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審神者を辞めることにしました。【6/前編】

全体公開 6 8811文字
2015-09-07 12:40:21


 淡やかな桜の花びらが、ひらりひらりと舞う様は実に美しい。足元の緑は瑞々しく、空はどこまで青く広がる。小鳥たちのさえずりは耳に心地よく、ときおり流れる風が甘く香った。
 こんなに穏やかな春の陽気の中を歩いていると、己の職務を忘れてしまいそうになる。踏みしめた草の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「そこな狐」
 不意に呼ばれて、周囲を見渡す。
 一本の桜の下に、2つの人影があった。その人物を認めて、げぇ、と心のなかで思う。しかし無視し避けるわけにもいかない。気は進まないが、呼ばれるがままに足を向ける。
「狐ではありません!こんのすけという名があります!」
「はっはっは、すまん。」
 せめてもの意趣返しと思ってそう言ってみても、声を掛けてきた刀剣はどこ吹く風だ。
 樹の幹によりかかりながら、何をしていたのだろうか、この刀剣は。いや、きっと彼は何もしていない。きっとのんびりと、流れていく雲でも見ていたのだろう。その隣には、彼の兄弟刀の太刀が腕を枕に眠りこけていた。
 暢気なものだと呆れたあとに、ふと思い出した。
「お二方、本日は手合わせでの鍛錬日ではありませんでしたか?」
「うん?」
 首をかしげてとぼけるように微笑まれれば、答えをもらわずとも意図はつかめる。つまりは、そういうことだ。
「それで、このこんのすけに何用でしょうか?」
「うむ。そうだった。」
 彼は名前同様、その口を弓なりにしならせて笑う。

