■二宮匡貴は多分気圧の所為で眉間の皺が深くなる。それに気付いた三雲修と否定する二宮匡貴の攻防。
@wtkotaji
二宮匡貴という男は常に面白くなさそうな仏頂面をしている。
対照的に人生を謳歌している加古望が「生まれた時からあぁなのよ、きっと」と、評したのはつい先日だ。
当然ながら彼女は二宮が誕生した瞬間に立ち会ったわけではない。ただの想像だ。
でもあながち間違っていないと思うのと軽やかに加古が微笑み、来馬辰也は困ったように曖昧に言葉を濁してジョッキを傾けた。
一方話の中心、というよりも酒の肴にされている二宮は黙ってジンジャエールのグラスに口をつけている。いつも以上に不機嫌そうである。
このメンバーの前では、いや、加古の前では酒など飲むかという強い意志を感じる。堤大地はやれやれと苦笑した。
今日は同い年の面々との飲み会だ。
そもそも二宮は東がいるというからこの飲み会に来たのだが、それは太刀川が加古から聞いた嘘だった。
その為、途中気付いた二宮は当然のように直ぐに席を立とうとしたが、それを来馬が宥めて今に至る。
冷や冷やと二宮を気にする堤に対し、気付いていないのか気にしていないのか。唐揚げに手を伸ばそうとしていた太刀川がふと呟いた。
「そういや来週、台風来るらしいな?」
ぴくりと、二宮の肩が動いた。
全部、気圧の所為だ
ずくりと生き物のように脳内で何かが蠢いた。
(蟲が這う感触の方がまだマシだな)
二宮は覚えのあるその痛みに眉間の皺を深くした。苛立たしい。
ガンガンと響く頭は二日酔いのようで、しかしそれよりも最悪なものだった。
この気圧による変化が齎す頭痛に苛まれるようになったのは確か高校からだった。それから大抵、予報に併せて錠剤を持ち歩いた。
そのピルケースを忘れたと気付いたのは間抜けにも覚えのある刺すような痛みを感じてからだった。生憎と予備は切らしていた。買いに行かねばと考えていた矢先だった。
医務室に行き体調不良に気付かれ、聡い後輩達にいらぬ気遣いをさせるのは本意ではなかった。
しかももう直ぐ台風が来るのだ、早く返すに限る。
今日は早く帰るよう示してから、不思議そうな隊員達のお疲れ様でしたという声を背中に受けながら部屋をでた。
(・・・犬飼は、気付いたか、)
何か言いたげな微妙な顔をしていた。だがこちらの意を汲んで何も言わずにいたようだった。犬飼のあぁいう所を二宮は気に入っている。
台風は日本列島に沿うように北上しているらしく、まだ完全に上陸していないが今夜は完全に荒れるだろう。
その前に帰宅するべきだ。
足早に歩いているつもりの通路が嫌に長く感じた。だんだんと頭の中で警報のように鳴り響く不快さが増していく。
加えて吐き気と目眩まで引き連れてくるのだから腹立たしい。年々酷くなる症状に、二宮は薬を忘れた事を改めて悔やみ、胸中で毒吐いた。
その場に座り込みたい衝動に駆られたが、こんな時まで要らない矜恃が邪魔をする。
何処か座れる場所をと足を向けたのはラウンジだった。時間帯的にも外の状況的にも人は疎らだった。
少しほっとしてから一番近場の席に座る。
椅子を引いた際に些か乱雑な音を立てた為か、二席程先に座っている誰かが驚いたようにこちらを見ているのがわかった。
誰なのかと確認するのも億劫だったので、そのまま両手を組み額に押し付け眼を閉じる。静かに呼吸をする事だけに集中したかった。
どれくらいの時間が経っただろうか。
じっとりと張り付いた被服が不快で意識が浮上する。
ゆると頭を動かし、先程より症状はマシな程度に治まってることを確認する。代わりに喉の乾きが顕著になっていた。
だがマシになったとはいえまだ立ち上がる気にはならなかった。自販機までの移動も億劫だ。
周囲からは明らかに人の気配は消えていた。
近付くなの意味を込めなくてもきっと今の自分には誰も寄ってこないだろう。
弱っているところなど誰にだって見られたくない。
