カルみと
リクエストより 翌朝の話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
自分の髪を撫でる柔らかい感触に、神無は意識を浮上させた。
「ん……」
小さく声を上げて身じろぐと、すぐに気を遣った様子で頭を撫でていた手のひらが離れて行く。もう少し撫でていてほしいのに、そう名残惜しく薄目を開けた神無の視界に、ベッドの縁に腰を下ろす縞斑の姿が映った。
「だらだらせんぱい…?」
「うん。おはよ、神無ちゃん。」
彼の笑顔は、秋の穏やかな光に照らされていつもよりも幸せに満ちているような気がする。
あくまで“そんな気がする”だけだ。きっと、昨日から丸一日可愛い恋人との甘い時間を過ごしているからかもしれないと、神無は自画自賛して小さく笑った。
「おはよ。……ねぇ、」
「はいはい。」
横になったまま神無が両手を開いてそう強請れば、縞斑はすぐに腰を折ってそんな神無の体を抱き締める。
縞斑の抱擁を満足げに受け止めた神無は、甘えた声でふわふわと笑った。
「珍しく明るい時間なのに甘えん坊だね?」
「へへ…いいだろ、今日くらい」
縞斑の揶揄いに、神無は気にしていない様子で笑いながら頬を寄せる。そんな彼の幼い子供のような仕草が愛おしく、縞斑は笑みを漏らすと彼の体を更に抱き寄せた。
「先輩だって俺に甘えてるだろ。」
「今日だけ今日だけ。」
「いつもじゃん。」
言いながら神無を抱き締める縞斑の髪が頬を滑る。それを擽ったいと笑った神無が、彼の首筋に擦り寄ろうとした、その時だった。
「あ、」
「ん…どうしたの?」
ぴたりと動きを止めた神無は、縞斑の背中に回していた手を解くと、唐突に身を起こして彼の頭を撫で始める。その感触がいつもとは少し違うような気がして、縞斑は首を傾げて問い掛けた。
神無はそんな縞斑の問いに、熱心に彼の髪に触れたままで口を開く。
「今、白髪あった気がする。」
「えっ、抜いて抜いて」
縞斑は神無と一回り以上年齢が違う。彼の年齢を考えれば、歳を取ったその証は仕方のないことだ。
とはいえ、恋人ができてからは身だしなみにそれなりに気を遣っている縞斑は、慌ててそれを抜いてほしいと神無に急かした。神無もそのつもりなのか、彼の髪を両手でそっと掻き分けながら頷く。
「んー…あ、あった。抜くぞ。」
「はいはい。」
「だらだら先輩もすっかりおっさんだなー…っと、」
「いたっ」
神無が出会った当時から縞斑は自分よりもうんと大人だったが、その見た目に殆ど変化はない。
縞斑が歳を取っているという実感が湧いていなかった神無は、しみじみとそう呟きながら縞斑の髪を引き抜いた。
途端、縞斑の耳にぶちぶちと複数の髪が抜ける音が響く。
「……。」
次いで沈黙。
「……ねぇ神無ちゃん?今、なんか無事な髪も抜かなかっ」
「よし、じゃあ抜くぞ。」
「神無ちゃん!?」
恐る恐る尋ねる縞斑を無視して、神無は何事もなかったかのように膝の上にある縞斑の髪をまさぐった。
焦る縞斑の視界の端に、神無の手を離れてシーツの上に落ちた黒く長い髪が数本映る。寝惚けた神無が手元を狂わせたのだろう、そう考えた縞斑は慌てて神無を止めに掛かった。
「か、神無ちゃん、あとでいいよ。」
「だって見失うだろ。」
「今も見失って別の髪抜いただろ君!」
「違う違う、あれリハーサルだから。本番はこれからだから。」
じたばたと暴れようとした縞斑を、神無は片腕で押さえて髪を弄る。
関節を上手く押さえているらしく、縞斑がどれだけ力を込めても神無は涼しい顔だった。現役刑事の筋力を垣間見た縞斑は、思わず冷や汗を垂らす。
なんとか視線だけで神無を見上げれば、未だ眠気に蕩けた紫の瞳が嬉しそうに細められている様子が見えた。その手がいつもより温かいことから鑑みても、彼がまだ微睡の縁にいることは一目瞭然だ。
「本番って君ね……こっちはおっさんだからもう生えて来ないのよ?」
「だいじょぶだって、はいいくぞー」
寝惚けた神無は普段の神無以上に頑固だ。こうなってしまえば、縞斑がどれだけ宥めて説得したところで収まらないだろう。
縞斑は抵抗を諦めると、大人しくその時を待つ。鼻歌交じりに白の髪を掴んだ神無は、今度こそ引き抜くべく力を込めた。
「いでっ」
「とれたぁ」
「はいはい、ありがとね。」
誇らしげに白髪を縞斑の前に見せる神無に、彼は未だ僅かに痛む頭皮を撫でながら渋々礼を言う。
寝惚けている神無はそんな礼でも満足げに受け取ると、くふくふと笑ってベッドに再び沈み込んだ。
