カルみと シナリオネタバレあり
神無さんがマジもんの猫になる話
@popo_trpg_ss
「マスター、神無さんが猫になったそうです。」
今日も今日とて早朝からニトに叩き起こされ、アサギリの監視の元でせっせと書類仕事に勤しんでいた縞斑は、ペンを走らせていた手を止めて顔を上げる。
「まぁ…どっちかって言うと彼はネコだけど。」
「なんの話ですか。」
真面目に聞け、と言いたげなじとりとした半目に、どうやら彼の冗談ではないらしいと縞斑はペンを置いた。
「いやまさか、ほんとに猫?」
「はい。」
「猫耳と尻尾つけてるとかじゃなく、猫?」
「ディーノさんから聞いた説明の限りでは。」
ついさきほど受信したらしいディーノの通信では、曰く仮眠から戻らない神無を心配して部屋に行ったらベッドの上で猫が眠っていたらしい。
神無の服の中に埋もれるようにしてすやすやと眠っていた、あまりにも神無に似た猫なのだと言う。
「なるほど?それで、そのかみにゃちゃんをどうしようって?」
「えぇ、ディーノさんはどうしても急ぎの仕事に行かなければならず、ドロ課に置いておくのは心配だからここに預けたいと。」
「適応早いな。」
あの事件を経て『あり得てしまうあり得ないようなこと』を知るディーノらしいが、縞斑が思った以上に冷静な彼は、ひとまず一日様子を見ることにしたらしい。
とはいえ、警視庁を猫が彷徨っていれば、捕まって処分されてしまうかもしれない。そう心配したディーノが、スパローの二人の元に預けることを思いついたのだ。
「いいよ。今日はニトとリトもお出掛けだし。」
幸い本日は縞斑を起こす日課をこなしたニトは、リトと共に遊びに出掛けている。
説明の手間が省けたなと了承すれば、頷いたアサギリが通信を起動させた。預かりを受け入れる旨を打ち込めば間も無く、今から連れて行く、というディーノのメッセージが返される。
「24分後に到着されるそうです。」
「はいはい、俺動物は飼ったことないけど大丈夫かな。」
「神無さん、おとなしいそうですよ。ご飯を食べて遊び疲れて眠っているそうで。」
「そっちも適応早いな。」
ついでに仕事をサボる良い口実ができたと腰を上げた縞斑は、これから来る元後輩と猫になったらしい恋人の受け入れの支度を始めた。
「念のために、俺の部屋付近に人払いしておいてくれる?苦手な子とかいるかもしれないし。」
「かしこまりました。」
縞斑の指示を受けてさっそく廊下を歩いていくアサギリの背を見送った彼は、猫ねぇ、と独りごちるのだった。
※
「神無ちゃんだな。」
「神無さんですね。」
ディーノに抱えられて、眠たそうにくわりと欠伸をする猫を見て、縞斑とアサギリは同時に声を上げた。
淡いクリーム色の毛並みと、美しい紫の瞳。心なしか神無の面影があるその猫は、二人の声を聞いて首を傾げる。
「しかも可愛いね。」
「神無は、いつも可愛いですから。」
「言ってる場合ですか。」
縞斑が手を伸ばして頭を撫でると、ごろごろと嬉しそうに神無(仮)は喉を鳴らす。その愛らしい姿に思わず破顔する縞斑に、ディーノは得意げな表情で胸を張った。
この件に関しては落ち着いているが、こと神無に関しては冷静ではないことが多い相棒は、名残惜しげに神無の体を縞斑に預ける。
「すみません神無、仕事が終わったらすぐに迎えにいきますからね。」
「にゃ」
「だらだら先輩に嫌なことをされたら、鼻を引っ掻くといいです。」
「にぃ」
成り立っているのか分からないやり取りを行って、納得したらしいディーノは顔を上げると二人に深々と頭を下げた。
「それでは夕方には戻りますので、神無をよろしくお願いします。」
「分かりました。」
「はーい。元に戻る方法、こっちでも探してみるよ。」
ドロ課の面々も、仕事の合間を縫ってどうにか神無の体を元に戻す方法を探しているらしい。当の本人は縞斑の腕の中でぷすぷすと呑気に鼻を鳴らしているが、このまま元に戻らなければ一大事である。
人が猫になる、という事例など聞いたことがないが、スパローでも出来る限り調べてみようと、ディーノが到着するまでに二人で話し合ったのだ。