「少し、じじいと話をせんか。」

* * *

 春の夜は冷え込みが身体に障る。寝間着のうえにカーディガンを羽織って、縁側に膝を抱えて居座る。背を丸めて、膝に額を押し付けて、何も見ないように、何も見えないように。
 同田貫の言葉が、まだずっと腹の中に留まってる。
 思い当たる節は幾つもあった。振り返れば振り返るほど、私のとった行動はどこまでも幼稚で、最低なものだった。自分がされたら嫌なことをしてはいけませんよ、そう諭す母親の顔が何故か浮かぶ。最後にあったのはいつだっただろう、いま、無性に会いたくなった。手放しに甘やかしてくれる人に、無条件で味方になってくれる誰かに、会いたい。会って、この気持ちを吐露したい。全部ぶちまけて、すっきりしたい。貴方は悪くないよ、貴方は頑張っているよ、そうやって慰めてもらいたい。
 けれどそれは、逃げることなのだと知っている。辛いことから目をそむけて嫌なことに蓋をする。それはずるいことなのだとわかっている。それを選択しそうになるのは、己の弱さであることも、わかっている。
 しかし、逃げてしまいたい。このまま、誰にも会わずに最後の日を迎えたい。
 誰かに会って、話しているうちに、心にしていた蓋が全部外れてしまいそうだ。薬研と話していて自分で開きかけたように、同田貫がきっかけで半分開いてしまったように。もう半分は、このままで。このままでいたい。自分を守っていたい。
 けれど、そんなことは許されない。それにすでに、蓋は全部開こうとしている。こうやって、自己嫌悪に陥って、自分の今までを思い出しているうちに気づいてしまうのだ。あの時の私は、その時の私は。そうやって、ずり、ずり、と、自分で蓋を開けようとしている。開けたくはないのに、思考がこのまま止まってしまえばいいのに。そう思っても、蓋は徐々に開こうとしている。
 私は、それを、蓋が開くのを、黙って見つめ続けている。
 不意に、きしり、きしりと近づく音に気づいた。静かに、けれど存在を隠そうともせずゆっくりと、こちらへ進んでくる。
 その足音に聞き覚えがある。
「寝ておるのか?」
 ゆっくりと、響いてくるその声はどこまでも澄んでいて、心地よく耳を擽る。
 私は、顔を上げることはない。
 今日は、新月。小さい星々が力なく輝く夜空の日。夜空に浮かぶ月はそのなりを潜めているから、月を愛でることなどできないのだ。
………起きてますよ。」
 冷たく、突き放すつもりで答えた。抱え込んだ身体にぶつかった音は、そのまま情けない声になって響いたことだろう。
「そうか。夜の冷えは身体に毒だ。」
 隣に腰を下ろしている気配がする。居座る気だ、と、直感した。
「今日は、よく星が見える。」
「そうですね、自分の明るさも知らぬままにドヤ顔で居座る月がいませんから。」
「はっはっは。」
 嫌味が通じていない。
 敏い彼のことだ、気づいていないはずがない。それを知らぬ顔で笑って済ませる。そういう、男だ。
 私は、この男が苦手だ。
ご用事なら、明日にしていただきたいのですが。」
「短刀たちは拒まぬのに、俺はダメか?」
「時間を考えてください。」
「宵闇が広がらなければ逢瀬は難しかろう。」
「逢瀬ってなんですか逢瀬って!」
 聞き捨てならない単語に、思わず顔を上げて彼を睨む。すると、予想以上に真面目な顔でこちらを見ていて、勢いを削がれてしまった。視線はそのままあっちへ行き、そっちへ行き、ゆらゆら揺れて、膝の上に落ちた。
 彼の介入のせいで、私の世界は崩れてしまった。もう膝を抱えているのも馬鹿馬鹿しくて、足を崩す。
「それで、なにかご用事ですか。」
 不機嫌さを露呈して、声を掛けた。顔は合わせない。並んで座っているから、目はまっすぐ、庭を見る。暗くて何があるかもよくわからない。昼間の光景を思い出そうとしても、線がぼやけたように曖昧だ。私にとってここの風景とは、その程度のものだった。
「なに、姿が見えたからな。」
 くつり、と喉奥で笑っている音がする。
 彼はいつもそうだ。私が刀剣を避けていると知っているはずなのに、こうやって気まぐれに訪れて、他愛もない話をしてくる。最初は嬉しかった、この本丸の中でこうやって話しかけてくれる刀剣は一握りにも満たなかったからだ。しかし、刀剣たちとの仲が拗れていくたびに、彼が苦手になった。何かされたわけではない、何か言われたわけではない。