「はぁ…アサギリちゃんに頼んで染めようかな……まだ早いか…?」
今後もこうして白髪に悩み、神無の餌食になるくらいならば別の色を入れることも得策かもしれない。
特に髪色を変えることに抵抗がないため、そう独り言を呟いた縞斑だったが、ベッドに寝転がった神無は首を横に振った。
「まだ先でいいじゃん。」
「でもねぇ……」
「それに、白髪塗れになったって俺は変わらずあんたのこと好きだよ?」
そう言って神無は穏やかに笑う。ようやく眠気が覚めてきたのか、はっきりとそう言い切った彼に、縞斑は思わず笑みをこぼした。
「…嬉しいこと言ってくれるね、神無ちゃん。」
「へへへ〜」
ベッドに仰向けで転がったまま足をぱたぱた動かす神無の顔の横に手をついて、縞斑は距離を詰める。耳元で名前を囁けば、神無は擽ったそうに笑って彼の首に両腕を回し、より密着を求めた。
太陽の光が差し込む明るい部屋の中に、二人の幸せそうな笑い声と密やかな会話が転がる。
「それなら白髪の似合うかっこいいおじさん目指さなきゃなぁ。」
「だらだら先輩ひょろくなりそう。」
「失礼な。ちゃんと今でも鍛えてるよ。」
「でも俺よりも力ないじゃん。」
「痛いところ突くね。」
くすくす、ひそひそ。穏やかでなんて事のないそんな日常の会話が心地良くて、神無は笑みを深めた。
自分より先を歩く大人な彼の姿も、子供のように声を上げて笑う彼の姿も、どちらもが神無にとっては大切な恋人の姿なのだ。そんな彼と過ごせる時間ならば、どんな話題でも愛おしい。
「ねぇ、キスしてよ。」
甘えるように腕に触れてそう強請れば、縞斑の表情が年上の恋人らしい困った笑みへと変わる。
そんな表情を浮かべるくせに、神無に付き合って身を屈めるのだから、やはり縞斑は誰よりも神無に甘い。
目を閉じた神無がわくわくとその時を待っていれば、やがて額に柔らかい感触がそっと触れて離れていった。
「………………口じゃない。」
目を開けた神無は不満いっぱいに唇を尖らせる。そんな彼を笑った縞斑は、神無の頭を撫でてから身を起こした。
「このまま口にしたら、今日一日ベッドから出れなくなるけどいいの?」
「…そんな体力無いだろ、歳なんだから。」
「おっと、あんまり大人を舐めると痛い目見るよ?」
白髪の一件も筋力不足の一件も、実は根に持っていたらしい。有言実行でベッドに神無を捕らえようとする縞斑の手の動きに、神無はさすがに腰が悲鳴を上げたため白旗を上げた。
「わかったわかった、ごめんって…子供相手に大人気ないな。」
「こういう時だけは年下を振りかざすんだもんなぁ。」
呆れたように笑みを漏らした縞斑が、神無の手を取る。大人しく従って身を起こした神無は、そこでよくやくキッチンから香る甘い匂いに気が付いた。
「……パンケーキ?」
「よく分かったね。アサギリちゃんがニトとリトに作ってたのを教えて貰ったんだ。」
「やった!蜂蜜は?」
「ちゃんと買ってあるよ。冷める前においで。」
そう言って縞斑は穏やかに笑うと、嬉しそうにはしゃぐ神無の手を引いた。
ふんわりと部屋を包む甘い匂いと、優しく細められた翡翠の瞳。鈍く痛む腰も、目の前の彼に愛された余韻なのだと思えば愛おしい。
「…狩魔。」
ふと神無は、縞斑の手を握って名前を呼んだ。不思議そうに首を傾げた彼を見上げて、神無は口を開く。
「俺は、あんたより先には絶対死なないから。」
その言葉に、縞斑は目を丸くした。驚いた表情を浮かべてじっと神無の顔を見つめるその頬に触れて、神無は言い聞かせるように言葉を続ける。
「だからさ、安心して俺のこと愛してよ。」
その言葉を言い終えると同時に、縞斑が手を伸ばして神無の肩を抱き寄せた。
肩に顔を埋めた縞斑の頭を優しく撫でれば、深く息を吐いた彼が震える口を開く。
「……まだ寝ぼけてる?」
「んーん、そっちのがいい?」
「…ちょっと今情けない顔してるから、そうしてくれると助かるかな。」
「あはは、しょうがないなぁ。」
小さく聞こえた鼻を啜る音に、神無は笑みを漏らすと目一杯目の前の愛しい人を抱きしめた。
そんな神無の抱擁に応えるように、手放したくないというように、縞斑の腕が強く神無を抱き寄せる。
この胸に込み上げる温かなものを、人はきっと幸せと呼ぶのだ。
「…朝ごはん、食べよっか。」
少しだけ赤くなってしまった目を細めて、恥ずかしそうに縞斑は笑うと体を離す。
そんな彼に向かって大きく頷いた神無は、差し出された手のひらを今度こそ強く握り返して微笑むのだった。
終