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【小説】近侍審査

全体公開 小説
2023-06-28 23:01:05

動画『近侍が四人になった日』の小説版です。

Posted by @4ninkawaii



……近侍の審査?」

四人は面を食らったような表情で顔を見合わせた。
資材の消費量、鍛刀運の無さ、内番のサボり、経費では落としきれない買い物、その他諸々。
『重要な話がある』とこんのすけに呼び出された時は、全員がてっきり説教されるとばかり思い込んでいたからだ。
思い当たる節が多すぎる四人にとっては、審神者からのその提案はまさに青天の霹靂とも言えた。


審神者が交代となって一ヶ月。
本丸内の雰囲気は、昔とは比べ物にならない程がらりと変わっていた。新しい審神者は良く言えばマイペース、悪く言えば主体性のない人物で、報告義務のある最低限の日課さえこなしていれば特に何も言わない男であった。あの頃のピリピリとした空気はどこへやら、今ではゆるやかな日々が訪れている。
そんな審神者が急に審査をするなどと言い出したことも、四人を驚かせた理由の一つだった。

「現在は燭台切光忠が近侍のままとなっています。ですが……あの件もあり、近侍を見直した方が良いのではないかと案が出たのです」
あの件、という単語に四人の顔が少しだけ曇る。燭台切が前任の審神者に無理な出陣を強いられ、折れた事件。
近頃は平和すぎて忘れていたものの、あのとき奇跡が起こらなければどうなっていたのか……そう考えると、燭台切は少しだけ身震いがした。
「まぁ確かに、前の審神者が勝手に決めた近侍だしな。新しい審神者になったんだ。これを機に一度変えてみるのもアリなんじゃねぇか?」
部屋の重い空気を察してか、鶴丸はわざと明るく振る舞ってみせた。
対して隣の大倶利伽羅は怪訝な顔をする。

「ちょっと待て。どうして候補に俺が入っているんだ」
ここに四人並べられたということは、自分もその審査の対象に入っているということだろう。
現近侍の光忠、練度が最も高い国永、近侍になりたがっている長谷部が候補に挙がるのは分かる。だが自分は本丸内でも比較的新参で、練度も低い。加えて、近侍になるつもりも慣れ合うつもりも更々ないのだ。
「俺よりもっと適任の奴がいるはずだろう」
「まぁまぁ。近侍になりゃあ近侍手当がつくって話だ。お前バイク欲しがってただろ?」
……バイクが買えるほど、手当はないんだけどね」
燭台切はぼそりと呟いた。

「大倶利伽羅が加えられた理由は私にも分かりかねます。ですがこれは審神者の命令……いや、政府の人間も交えた会議で決定したことなのです」
「政府の人間?」
大倶利伽羅はますます分からなくなった。
引き継ぎのために審神者が政府の者と度々会議を重ねていたのは知っていたが、そこでなぜ自分の名前が挙がるのか。
しかし目の前の狐は所詮伝達係、これ以上問い詰めてもその理由が明らかになることは無さそうだった。

「近侍の審査……
隣で独り言のように漏らした長谷部に、燭台切は声を掛ける。
「長谷部くんはまだ近侍になりたいの?」
長谷部が近侍の座を望んで働いていたことは、他でもない現近侍の燭台切が一番よく知っていた。
……ふん、当たり前だ。なんのために俺が今までお前の補佐をしてきてやったと思っているんだ。お前のポストを狙うためだぞ」
「政治家みたいなことをするね……
「それで、審査とは何をするんだ」
長谷部の一言で、皆の視線は再びこんのすけへと向けられる。
「演練場を利用し、仮想の敵を使った模擬戦闘を行って頂きます。負傷しても折れたり傷が残ることはありませんが、準備は万全にお願い致しますね」
「たかだか近侍を決めるのに、そんな大掛かりなことをするんだなぁ」
そう言うと、鶴丸は少し面倒臭そうに頬杖をついた。
「ならこうしちゃいられん。俺は先に準備をしてくる」
言うや否や長谷部は立ち上がり、スタスタと早足で自室へと戻っていった。
「もうあいつが近侍でいいんじゃないか」
鶴丸同様、大倶利伽羅も面倒だと言わんばかりに大きなため息を吐いた。
この四人で審査をしたところで、結局は光忠か長谷部のどちらかに決まる気がしてならない。
……ということは、自分と国永は単なる数合わせで呼ばれたのだろうか。そんな憶測をすればするほど、ますますやる気が落ちていく。

