どんなアプローチも通用しない鉄の男アに悩むカェ
@dounudon
※(アカ♀には一生もだもだとラブなコメしててほしい)
「今日集まってもらったのはほかでもない、アルハイゼンは異性に興味があるのか問題についてなんだが」
厳かに言い渡すと、場はカーヴェの思いもよらなかった沈黙に支配された。
「……はい議長」
右手に杯を持ったティナリがこちらもどこか神妙に左手を挙げたことに気をよくして、カーヴェは胸を張る。
「どうぞ、ティナリ君。発言を許可する」
「ありがとうございます。もしかして、僕たちはそんなことのために今夜呼び出されたんでしょうか?」
僕たちのうちのもうひとり、セノはその質問をまさに自分もしようとしていたのだと言わんばかりにティナリへ視線を向けた。
「そんなことなんてとんでもない、重要なことだろう?」
「まあ、君にとってはね」
「僕たち友だちだろ」
「お前が俺たちの友情に寄せる篤い信頼には敬意を払うが、実際のところその議題は俺たち――俺とティナリにとってはさほど関心のあることではないな」
カーヴェは杯を置き、すこし首をかしげて考えた。するとたしかにいまの言い方はあまりよくなかった気がしてくる。気も引けないし、それに多少なりとも不躾な感じがした。
「誤解を招かないよう先に言っておきたいんだが、彼のセクシャリティがどうであろうと僕はどうこう言える立場にはない。というか、そんな立場にはあいつ本人しかいない。僕はここで彼のセクシャリティを取り上げてその是非や好悪を問いたいわけでもない。それを大前提として、もし彼がほんとうに異性に興味がないならそれは……いささか僕にとって風向きが悪くなるから、僕が個人的に、友である君たちの意見をききたいんだ」
「つまりそれは、アルハイゼンが異性に興味があるかどうかではなく、異性のなかでもお前に興味があるかどうかをたしかめたいということだな」
カーヴェは一瞬言葉に詰まった。
「まあ……まあ、釈然としないが、そんなふうに言えないこともないかもしれない」
「素直になったほうが楽だよ」
「なんでそんな取り調べみたいなこと言うんだ? そういうのは君じゃなくてセノの役割だろ」
「さっさと吐いたほうが身のためだ」
「あのさあ!」
拳を卓に打ちつける。大きな音がして同席のふたりを驚かせる……こともなく、むしろぎょっとしたのはカーヴェ自身のほうだった。痛い。とても。小指の付け根から手首の出っ張った骨のところまでがまんべんなく痛みはじめた。
涙目でさすっていると、呆れと諦めを半々に混ぜて固めたティナリの微笑みに慰められる。焼くまえのケーキの種のような微笑――焼き上がりほどあたたかくはないが、そのまま食べてもそこそこあまい――は、善意によわいカーヴェを着々と懐柔しようとしていた。
「素直にぜんぶ話してくれたら、君が信頼を寄せる僕たちの友情にかけて、なにか言えることがあるかもしれないだろ?」
「ティナリ……君っていいやつだな。好きになりそうだ」
「おそろしく惚れっぽいやつだな。アルハイゼンはどうするんだ」
「いいよあんなやつ! どうせ僕に興味ないんだから」
「アルハイゼンはともかく、僕は君にそういう興味はないから好きになってはだめだよ。それより、アルハイゼンのエピソードを話してくれなくちゃ。君に興味がないって? 君たちは現に一緒に暮らしてるんだからとてつもないアドバンテージだと思うんだけど」
完全に手懐けられたカーヴェは眦を濡らしたままうなずく。僕もそう思っていたんだ。ぴりりと辛口の酒をひとくち含んで、舌でしばらく転がしてから、今度はきちんと声に出した。
「僕もそう思っていたんだ。そう思って生活していたらだんだん、あれ、こいつ僕のこと好きなのかな? と思って、気づいたら僕もそんな気になっていた」
「おそろしく惚れっぽいやつだな……」
「セノ」
そっぽを向いたセノは気まずそうに酒盃へ視線を落としている。こういう話題は得意ではないのだと全身で訴えていた。それでも自ら席を立つことはないあたり、彼は彼でこの友情に肩入れするものがあるのだと思うと、カーヴェはうれしくなる。やはり最後は友情なのだ。双方向性のふたしかな愛なんてものを突き詰めようとするからいまのカーヴェみたいな思いをしなければならない。
