NPC×🎃 シナリオネタバレあり
他メンバーと共に
@popo_trpg_ss
NPC(赤星透也)×神無三十一です。
シナリオネタバレ、秘匿ネタバレありまくります。ご注意を。
赤星さんハピバスデ
道の先に、彼の姿を見つけた。
両手に色鮮やかな紙袋をいくつも持った神無は、縞斑たちに気付くことなく足早に自宅の方角へ歩みを進めている。
咄嗟に手を上げて声を掛けようとした縞斑は、ふとその動きを止めた。何も言わずに歩き出した縞斑の一歩後ろを歩くアサギリが、小さく首を傾げる。
「…マスター、声を掛けなくてよろしいのですか?」
外で出会った知人に声を掛けることは、人間のコミュニケーションにおいてよくあることだとアサギリは認識していた。
しかし、縞斑はそんなアサギリを振り返ると、ゆっくりと首を横に振る。
「今はやめておこう。」
「何故です?」
「そうして欲しくなさそうだから。」
背を向けた神無の表情は見えない。縞斑はおそらく、普段の彼の歩幅や歩調から神無の感情を推測したのだ。
歩幅や歩調の分析は容易いが、そこから導き出される感情やその対応まで処理が追いつかないアサギリは、更に説明を求めるように視線を向ける。
その瞳を受けた縞斑は、言い聞かせるようにできる限り言葉を噛み砕いて口にした。
「…今俺が声を掛けたら、あの子は楽しくもないのに笑わなきゃいけなくなるだろう?」
縞斑が肌で感じ取ったらしい神無の感情の機微は、アサギリにとって全てを理解することができないものだった。そのため彼はアンドロイドらしく、神無の姿を分析する。
彼が両手に持っている紙袋の店名を読み取ったアサギリは、それらが全てスイーツであることに気づいた。
あの量を一人で食べたら糖分摂取過多は間違いないだろう。神無の健康のためにも止めるべきではないか、そう渋い顔を浮かべるアサギリに苦笑いを返して、縞斑は遠くなっていく背中へ視線を戻し口を開く。
「アサギリちゃん、今日何日?」
「2051年5月23日です。」
「…あぁ、そういうことか。」
日付を尋ねた縞斑の中では、神無の行動と感情に合点が入ったらしい。口元に手を当てて頷いた彼は、アサギリに向けて言葉を続けた。
「時にアサギリちゃん、君の誕生日は?」
「…製造日でしたら、記憶しておりますが。」
目の前の主人が一見脈絡の無いような話をする時は、その会話からアサギリなりの答えを出さなければならない時だ。彼は時々、アンドロイドである自分に対してこうした意見や思考を求めることがある。
言葉の裏と表を思考しながらそう答えれば、正解を引き当てることはできなかったらしく、縞斑は更にヒントを与えた。
「うーん…それもいいけれど、君がアサギリちゃんになった日を呼称することにしてみようか。」
「でしたら、マスターのユーザー登録を行った日となります。」
「そう。つまりアサギリちゃんは現在二歳になる。俺たちからしたらまだまだ子供の年齢だ。」
うりうり、と言いながら頭を撫でる物好きな主人に大人しく身を任せたものの、何となく湧き上がるのは『気に食わない』という感情。
子供扱いされることが、自分はどうやら不本意らしい。そう客観的に自身の感情を情報として処理したアサギリは、抱いた感情から派生する『口答え』なるものを実行することにした。
「アンドロイドは歳をとりません。我々には不要の概念かと。」
「そうだねぇ。誕生日っていうのは、そもそもは神様の生誕日だったものに、人のエゴで手を加えたものだから。」
言われて誕生日という単語で検索を掛けたアサギリは、確かに起源は神の生誕を祝う日であることを確認する。
あの事件に立ち会ったアサギリにとって、神とは余計な存在に他ならない。それは縞斑も同じだろうと視線を向ければ、その意図を理解したらしい彼は苦笑いを浮かべて小さく頷いた。
「この時代の人間における誕生日っていうのは、その人と共に時を過ごしたという証明…いわば、儀式のようなものなのかもしれないね。」
「……それは、死人が相手でも必要な儀式なのでしょうか?」
縞斑の言葉の裏を汲み取って、彼が伝えたいことに予想をつけたアサギリはそう口にする。
不意に歩みを止めた縞斑に合わせてアサギリが足を止めれば、彼は驚いたように目を丸くしてアサギリを見下ろしていた。
予想が外れていたのだろうか、そんな意図を込めて小さく首を傾げて見せると、縞斑は首を横に振って笑う。