「うーん……
燭台切は何か言いたげな表情で、誰もいなくなった廊下を見つめていた。




「ルールは簡単です。制限時間内にフィールド内に現れる敵を倒してください。終了後、点数が最も高い者が近侍となります」
演練場は貸切状態。何度も利用している場所だったが、四人しかいないぶん、普段とは異なりとても広大に見えた。
……意外と単純なんだな」
「でも撃破数じゃなくて点数か。わざわざそんな言い方するってことは、採点方法に何か基準があるのかい?」
「お答え出来ません」
「なるほどねぇ」
否定をしないこんのすけを見て、鶴丸はにやにやと笑った。
「まどろっこしいことはいい。とにかく敵を沢山斬ればいいだけだろう」
そう言って長谷部は鞘を強く握り締める。
「待ってよ、いくら演練場だからって無茶をするのは……
「それでは始めてください」
燭台切の言葉を遮るかのようにこんのすけが合図を出すと、即座に刀を抜いた長谷部が駆け出した。は、速い。
「まぁ敵を斬り放題ってんなら、気楽にやってみるか。暇つぶしにはなるだろうしな」
白い羽織を翻し、長谷部と正反対の方向に走って行く鶴丸。戦闘好きの彼にとって、ここは絶好のフィールドのようだ。
「俺は勝手にするぞ」
「ちょ、伽羅ちゃんまで!」
止めようとする燭台切をよそに、大倶利伽羅もスタスタと歩き出した。最下位でも構わない。制限時間まで、どこかで適当に時間を潰そうと考えていた。
「なんか皆……バラバラだなぁ……
開始地点に一人残された燭台切は大きく肩を落とした。

