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眠れぬ夜

全体公開 神無三十一受け 18 61 6247文字
2023-05-23 16:53:26

カルみと 狩魔さんの夢の話
シナリオネタバレあり

 
  
 縞斑狩魔が目を覚ますと、辺りはまだ薄暗く、カーテンの隙間からは月明かりが顔を覗かせていた。

 今は何時だろうか。
 首だけを動かして枕元の置き時計を確認すれば、時刻はまだ丑三つ時に差し掛かった頃だった。
 普通の人間ならとっくに寝ている時間であり、縞斑にとっては普段ならまだ起きている時間だ。
 昨晩は仕事が立て込んでおり、疲れ果てたまま二人揃って早い時間に寝床についたことを縞斑はぼんやりと思い出す。
 その記憶の通り彼の隣では、恋人である神無三十一が穏やかな寝息を立てて目を閉じていた。

 「ほんと、綺麗な顔してるんだよなぁ

 長い金色の睫毛が覆う伏せられた瞼の下には、意志の強いアメジストが輝いていることを知っている。涙に揺れるその儚さすら彼の魅力なのだと、きっと本人が知れば複雑な顔をするだろうけれど。
 そっと指で頰を撫でてやれば、眠る彼の表情が僅かに緩んだ。強請るように指先に擦り寄る彼は、意識がなくとも甘え上手らしい。
 その様子に笑みを浮かべた縞斑は、彼を起こさないようにベッドから抜け出す。
 ひたりと裸足で降りたフローリングは冷え切っていた。冷房の温度を下げすぎたかもしれないと、彼はシーツを神無の肩まで上げてから寝室を離れた。

 「さてと、」

 特に寝室を出たからといって、何か用事があるわけでもなく。縞斑は何となくキッチンへ続く扉を開ける。
 ようやく暗闇に慣れた瞳は、月明かりが及ばなくなった室内を見渡すことができた。
 最も、慣れ親しんだ恋人の家なのだから、間取りなどとうに覚えている。
 口寂しいが、煙草は少し前から禁煙中だ。換気の難しい地下での喫煙は子供たちの発育に悪いということで、アサギリと共に決めたことだった。

 「うーん………お、発見。」

 何気なく冷蔵庫を開けた縞斑は、中にビール缶が1つ置いてあることに気付く。
 おそらく昨晩縞斑が買って来たのは良いものの、疲労で飲む気力をなくしてしまったのだろう。
 アルコールは良い。程よく入れれば、何より手軽な睡眠薬だ。
 明日も仕事が入っており、朝一でアジトに戻らなければならない。これ以上起きているわけにはいかないと考えた縞斑は、それを手に取って冷蔵庫を閉めた。

 「ベランダでいっか。」

 流し台の側で飲んでもよかったのだが、今は何となく夜風に当たっていたい気分だ。
 縞斑は呟くと、缶を手に窓辺へ足を向ける。鍵を開けて音を立てないように注意しながら扉を開ければ、温い風が頬を撫でた。
 
 「まぶし……

 東京の夜は眠ることを知らない。外に顔を出せば、月明かりよりも先に町のネオンの光が視界に飛び込んできた。
 その眩さに思わず目を細めた縞斑は、より地上の星が見えるベランダの端を選ぶと、柵にもたれて缶ビールのプルタブに手を掛けた。
 かしゅん、そんな爽やかな音を立てて開いた簡易睡眠薬を喉に流し込む。冷蔵庫の中で冷やされていた液体は、蒸し暑い空気に屠られた縞斑の体を内側から覚ましていった。

 「………だめだなぁ。」

 街を見つめていた縞斑は、ぽつりと呟いて頭を掻きながら空を臨む。
 星は街明かりに負けてしまったのか、視認することすら叶わない。おそらく昨日の雨が嘘のように晴れ渡った空には、いくつもの光が輝いている筈なのに。
 酒が入れば眠気も来るだろうと踏んでいた縞斑であったが、返って意識が覚醒したように感じる。もやもやと浮かぶ考えに決着が着くことはなく、縞斑は溜息を零して項垂れた。