「久方ぶりに、話でもしようかと思ってな。」
 理由を考えようとしたら、彼はそう呟いた。
「そうですか、私は一人になりたいのですが。」
「ならば独り言でも呟いていよう。」
「自室でどうぞ。」
「まあそう遠慮するな。」
 遠慮してない。
 ぐっと、その一言は飲み込んだ。その代わり、ただただ深い溜息を吐いた。それを了承と得たのか、彼は勝手に語り始める。
「皆がな、」
「は?」
「皆が、主に声を掛けるのを見てな、少し妬いた。」
はぁ?」
 唐突に何を言い出すのかこの男は、突拍子もなさすぎるセリフに思わず顔を彼に向ける。彼は変わらずに真正面を向いていた。整った横顔、暗闇でもその肌の美しさがわかる。
「主に話しかけるのは、薬研や堀川の他には俺くらいだったと思ったのが、いつの間にか短刀たちが側にいるようになっていただろう。」
 薬研や堀川に比べて、彼が私に接触してくる頻度は限りなく少なかった。それでも、たまに部屋に訪れて、空気の入れ替えと称して庭を見るように促して、ポツリポツリと会話を交わして去っていく。出撃や遠征の話ではなく、天気の話が主だった。他の刀剣の話は出てこなかったから気は楽だったが、何を考えているか全然分からなかった分、彼が去った後に会話になにか言外の意味があるのではないかと悩んだことは数知れない。
 結局は何も考えておらず、ただ珍しい存在を構いたいだけなのだろう、と思うようにしたのだ。
「薬研が、泣いた日くらいからか。」
………、」
「五虎退が虎を連れて遊びにいき、今剣が岩融と一緒に散歩をもちかけ、乱が髪結をねだりにいく。他の刀剣も、主の側に行き話しかけ、それに、主は応えていた。
 何をいまさらと、思ってしまったのだいや、醜いなぁ。」
 初めて、困ったように笑う顔を見た。
 普段もそんな顔をしているかもしれない、私はそれを見ることができなかっただけかもしれない。ただ、彼が私の前でそういう表情をしたのを見たのは初めてだった。
 すごいなぁ、と、そう感じた。
……貴方は、認めることができるんですね。」
「なにをだ?」
自分を、自分の、弱いところを。」
 私は、弱いところを認めるのがとても苦しい。
 そう、吐息にも負けそうな音で言う。
 返事はない、自分の呼吸音だけが耳に響く。春の夜は妙に静かだ、その静けさが先ほどまでは心地よかったはずなのに、いまは落ち着かない。
 言葉を誤っただろうか、言ってはいけなかっただろうか。後悔がじわりじわりと胸を焼く。
 ものの数秒が何時間にも感じたころに、彼は言葉を漏らす。
「人の身を取り、時代も種も違う刀剣たちと、主と、出会って知った。
 感情とは面倒だ。深く長い喜びよりも、束の間の憂いが後を引いて強く残る。
 感情の間で、嘆き悲しみ、苦しみ藻掻く。」
 いつもの、飄々とした声ではない。ゆっくりと噛みしめるように、言葉を味わうように、一つ一つの文字が頭に刻み込まれるように、そんな、低くよく響く声だ。耳障りには思わない、不快に感じない、だけどそれが恐ろしい。彼の声は、よく、人の頭に、心に響いてくる。
「最初から「人間」である主と違い、俺たちは知らない。
 この感情の、この衝動の逃がし方を知らぬのだ。」
 彼が、何かを仕掛けようとしている。そしてそれはきっと、「私にとって」ろくでもないことだ。
「だから、その衝動を「人間は」どうしているのか、気になったのだ。」
 なあ?と、こちらへと発言権が移される。
 人間は、どうしているのか。逃しきれない衝動を、どう処理しているのか。
 人間とて三者三様・十人十色で千差万別、処理の仕方は無限だろう。答えなど出せないし、正解はない。しかし彼は、明らかに私の答えを求めている。まっすぐに射抜く瞳の中の三日月が、答えを強いてくる。
 だから、私は、
貴方はどう思います?私を見て、」
 質問に、質問で返す。
 それが、答えだ。
「逃げるか。」
 目を細めて、三日月が吐き捨てた。
 空気が、雰囲気が肌を刺す。逃げた私を非難している。
 私は、それに笑って答えた。
 いつもどおりを装って、笑って答えた。
「ええ、逃げます。現に私は、逃げていた。」

