・凪α×玲王Ω(番)
・玲王→身籠り悪阻中(嘔吐表現注意⚠️)
・軽い背景→玲王⚽️引退して隠居、凪⚽️選手続行中
・二人とも海外住み
なんでも許せる方向け!!
セッしたいけどできない我慢状態が好きです。
@mugyu1219
メッセージを送った途端、言い表せないほど惨めな気持ちになった。急いで送信取り消しをしようと試みるもすぐ既読が付き、「すぐ帰る」と凪から連絡が来た。
「……遅ぇよ」
チッと舌打ちをして歯をギリギリと音が鳴らないのが不思議なほど強く噛んでいた。
イライラする理由はわかってる。多分、寂しいから。
「あ〜、気持ち悪リィ……」
胃が食べ物を受け付けなくなり、吐き気はさらに酷くなった。何も入っていないはずの胃が逆流しようとポンプみたいに喉奥まで押し上げられる瞬間が一日に何度も襲い、どうしようもない理不尽な苦しみは怒りを助長させた。
──全部全部! 凪が帰ってこないのが悪い!!!
「ゔぅ〜…………」
本当は分かっている。凪は何も悪くないって。分かってて、凪を悪者にして、心のバランスを取ろうとしている。そこまで分かっているのだから、ちょっと番の悪口を言うくらい許して欲しい。
凪は隣国とはいえ、他国でデイゲームだったのだから、今日はきっと帰ってこない。そう思うと、腹の中がグルグルと洗濯機が回るように回転する。
「ぅ、ぇ……」
吐きたいのに吐くものがないため、えずいてしまった。早く早く凪に会いたくて堪らなかった。
「凪……っ」
凪の着ていたパジャマを握りしめてベットで身体を丸めた。ほんの数ヶ月前、巣作りで大量の凪の洗濯物に蹲っていた頃が幸せに思えてしまう。そんなに前でもないのにな。
本当は「今すぐ帰ってきて」と言いたかった。でも、自分のプライドがそれを許してくれなかった。これくらい、自分で我慢できると思っていたし、実際、凪は医者でもないんだからそばにいたところで何もできない。そう、だから、今、凪が俺の横にいる必要はないと言える。
凪にはサッカーがある。凪を求める人間は世界中にいて、俺だって凪のサッカーを応援したい。ここに凪がいない理由は必然といえよう。
なのに、会いたかった。殆どの時間、凪を独り占めしてるくせに、ほんの少し会えない時間が寂しい。でも、寂しいとか、苦しいとか、凪には言えない。言いたくなかった。本当はサッカー関連以外のメッセージだって送りたくなかった。
『いつ帰ってくる?』
それが精一杯の、俺のSOSだった。吐き気に体力は削られ、気づくと眠っていて、また吐き気で起こされる。そんな浅い眠りが何回か続いた頃、ガチャッと玄関の鍵が開錠される音がした。
バタバタと凪らしくない性急な足音が玄関から聞こえる。この家に入れる人は凪しかいないのだから、らしくない足音でも凪が帰ってきたのだと分かる。
「……凪?」
飼い主を待っていたペットのように、ベットから飛び起きて、勝手に足が玄関に向く。今が夜なのか、朝なのか、それも分からないくらい無我夢中だった。
「……れお、大丈夫?」
なんとなくだが、まだ夜の気配が漂っていた。まさか、今夜中に帰ってくるとは思っていなかった。多分、ものすごく色々すっ飛ばしてここに帰ってきてくれたのだろう。ぽろっと、乾いた目から涙が落ちていた。
凪のせいで──、なんて、本当はこれっぽっちも思ってない。
ひたすらに会いたかっただけ。俺が凪に、会いたかっただけ。
息を切らせた凪が目の前に立っている。そんな事実で、嬉しくて涙が止まらない。めんどくさがりで、やる気がなくて、マイペースな凪。熱に浮かされる唯一がサッカーだけの凪が、サッカー以外で汗を垂らすなんて──
「泣いてるの、レオ」
「ぁ……んま、見んな……っ」
おかえり、も、お疲れ様、も言えずに目を覆った。悔しい。こんなに感情も身体も俺だけぐちゃぐちゃなんて。
「辛そう」
「……いいって! めんど、くさい……だろ」
番になる前、俺は一度凪に捨てられた。凪に言わせれば、捨てたつもりはないと言われたけど、俺は捨てられたと思っていた。凪のせいでめちゃくちゃな状態だった。番になって、その不安は無くなったように見えて、こうやってメンタルが弱った時、怨念のように自分に纏わりついている。
凪がいる。それだけで嬉しいはずなのに。
「なんで? 俺、嬉しいんだけど」
「ハァ? 何が嬉しいんだよ。俺はこんなボロボロなのに……」