 そんな彼の背後でふと、扉が開かれる。

 「………せんぱい?」

 聞こえた声に振り返ると、窓の隙間から見慣れた顔が覗いていた。
 その顔に浮かぶ不安の表情に首を傾げながら、縞斑はこちらを見ている恋人にひらりと手を振って見せる。

 「どうしたの神無ちゃん、まだ夜中だよ。」

 声を掛けてそう笑ってみせれば、自分を視界に収めた神無が目に見えて安堵の表情を浮かべた。扉を開けてこちらに歩いてきた神無は、縞斑の隣に並んで彼を見上げる。

 「……起きたら、あんたが居なかったから。」

 ふと目が覚めたら同じベッドで寝て居たはずの恋人が居ないと、不安に思って探しに来たらしい。
 何も言わずに目の前から消えた前科を持つ縞斑は、心配をかけた事を申し訳なくなって、手の中の缶ビールを揺らして見せた。

 「ごめんね。ちょっと、眠れなくて。」

 神無はその言葉を聞き届けると僅かに思案した後、彼の両腕の間に自分の体を滑り込ませた。身長差が幸いしてか、縞斑は難なくそれを受け入れて二人で柵から外の景色を眺める。

 「………俺も。」

 その同意は眠れないことへの同意か、はたまた自分も起きているということへの同意か。悩んだ縞斑だが尋ねることは無く、黙って景色に視線を向けた。
 きっと彼は寝直すことも出来たのだろう。それでも自分を思ってそうしているのだと思っていれば、ひょいと腕の間から縞斑の持つ缶ビールを神無が取り上げた。

 「苦いよ?」
 「んー

 まだ少し眠たいらしい神無は、興味本位のままに缶を見下ろす。すんすんと警戒するように匂いを嗅いで、彼はおそるおそる中身を傾けた。
 口内を湿らせた微炭酸は想像以上の苦味を伴って、神無は思わず露骨に顔を顰める。

 「んぇぅ"ー
 「だから言ったのに……ほら。」

 唸る神無の手から缶を取り上げると、縞斑は身を屈めて腕の檻に自ら入ることを選んだ恋人の唇を奪った。

 「ん、ぅ

 小さくくぐもった声を漏らす神無の口内からは、酒の苦味が漂っている。
 そもそも少量を湿らせて飲むような酒ではないのだが、今度飲み方を教えた方がいいだろうか。考えながら縞斑は、それらを攫うように舌を絡ませる。

 「んッんん、ふ……っ」

 ひとしきり口内を堪能して唇を離せば、林檎のように真っ赤な顔の神無が腕の中で息を切らしていた。
 口の端から溢れた唾液を指先に掬って見せつけるように舐める縞斑の姿に、ぐうと神無が喉を詰まらせながら負けじと声を上げる。

 「っ、あんたの口も!苦いんだっての!」
 「まぁまぁ、落ち着いて。」
 「キスしたかっただけだろ今の……

 ぶつぶつと文句を呟く神無を無視して、縞斑は手の中のそれを最後まで飲み干した。
 この僅かな間にも冷やされていたはずの液体は、空気に溶かされてすっかり常温に近くなっている。
 温くなったビールに若干顔を顰める縞斑の事などつゆも知らず、神無は膨れたまま外の景色に視線を向けた。腕の檻から抜け出すつもりはないらしい。
 神無にとっては見慣れた景色だろうに、飽きずにそれを見つめる彼には、いつもと違う何かが映っているのだろうか。それとも。

 「聞かないの?」

 眠れない理由。沈黙を破ってぽつりと問い掛ければ、神無は街明かりから縞斑へと視線をあげる。
 眠れない理由を問い詰められるだろうと思っていた縞斑は、純粋な疑問として神無にそう問いかけていた。
 彼は黙って縞斑を見上げていたが、やがて首を横に振ると視線を街へと戻す。その手が縞斑の手にそっと重ねられた。