「君が彼のことを『死人』と形容したことに、少し意外だと思っただけ。」
アンドロイドと人間の線引きをはっきりと引くアサギリの口から漏れた何気ない言葉は、その中に彼なりの思考が詰められていた。
縞斑の言葉を聞いて、何故彼が驚いたのかを正しく理解したアサギリは、その言葉を選んだ理由を口にする。
「命令に背いてまで神無さんを守った彼のことを指し示す言葉が、どれだけ検索しても他に見つからなかったので。」
アンドロイドを命令に必ず従う存在と呼ぶのであれば、彼はおそらくその枠組みを逸脱していた。
“人”ではないが“ひと”に近しい彼の破壊を、ただの機体の全損としてアサギリは処理することができなかったのだ。
アサギリの話を聞いた縞斑は、そっか、と呟いて再び笑う。その表情は先ほどよりも心なしか嬉しそうだった。
「まぁでも…死人だからこそ、必要なことなのかもしれないね。納得するために。」
呟いた縞斑の視線の先に、神無はもういない。歩いて行った小さな背中を振り返った縞斑は、よしと小さく呟いた。
「アサギリちゃん、青木ちゃんに連絡。」
「はぁ、要件はなんですか?」
「ディーノちゃんの外泊許可。神無ちゃんから申請受け取ったらいつでも動けるように準備しておいてほしい、ってお願いして。」
縞斑はそうアサギリに指示を飛ばすと、支度のために踵を返す。従って通信を立ち上げたアサギリは、内部でメッセージを送信しながら縞斑の顔をじっと見上げた。
視線に気がついた縞斑は、穏やかな笑みを浮かべる。そこには確かに、大切な仲間への強い情が感じられた。
「声を掛けないとは言ったけど、何もしないとは言ってないよ。」
「…そうですね。」
「というわけでアサギリちゃん、今日の仕事は明日に投げよう。終わると思う?」
「明日の貴方が、真面目に夜中まで仕事に取り組むことを祈っていますよ。」
うへぇと小さく呟いた縞斑は、それでも今日の仕事を続けるつもりはないらしい。
普段ならそれを咎めるアサギリだったが、今日だけは特別に見逃して、縞斑の後に続いた。
デコレーションが鮮やかなカップケーキ。
パステルカラーの可愛らしいマカロン。
バタークリームがたっぷり乗ったケーキ。
持っていた紙袋を探れば、更にマドレーヌやフィナンシェ、バームクーヘンなどの焼き菓子がどさどさと出てきた。
テーブルの上に並ぶ様々なお菓子を眺めて、神無は思わず苦笑いを浮かべる。
「…買いすぎだろ、流石に。」
山と積まれたお菓子たちは、明らかに成人男性の一人前ではない。いくら甘いもの好きの神無であっても、食べきれそうにない量だった。
椅子を引いて腰掛けた神無は、静かな部屋で小さく呟く。
「誕生日おめでとう、透也。」
その声に、当然返事はない。部屋に吸い込まれて消えていった声が無性に寂しくて、神無は独り言を続けた。
「好きなもの分かんなくてさ、結局俺の食べたいものばっかりになっちゃったよ。」
今朝、目を覚ました神無のサングラスが告げたのは、兄と慕っていた赤星透也の誕生日が本日であることだった。
アンドロイドである彼が、何故この日を誕生日だと言ったのか。今となっては謎だが、当時は黒田と共に彼のことを祝ったものだ。
黒田と共に用意したホールケーキを、いつも彼はほとんど神無に譲っていた。おめでとうと笑う神無の頭を撫でて、くすぐったそうに笑っていた彼のことを神無は思い出す。
「そもそも祭壇とか、お骨…もないし、遺影っていうのもなんか違う気がして、何も準備してないんだけどさ。」
あの研究施設で爆発に巻き込まれた赤星は、跡形もなく消えてしまった。警察によって押収されてしまったため、彼の写真もほとんど残されていない。
せめて赤星の好物を買い集めてひとりで祝おうと考えた神無だったが、いざ買い出しに出たところ、彼の好物が全く思い浮かばないことに気がついたのだ。
誕生日の彼に食べたいものを聞けばいつだって、三十一の食べたいものでいい、の一点張りだった。
買ってきたお菓子は一緒に食べていたから、甘いものが嫌いというわけではなかったのだろう。それが神無に合わせるための演技だったのか、確かめる方法はもうどこにもない。
「……いただきます。」
そっと手を合わせて、神無はしばらく悩んだ末に薄紫色のマカロンを摘んだ。
さくりと齧った途端、柔らかい食感に包まれて頬を緩める。挟んであるホワイトチョコレートの風味が、生地の甘さに丁度良く合っていて絶品だった。
