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審神者を辞めることにしました。【4】

全体公開 6 6787文字
2015-09-07 12:38:42


天候、晴天。
気分、煩慮。
面々、葛藤
私は、当惑。

 もうパソコンと向き合いたくない。
 机に突っ伏して、ため息を吐く。
 申請書の必要事項を記入して送って受諾されたと思ったら別の申請が必要になってそちらにとりかかればレポート仕上げろと言われて足りない頭を総動員して完成させてようやく提出したのに結果はリジェクト。
 公的機関を相手に仕事をするのがこんなに大変なものだとは思わなかった。そちらで訂正してくれてもいいじゃないか、と思うような内容ですらやり直しである。
 そのとき、ほんわりと部屋が明るくなった。少し薄い雲に隠れていた太陽が顔でも出したのだろう。その光に誘われるようにして、私は部屋を出る。
 陽だまりがたまる縁側に腰を下ろせば、床板が温まっていてとても気持ちよかった。
 ああ、このまま眠ってしまいたい。
 気持ちが緩んだところに、控えめな足音が近づいてきた。なるべく音を立てないように、という気持ちが伺える足音だ。
 その足音の主を、私は知っている。
「よう、大将」
「いらっしゃい、薬研」
 この本丸で一番よく会話を交わす刀剣だ。
 今大丈夫か?とこちらの進捗を気にしつつ、片膝を立てて私に目線を合わせてれる。問いかけになにも答えずに軽く肩をすくめてみせれば、小さく笑ってくれた。
「報告をしに来た。」
報告?」
 はて、報告される事由が何かあっただろうかと首を傾げると、薬研はそのまま話を続けてくる。
「ああ、ここ一週間ほどの出撃と遠征の成果を。」
「え?」
「うん?」
 聞き慣れた二つの単語に、強烈な違和感を感じてしまった。
 疑問符ばかりの私に、今度は薬研が首を傾げる。
 お互いに首を傾げたまま、私は違和感をなくすために薬研に聞いた。
「出撃、と、遠征、してたんですか?」
「は?」

 審神者としての任期は、残り二十日。
 最近、私は手入れ部屋に行っていない。

* * *

 ざぁ、と、砂埃の混じった風が吹き抜ける。
 切り伏せた残骸たちが、時間とともに完全に霧散してしまうことに気づいたのは何度目の出撃のころだったか。人の身を持って肉塊を切りつける感覚にはすぐに慣れたが、その後のことまで気にかける余裕はなかったのだ。確かに躯が風化するまで残していればここは既に足の踏み場もなくなっているだろう。
 出撃を繰り返し、より強大な敵に挑むほど、自分が強くなるのが手に取るようにわかって面白かった。ただ新しい戦場に進み、新たな敵と出くわした時は重傷となることも多かったが、それでも何度となくそれらに挑めばいずれは勝てた。
 早足で、駆け足で、敵を屠っていく。
 生臭い鉄錆の匂いと火薬の匂いががしているはずなのに、何も感じない。おそらく鼻が慣れてしまったのだろう。これも良く陥る感覚だった。嗅覚の麻痺は好ましい状況ではないが、今この場においてそれは些細な出来事だった。
 最後の一体まで残らず消え去った戦地で、刀を収める。
「行くぞ」
 まだ誰一人とて傷を負ってはいない。敵の本陣はまだ見えてもいないが近いことは確かだ。
 先に進もうと歩を進めた瞬間、くい、と、羽織が何かに引っ張られる。
 面倒臭い、そう思った。
 またか、とも思った。
 その感情を隠しもせずに振り返る。
 目線は自然と、下を向く。
……なんだよ、五虎退」
……
 じっと、少しだけ目を潤ませながら見上げてくるその少年をみて、わざとらしく大きくため息を吐いた。
 ここ最近の短刀たちのこの眼差しに、苛立ちが募る。
 本丸内にて動きがあればだいたい自分のもとに報告は上がってくるのだが、先日の五虎退の話にはさすがに驚いた。引っ込み思案でいつもおどおどとしたこの少年が、あろうことかあの女に近づき、話し、和解したという。和解、とは語弊かもしれない。そんな言葉ではないはずだ。ただ近しい言葉も浮かばない。
 ともかくそれ以降、出撃に五虎退を入れるとこれだ。他の短刀たちもそうだ。こうして、ある程度敵を捌いて更に先へ進もうとすると、こうなる。
「あの、帰りましょう」
「はぁ?」
「帰りましょう!」
「なんでだ、まだいけるだろ」
「ダメです!だって、堀川さんの刀装が、もう壊れちゃってます!そ、それにたぬきさんの刀装ももう持ちそうにないです!」
「たぬき言うな。」
 だから帰りましょう!と。
 また一つ、ため息を吐く。
 隣にいた国広が、眉を八の字にして見上げてくる。
 苛立ちが増した。
五虎退よぉ、」
 見下ろす五虎退の顔から血の気が引く。
「大人げないぞー和泉守。」
「黙れ鶴爺。」
「爺言うな!」
 大人げないとは、この態度のことを示しているのだろう。自分よりはるかに弱い短刀相手に殺気むき出しで声を掛けたのだ。それに慄く五虎退に助け舟をだそうとした鶴丸だが、介入を許すつもりはない。
「なんで帰るんだ。」
「だ、だって、これ以上進んだら、敵に攻撃されて、怪我を、」
「俺たちは戦ってるんだ。死合いをしてる。怪我は必然だろ。」
「う、それでも、無用な怪我は避けるべきですっ」
「甘っちょろいこと言ってんじゃねぇ。
 慣れ合いがしてぇなら邪魔だ、お前だけで帰れ。」
「っみんな、一緒じゃないと、ダメなんです!」
 食い下がる。
 妙に食い下がる。
 前までの五虎退ならば二言目にはすみませんといって引き下がっただろう。しかし今の彼は違う。一味違う。どうしてこんな成長を遂げたのだろうか。
「そのへんでもうよかろうよ、和泉守。」
んだよ、岩融」
「そうですよ兼さん。帰りませんか。」
「国広まで、」
 僕の顔に免じて、ね?と。
 そこまで言われしまうと、興が醒める。
 負け惜しみのように一つ舌打ちをして、踵を返した。