 「あんたが言いたくないと思うなら、聞かないよ。」

 この世界は広くて、沢山の可能性を秘めた輝かしい場所だ。しかし全てが全て輝いているというわけではないことを、神無たちはよく知っている。
 様々なひとの意思が交錯して、目的のために他者を犠牲にする世界。自分が向けられる愛や自分が向ける愛に自信を無くす日もあった。
 けれど、そんな世界で神無が足を止めた時、縞斑は彼の腕を取った。歩き続けろと叱咤して、潰れそうな神無から半分を背負ったのだ。
 事件後は一悶着があったが、今の縞斑は神無の隣に立っている。今の彼は神無が口を開かない限り、何も問う事は無い。それがどれほどの心の支えになるかを、神無はよく知っていた。

 「今度は俺が側にいる番だろ。」

 柔らかく微笑んだ神無は、そう言うと体を反転させて縞斑の背中に手を回し抱き締める。
 縞斑は思わぬ神無の答えに目を瞬かせながら、その抱擁をおそるおそる受け入れた。
 神無は、縞斑がそうしてくれたように黙って側にいる。話したいと言えばきっと彼は聞いてくれるだろうし、このまま居て欲しいと言えばきっと抱き締めたまま笑ってくれるのだろう。

 「ありがとう……

 絞り出すような礼の言葉と共に、縞斑は神無を抱き締める腕に力を込めた。
 腕の中に愛しい温もりがあるということは何と幸せなことだろうか、神無の首筋に顔を埋めながら縞斑はぼんやりそう思う。
 涙が危うく溢れそうになった彼は、慌ててそれを誤魔化そうと鼻を啜る。しかし、返ってその音から縞斑が泣くことを耐えていると気がついたらしい神無は、困ったように笑った。

 「………夢を、見た。」

 雪の中をひたすら歩く、そんな夢だ。
 一心不乱に歩いていた彼はふと背後を振り返る。そこには雪のせいで足跡を隠されてしまった何もない地面が広がっているのだ。それが何故か、無性に怖い。
 元相棒から託されて自分が選んだのは、そんな前例のない場所だった。仲間たちの目に映るリーダーとしての自分が、別人のように感じるようになったのはきっと最近の事ではない。
 地図は無い。あるのは目の前の道無き道だけ。それが誤った道だとして、きっと踏み外しても、気付いてくれる人も助けてくれる人もいない。

 「俺が選んだ事なのに……今でもそれが正しい選択だったのか分からなくなる。」

 もしもあの日、白瀬恭雅の言葉に首を縦に振っていなかったら。あの組織のリーダーを、有能なパートナーロボットに託したままだったら。そんな想像をしない日はない。

 「なんて、笑っちゃうよねぇ。」

 自嘲するように呟いた縞斑は、神無の体を抱き締める。自分らしくも無い弱音に頭を振ろうとした時、ふと神無が声を上げた。

 「あんたが悩んで決めた道なら、俺は正解だと思うよ。」

 神無は、縞斑が物事を選ぶ時に、その先も見据えて長考した末に決断を出すことを良く知っている。だからこそ神無は、その道が誤りだとは思えなかったのだ。

 「例え先輩がその道を選ばなくても、きっと俺は刑事のあんたを好きになってここに居ただろうけどさ。」

 雪の降りしきる足跡の無い道の中で数えきれないひとと出会った。相棒が、仲間が、愛する人が出来た。
 神無は、いつのまにか滲んでいたらしい縞斑の涙を指先に乗せて小さく笑う。

 「俺は縞斑狩魔っていう一人の人間を愛してるんだよ。」

 自分よりも一回り以上幼いはずの恋人は、時折自分では真似できないような真っ直ぐな愛情を向けるのだ。それはひとえに、彼が多くの人間に愛された証拠である。
 小さな体を目一杯に広げて縞斑を受け止めて一緒に背負おうとする彼の姿を見て、それに恥じない自分になりたいと強く思ったのだ。

 「それにさ、もし万が一あんたが間違った道に進んだとしても、アサギリや俺やディーノが殴ってでも止めるだろ?」

 違う?と呟いて神無は首を傾げる。
 誤った道に進んでも、絶対に縞斑のそばを離れない確信が彼の瞳にはあった。それを当たり前として捉えることがどれほどの強さであるかを、彼はきっと知らない。