おぇ、と、気持ち悪さが襲ってきて咄嗟に口に手を当てた。それを見た凪は、躊躇なく俺を抱きしめに来た。ふわっと汗の匂いがして、凪が急いで帰ってきたことを実感して、また涙が溢れ落ちた。
「違うよ、よく聞いて。レオって、俺に弱いところ全然見せてくれないから、見せてくれて嬉しいって話……」
ハァ、とついた凪のため息は、息を整えるためのため息なのか、また勘違いしての抗議の意味のため息なのか分からなかった。ため息を吐いたのと同時に抱きしめる腕は強くなり、身動きが取れない。
「好きなやつに、情けねーとこ、見せたくねーだろ……、わかれよ」
俺はオメガで子を成す性だが、歴とした男だ。子を成せる機能があるだけで、男としての矜持を捨てたわけじゃなかった。特に凪とは対等で居たくてサッカーも努力し、登り詰めた。紆余曲折あって番になったが、女になったつもりは自分にはなかった。つい小難しく考えてしまうのは自分の性だった。眉間に皺を寄せていると凪の唇が自分の目尻に当たる。
「レオの泣き顔、キレーだね。なんか、美術館に飾っておけそう」
凪のゆったりとした声が雨のように降ってきて、思わず全てを赦したくなってしまった。つくづく、俺は凪に甘いと思う。
「……おちょくるなよ」
「おちょくってないよ。ほんとうにそう思うんだもん。まぁ、美術館なんて置かせないし、他の誰かにレオの泣き顔なんて絶対見せないけど」
意思とは関係なく、泣き続けていた。ボロボロと落ちている涙を凪は掬って指に乗せる。凪はまたハァとため息をついた。めんどくさい──と思われているのかもと、また不安になる。凪は困ったように囁いた。
「……レオって、なんで全部キレーなんだろ。怒っててもかわいーし。泣き顔もえっちで綺麗。俺だけに見せてくれて嬉しいし。泣かせちゃったのって、俺のせい?」
鼻と鼻がくっつかないのが不思議なくらいの至近距離で目が合った。
凪だ──
そう思っただけで、イライラが収まる。イエスもノーも言わなくてもきっと、凪は分かっている。
ぐす、と返事の代わりに鼻が鳴った。みっともないったらありゃしない。
「……レオの情緒乱せるのが俺ってだけで優越感かんじる。レオの番って俺なんだ、ってまだ夢みたいに思うのに……ねぇ、このままずっと一生離れないでいよーか」
ぎゅうとめいいっぱい抱きしめられて、二人の隙間はひとつもなくなった。凪の首筋に顔を埋めると、涙の粒が凪の服に落ちて滲んで消えた。
「レオが望むなら、ずっとくっついたままでいいよ。寝る時も、起きてる時も、レオから絶対離れない。永遠にレオのところに居るよ」
凪がこんなに甘い言葉を吐くことを、恋人になってから知った。周りの人にほんの少しだけ漏らしたら「え?」って顔をされた。こんな凪の一面を知ってるのも俺だけらしい。
「……だ、め」
さっきまでの気持ち悪さは無くなった。凪の心臓の音がドクドクと早く鳴るのが心地良い。鼻腔いっぱいに凪の匂いが充満して、ホッとする。抱きしめる腕が優しくて、泣きたくなる。凪が好きだ。死ぬほど好きだ。
「なんで」
「それじゃお前……、サッカーできねぇだろ」
俺の我儘で、俺たちの夢が叶っても凪にはサッカーを続けてもらっている。なんでかって、俺が凪のサッカーが好きだから。できれば永遠に『世界の凪誠士郎』を見ていたいから。
暫く沈黙があって、凪がまたため息を吐いた。
「ズルいよ、レオ。こんなときにサッカー持ち出すなんて」
凪は本当に思ったことしか口にしない。俺が望めば本当に片時も傍を離れない気がする。
二人の子どもを望んだのも俺。
凪にサッカーを続けてほしいと望んだのも俺。
全部の要求を飲んでくれたのが、凪。
「狡い?」
「うん、ズルい。サッカーはさ、一生俺の恋仇なの」
むすっとした声で不服そうだ。そして、初耳だ。
「なんだそれ」
吹き出すように思わず言ってしまった。珍しい、凪の独白。
「今日だって、レオが心配だったから試合終わって速攻で荷物まとめて帰ってきたし……、レオからメッセージ来て、案の定だった」
「……わりぃ」
「望んでくれたら、一生レオのそばから離れないのに。レオは結局、サッカーがある俺が好きなんだ」
凪の言っている意味があまり分からなかったが、明らかに拗ねているのは確かだ。せっかく甘く囁いたのに、俺がそれに乗らなかったから。
「そりゃ、格好いいからな。サッカーしてる凪が一番」
「俺だってサッカーしてるレオは宇宙一格好いいと思うけどさ、俺はレオの全部が好きだよ」
「大袈裟っ」
「いや、本気だし」