「これで二十体目か」
敵打刀を斬り落とし、長谷部は刀を拭った。
仮想の敵はそこまで強くはない。多少の傷は負ったものの、今の練度ならば一人で十分に戦える相手だった。
他の奴らは何体倒したのだろうか……大倶利伽羅と鶴丸は明らかにやる気がなかったから、どこかで時間を潰しているだろう。問題は――
……燭台切」
本丸発足時からずっとその座に着いている近侍の燭台切光忠。彼が折れて不在の間は臨時で近侍を任されたものの、燭台切の復活と同時にその肩書は戻された。システム上で正式に変更はされていなかったらしいので、当然と言えば当然なのだが。
長谷部は苛立ちを断ち切るかのように、背後に迫ってきた敵短刀を圧し切った。
「精が出るなぁ、長谷部」
背後から掛けられた声に、長谷部は振り向く。
「鶴丸か」
「見た感じだとお前が一番倒してるじゃねぇか。やるなぁ」
「当然だ」
どうやら燭台切よりは敵を撃破できているらしい。このまま制限時間までこのペースを保ち続ければ、俺が最高点――つまりは近侍になる。長谷部は再び柄をぎゅっと握り締めた。
「でもお前、ずいぶんと疲労溜まってるみたいだぜ。手伝ってやろうか?」
長谷部はどきりとした。
鶴丸の言うことはもっともだった。敵は弱いとは言えど、一人で相手をするとなると余分な立ち回りが増え、受ける傷も疲労も増える。鶴丸はそういう細かなところにやけによく気付く刀だ。見抜かれたことに若干の焦りを覚える。
……俺は誰にも頼らないし、一人で十分だ。それにこの戦場は、負傷しても折れることはないんだろう」
「伽羅坊みたいなこと言うなよ。心配しなくても、とどめの一撃は全部お前に譲ってやるからさ」
「いいと言ってるだろう。お前の手を借りずとも、近侍には俺がなる」
ここの敵は粗方倒し尽くした。長谷部は次の場所を目指して早足で歩き出す。本音を言うと、これ以上彼の話を聞きたくなかった。
終わっていないぞと言わんばかりに、鶴丸は歩幅を合わせてその後を追った。
「近侍の名前が欲しいだけじゃないのか?」
……
「光坊が折れた理由、お前も分かってるだろ。周りに相談せず、まだやれるって一人で突っ走って折れたんだ」
……
「今のお前、よく似てるぞ。そんなんじゃいつか……
長谷部の足がぴたりと止まる。
「お前に俺の何が分かる!」
「分かんねぇよ」
金色の鋭い視線が背中に突き刺さった。いつもの飄々としてふざけた様子からは想像できないほど、その声色は真剣だ。
「分かんねぇから相談しろって言ってんだ」
「鶴……
振り向いた途端長谷部の目に飛び込んできたのは、鶴丸の姿と――背後に迫り、今にも刀を振り降ろそうとする敵大太刀の姿だった。
「鶴丸!後ろだ!」
叫び声に反応し、鶴丸ははっと振り返る。瞬間、足に鋭い痛みが走った。足首を捻ったようだ。体のバランスが崩れる。間に合わない――
咄嗟に急所を守る受身を取ったが、いくら待っても痛みはやってこなかった。
……?」
視線を上げる。そこには地面で伸びている時間遡行軍の姿と、見慣れた紫の後姿があった。
「あっぶねー……助かったぜ」
長谷部が無言で刀を鞘に収めていると、遠くからこちらに向かってくる足音が聞こえた。

「ちょっと二人とも、大丈夫!?」
異変を察知して走ってきた燭台切は、すぐさま鶴丸の元へ駆け寄った。どうやら足を痛めたのを見抜かれているらしい。
「大丈夫だ!喋ってたら油断しちまったぜ。……ま、少し足を捻っちまったけどな」
「少しって、歩くの大変そうだけど……
「この戦場を出れば治るだろ?それまで敵のいない場所で休むとするさ」
流石に無得点ではあの狐にサボりを咎められると思ったが、体の良い言い訳ができた。敵を倒そうとしたが足を負傷し、悔しくもリタイアした――よし、このシナリオはいける。何事も前向きに考えてみるものだ。

「余計な話をしているからだ。俺は誰にも頼らないと言っただろう」
長谷部はため息を吐く。
「まぁ、点数稼ぎにはなったが……実際の戦場なら知らないからな」
はいはい、と軽く流そうとする鶴丸とは対照に、燭台切は怪訝な表情で押し黙っている。そして長谷部の元へと一歩踏み出した。
すぐにその場を離れようとしていた長谷部だったが、何か言いたげな彼の様子を察してその足を止める。
「なんだよ」

「今の君は近侍に向いてないよ」



……は?」
その言葉の意味を理解した途端、長谷部の表情がみるみる強張っていく。傍で聞いていた鶴丸も、驚いたようにまばたきをして燭台切を見つめた。
「仲間って助け合うものでしょ。勝手に動いて、くだらないことでカッとなって……君こそ、本当の戦場だったらどうするつもりなんだい」
「お、おい光坊、その辺で……
止めに入ろうとする鶴丸の声は届いていないようだった。二人の口調はみるみるうちにヒートアップする。
「なんだよそれ……お前がそれを言えるのか?人の忠告も聞かず勝手に折れたお前が!?」
「だから言うんじゃないか!」
燭台切も長谷部に負けじと声を張り上げた。
「君は……あの時折れた僕とよく似てるんだ。だからずっと、君を近侍にさせたくなかった。だからずっと、僕が近侍を務めていたんだ」
「そういうの何て言うか知ってるか?有難迷惑って言うんだよ!」
「なっ……!」
今にも掴み掛かりそうな勢いになったところで、鶴丸が両手を挙げて二人の間に割って入った。
「ストップストップ!」
こんな場所で殴り合いでもされたらたまったもんじゃない。二人が共倒れして、繰り上げ当選で近侍にされるのはもっと困る。
「とにかくお互い冷静になれよ。……そうだ光坊、伽羅坊探してきてくんねぇか?アイツもどこかで時間潰してるだろうからさ」
……そうだね」
燭台切はくるりと踵を返して歩き出した。長谷部も何も言わずに反対方向へと歩く。
似てるんだか正反対なんだかよく分からない二人だなと、残された鶴丸は苦笑した。