そんな思惑を知りもしないのか、それはのこのこと二宮の席までやって来た。
「あの、大丈夫ですか?」
「・・・・・・・」
お前のかけているそれは伊達か。
空気を読め、眼鏡が。
言いたくなったが、そんな体力は二宮には特に残されていなかった。
*
(ぼくが何かしてしまったのだろうか)
その場の空気の悪さに、先ず三雲修は自分の所業を振り返った。
修の所属するボーダーの先輩である二宮匡貴が、ラウンジにやってきたのは数分前のことだ。
作業に集中していた修は気付いていなかったが、明らかな不機嫌オーラを隠そうともしない二宮が乱暴に引いた椅子が大きな物音を立てたので、修はやっと二宮の存在に気付いたのだ。
普段ラウンジで修は二宮をあまりみない。
恐らく太刀川のような好戦的な上位ランカーの面々に絡まれるのを嫌っているのだろう。
(無駄な事はしなそうだしな、二宮さんは)
しかし、先程のような乱雑な言動はあまり似合わない気がした。
二宮はお世辞にも謙虚ではなくどちらかというと尊大な印象を与える。だが所作や立ち振る舞いは綺麗で、どちらかというと育ちが良い優雅な印象があった。
今はじっとして彫像のようにびくりとも動かない二宮に、何か変だなと修は首を傾げた。
修は元来生真面目だ。それが周囲には鼻につくこともあるらしいが、あまり自覚出来ていない。
何かが二宮を刺激してしまったのかもしれない。
しかしラウンジに来て修がしたことといえば飲み物を購入し、あとはひたすら隊の作戦を黙々と考えていただけだ。
迎えに来てもらう間の空き時間が勿体ないのでこうしてラウンジにて唸っていたのだが、それさえも何か気に障ったのだろうか。
フロアには現在修と二宮以外の隊員は見当たらない。一人で不機嫌になるのも変だろう。
もしかしたら機嫌が良くないのは元からで、隊室で隊員の犬養さん達に余計な心配をかけたくなかったからとかか?などとも思ったが、そういった人の機微を気にするようにも見えない。
(いやでも意外と気遣いする人かもしれないし、)
純粋に失礼な事を考える修はあまり二宮のことを知らなかった。
だが気になる人ではある。
実力は射手ランク一位に加えて個人総合ランク二位と、ボーダー内では間違いなくトップクラス。容姿端麗で隙がなく、将来有望間違い無しの男だ。技術面でも学ぶ事や聞きたいことは修には山ほど有る。
何より麟児の事もあり、視界に入ればつい眼で追ってしまう癖がついていた。
(もしかしてそれに気付いて苛立ったのか?)
それだけで?とも思ったが、人は観察されて好意的になどならないだろう。ランク戦前に二宮の事を聞いて周り過ぎたのも悪かったかもしれない。
(謝った方が良いのか)
そんなことしなくてもいいだろう。大体あの人は大抵あんな顔をしていると、出水辺りならば言っただろう。しかし三雲修は決めたら割と直ぐに行動する。
(いやでもなんて謝るんだ。ずっと貴方を見ていてすいませんでした?いや気色悪いだろう、それは、)
「・・・・・何だ」
「あ、」
席で悩めばいいものを。
歩きながら考えていたので、気付けば修の目の前には超弩級に不機嫌を隠そうともしない二宮匡貴がいた。
その表情と顔色を見た修は、違和感の訳にやっと気付いた。
*
「二宮さん、体調が悪いなら、」
「・・・・・・・悪くない、妙な気を回すな」
思った以上に掠れた声が出て二宮はぎょっとした。
修も驚いたのか意味もなく心配気な表情をしている。それに二宮の感情が苛立った。
「三雲、お前。こんな天候の時まで残っている気か。努力と無茶を一緒にして周囲にいらねぇ迷惑をかけるな」
「すいません、ですが、」
「俺は東さんに呼ばれて残っているだけだ。分かったら早く帰れ」
「・・・はい」
余計な事を言うなとキツイ視線を向ける二宮に、無言で頭を下げた修はラウンジから出ていった。
随分とあっさりといなくなったことに、疑念が浮かぶ。三雲修はあんなに物分りと諦めが良い人間だっただろうか?