縞斑とアサギリに見守られて、ディーノは何度も礼を言ってアジトを出て行った。
縞斑は改めて、腕の中の神無を見下ろす。視線に気付いた神無は顔を上げると、興味深げにその顔に鼻を寄せた。
「というわけで、今日はよろしくね。かみにゃちゃん?」
「にゃあ」
「…では、私も調査に向かいますが、くれぐれも、くれぐれも仕事をサボらないでくださいね。」
「分かってるよ。調査よろしくね、アサギリちゃん。」
念を押したアサギリはまだ何か言いたげだったが、諦めたように溜め息を吐くと一度神無の頭を撫でて歩いていく。
その背に手を振って見送った縞斑は、自室へと続く道を歩きながらアサギリがそばにいないことを確かめて口を開いた。
「さて、何して遊ぼうか?」
「…に"ぃ……」
ぺし、と腕を尻尾で叩かれた縞斑が視線を落とせば、不服げな表情で自分を見上げる紫の瞳があった。
「仕事サボるなって?」
「にゃあう」
「こんな機会、またと無いのに?」
「んにゃ」
顔を寄せる縞斑を両手を突っぱねて押す神無は、真面目に仕事をしろ、とでも言いたげだ。
頬にふにふにと触れる柔らかい肉球の感触を堪能した縞斑は、諦めて頷く。
「分かったよ、真面目にやります。」
言いながら部屋の扉を開けた縞斑は、机の上に山と積まれた書類へと向かった。そんな彼の様子を見上げてふんと鼻で息を吐いた神無は、縞斑の机のそばに腰を屈める。
香箱座りで喉を鳴らしている彼は、見張りのつもりでそこにいるらしい。こと仕事に関しては信用のないらしい自分に苦笑いを浮かべた。
「ひと頑張りしたら仮眠は許可してくれる?」
「んる、」
喉を鳴らして返事をした彼の様子を、了承として都合よく受け取った縞斑は、少しでも書類の山を切り崩すためにペンを取った。
※
書類の処理がひと段落した縞斑はふと、肩の凝りを解しながら視線を隣へと向ける。
そこには、アサギリが用意した寝床の中で、毛布に包まれて眠る神無の姿があった。
時計を見れば、あれから時計の針が3周しており、飽きて眠ってしまったのだろうと納得する。
席を立った縞斑は、神無の頭をひと撫ですると仮眠のためにベッドに向かった。
シーツに体を滑り込ませて目を閉じる縞斑だったが、その睡魔を邪魔したのは冬ならではの冷え込みだった。
「さむ…」
冷たい両手と両足を擦り合わせるが、全く温まらない。暖房をつける為に身を起こすことも億劫で、シーツで首から下をすっぽり包んでみるが、それでも彼の手足は冷えたままだった。
もともと寒さに滅法弱い縞斑にとって、地下のアジトは苦しいものだ。
「人間用の対策も考えなきゃなぁ……」
温かいものを調達することを諦め、眠りにつくよう深く念じる。眠ってしまえば寒さなど関係ない、そのうち温まるはずだと言い聞かせて縞斑は目を閉じた。
そうして手足は温まらないながらも、うとうととようやく彼の意識が溶け始めた頃。
「……っ、!?」
ぴとり、首筋に冷たい何かが押し当てられた。
「つめたっ…」
何事かと縞斑が飛び起きた途端、首筋に当たっていた冷たいものは離れていく。
その代わりに頬に降ってきたざりざりとした感覚と、薄暗い中で手を伸ばして触れたふわふわとした感触に縞斑は目を瞬いた。
「神無ちゃん…?」
「にゃう」
縞斑の言葉に返事をしたのは、先ほどまで寝床で眠っていたはずの神無だ。ベッドに登った彼は得意げに、縞斑を丸い瞳で見上げる。
「ここ寒いでしょ、そっちの寝床にアサギリちゃんが湯たんぽ入れてくれてるはずだから。」
「んにぃ」
机の上の寝床を指差してそう縞斑が話すが、神無はその指に擦り寄って鳴くだけだ。
言葉は通じていないのだろうかと考える縞斑の前で、神無は耳をぴんと立てて縞斑のくるまっていたシーツを引っ掻き始める。
「なぁに?」
「にゃ、にゃ」
短く鳴きながら、せっせと穴を掘る様に神無はシーツを両手で引っ掻く。
鼻先を布団の中に突っ込むその仕草に、縞斑は神無が考えていることを察する。
「中に入りたいの?」
「にゃん」
「ここよりもそっちの方があったかい……うーん…まぁ、神無ちゃんがいいなら、いいけど…」