――長い。
何もすることがない時間とは、こんなにも長いものなのか。大倶利伽羅は草むらの上に座り、頭上を流れていく作り物の雲をぼんやりと眺めていた。
敵を斬っていればそれなりに時間潰しにもなるが、点数を稼いでうっかり近侍になってしまう可能性だけは避けたかった。まぁ数体倒したところで、鬼のように倒しているであろう長谷部の得点には遠く及ばないだろうが。

……近侍か」
正直、長谷部が近侍に向いてるとは思わなかった。あの頃の光忠と同じく、彼もまた無茶をして折れかねない刀である。主命なら何でもこなすぶん、光忠以上に危うく思えた。
光忠もあの一件からだいぶ変わったとは言えど、まだ溜め込む癖は治っていない。今の審神者による体制は緩いものの、それもいつまで続くかは分からない。近侍を光忠から変えるという案を聞いた時は、大倶利伽羅も内心賛成していた。
国永……は、まずやる気がないだろう。実力、練度、何より良い意味で審神者に反発できる性格は、案外一番向いていそうな気がするが。
そう考えると、いよいよこの審査も人選ミスに思えてくる。そもそも、何故俺が候補なんだ。

「伽羅ちゃん、ここにいたんだ」
……光忠」
横を見ると燭台切が立っていた。身なりを見る限りあまり戦闘はしていないらしいが、どことなく表情が暗い。
燭台切は黙って大倶利伽羅の隣に腰を降ろす。彼がこうする時は、決まっていつも何か話を聞いてほしい時だった。どうしたんだとも、一人にしてくれとも言わずに、大倶利伽羅もただ黙って地面を見つめる。
「伽羅ちゃんは倒していないの?敵……
「俺は近侍になるつもりはないからな。こうして蟻を見ている」
「蟻?」
地面に目を落とすと、働き蟻が二匹、せっせとビスケットの欠片を運んでいた。大倶利伽羅の手の中には小さな包み紙が握られている。万屋の店主がよくくれる駄菓子だった。
「さっき中間得点が出ていたけど、点数が入っていたから……てっきり何体かは倒しているものだと思っていたけど」
「は?俺は何もしていないぞ」
大倶利伽羅は驚いた顔で燭台切を見た。
「こうして蟻の手助けをしていることも、得点に繋がっていたりしてね」
そう言って燭台切は笑う。
……なんだそれは。討伐数じゃないのか」
「こんのすけは倒した数で決めるとは一言も言っていなかったから。……近侍ってさ、ただ強いだけじゃ駄目なんだよね。優しさとか、周りを気遣う心とか、弱い人に手を差し伸べられる力とか」
……偶然菓子がポケットに入っていたから撒いてやっただけだ。そう反論したい気持ちを堪え、大倶利伽羅は再び黙って地面を見つめた。
「責任は重圧だし、実際僕はそれを抱えきれずに潰れてしまった」
脳裏であの日の記憶が蘇る。自分達の手を振り払って駆け出した燭台切が、敵に斬られて折れた日のことを。つい最近のことなのに、もう遠い昔の話のようだった。
「長谷部くんはそういうところは僕と似ているから、もっと周りを頼ってほしいんだけど……
「喧嘩になったってわけか」
「かっこわるいよねぇ!」
核心を突かれた燭台切は、額に膝をつけて大袈裟に落ち込む。
なるほど、相談したかったことはこれか。大倶利伽羅は納得した。
「あんたはたまに凄く不器用で面白いな」
……褒めてくれてる?」
「長谷部と似てるって言いたいんだよ」
よく長谷部とは話が合わないと漏らす光忠だったが、つまりは言葉が足りていないのだ。負担をかけまいと近侍の座を譲らなかった光忠も、代理の近侍として審神者の告発をした長谷部も、根っこの部分は互いを思い遣る気持ちからきているのだろう。伝え方が下手くそなのだと思う。
……どの口が、と思われるのが嫌なので、本人らには絶対に言わないが。
「もちろん君や鶴さんにも、もう重荷は背負わせたくない。やっぱり僕が今まで通り近侍を……
そこまで聞いたところで、大倶利伽羅は言葉を遮るように立ち上がった。

