
 多喜がグラスを突き出した。
「ええ、ーーー献杯。」


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