「こんなになっても、ちゃんと美味いんだよなぁ……」
あの事件によって、神無はそれまでの日常を失った。
それでも、朝目を覚ませばお腹が空くし、食事をとれば美味しいと思う。夜になれば眠たくなり、自然と眠りにつくことができた。
家族を失っても、神無の体は生きようとしている。それが最初は憎くて仕方なかったが、今では当たり前のこととして受け入れていた。
「…なぁ、透也覚えてる?昔、俺だけ虫歯になったの。」
幼い頃、神無に虫歯が発覚したのだ。それを知った黒田と赤星は、すぐに神無に歯医者に行くように言った。
駄々をこねた神無は結局、半ば引き摺られるように赤星に連れられて歯医者に通うことになったのだ。
あの時待合室で覚えた恐怖を振り返った。完治したらご褒美に砂糖たっぷりのココアを淹れてもらう約束をして、そのためだけに我慢したことを思い出して、神無は小さく笑う。
「あの時は許せなかったなー…なんで俺だけ?って。」
同じ量のお菓子を食べていた赤星が無事だったことに、神無は幼心に納得ができなかった。
歯磨きが足りないからだと言って躱した彼の言葉を信じて、神無はより念入りに歯磨きに時間を費やすようになったのだ。その癖が今でも続いていると知ったら、彼はきっと笑うだろう。
今思えば、アンドロイドなのだから当たり前だ。神無は今までずっと、そんな彼が連ねた嘘に騙されて、守られてきた。
「……透也ぁ、」
呟きながら、手を伸ばしたカップケーキのフィルムを剥がして天辺に齧りつく。
クリームのなめらかな口触りと、バターの香ばしい生地を噛み締めた。散りばめられたチョコチップのそれは、赤星が決まって手をつけていたものだ。
「透也は……何が好きだったのかなぁ」
彼は、何が好きだったのだろうか。
何を面白いと感じていたのだろうか。
彼が吐いた嘘の中に、本音は一体いくつあったのだろうか。
カップケーキをぽふりと最後まで頬張った神無は、口の端についたクリームを指で拭って舐め取る。ついてると言って横から伸びてくるお節介な指先が、もうないことにもすっかり慣れてしまった。
「……自惚れていい?」
赤星が本当に好きだと思うものに、美しいと、可愛らしいと、大切で守りたいものなのだと、そう感じるものたちの中に、自分は含まれていたのだと。
だからあの日まで、彼は自分を殺めることを迷い、最期の日に自分に覆い被さって銃弾から庇ってくれたのだと。
彼の愛は確かに、自分に向けられていた。それを確かめる方法は、もうどこにも残されていないけれど。
マドレーヌの袋に手を伸ばした神無は、包装を開けて齧った。ほろりと崩れた柔らかいバター生地に練り込まれた、レモンの風味が頬を刺激する。
「…レモン、すっぱいなー……」
ぽつりと呟いた神無の頬を滑り落ちた雫が、手の甲に落ちた。つんと痛む鼻を啜って、甘酸っぱいレモンの混ぜ込まれた生地を口に放る。
数個食べた程度では、テーブルの上のお菓子の山に変化は全くなかった。それらを見回した神無はふと、自分が食べたマドレーヌがあと三つ置かれていることに気付く。
「3つ…」
ちらりとマカロンの箱を確認すれば、それも四個入りだったらしく薄緑とオレンジと水色の小さなマカロンが収まっていた。そばには残り三つのカップケーキが置かれている。
「……っふ、はは…!なにこれ、無意識?」
思わず吹き出した神無は、四つ入りのお菓子類を見回した。
一人で食べきれない量で当たり前だ。もとより、一人で食べ切るつもりで買った量ではなかったのだから。
ひとしきり笑った神無は、滲んでいた涙を拭うと通信端末を起動する。連絡先を選択すれば、僅か数コールで相手が通話に応じた。
「…もしもし、だらだら先輩?アサギリもいる?」
話しながら神無は、リビングの窓辺へと向かう。
「あのさ、もし暇だったら…ディーノも呼ぶから、今から遊びに来ない?」
カーテンを開けて、温かい光を部屋中に取り入れた。彼らが来る前に、空気を入れ替えて掃除を済ませなければならない。
通話相手の快い了承の言葉を聞いた神無は、笑顔を浮かべた。礼を呟いた彼は、そのまま言葉を続ける。
「みんなで、お菓子食べようよ。」
彼の穏やかな笑みを映すレンズは、もうこの部屋のどこにもない。
開いた窓から吹き込む柔らかな風が、神無の髪を緩く撫でて青空へ帰っていった。
終