……気が変わった」
「え?」
「俺が近侍になる」
ぽかんとした顔でしばらく考えた後、その言葉の意味を理解した燭台切は慌てて詰め寄った。
「な、なんで!?伽羅ちゃん僕の話聞いてた!?」
「だから俺が適任だと思ったんだよ」
……?」
「一人で抱えるのは慣れているからな」
「ちょ、ちょっと……!」
止めようとする燭台切を無視したまま進む。まだ敵は残っているだろうか。大倶利伽羅は真っ直ぐに刀を抜いた。
俺も人のことを言えた義理ではないな。



「くそっ、燭台切のやつ!」
抑えきれない苛立ちを顕にしながら、長谷部はつま先に当たった小石を勢いよく蹴飛ばした。
人の気持ちも知らないで、よくもまぁあそこまでズケズケと言えたものだ。近侍に向いていない?折れたアイツにだけは言われたくない。

奴を認めていないわけではないのだ。
最古参というだけではなく、よく気が付き、人望もあり、戦闘力だって申し分ない。実際、長谷部が本丸で初めてまともに喋った人物は燭台切だった。深夜密かに行っていた料理の練習に半ば強引に参加してきたのだが。
しかし副近侍(自称)という立場から観察すると、燭台切光忠という男は全てが完璧というわけではなかった。
弱い部分はひた隠しにするし、面倒事は全て一人で抱え込もうとする。それを得意とする長谷部にとって、彼の笑顔に作り笑いが多いことに気付くまで時間はかからなかった。