ありがとうございます。」
「ううん、気にしないでいいよ、五虎退」
 遠くなっていく浅葱色に置いていかれないようにやや駆け足で進む堀川と五虎退、その後ろを同田貫、岩融、鶴丸が悠然と続く。
 同田貫はまだ戦い足りないようで、ムッスリと口をへの字にしていた。
「なあ、堀川」
「なんですか?鶴丸さん」
 真白の衣装が埃にまみれて薄茶色くなっている。土埃は落ちにくいのに、と堀川は場違いなことを考えた。
 鶴丸は目を輝かせ好奇心の赴くままに口走る。
「和泉守は、最初からああだったのか?」
ああだった、とは。」
「主に対しての態度だよ。」
「そう、ですね。最初から、でした。」
 今でも思い出せる。自分がこの世に人の身を持って顕現した日を。

 懐かしい空気に意識が浮上し、誰かの声に呼び起こされたかと思うと、目の前に一人の女性がいた。自分を見て驚きもしない、しかしその目はどこか暗かった。そしてその後すぐに、昔の相棒と再会出来た。
 堀川にとって審神者とは、大切な人ともう一度引きあわせてくれた恩人である。そんな彼女と和泉守は、贔屓目に見ても仲がいいとは言えなかった。審神者は必死になって和泉守と交流を持とうとした。しかしそれをことごとく、彼は切り捨てた。
 堀川としては、二人に仲良くなってほしかった。だから、何をそんなに頑なになるのかと何度となく訴えた。
 ある日のことだ。いつものように、審神者への態度に関して諌めていると、沈黙を貫いていた和泉守が唐突に口を開いた。
「国広、お前はあいつを主と認めてんのか?」
え?」
 ドキリとした。痛いところを突かれて直ぐには返事ができなかった。
 それが何よりの返事になったようで、和泉守は深く息を吐く。
 気まずい沈黙に、手を動かすのも具合が悪く感じる。視線は自然と明後日を向いているが、目の前にいる相棒はじっと、自分を見据えたままだ。
 態度で示しても、彼は言葉を言わせたいようだった。
 視線は戻せないままに、もごつく舌を動かして、答えを出す。
「本当の、心の中では、納得できてない。」
 主を失い深い眠りについて、懐かしい気配に気づいたら人の肉を得て目覚めていた。目の前にいる人物を無意識のうちに「主」と認識したものの、本当のところはまだ戸惑いがある。強制的に植え付けられたような「主」という存在に、脳が理解しても心が理解していけない。
 自分の中の弱さが、相棒を呆れさせていないかと不安になり、伺うように視線を前に戻す。
 そのまま少しだけ見つめ合っていると、和泉守は目を伏せおもむろに話しを始めた。
「お前、前に函館に行ったとき、言っただろ。「ひょっとしたら死なないですむかも」、って」
「え、あ、うん。」
 その地に足を踏み入れて、心が早鐘を打ち始めた。じわじわと焦燥感が背中を駆け抜けて、体は熱くなる反面、口がカラカラに乾いていく。もしかしたら、もしかすれば、きっと、きっと。そんな思いで目の前にいた浅葱色に話しかけた。期待を込めて、賛同してくれるかもという願いを込めて。