頑としてシーツの前から動かない神無の様子に折れた縞斑は、布団を持ち上げて小さな洞穴を作る。
神無はその穴に迷うことなく頭から突っ込んだ。神無と共に入り込んだ冷気に、縞斑は思わず小さく震える。
中に入った神無は、シーツの中で方向転換をして縞斑のそばに顔を出す。横を向いて眠っていた彼の腕に両手を乗せると、彼は満足した様子で顎をつけて目を閉じた。
ぐるぐる、と聞こえる低い音は神無の喉から。安心しているらしい喉を鳴らす声に、縞斑はそっと眠る神無の頭を撫でる。
より強くなる喉を鳴らす音。その声を聞いているうちに縞斑は、それまで冷え切っていた体がいつの間にか温まっていることに気がついた。
「…おやすみ、神無ちゃん。」
「ぷ、」
縞斑の言葉に返事をする様に聞こえたいびきに、彼は思わず小さく吹き出す。
そうして頭から爪先まで温まった彼は、穏やかな眠りに身を任せて目を閉じた。
※
「に"ゃーーーーーッ!?!?!」
大絶叫と共にベッドから投げ出された縞斑は、穏やかな眠りから覚醒する。
「いたた……」
どたんと床に強かに頭を打ちつけた彼は、痛む後頭部をさすりながら顔を上げた。
見上げたベッドの上では、両手を前に突き出したままの姿勢で肩で息をする神無が座っている。
「あー…戻ったんだ、おはよ神無ちゃん。」
「もど、なん、なんでここ、おれ、なん」
「うんうん、取り敢えず着替えがいるね。」
しどろもどろと言葉を探す神無は、縞斑の言葉を聞いてようやく、自分が何も着ていないことに気付くと赤い顔でシーツを引き寄せた。
ひとまず椅子に掛けていたジャケットを手に取った縞斑は、神無の肩に掛けてやりながら顔を覗き込む。
「覚えてる?」
「………なにが」
「猫になったこと。」
縞斑の言葉に、神無はぶんぶんと首を横に振った。
ともあれ、どういう原理かは分からないが、戻ったのならば万々歳だ。体に異変もないようだと一通り確認した縞斑はひとつ頷くと、通信を起動させてディーノとアサギリに連絡を行う。
そんな縞斑の背中をじっと見つめていた神無は、シーツを口元に引き寄せて縮こまった。
「おれ…なに、やって……っ」
猫であった時の記憶が、神無には鮮明にある。それどころか、彼らの言葉を理解して自分の意思で行動していた神無は、ベッドに向かった縞斑に一緒に眠ることを強請った。
湯気が出そうなほど赤くなった神無は、はくはくと口を開けては閉じてを繰り返す。肩から掛けられたジャケットを掴めば、ベッドの中で嗅いだ縞斑の匂いがそこからもふわりと香った。
「神無ちゃん?」
「ひゃい!?」
羞恥と後悔と名残惜しさに苛まれていた神無は、すぐそばから聞こえた縞斑の声に飛び上がる。
いつの間にか通信を終えたらしい縞斑は、動揺する神無に向かって声をかけた。
「ディーノちゃんがこれから迎えに来るし、アサギリちゃんが服持ってきてくれるからね。」
「あ…ありが、っくし…!」
何事もなく戻ったとはいえ、仲間たちには心配を掛けてしまった。申し訳なく思いながら顔を上げた神無は、肌寒さにくしゃみを零す。
「大丈夫?」
「…だいじょぶ、」
「客室からヒーター持って来るから、少し待ってて。」
このままではアサギリが部屋に来る前に神無が風邪をひいてしまう、そう考えた縞斑は立ち上がると、部屋の扉へ足を向けた。
そうしてふと、鼻を啜りながら赤い顔で悶々としている神無を振り返った彼は、穏やかな笑みを浮かべる。
「神無ちゃん。」
「ん…なに?」
「今度はちゃんと、人間の姿でおねだりしてね。」
そう言い残して、扉は閉められた。
ぽかんと口を開けてそれを見ていた神無は、熱暴走を起こし掛けている天才的頭脳を総動員して彼の言葉を噛み砕く。
もとより、刑事としても人生としても大先輩である彼を、騙し通せるはずがなかった。
「ッも"ーーーーっ!!!!」
雄叫びと共に神無が投げた枕が、扉にぶつかって盛大な音を立てる。
そのまま羞恥のあまりしくしくと泣き始めた彼の声を扉越しに聞いた縞斑は、声を上げて笑いながら素直になれない愛しい恋人が風邪を引いてしまわないように、廊下を進む足を早めるのだった。
終