目的地も決めず闇雲に歩き回っていると、近くの岩陰に人の気配がした。敵かと思い身構えたが、よく見ると隙間から白い着物がはみ出している。
……鶴丸か?」
「長谷部、ちょっとは頭冷えたか?」
「元から冷静だ。お前はこんな所で何を……
そう言い掛けてはっとする。鶴丸は右足を庇うような姿勢で座り込んでいた。
「まだ痛むのか」
「言っただろ?ちょっと捻っただけだよ。サボりの口実が出来たが、敵に絡まれると厄介だからな。足音が聞こえてきた時は内心ヒヤッとしたぜ」
鶴丸はいつものように笑ってみせた。
……先程はすまなかった」
「何言ってんだ、俺を助けてくれたじゃないか」
長谷部は無言で岩へともたれかかる。しばらく静寂が流れたが、何か言いたげな隣人に助け舟を出してやるように、鶴丸が沈黙を破った。
「やっぱり近侍はお前になるかなぁ。今後はお手柔らかに頼むぜ」
……先程の話、訂正させろ。俺は近侍の肩書だけに拘っているわけではない」
「ほう」
鶴丸は興味深そうに顔を上げた。
「以前、臨時で燭台切の代わりに近侍に任命された時……正直、肩書だけの近侍に嬉しさもなにもなかった」
「そんなこと言ってたっけなぁ。泣き出すものだから驚いたぜ」
けらけらと笑う鶴丸の横顔を、長谷部がじろりと睨む。
……少なくとも俺は、アイツを近侍として認めていた。だからこそアイツをぎゃふんと言わせて、納得させて近侍を交代させなければ意味がなかったんだ」
あの良い声がぎゃふんと言うところは、正直見てみたいな。鶴丸は想像して吹き出しそうになるのを堪えた。幸いにも長谷部には気付かれていないようだった。
「それが『近侍に向いていない』なんて言われちゃあ、立つ瀬もないよな」
……
「光坊の言う事も一理あるが、俺はお前も近侍向きだと思ってるぜ?本丸の経理や管理なんかは長谷部の方が向いてるしさ。お前達は互いにないものを持ってんだよ。補い合えばいい」
鶴丸の言う通り、燭台切は経理面などの事務仕事は苦手なようだった。月末になると書類の作成に唸る燭台切を手伝ってやっている内に、いつの間にかその担当は長谷部となっていた。
……でも、近侍は一人だ」
「難儀なもんだ」
鶴丸はわざとらしくため息を吐く。
「俺は近侍なんてどぉーだっていいんだよ。楽しく過ごせりゃそれでオッケー。こんな下らないことで光坊も長谷部も喧嘩するくらいなら……
言葉を止めた鶴丸の顔を、長谷部はちらりと見る。鶴丸は一瞬険しい表情をしていたかと思うと、すぐにぱっといつもの笑顔に戻った。
「いっそのこと間を取って、俺が近侍やっちまうか!」
「え?」
斜め上の回答に、長谷部は目を丸くする。
「なんだ?俺じゃあ務まらないってか?」
「あぁ、いや……
どう間なのかは不明だが、正直、鶴丸は近侍に向いていると思う。本丸内の刀達からの信頼も厚く、頭の切れる男だ。燭台切が重傷進軍を命じられた時だって、彼ならば審神者の命を突っぱねられただろう。近侍権限でかくし芸大会を開催したり、肝試しの景趣を実装しかねない点を除けば、適任とも言える人物だった。
「まぁ冗談だけどな。でも交代制にしてみるってのもアリな話だと思うぜ」
「それは……
言いかけた途端、鶴丸がばっと立ち上がり刀に手を掛ける。殺気。長谷部もそれを感じ取り身構えた。
いつの間にか大量の敵軍に囲まれていた。
気付くのが遅れたのか?いや、流石にこの数が気配を消して近付くのには無理がある。仮想の敵ならば任意の地点に出現させることもできるはずだ。制限時間が迫り、最後の試練として送り込まれたと考えるのが妥当だろう。
「多いな……
流石の長谷部もこの量にはたじろいだ。
「二手に分かれるぞ。俺は手前の奴をやるからお前は……
「その怪我でどう戦うって言うんだ!」
強がってはいるものの、まともに歩くのがやっとのはずだ。ここで鶴丸を守りながら戦うには、自身が負った疲労と傷は深すぎる。
しかし、やるしかない。長谷部は覚悟を決めて刀を抜いた。
「おい長谷部、無茶だ!」
前へ踏み出そうとしたその瞬間。
こちらへ迫ってきた敵の首が吹き飛んだ。