愛なんて一方的に注ぐくらいがほんとうはきっとちょうどいい。でも、カーヴェはそれに我慢ができなくなってしまった。
「それで、好かれているのかと思ったら案外そうでもなさそうだ、という相談なのか」
「……僕がチャレンジ精神にあふれる人格なのは君たちも知ってるだろ。僕なりにいろいろ創意工夫を凝らして彼の意向を確認しようとしたんだ」
「なるほどね。たとえばどんな創意工夫を? 風呂あがりに裸で迫るとか?」
「ティナリ!」
カーヴェは自分の顔がたちまち火照るのを感じた。もちろんアルコールとはちがうものが作用した結果だ。
「そんなはしたないことできるわけないだろ! 君、女の子にそんな大胆な期待しちゃだめだからな。がっかりするだけだぞ」
「するわけないだろ。はー、君のぶっ飛んだ思考に僕なりに寄り添おうとしたらこれだからなあ。いやになっちゃうよ」
「俺は端的でいい試みだと思ったが。逆に、お前の考えるはしたなくないアプローチについてききたいものだ」
テーブルの下でしばらく足をぶらぶらさせたあと、カーヴェはしずかに腕を組んだ。自然と胸部を強調する恰好になるが、もちろんこの面子ではなんの意味もない。そしてこれはアルハイゼンのまえでもまるで意味のないものだった。このふくらみがセックスアピールになるなんて嘘だろう、という絶望的な結論に最近のカーヴェはたどり着きかけていた。
そのきっかけとなった出来事をぼんやり思い返してみる。
「たとえば……たとえば僕が風呂あがりにパジャマのボタンをふたつみっつ外して出てきたらどう思う?」
「まだ酔っているんだな」
「ボタンをとめてる途中でなにかに気をとられたんだろうな」
「ちがうだろ! なんだよ君たちまで、なんで僕がアルハイゼンの大胸筋にどきどきしてるのに僕のこれは見せつけても単なるうっかり程度にしか受けとられないんだ? 実際彼も言ったよ、本を片手に、顔も上げずに――『ボタンをとめ忘れている』だってさ! 僕ばっかりどきどきするなんて不公平だ。アルハイゼンの大胸筋なんかで余計に心臓を働かせて、僕のほうが早死するんだ!」
指先にひやりと触れた酒盃を引っ掴み、喉を反らせて思いきり呷る。喉から食道、胃までが一気に灼けた。味わいより痛みが先に立って思わず咳き込む。背中をさするティナリの手のぬくもりにまた涙がにじんだ。アルハイゼンには望むべくもない人間的なあたたかみにカーヴェはやたらとよわい。その自覚はあった。
頭がくらくらする。
「教令院仕込みの知性で僕はアルハイゼンは胸派じゃないと悟った。胸じゃないなら次はなんだろう? 教令院仕込みの聡明な君たちならわかるよな、そうだ、脚だ。僕は自分の服をぜんぶ洗濯してしまったふりをして彼の服を借りることにした。当然上だけだ。彼のワードローブを漁ってちょうどいい丈のものを探したよ。ちょうど……ちょうど隠さなければならないところだけを隠すような丈になるやつを。そして帰宅したアルハイゼンのまえでその恰好でこれでもかとくつろいだ」
ばかに大きくてかたいだけのカウチと思っていたが、素肌で触れると思いのほか心地好かった。もはやアルハイゼンどうこうは抜きにしても今後もこの恰好でごろごろしたいと感じたほどだ。実はいまでもときどき、アルハイゼンが留守のあいだはその感触を愉しんでいる。
「それは逆効果なんじゃないか。だらしないと思われるだけだろう」
「うん。だって君、家のこと任されてるんだろ? それじゃ洗濯も計画的にできない人間ですって言ってるようなものだよ。三日三晩嵐がつづいたわけでもあるまいし」
「ちがうんだよ! 君たちは僕のことをそういう目で見てないからそうなるんだ」
「じゃあアルハイゼンはそういう目で見たのか?」
「脚派だったわけ?」
立てつづけに疑問を投げかけられて怯む。彼らは明らかに答えを知っていながら、あえて訊いてきていた。まさしく教令院仕込みのやり口だった。そういういやらしい方法をとるなら「素人質問で恐縮ですが」の枕詞をつけて正式な研究発表の場を選んでくれ。カーヴェはくちびるを噛んだ。
