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審神者を辞めることにしました。【5】

全体公開 6 6584文字
2015-09-07 12:39:34



 天候、快晴。
 気分、最悪。
 面々、潜思。
 私は、  。

 音を立てないように、ばれないように。
 息を潜めて、盗み聞く。
 痛いほど強く跳ねる心臓の音がバレないだろうか、小刻みに空気を震わせる呼吸が聞こえはしないだろうか。周りはとても静かで、彼らの声しか響いていないはずなのに、私という存在が酷くうるさく感じる。
 男たちの会話の内容が、じわじわと脳内に染みこんでいく。
「あの女は、俺達のことなんざ眼中にねーんだよ。」
 少し苛立ったように、男が声を上げる。
 こちらからよく、男の顔が見えた。苛立ちに顔を歪め、金の瞳を鮮烈に輝かせながら、見えない鋭い牙を剥く。

 審神者としての任期は、残り十八日。
 ひやりと冷える心臓が、いまこの場で止まってしまえばと、思ってしまった。

* * *

「同田貫よ、お前たちはどうして、主を虐げる。」
 今日の手合わせ相手の台詞に、目を瞠った。
 最近仲間になった薙刀は、最初こそ人の身に慣れず力を発揮できなかったようだがメキメキと成長していき、いまではすっかり主力陣に追いつくまでになった。よく一緒に出陣する短刀たちからは、短刀たちの兄もしくはそれ以上に慕われており、豪快に笑いながら世話をしているのを見ると、微笑ましさよりも「よくやるわ」という呆れのほうが先にきてしまう。
 そんな彼との手合わせの指示は、いつもの通り堀川から伝えられた。和泉守の相棒と自称する彼は、和泉守と話し合って決めた出撃や遠征、内番の内容を伝え回る役目をしている。
 本来ならば、それらの決定・指示は全て審神者が行うものらしい。言われてみれば、最初は確かに審神者が行っていた気がする。いつの頃からか、それすらしなくなり、顔を合わせる機会は殆ど途絶えた。
「虐げる、って、どういうことだ?」
「虐げているであろう。主の問いかけを無視し、出撃すれば重傷で帰り悲しませ、心配の言葉も無碍にする。
 はたから見れば、虐めよな。」
 ギザっ歯が、ニィと弧を描く。目も弓なりにしなり、こちらの反応を伺い楽しんでいることを隠そうともしない。