* * *

 目の前の女は、いつも笑顔を貼り付けていた。面白くもないのに、楽しくもないのに、能面のように同じ表情をその顔に湛え続けていた。なにが彼女をそうさせたのか、原因は明白だ。しかしそんな表情を自分に向けられるのは面白くなかった。天下五剣と讃えられ、誰もが見惚れ心酔した自分に対し、そんな態度を取られるのは癪だったのだ。だからこそ、彼女に自分を見てもらいたかった。なんとくだらない尊厳だろう、なんと浅ましい自己顕示だろう、そう心のなかで自嘲した。刀剣である自分が、まさかこんな「人間」のような感情を持て余すとは、永劫を生きる身としてはいっそ面白い状況だった。
 ただ、思う。初めてあった頃の彼女は、もっと表情が豊かではなかったか、と。
 「鍛刀儀式」というもので、声に呼ばれ目を覚ました。刀であった時には得られなかった、地に足を置く感覚。肌を舐めるぬるい空気の温度。微かに漂うのは木の匂いなのだろうか、網膜が色彩を感知して脳に刺激を与える。初めての感覚に驚くが、目の前に座っている人物に更に驚く。おおよそ、刀を扱うようには見えない女が座っていたのだから。そして、彼女を見た瞬間、「この女が新しい主だ」と悟る。なぜそうなるのか、なぜ疑問にも思わずすんなり腑に落ちるのかは分からない。けれどこれからは、彼女の側で彼女を守らなければならない、と、思ったのだ。
 新しい己の主は自分を凝視していた。驚きに眼を丸くし、今にも零れ落ちそうだ。そのさまが面白くて、ふ、と笑う。
「三日月宗近だ。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。よろしくたのむ。」
あ、え、嘘。」
 驚きが、見る見る間に満面の笑みに変わっていく。その変わり様が劇的で、人間とはこのように表情が変わるものなのかと呆れすら入る。
 突如として彼女は立ち上がると、乱暴に自分の腕を掴んだ。ぐいと引っ張られれば足は動くが、「自分で歩く」という行動が初めてで縺れ気味になってしまった。しかしそれを気にすることすらなく、彼女は部屋の入口を開ける。
 飛び込んできたのは、青。青、青、青!どこまでも続くその色に、一瞬で目を奪われた。「色」の名前を知っていたが、それをその色として認識することは今まで殆どなかった。刀だから当たり前だ。だが、今はそれを確実に知覚している。
 腕を引かれるがままに進んでいても、意識は青に囚われていた。チカリと目を刺す痛みに視線を動かせば、白一色が目を焼いた。思わず掴まれていない手で顔をかばう。ああ、あれが太陽なのか。全てに光を降り注ぎ、濃い影を生み出す、太陽なのか。月が一生、相見えることのない存在だ。
 自然と、息を漏らす。この感覚はなんだろう。
 そう、きっと「素晴らしい」とか、「美しい」などと表現するのだろう。それを自分の肌で感じられることが、無性に喜ばしい。
「和泉守!」
 女が、明らかに喜色を滲ませているとわかる声で叫んだ。空から地上へと、意識を戻す。
 一人の男がいた。綺麗な顔立ちに、空色の瞳を持った男だ。感覚的に、刀剣だと分かった。男はこちらを認識すると、軽く目を瞠った。
「三日月宗近三日月を鍛刀出来ました。彼を仲間に出来たのなら、少しは楽になるでしょう?」
 会話の意図がつかめず、首をかしげる。
 男は、女と自分を交互に見比べる。そして、呆れたように一言漏らした。
「男はべらして楽しいか?」
 明らかに、無礼な言葉であった。
 たしなめようと思ったが、ぎり、と腕が痛んだ。未だ掴まれている腕、そこに絡みつく細い指が食い込んでいるのだ。振りほどくほどの痛みではないが、強く握られている理由を慮ると胸が痛い。
 何故、目の前の男がそのような物言いをするのか、理解できない。彼にとっても、この女は「主」であろう存在だ。新参者ではあるが咎めなければなるまい。
 そう思った矢先に、腕から指が離れていく。
 見下ろした彼女の顔は、俯いていてよくわからなかった。
「三日月、和泉守はこの本丸の最古参です。わからないことは彼になんでも聞いてください。」
?ああ、分かった。」
 踵を返す後ろ姿は、なんとも小さい。そのまま歩き去るまで、何も言えないまま見送ってしまった。
……悪いな、俺は和泉守兼定だ。よろしく。」
 す、と、手が差し出されるのが視界の端に映る。その手を見つめ、正面に立った男和泉守の表情を伺う。
 そう、言葉で表すなら、「苦笑」なのだろう。
「随分な歓迎だな。主に対しての態度とは思えぬ。」
「はっ、言うねぇ。この本丸の決まりは、「一日も早く、この戦いを終わらせること」、ただそれだけだ。」
 天下五剣が仲間なら心強いな。
 一転して笑顔でそういう男と、固く手を握り合う。信頼の証なのか、その手の力強さは中々のものだ。
 だから、つい聞いて見たくなった。
「「誰のために」、早く終わらせようというのだ?」
……、」
 その問の答えは、未だにもらえていない。