 しかし彼は、渋面を作り、全てを否定してきた。涙を流して、否定してきた。
 彼の諫めの言葉に、その通りだと頭では理解できた。でもやはり、心はざわついたまま戻ることはなかった。
 てっきり、彼は区切りをつけているのだと思っていた。前の主を思って泣いても、今の主の下、戦い続けているのだと。そして、未だに前の主を引きずっている自分を恥もした。
 けれども、けれども彼は。
「俺だって、思ったんだよ。」
 ぎり、と、和泉守が歯噛みする。
いきなり現世に呼び出されたかと思えば、「あの人」はいない上に、直感で目の前の女が「新しい主」だって思うことができた。
 おかしいだろ、俺達の主は「あの人」だ。
 なのに、あんな女が、」
 ああ、この人も悩んでいたんだと。
 そう、思うことができた。
「わかってるんだよ。「あの人」は死んだ、あの時代、あの地で。そして今の主は「あいつ」なんだ。
 あいつが行けって行ったとこに行ってやろう、あいつがやれっていったことをやってやろう。
 でもな、納得はしてねぇ。絶対に、納得はしてやんねぇ。」
 それだけだ、と、憮然として言い放ち、踵を返す。
……それにあいつ、嫌々あの仕事してんじゃねーのかって思ってな」
「え?」
 そんな気になる言葉を残して、和泉守は去っていった。
 その後姿を、立ち尽くしたまま呆然と見送るしかなかった。

 そんな昔を思い出して、堀川は考える。
 あの時の彼の表情、仕草、言動、全てを総括していけば、ひとつの結論に達する。
「兼さん、別に主さんが嫌いってわけではないと思うんだよね。」
「は?」
「ほう?」
「えぇ!?」
「ふーん」
 同田貫だけが一人、興味なさげに相槌をうち、あとの3人はみな驚いた声を上げた。
 それはそうだ。当たり前だ。
 あんな態度をとっておきながら「嫌いではない」とはどういうことなのか。
「こりゃ驚きだ!どういうことだ?」
……うーん、詳しいことは、僕にも」
 全部を知っているわけではないが、和泉守の口からこぼれた言葉を解釈すれば、きっと彼は本当は審神者を嫌っていない気がする。ただ、主が変わって、戸惑って、不器用になっているだけ。いやでも本当は嫌いなのかもしれないし、最後のあの言葉も気にかかる。「自分ではない誰かの心」をはかるということは本当に難しい。
 ただ「認めていない」と「嫌い」は、同じではないと思ったのだ。ただの直感だ。
 濁す堀川に、鶴丸は、えーっと残念そうに言うだけで追求はしなかった。岩融はなにか気づいたかもしれないがいつものニヤニヤとした表情を崩していない。同田貫はもともと興味もないから特に反応はない。五虎退は顔を明るくした。短刀の前での発言は失言だったかもしれないが、もう遅い。
 それ以上はなにも語らない、と、態度で示すように堀川は前を歩く和泉守の隣へと移った。和泉守は堀川へ目線も寄越さず、ただ前へと歩いている。
「話しすぎ」
 ただ一言の、文句を呟いて。