「見なかったし、脚派でもなさそうだった……」
「だろうな」
――そんな恰好でうろつくくらいなら、洗ったものが乾くまでおとなしくベッドにでも入っていたほうがましだろう。
あの日の彼はそう言ったのだ。カーヴェのむき出しの腿にも、ふくらはぎにも、踵にも、この日のために丁寧に色を塗ったつま先にも、たった一瞬さえ目もくれず。もっと言えばちらりと見える(かもしれない)下着さえなけなしのモラで新調したものだったというのに、一瞥さえもらえなかった。意地になったカーヴェはアルハイゼンの忠告を無視してその夜じゅう彼の言うところの「そんな恰好」で過ごし、そして見事に風邪をひいた。ようやく授かったのは濡らしたタオルをカーヴェの額にのせるアルハイゼンの軽蔑しきったまなざしだった。
救いようがない。
「アルハイゼンが女体に興味を持てないのか、僕に興味を持てないのか、あるいは僕の肉体に興味を持つにはいたらない致命的な不全があるのか、さてどれだと思う? 僕は最近こういう実験を想像するんだ……教令院でもグランドバザールでもどこでもいいんだけど、たとえばいまから階下に降りて、盛っている酒場の真ん中でいきなり脱いだらどうなるんだろうって。誰か反応するかな?」
ごほ、と水っぽい咳がきこえたと思ったらティナリが苦しげに口を押さえていた。グローブをつけた指の合間から淡い小麦色の酒がか細く漏れる。引きつった顔をしていたセノがその表情を一変させると慌てて拭うものを差し出した。
それからティナリが落ち着くまですこしかかった。おかしなところに酒が紛れ込んだらしく、鎖骨の下あたりを何度かたたく。なんとかやり過ごしてふたたび口をひらいたあとも、その声はまだわずかに嗄れていた。
「き、……君の思考に一瞬でも寄り添おうなんて挑戦した僕がばかだった。そういえば君ははじめて会ったときからそういうやつだったよ」
「行動するまえに考えろとアルハイゼンがお前に口うるさく言う理由がよくわかる。――そういうことだ、アルハイゼン。酔っぱらった彼女が迂闊で愚かな真似をして俺たちの仕事を増やすまえに連れて帰ってくれ。時間外に出動する理由が友人の破廉恥騒ぎなんて考えただけでもおぞましい」
言葉の途中でふいに向きを変えたセノの視線を無意識に追いかける。アルコールがまわって上半身を凛と支える力を失い、だらしなく座るカーヴェの背後にアルハイゼンが立っていた。
「きみ、なんでここにっ」
とっさに立ち上がろうとすると自らのからだに裏切られる。膝から力が抜けて姿勢を崩すところを肘をとったアルハイゼンに支えられ、また座らされた。ついでに彼も隣の椅子に着席した。
盃に酒が残っているのはもはやセノだけだった。
「お前から招集がかかった時点で俺が声をかけた。ろくでもないことになりそうだったからな」
「セノ! 僕たちのうつくしい友情とその信頼にひびが入ってもいいのか!」
「君がここで突然場違いなストリップショーをはじめるよりは穏便な決着だと思うよ。そうだろ、アルハイゼン」
促されたアルハイゼンは腕を組み、五秒目を閉じると、ゆっくりとひらいた。
「……俺のまえであれほどはしたない恰好が平気でできるくらいだから、俺のことなどなんとも思っていないのだと考えていた」
「はあ?」
突然なにを言い出すのだ。全力で顔をしかめて隣の男を覗き込む。アルハイゼンは平然とカーヴェを見返してきた。この場でひとりだけ酒が入っていない卑怯者の冷静さが透徹した瞳に宿っている。
「君が家のなかでどれだけ服を脱ごうが俺は止めないが、ここでするというなら話はべつだ」
「はあ……はあ? つまり?」
「早く帰れってことだよ。おやすみー」
「おやすみ」
なぜか勝手に決められた引き際に戸惑っているうちに、またもや肘をとられて今度は立たされる。かろうじて振り向いて残していく友人たちに手を振っているあいだも、半ば引きずる勢いのアルハイゼンは止まらなかった。
触れた手がやけにあつい。
(20230208)