「お前達……
突如目の前に現れた、見慣れた二つの影。
「今の登場、すごくかっこよくなかった?」
「それを言わなきゃ完璧だったな」
「伽羅坊!光坊!」
鶴丸の声に反応して燭台切はにこりと笑う。
二人はすぐさま体制を立て直して、息のあった連携技を見せながら、あっという間に長谷部達の周囲の敵を一掃した。
「遅くなったね!」
「ここは俺達に任せろ。長谷部は国永を頼む」
数はまだ多い。騒ぎを嗅ぎつけたのか、遠くの敵もこちらに向かって来るのが見えた。とても二人で捌き切れる量ではない。
「おいおい、流石にこの数を相手に二人では……!」
……いや、いける」
長谷部が呟く。
三人の視線が一斉に長谷部の元へ集まった。
「この中で一番偵察に長けているのは俺だ。俺がここで敵の動きを見て、鶴丸を守りながら投石兵で援護する。大倶利伽羅は槍を中心に近くの敵を」
大倶利伽羅はこくりと頷く。
「打撃のある燭台切は大太刀などの重い奴らから片付けてくれ」
「オーケー」
燭台切はにっと微笑む。
……頼む」
珍しく素直で真っ直ぐな言葉に少しだけ驚き、二人は顔を見合わせる。そして小さく笑った後、再び刀を構えて作戦通りに敵へと向かって行った。
……いいのかこれで?点数稼げないぜ」
遠くで敵を撃破する二人をぼんやりと眺めながら、鶴丸は長谷部に語り掛けた。
「誰かが負けて帰るなんて情けない真似できないからな。いいんだよ、これで」
ふんとそっぽを向く長谷部だったが、その顔はどことなく晴れやかに思えた。
「そうか」
そんな長谷部の横顔を見上げながら、鶴丸は満足そうに笑った。



……同点?」
敵が全て撃破され、審査は終わった。
再びこんのすけに集められた四人は、面を食らったように顔を見合わせた。この光景、心なしかデジャヴを感じる。
「はい。集計の結果、そのようになりました」
淡々と結果を報告するこんのすけの前へ、長谷部が慌てて身を乗り出す。
「ちょっと待て!敵を倒した数と合わないだろう」
「そうだぜ、俺なんか一桁も倒してないぞ。……あぁ、足を怪我したからな。仕方なくだ」
撃破数は鶴丸と合流するまでずっと戦っていた長谷部、短刀や脇差など比較的倒しやすい敵を多く相手していた大倶利伽羅が同じくらいのはずだ。敵の強さも加算されるのであれば、燭台切もいい勝負だろう。
「討伐数だけを見ていたのではありません。鶴丸国永の周りを気遣える協調性。大倶利伽羅の冷静さと決断力。燭台切光忠の責任感の強さ。へし切長谷部の咄嗟の判断力」
こんのすけは呆気に取られているそれぞれの顔を順番に見た。
「近侍に必要なのは強さだけではない。強みは活かし、足りないところは互いに補うことで貴方達はもっと強くなる」
……つまり?」
燭台切は首を傾げた。
「貴方達には四人で近侍を務めて頂きます」
「近侍が……
「四人だと!?」
驚いた大倶利伽羅と長谷部がほぼ同時に声を上げる。
「なるほどそうきたか!こりゃあ新しいな!」
予想もしていなかった結果に固まる三人を置いて、鶴丸だけが楽しそうに手を叩いて笑っていた。
「近侍が四人の本丸なんて聞いたことがないぞ……
「面白そうじゃねぇか!四人揃えばなんとやら。近侍手当も四倍だ」
先程の戦闘とは打って変わって、分かりやすくやる気も元気もなくなっていく大倶利伽羅の肩に鶴丸がじゃれついた。
「ちなみに近侍手当は四分の一です」
「なんだと!?」
鶴丸はなんとか手当を増やすようこんのすけに文句を訴え始めたが、無理ですの一言で突っぱねられている。
長谷部はそんな様子を苦笑しながら眺めた。
自分の求めていた形とはずいぶんと違ってしまったが……まぁ悪くはない。現にあのとき一人で戦っていれば、いずれは敵に斬られて強制帰還させられていただろう。