 ここの本丸の刀剣としては、かなり最初の方からいたほうだと思う。「鍛刀儀式」というもので現世に喚び出されたかと思えば、目の前にいるのは男ではなく女の主だった。「主である」と直感的に理解できたのは不思議だったが、それならそれで問題はないと思った。戦えれば、主が男だろうが女だろうがそれは小さなことだった。
「同田貫、正国
 細く小さな声で、自分の名前を呼ぶ。こちらを見てくる主の視線に、いい気分はしなかった。どことなく負をはらんだ瞳をそっとその瞼の奥にしまいこみ、一つ頭を下げた。
 彼女の後ろに控えていた堀川国広が、こちらへ、と促すままに大広間へ向かえば、和泉守兼定ら数名が控えていた。こちらを一瞥した和泉守は、まあ座れ、と座することを勧めてきた。言われるがままに、くつろぐ彼らの側へ寄る。
「さて、俺たちの目標はただひとつだ。」
 大した話ではない、というように、和泉守は告げる。
「この戦いを、一日でも早く終わらせる、それだけだ。」
……あ?」
「明日からお前も出撃に加わってもらうから、今日はよく休んでおけ」
「お、おい!」
 さっぱりとした態度のまま質問すら受け付けずに、和泉守は大広間を去っていく。呆然とその後姿を見送ると、壁に寄りかかって座っていた打刀、大和守安定が大げさにため息をついてみせた。
「明日からきつくなるなぁ」
「どういうことだ?」
「えっと練度を高めるため、出撃を連続して行うんです。」
 問いかけには、堀川が答えた。
 それに、首をかしげる。戦うための存在なのだ、出撃を重ねることになんの問題があるのか。
 それは、すぐにわかることになる。
 同じ場所への連続した出撃に、生傷と疲労が絶えない。主力陣の中では一番新顔ということもあって、敵に手を出しても歯がたたない。殺気だつ戦場はピリピリとした緊張感に包まれていて、精神的にも疲労が重なる。
 習うより慣れろといったところなのだろうか、実践を重ねるごとに半強制的に場馴れしていった。敵を屠るたび、傷を負うたび強くなる。折れなければどうということはないと、隊は出撃を重ねた。
 だが真の問題は、本丸に戻ってからだった。
「どうしてまた出撃してたんですか!」
 審神者が、泣きそうな顔で叫んだ。
 彼女は和泉守にそう詰め寄った。無傷な面々は、和泉守と堀川のみをその場に残してさっさと本丸へ入っていく。彼らは審神者に声を掛けないし、審神者も他の刀剣に声も掛けず見向きもしない。ただ、隊長である和泉守だけを見ていた。
 最初は、隊長である和泉守の判断に誤りがあることを正しているのだと思った。無理な戦いは無用な怪我を生む。刀剣を治すにも準備が整っていなければ傷を負ったまま待機しなければいけない。遠征と出撃の二足の草鞋をこなしながらの毎日を考えれば、もっと計画的な配慮が必要なのだろう。だからこそ、審神者はその計画を綿密に練っていて、出撃の指示内容には無謀なものはあらず、少しでも疲労が伺えたら本丸待機、中傷以上を負った場合は即退却するようにと毎回口酸っぱく言っていた。
 ところがどうだろう、隊長である和泉守は隊員に疲労が見えても、本人が出撃する意志があれば審神者の命令がなくとも出撃を繰り返し、中傷どころか重傷にならないと引き返さなかった。和泉守自身は練度が一番高いこともあり、都度一番練度の低い現状は自分であるから、自分の補助に回っている。だからこそ重傷となっても、あわやというところで撤退することもできていた。それらを踏まえた上での暴挙とも言えるが、彼女の意志を無視しての出撃に戸惑いもあった。
いつも言ってんだろ。俺達の状態は俺達が一番良くわかってる。余計な口出しすんな。」
 ピリ、と。
 心に傷をつけるような、そんな冷たい言葉だった。堀川は諌めるのかと思いきや、ただ黙ってそのやりとりを聞いているだけだった。
 和泉守は彼女の小言など気にもしていなかった。彼女の思いなど汲むことすらなかった。
っ、なんで、なんで私の意見を聞いてくれないんですか!
 私はあなた達に、そうやって傷ついて欲しくないんです!だからこうやって、毎回指示を、」
「そんなちんたらやってたら、強くなれるかよ。
 同田貫、お前まだいけるか。」
「お?ああ、まあ」
 疲労は濃いし身体は傷だらけで痛むのだが、今回は中傷程度で帰ってこれた。だからまだ余裕はある。
「じゃあお前が治り次第、また出るぞ。」
「おう。」
「っ和泉守!話を!」
「する意味はねぇ。」
 和泉守は、そのままその場を去った。そして、その後を堀川が追う。
 残された自分と審神者は、立ち尽くしていた。
 気まずさに掛ける言葉も見当たらない。こういうときに、どのような言葉をかけるべきなのかも分からない。しかし、彼女が動かなければ手入れ部屋に行くわけにもいかない。
 にっちもさっちもいかない、と閉口していると、ようやく、審神者が声を出す。
……手入れ部屋へ、どうぞ。」
 何かを堪えたような、そんな声だった。
 これが、何度も続いた。何度も、何度も。

……和泉守は、何を考えているのだろうなぁ。」
「俺が知るかよ。」
 話の途中で、岩融が悩むように首をかしげる。
 いつも和泉守は、急くようにして戦場へと出る。そして、誰よりも多く敵を葬り去る。何度己の身体が血に塗れようとも、泥がこびり付こうと、ただ前を見続けてひた走っている。
 どうしてそうなのか、誰も知らない。あの堀川でさえ、知らないという。本人に聞いても、なんのことだとはぐらかされるのみである。
「しかしたぬきよ。」
「だからたぬきって言うな。」
「まだ、主を無視している理由にはなってはおらんぞ。」
 岩融が、ニィとまた笑う。
 その問いかけの答えは、先日の五虎退の話に、似ているかもしれない。
 和泉守がしているから、なんとなく。和泉守が、審神者を遠ざけているからなんとなく、それに倣っている。自分にもそれに思い当たるフシがある。
 けれどそれは、彼女を厭う最初のきっかけにすぎない。