しかし再びぶり返してきた頭痛にどうでもよくなり、二宮はまた眼を閉じた。
無事に家に帰ってくれさえすれば文句などなかった。
「誰が台風の夜に後輩を呼び付けただって?」
それから数分後。
悪化する気配しかないのにもういっその事、隊室に泊まるかと考えていた所に声がかかった。
顔を上げた二宮の瞳が、珍しく驚いたように丸くなる。
「東さん?」
「俺がそんな事をお前に言ったなんて知らなかったよ」
「・・・・・・・」
言いながら差し出された薬に、二宮は何故という困惑した視線を向けた。それには構わず東はついでにミネラルウォーターも机に置いてやる。
「三雲がな、二宮が体調悪そうだって教えてくれたんだ。気圧だろ」
「・・・・・」
「ぼくの前だと飲んでくれそうにないからって態々薬を渡してきたんだよ」
自分の事は構わない癖に他人には結構な世話焼きだよな、あいつはと東が苦笑する。何かを探すように二宮が視線を彷徨わしたのでついでに教えてやる。
「三雲なら帰ったよ。台風近いから雨取達が心配だってな。お前も薬飲んだら早く休めよ」
こくりと頷き二宮は素直に薬を飲む。後は泊まるも帰るも二宮が楽な方を選べばいい。肩を貸すかと一応聞くが、二宮は予想した通りに大丈夫ですと首を振った。
少しは落ち着いたらしい二宮の顔色に、無理はするなよと一応言っておく。
「────東さん、」
「ん?」
「ありがとうございました」
「それは三雲に言ってやってくれ」
優しく言葉を返した東に二宮は何も言えず、また頭をぎこちなく下げた。
東の背中を見送った後も、二宮は暫く動けなかった。気圧の所為だけではなかった。考え事をしていた。
何故、三雲修はこんなことをしたのか。
そもそも、どうして二宮の体調不良に気付いたのか。
それだけの疑問がぼんやりとした頭から離れない。痛みとは別の何かに侵食され始めているのを二宮は感じた。
その感覚が意外と不愉快ではない事が、不思議だった。
...end?
「三雲、お前何故俺の不調がわかった」
「・・・・・えっと、」
仁王立ちをした二宮匡貴に、壁際まで追い詰められた三雲修は居心地が悪そうに微妙な顔をした。
やはり薬まで渡したのは気に障ったのだろうか。
(自己管理を指摘されたような感じがして気に喰わなかったのか?)
未熟な自分が伝えるよりはと、偶々帰り際だった東を見つけられたのでお願いしたのだが。
二宮の顔を伺うが、不機嫌ということしかわからない。眉間の皺が先日よりは少ないので体調は普通のようで良かったが。
これ以上怒らせたい訳でもないので、修は二宮が危惧したのであろうことを説明した。
「恐らく、普段あまり会わない知人の方が人の変化には気付いたりするんじゃないかと。ですから二宮隊の皆さんが気づかなかったわけでは」
「何の話をしている。それに犬飼の奴は気付いていたぞ」
そういう事を聞きたいのではない。しかし、なんと言えばこの眼鏡に伝わるのか。言葉を探す二宮には気付かず、修はまた違う事に感心していた。
「そうなんですか、流石犬飼先輩ですね」
「何故犬飼を褒める」
「褒め?いや、二宮さんは犬飼さんからとても慕われているなと」
「気色悪い言い方をするな」
他意はないのだろうが、二宮は微妙な顔になる。「酷いなぁ、二宮さん」そんなことを言う犬飼の顔が浮かぶ。
それに、その理屈だと二宮の不調に気付いた修もとても二宮を慕っている事になるが、それに気付いているのだろうか。
何故かそわりとした二宮が聞く前に、何かに気付いたのか独り言のように修が呟く。
「ん?でもこれだと二宮さんの不調に気付いたぼくも二宮さんを慕ってるって事になるのか?」
「・・・・・」
はたと気付いた修は、だかしかしまぁ二宮さんにとってはどうでもいい事かと直ぐに話題を切り替えた。
「それより、二宮さんに質問があるんですが、」
「待て三雲、巻き戻せ。詳しく説明しろ」
「はい、先日の二宮隊との合同練習で」
「違う、そうじゃない」
「では何時のランク戦の事でしょうか」
「一旦仕事から離れろ」
「はぁ、」
メンタルペンチ眼鏡と呼ばれる三雲修と、圧倒的言葉足らずな二宮匡貴の攻防は暫し続いた。