「まさか大将、俺っちたちがのんべんだらりと生活してるとでも思ってたのか?」
「いえそんなことは、ない、けど。」
「嘘だね、その顔は。」
すみません。」
 審神者を辞める、と伝えてから一週間以上が経っている。本丸はというよりは、私室周辺はいつもどおりの静けさを保ったままだ。
「そういえばここんとこは俺たちに任せきりだったもんな。」
 苦笑するように薬研が笑った。
 最初の頃は鍛刀にもある程度力を入れていたため、確実に資材を得るべく編成から遠征先から全てに指示を出していた。資材の減少量を調べて必要量を見極めて遠征内容を考えて遠征に出し、取得した資材を備蓄をしていく。幸いそういった仕事は苦ではなかったし、薬研に頼めば全て伝言してくれたから気は楽だった。
「すみません、資材の消費量は刀装に関わるあなた達のほうがより詳しいかと思いまして。」
 しかし、最近は鍛刀をすることも控えているため、遠征の内容も刀剣たちに全てを任せていた。資材状況と遠征結果の報告は入ってくるし、たまに遠征に対する意見を薬研に求められるくらいで、ほとんど関わりもなくなった。
「出撃の方もだろう?」
……和泉守のほうが、私よりも戦場に詳しいから。」
 これは言い訳だ。
 本当は出撃も、私が全ての指揮を取らなければいけない。それをしないのは、中心人物たちと私自身の連携がとれていないからだ。
 編成を伝えて、行き先を支持する。はじめの頃はそれで問題はなかった態度が悪い以外の問題はなかったとは思うのだが、次第にそれではダメだとダメ出しが入った。相手はより良い提案をするために口出ししてきているのはわかっていた。
 しかしその言い方があまりにも敵意剥き出しで、
 …………
 ふ、と。
 疑問が胸に落ちてくる。
「大将?どうした?」
……いえ、なんでもないです。」
 心臓が、大きく戦慄く。
 客観的に、今までの自分を見なおしていたはずだった。審神者を辞める、と伝えた日から、何度も自分は回想し、それを第三者の目で見ていたはずだ。
 それが今日の今日、今さっき、とても重要な何かに気づきかけた気がする。
 そしてそれは、とても私に都合が悪いことのような気がする。
 気づかなければいけないけど、気づきたくない。
 冷や汗が、背を流れる。
「具合でも悪いのか?」
違い、ます。」
 からりと口が乾く。
 そんな時だった。
「よぉ!」
「!?」
「ひっ」
 スパーンっ!と勢い良く、障子が開かれる。完全に気配を断った誰かの侵入に反応して、薬研が己の刀に手をかける。その素早い反応と漏れる殺気にまた驚いて声が出てしまった。
「はっはっは!驚いたか?驚いたな!」
「鶴丸、普通に入ってこいよ。」
「普通なんてつまらないだろ?なあ、主」
……ふ、普通でいい、です。」
 クスクスと楽しそうに笑う彼は、土埃で汚れている。白い頬に煤が付いたままで黒くなっていた。部屋に入ってくる空気に火薬の匂いが混じっていて、彼が戦場帰りということを示している。
 本当に、今日も出撃していたんだ。
「今日も途中で帰ってきたのか?」
今日も?」
「ああ、五虎退が途中でごねてな。」
「なるほどな。で、誰が刀装を溶かしたんだ?」
「あ、あの、」
「たぬきだ。」
「珍しいな」
「えっと、すみません。」
 完全に無視されてる。
 いつもの無視とは全然違う無視のされかただが、これはこれで悲しい。いや、いつもの無視のほうが心苦しいから、こっちのほうが数段いいのだけれども。
「どうした大将」
「今日もって、なんですか。五虎退がごねたって、何があったんですか。」
 二人は互いに顔を見合わせて、それから、笑った。

* * *

 最近、負傷者が出ないのは、一緒に出陣している短刀がわがままをいうからだという。
 わがままとは、誰かの刀装が全て壊れてしまったら、本丸に戻りたい、というものらしい。
 理由は、「無茶な出陣を重ねて、これ以上和泉守と主の仲がこじれないようにしたい」、と。
 微笑ましいだろう?と、鶴丸が笑った。
 俺たち短刀は、大将ともっと一緒にいたいんだと、薬研が困ったように言った。
 私はそれを聞いて、生唾を飲み込んだ。

 天候、晴天。
 気分、煩慮。
 面々、葛藤
 私は、当惑。

 先ほど私の中に生まれた疑問の蓋を、開けなければならない。
 それはとても辛くて苦しいことなのだと思うと、いっそ蓋をしたままここからいなくなってしまいたいと、。
 
 けれどそれは。
 逃げることは、決して許されないことなのだ。



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