 最初は、隊長である和泉守の判断に誤りがあることを正しているのだと思った。だからこそ、誰よりもさきに話しかけ、気にかけているのだと。けれど、誰が怪我をして帰ろうが無傷で帰ろうが、審神者は和泉守にしか声を掛けなかった。和泉守が彼女を適当にあしらって先に行けば、彼女は顔も合わせず手入れ部屋へと促すか、無言でその場を去っていった。
 自分たちがついていくべきはずの人の目に、自分が写っていない。それがどれほど苦しいことか、悔しいことか、寂しいことか、きっと彼女はわかっていない。使われるだけだった時とは違う。労いも欲しければ、感謝だって欲しい。それは生まれた時からずっと人間だった彼女だってそうだろうに、彼女は自分たちの上に立ってもそれをしてはくれなかった。 
 最初に、自分たちに不信感を抱かせたのは、彼女のほうだ。
「なあ、岩融。お前、あいつに労ってもらったこと、あるかよ。」
……ほとんど顔を合わせることもないからなぁ。」
「手入れのときに、顔を合わせるだろ。」
それは、」
 豪胆な男が、初めて言いよどんだ。
 思い当たる節があるのだろう。
「俺達は戦う、命を掛けてだ。勝つことが全てだ。
 負けて傷つくのは自分のせいで、折れる恐怖をねじ伏せながら進む奴もいる。
 そんな俺達を、あいつは労ってくれたことが、あるか?」
 本丸で彼女と会い、こちらを伺うようにして話しかけてくる態度に腹が立った。慣れ合ってどうしようというのだろうか、どうせ褒めてもくれないのに。そう考えてしまった。女々しい感情だと思ったけど、一度そう思うと止められない。
 舌打ち一つで、顔色が変わる。表情が強張る。
 自分に苛立っての舌打ちだったのだが、彼女は「彼女自身に」舌打ちされたと思ったようだった。不自然に視線を彷徨わせ、しどろもどろに、ごめんなさいと呟いて足早にその場を去っていった。
 その姿に、何故だろうか。
 少し、胸がすいた気分になった。
「あいつは、和泉守しか構わねぇ。」
 帰ってきて、和泉守にまた話しかける。またかよ、と思って睨むようにその状況を見ていれば、こちらに気づいた審神者が怯む。意趣返しができたような気がして、また少し、胸がすいた気分になった。
 そんなことが続いたある日、最近主に冷たいねと、大和守は「面白い」と顔に文字を貼り付けながら問いかけてきた。そういう彼も、審神者の声が聞こえていないように振舞っている。それを知っていたから、お前もだろ、と短く告げれば、無邪気に笑って言い放った。
「だってあの人、僕を愛してはくれないから。」
 あの人は、和泉守兼定しか見ていない、そういう彼の眼は、どこまでも冷めていた。
 そんなことが続くうち彼女は、いつも泣きそうな湿っぽい顔をして、こちらの顔色を伺うようにして話しかけてくるようになった。さも、自分は被害者だというように、怯えきった眼で接してきた。鬱陶しいと無視を決め込めば泣きそうになる。舌打ちをすれば身体を震わせる。なぜか、胸がすくことはなかった。代わりに、ただただ苛立ちが腹のうちにどす黒く溜まっていく。
 最初に、俺達を認めなかったのはお前だろう。
 最初に、俺達を視界から外したのはお前だろう。
 そう言ったら、この憤りは収まるのだろうか。いつかのように、すっきりとすることがあるのだろうか。
 きっと、それはない。根本を解決しなければ解消されないことなのだと、理性は理解している。しかしそこにこぎつけることは、不可能なんだと決めつけた。
 そしてとうとう、その日が来る。
 腹立たしさが頂点に達して、決壊した。
 ふざけんなよてめぇ、と、たった、一言だ。
 彼女はそれ以降、自分の顔を見ようともしなかった。