「あの、長谷部くん……
ふと自分を呼ぶ不安げな声に振り返ると、燭台切がばつの悪そうな顔で目線を泳がせていた。
「その、さっきは……
言葉を聞く前に、長谷部はそれを遮った。
「いや、言わなくていい。……俺も言い過ぎた」
謝罪の言葉が欲しいわけではない。
悔しいけれど、事実、燭台切の言う通り今の俺では近侍に向いていない。
でもそれは燭台切も同じだし、大倶利伽羅も、鶴丸だってそうだ。
「俺もお前も、みんなまだ近侍として半人前だ。……いや、四分の一前か?」
「すっくな……
鶴丸が小声で突っ込む。
「ま、足して一になるくらいで丁度いいんじゃないか。その方が荷も軽いだろう」
大倶利伽羅は燭台切の方をちらりと見た。視線に気付いた燭台切は、目を細めて苦笑した。
……立派な近侍になれるよう、共に頑張ろうじゃないか」
差し出された手を燭台切は固く握り返した。
「雨降って地固まる、だな」
鶴丸は嬉しそうに笑った。
「折れた燭台切光忠を呼び戻す程の、貴方達の絆の力……今後も楽しみにしていますよ」
そう呟いたこんのすけの顔を大倶利伽羅はちらりと見やる。どこか含みを持たせたような言い方が気になったが、杞憂だろうか。
この場に水を差すのも悪い気がして、大倶利伽羅は談笑している三人の方へと視線を戻した。



「くそっ、なんでいつもこうなるんだ」
深夜一時。
皆が寝静まった中、厨房には謎の臭いと煙が立ち込めている。
長谷部はとても料理とは言い難いそれを片付けようと鍋を持ち上げた。また食材を無駄にしてしまったことは心苦しいが、これも成功への糧なのだ。大目に見て欲しい。
「あれ長谷部くん、まだ起きてたの?……うわっ、何この臭い!?黒魔術!?」
「シチューだ」
燭台切は顔をしかめながら流し台の前へと立った。
「お前は何をしに来たんだ?」
「夜更かししていたら小腹が空いちゃってね。ほら、僕達が四人で近侍になってそろそろ一年でしょ?昔は色々あったなぁって考えていて」
そう言いながら冷蔵庫を開け、使えそうな食材を物色する。冷蔵庫の余り物でぱぱっと、が出来るこの男の料理の腕は、悔しいが認めざるを得ない。
「卵もハムもポテトサラダの余りもあるし、サンドイッチでも作ろうかな。長谷部くんも食べるかい?」
……あぁ」
シチューになる予定だった鍋を流しの隅に置いやってから、長谷部は戸棚を開けた。
「珈琲くらいは淹れてやる」
「昔から珈琲だけは得意なの、不思議だよね……
「文句を言うならやらんぞ」
豆の缶とミルを取り出す。昔はインスタントでも缶コーヒーでも、カフェインが摂取できればなんでも良かった。一滴ずつ落ちる珈琲の煩わしさを楽しめるようになったのはいつからだろうか。

「おいこらお前ら!コソコソ内緒で美味いもん食ってんじゃねぇぞ!」
厨房の襖が勢いよく開けられ、大倶利伽羅を引き摺りながら鶴丸がドタドタと入ってきた。中々戻らない燭台切を心配してやって来たのだろう。深夜とは思えないパワフルさだ。
「何か言ってやれ伽羅坊!」
「眠い」
「お前なぁ……って、うわっ!?なんだこの鍋、黒魔術か!?」
厨房は一気に賑やかになった。
鶴丸はサンドイッチを作ると燭台切から聞くと、早速冷蔵庫を開けて面白い具はないか考え始めたようだ。
長谷部は戸棚からカップを二つ追加する。
「俺と鶴丸はブラック。鶴丸はアメリカンで。大倶利伽羅は砂糖多めで、燭台切はミルク多めのカフェオレだったな」
好みは四人バラバラである。
同じやり方で作ったって上手くいかないのだ。
最初は面倒にも感じていたが、今はその面倒さも悪くない。

ミルのハンドルを回しながら豆を挽く長谷部の横に、燭台切が並んで立った。
「どうした?」
「ずっと言わなきゃいけなかったこと、忘れてたよ」

そう、あの時の俺が欲しかったのは、謝罪の言葉でも、肩書だけの近侍でもない。
「今の君は、近侍に向いているね」
長谷部はふっと笑う。

……お前もな」





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