 「……違わない。」
 「だろ?それなら安心だよな。」

 首を振った縞斑に、神無は満足そうな笑みを浮かべて見せた。
 彼は縞斑の手を引いて、部屋へ戻ろうと促す。それに素直に従う程度には、縞斑の体も睡魔に犯されていたらしい。

 
 ※


 縞斑がゆっくりと目を開けると、そこは住宅街だった。時計の針は天辺を指しており、辺りは深い闇に包まれている。
 ここは何処だろうか。何故か懐かしさを感じる街を見上げながら歩みを進めていると、背後から唐突にぽんと肩を叩かれた。

 久しぶりだね、振り返ればそう言って笑う男がひとり。肩に届かない長さの黒髪を揺らし、見覚えのある制服に袖を通した彼に対して、縞斑は何故か名前が出てこないくせに旧友のような印象を受ける。誰だろうかと思う縞斑の心とは裏腹に、口は勝手に彼を受け入れて返事を返していたのだ。
 彼は縞斑の隣を歩きながら、昔の話を聞かせてくれる。警察学校での出来事を懐かしそうに話す彼は、どうやら本当に自分の過去を知る旧友らしい。なんとなく、髪を切ったのかと尋ねれば、彼は目を瞬いて可笑しそうに笑った。

 気が付けば一本道だった住宅街は道が二つに別れている。その先で足を止めた彼は、振り返って縞斑の方を見ると小首を傾げた。

 「俺は、こっち。」

 言われて縞斑が男が進む道の先を見やると、そこにはどこか見覚えのある景色が広がっていた。
 仲間たちや相棒が立っているその中央に、愛する人が立っている。紫の瞳を細めて笑う彼は、男のことを待っていた。
 咄嗟にそちらへ追い縋ろうとした縞斑の肩を、男の手が押す。その指先が促すように、反対の道を指し示した。

 「君は、そっちだろ?」

 縞斑はその言葉に、恐れを抱きながら顔を上げる。
 なぜか、その道の先には街灯の無い真っ暗な空間が広がっているような気がした。一寸先も見えないような完全な闇が口を開けていると、信じて疑わなかった。
 しかし、そうして目を開けた縞斑は、その道の先に立つ人々の姿に小さく息を呑む。
 仲間たちや相棒が立っているその中央に、愛する人が立っていた。紫の瞳を細めて笑う彼は確かに、縞斑のことを待っている。

 「……あぁ、なんだ。」

 なにも、変わらないじゃないか。
 あの事件で繋がった縁は、縞斑の選択がいずれにしても、解けることなどなかったのだ。

 「昔が懐かしい?」

 破顔する縞斑を満足そうに眺めていた男は、ぽつりと呟いて首を傾げた。縞斑はその言葉に頷くと、道の先への歩みを一度止めて振り返る。

 「懐かしいけど、今も結構幸せだよ。」

 君もそうだろう、と言外に尋ねれば、我ながら察しのいい男は晴れやかな笑顔で頷いた。
 男はひらりと手を振って、道の先へ歩き出す。その背を見送って、縞斑も自らが進む道へと足を運んだ。
 その先に立っていた彼が、嬉しそうに笑って手を伸ばす。その温かい手のひらを掴むと同時に、縞斑の視界は白に包まれて、消えた。

 
 ※
 

 「…………。」

 見慣れた天井。縞斑は何度か目を瞬かせると、深夜の酒のせいで僅かに腫れた目元を擦りながら隣に視線を向けた。
 縞斑の手のひらを握りしめて穏やかな寝息を立てる神無は、やはり目を覚ます様子が無い。
 窓の隙間から差し込む光の量を見るに、恐らく既に昼に近い時刻なのだろう。どうやら随分と二人で寝こけてしまったようだ。

 「ありがとう。」

 呟いて頭を撫でた彼は、神無を起こさないように彼の体を緩く引いて抱き寄せる。
 温かい体と、同じ速さで動く鼓動。此処にいるのだという証を、縞斑は噛み締めて目を閉じた。

 目を覚ましたら二人で遅い朝食を食べに出掛けよう。
 昨晩の礼に奢ると言えば、きっと彼は何もしていないと笑うだろうけれど。




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