「あの女は、俺達のことなんざ眼中にねーんだよ。」

 吐いて捨てるように言えば、岩融はなんとも言えない顔をした。

* * *

 だって。
 だって、だって、だって!
 だって和泉守は、あの男は私を見てくれなかった!認めてくれなかった!最初から、女だと馬鹿にして、審神者として力があることを認めてくれなくて、私の話を聞いてくれなかった!
 だから認めて欲しかった、私を見て欲しかった。
 よくやったって、さすがだって。
 そうやって、そうやって、
「褒めて、欲しかった?」
 出撃から帰ってきて、傷を負っている隊員がいることは理解していた。けれど、私の頭のなかは和泉守でいっぱいだった。また私の話を無視した、また私のいうことを聞かなかった、審神者なのに、私が主なのに。だから詰め寄った、問い詰めた。
 いつでも彼は、まっすぐに私を見た。私はその目を見れずに、彼の口元だけを見て話していた。目線を合わせるのは怖かった。この心の中の浅ましい「認めてもらいたい」という欲を、自己顕示欲を見透かされたくなかった。彼の深い青の瞳が、私の浅ましさなんかお見通しだと、そう言っている気がして、目を見てなんか話せなかった。
 けれど、それがますます私を意固地にさせた。
 絶対に、彼に認めさせてやる。私の力を、私という人間を認めさせてやる。
 そう、思っていた。
 そう、思っていたのだ。
 だから。
 他の隊員のことなんか、気にかける余裕がなかった。
「私、」
 ふらふらと、その場を離れる。
 どうして、気まぐれに散歩なんかしたのだろう。
 どうして、手合わせをしてる姿を見かけたのだろう。
 どうして、その場に留まったのだろう。
 どうして、話を聞いてしまったのだろう。
 足は自然と、逃げ場所へと向かう。誰にも会わず、自室に戻ることができた。
 気持よく晴れわたる青空を否定したくて、ピシャリと音を立てて障子を閉める。
 そのまま膝から力が抜けていき、その場に座り込んだ。
 ぐるぐると、思考が回る。心臓が、苦しい、痛い、うるさい。今までの記憶が早送りされるように次から次へと思い起こされる。ガタガタと、心の蓋が揺れる。開けたくない、開けたくない。見たくない。いやだ認めたくない。
 最後に手入れを施したのは、どの刀剣だっただろうか。それすら思い出せない事実に愕然とする。手入れはいつも、どうして言うことを聞いてくれないのかと、何故私を認めてくれないのかと、こんなので私の寿命が減るのかと、自分のことしか考えていなかった。
 なんて卑しいんだろう、なんて低劣なんだろう。
「私が、」
 彼らが、自分を蔑視するのは和泉守のせいだと思っていた。彼の態度が、皆に移るからだと思い込んでいた。
 そうやって、和泉守兼定という刀剣のせいにする前に、「どうしてだろう」と考えることは一切なかった。
 自分の身を省みることなんて、なかった。
 私は、悪くない。私は一生懸命やっている。私は頑張っている。
 だから、最初に、私を否定した人が悪い。
 そうやって、自分のことは棚に上げて、勝手に思い込んで、勝手に悟った。何が「自分の立ち位置」だ、何が「集団におけるそういうポジション」だ。
 全てはただの、「自業自得」じゃないか。自分を認めて欲しいがゆえに他を見ない。見てもらえないならば見捨てるのはとても自然だ。自分を見てもらえない、自分を認めてもらえない気持ちは誰よりも私がよく知っているはずなのに、気づきもしないで同じ気持を多くの刀剣たちに味あわせてきたのか。
 そこに気づいてしまえば、もう笑うしかなかった。今までのことが全て滑稽に感じた。認めてもらいたくて意地を張ってきたのに。結果はこれだ。
 はは、と声が漏れる。
「私が、」
 最初に、彼らを否定していたんだ。

 不思議と、涙は出なかった。

 天候、快晴。
 気分、最悪。
 面々、潜思。
 私は、呆然。

 自己顕示欲と、責任転嫁。
 心の蓋は、まだ半分しか開いていない。



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