* * *

「何を「逃げ」という?」
 私の笑顔は、いつも彼に通用しない。他の刀剣なら、呆れたように、苛立ったように、無感情に私の笑顔を見て去っていくのにだ。腹の中を探られるような三日月の光が怖くて、視線から逃れるように前を向く。あいも変わらず、庭は濃い闇に包まれている。
 思い返せば逃げ続けた日々だった。自分から逃げ、刀剣から逃げ、とうとう審神者という職からも逃げようとしている。向き直るという勇気はなかった。勇気を出せなかった。今一歩が踏み出せなかった。
 カタカタ、カタカタ、心の蓋が揺れている。
 同田貫たちの会話を盗み聞いた時のような動揺はない、あの時のように、蓋が飽きそうだと焦ることもない。
 全てを受け入れること。
 それが、踏み出す一歩ならば甘んじて受け入れよう。
 そう思った。
「そう、ですね。気づきたくなくて責任転嫁したり、傷つきたくなくて見ないふりしたり。」
「例えば?」
……はは、抉ってくるなぁ。」
 例えば、と、言われるならばだ。
……今まで、私を避けもしないけれど接触もしない刀剣たちは、私のことを嫌ってはいないのだと思っていました。」
「現に、そうだろう?」
「いいえ好き、嫌いよりももっと、酷です。」
 好かれてもいなければ、嫌われてもいない。それはポジティブな意味合いでは決してない。
「好きの対義語は嫌いではない、無関心です。
 彼らは、私に無関心です。だから、関わろうとしない私はそれを勝手に、良い方に解釈している。」
 卑屈になり過ぎな気もするが、事実だと思う。無関心とは、時にとても残酷だ。まだ、嫌われている方がいい。自分に「無関心」なのは、悲しい。
 欲張りな女だ、好かれたいけど嫌われたくはない。けれど、無関心のほうがもっと悲しいからいっそ嫌ってほしい。辻褄の合わない思考は、いつ身勝手なものだった。 
「それに、私は自分の行動を省みず、認めてもらえないことを他人のせいにしました。責任転嫁して自分を正当化しようとする、「逃げ」です。」
……そうか。」
 黙って聞いていた彼は、納得したのだろうか。答えは、彼しか知らない。
 闇はますます濃く、深くなる。星は相変わらず頼りなく輝き、唯一の光源として頑張っていた。月がないとこんなにも暗くなるものなのか、今更ながらに感じてしまった。
「天下五剣のこの俺を袖にする人間はいなかったからな。
 悔しいとかいうよりも、いっそ興味がわいた。」
「袖にしたつもりは……いえ、すみません。そう感じさせても仕方ありませんね。」
「ただ、見てもくれなかったのは、寂しかったなぁ。」 
……返す言葉も、ありません。」
 口を尖らせるようにして、苦情を漏らす三日月は怒っているようには見えなかった。ただそのあざとい仕草には失笑する。何がすごいかといえば、その行動を持ってしても違和感を感じさせないことだろう。男がやれば明らかに寒い行為も、彼がやれば似合ってしまう。これが、天下五剣の底力なのだろうか。
 妙なところに感心していると、三日月は珍しく、視線を逸らした。
 そして、思いもよらぬ一言を吐く。
「根底では俺を、否定していただろう、拒否していただろう。」
は?拒否なんかしてませんよ?」
「いや、していた。」
 何を持ってそんな自身が出てくるのだろうか。思わず眉根を寄せて不機嫌を露呈してしまう。
 ああ、彼の前では笑顔が保てない。本当に、保てない。
「今だから明かそうか。
 刀剣たちと仲が悪いならば、主に取り入ろうと思った。」
……はぁ?」
「当たり前だろう、俺達は人の形を取ろうとも「刀剣」であることには変わらない。主の寵愛を受けたいと思うことはごく自然のことだ。
 まあ、ここではその法則はかなり螺子曲がっているようだがな。」
 そうですね、と乾いた相槌しか打てない。
 彼が、何を言わんとしているのかが想像できない。心を守るために身構えようとも、そのタイミングが掴めない。
「だから俺は、主に会いに行った。話しかけた。
 その度に、拒まれもせず、会話もしてくれる。
 初めは、それでよかった。」
 彼が、淡々と言葉を紡ぐ。言葉の羅列は耳をうち、蓋をしていた心にじわりじわりと染みこんでいく。
「だがな、心までは開いてくれなかった。
 受け入れているようで、心の底で拒絶していた。」
っ、して、ないです。そんなこと、」
 ズレる、心の蓋が、ズリズリとずれていく。
「いいや、していたはずだ。
 俺だけではない、堀川や、最初からよく尽くしていた薬研のことですら、心の底では拒絶していたはずだ。」
「してない!そんな、そんなこと!」
 畳み掛けるようにして私を追い詰める。心の防御が間に合わなくて、耳を塞ぐ。けれど耳は残酷に、彼の言葉を拾い続ける。塞いだとてこの静けさ、大した意味は無い。
 私の必死の抵抗なんて気にもせず、彼は私の心の蓋に手をかけた。
「主は、この本丸で誰も信用していない。
 和泉守はもちろん、話しかけ続けた俺も、ずっと世話をしていた薬研も。
 誰一人として、心の底で受け入れはしていない。」
 それが、悲しくてなぁ。
 言葉の意味とは裏腹に、彼は嘯いた。

 私は彼が苦手だった。心の中に土足で入り込んでくるのも気に入らない。けれど苦手になった理由は他にある。
 彼は変わらなかった。
 だから、怖かった。
 彼はいつもどおりだった。
 だから、訝しんだ。
 いつ嫌われるのだろう、いつ裏切られるのだろう。そんな猜疑心が心の中を占めていた。この刀剣もいつか私を無視するだろう、いつか私を嫌悪するのだろう。彼に会うたび、話しかけられるたびに、ぐっと心を固くした。自己防衛なんて聞こえのいいものではない。
 「猜疑」の二文字が、深く深く根付いている。
 傷つきたくない、期待をしたらいけない、最初から信用などしなければいい。笑顔で接してくるのは裏があるからではないか、親身になってくれるのは思惑があるからではないか。感謝の言葉の裏側は、ドロドロと醜悪な気持ちでいっぱいだった。
 それに、彼は気づいている。
 私がずっと隠したかった、「猜疑心」に気づいている。

 彼は、言葉をもって私の心の蓋を全て取り外してしまった。



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