番になれたとき、今、死んでもいいと思えるくらい幸せだった。俺は凪が世界で一番好きだったし、その気持ちは誰にも負けないと思っていたから。
「……いつものレオに戻ったね」
気持ち悪さはいつのまにか凪によって消されてしまった。片時も離れずにそばにいた方が本当にいいかもしれない。そんなこと、できないと分かってて提示してくる凪は意地悪だ。
「弱いところも、他の人に見せたくないところも、俺だけには見せてほしい。レオの全部が見たい」
悲しくらい見せてしまっている。でも、それをまだ、ほんのちょっとのプライドが支えているのもまた事実で、凪の前ではまだ格好いい自分でいたかった。難しくなっているのも承知で。
「……あっ」
沈黙を破ったのは凪のキスだった。覗き込むように顔を近づけて唇に優しく触れる。
「ダメ……っ、さっき、吐いて……口、まだ気持ち悪いかも」
「いいよ、そんなの」
お構いなしに顎を掴まれ強引に凪が俺の口の中を割って入ってくる。
「……や、っ、だって、ば……ぁっ、…………ふ、……んん」
生理的な涙が頬を伝う。抵抗な虚しく、口内を凪は自由に這い回る。追いかけっこはすぐに凪に制圧された。
「……やん、……やだって、言った……!」
「ごめん。でも、無理」
凪の唾液をまるで注ぎ込まれているかのようなキスだった。溢れて口からはみ出てしまった。胃液が逆流して酸っぱかった口内が凪の味になる。凪とはたくさんキスをした。数えきれないくらいたくさん。ああ、こんなにホッとするんだ、キスって。どちらかともわからない唾液が口内を満たして、口の端からこぼれ出す。こくり、とその一部を嚥下できたことにまたホッとした。食べ物は何も受け付けないのに、凪のならいいのか。
凪は、俺の一部だから大丈夫なのか──
そう思ったら急に納得した。
「まだ気持ち悪い? 俺に吐いてもいーよ」
「……絶対やだ」
「レオの全部、受け止めるよ?」
なんで、そんないい番になっちゃったんだ。凪らしくもない。
俺が不安定になっているから? 妊娠初期特有の情緒だから?
優しくされると嬉しいのにほんの少しだけ悔しい。いつか、なくなるのだろうか。この変なプライドも、なくなる日が来るのだろうか。
「俺が大事なのは、レオだけだからね。忘れないでよ」
凪がずっと好きだった。だから、嬉しいのに、悲しい。悲しいのに嬉しい。
ちゅうちゅうと、またキスが始まる。凪とキスをすると、心臓の奥がきゅーと痛くなって、本来の性である雄の部分が反応してしまう。妊娠初期で腹も出てないのに、できないのは辛過ぎる。
「……レオ」
「凪……っ、シたい。抱いて……?」
「前なら抜いてあげ、」
「違う違う! 凪の……っ、挿れ、て、欲し……っ!」
感情はボロボロと涙になって落ちた。凪が好きで堪らないから、ひとつになりたい。言葉じゃ足りない。全部欲しい。
「安定期に入るまでは我慢だって言われたじゃん……」
イヤイヤと首を触れば、困ったように髪にキスをして、唇にまた優しく触れる。言い聞かせるように名前を呼ばれる。
「好きだよ、レオ。大好き」
今までの俺たちは圧倒的に凪が甘える方だった。しょうがねぇな、って世話を焼くのが俺で、「もっと甘やかして」というのが凪だった。思えば「俺とお前の子が欲しい」と言ったのが、俺の最初のおねだりだったかもしれない。
「……レオに甘えられるの、悪くないね。かわいい」
凪が大事な宝物でも扱うように俺の両頬を包んだ。その手をさらに俺の手で覆う。
不安なのだ。今でも。
未知の世界に足を踏み入れることは、怖いものなのだと知った。相手が凪じゃなかったら、子どもなんて望まなかった。凪のせいで俺の人生は滅茶苦茶だ。なのに、自ら辛い道を選んでしまう。
「……レオが望むならなんだってするよ、俺。レオが望んだ子を守るのも俺の役目だし。レオの次に大事にする」
「俺の次?」
「言ったでしょ。俺が一番大事なのはレオってことは、死ぬまで変わらないよ」
顔中に愛おしそうにキスを施して擽ったかった。
「……気持ち悪くないなら、ちょっとだけ気持ちぃことしよっか」
大丈夫、と自分のことを心底心配する凪の声に胸がときめいている。凪は俺のことを運命の番だと言うけれど、俺は別に運命じゃなかったとしても凪を選んだと思う。凪の首筋に腕を回して体重を預けた。
凪に全てをあげたかった。できたら、凪に何かを与えたかったのに。また、凪に貰ってしまう。
イエス、の返事の代わりに凪の唇に噛み付いた。もう、気持ち悪くない。きっと、気持ちいいことしかない。