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あめふり

全体公開 二修 1 4201文字
2023-06-30 11:43:42

■傘を忘れた二宮匡貴と何故か傘を届けることになった三雲修。傘のアレ。

Posted by @wtkotaji


 あめあめふれふれかあさんが。
 そんな童謡を思い浮かべる。
「・・・・・・・」
 絶え間なくしとしとと降ってくる雫を手に受け、二宮は無言で曇天を見上げた。
 一時の激しいものではなく、継続的に一日中降り続けるような静かな雨だった。
 珍しく天気予報を確認するのを怠ったツケだろうか。
 数時間前。二宮は午前のみの大学の課目を終え、夕刻の防衛任務までぽっかりと空いた時間をどうするか考えていた。
 僅かに逡巡した後、二宮の足はそこへ向かった。
 定期的に訪れている市内のその図書館は、大学やボーダーへの距離的にも丁度良いので、度々利用していた。
 本の品揃えというよりも、人があまりいないので課題が捗るから好んでいたという方が正しいかもしれない。
 煩わしい知人が寄ってこないというのが特に良い。構内にて暇さえあれば邪魔をしてくる不愉快な面々を思い浮かべ、二宮は辞書を捲る手を鈍らせた。
 眉間に寄ってしまった皺を緩めるように目元に手を伸ばす。少々眼に疲労を感じていた。
 課題に使えそうだった資料があったのに加え、人も疎らだったのでよく集中出来ていたからだろうか。気付けば4時間程経過していた。
 外もまだ明るく、普段であればまだなんの問題もない時刻だ。そろそろ出るかと、広げていた教本を棚に戻そうと立ち上がりかけてから、二宮はふと気付いた。
 何かが鳴っている。
 窓を叩く微かな音に、二宮はそこで初めて己の失敗を悟ったのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あめふり
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 じゃのめでおむかいうれしいな。
 とてもそんな気分になれない重い足取りで、修は傘を二本抱えて歩いていた。
 右手に柳色よりも淡い色の傘を差し、左手にはやや重そうな黒の傘を持っている。
 誰かの迎えに行っていると一目でわかる格好だったが、修を知っている者なら首を傾げただろう。
 先ず、三雲修が世話をよく焼くとすれば、第一に候補に上がるのは雨取千佳で間違いない。しかし、彼女が使うにしては、修が持つ傘は無骨で愛想がない男物だった。どちらかといえば、今修が差している傘の方がまだ千佳に合うだろう。
 他にも同じ隊である遊真やヒュースなども考えられたが、彼等でもないとわかる。
 理由は修の表情にある。
 修はなんとも言えない微妙な顔で歩いているのだ。
 隊員を大切に想う修に限って彼等にこんな顔はしない。
 玉狛第二の隊長である三雲修は、面倒見の鬼と呼ばれる程結構な世話焼きである。なので、別の誰かのことを迎えに行っている可能性も大いにあった。
 しかしこれ程浮かない顔、というよりも困惑している相手となると、大分限られてくる。
 修が現在迎えに行っている相手。それは二宮隊の隊長、二宮匡貴その人だった。
(・・・・なんで二宮さんをぼくが迎えに行っているんだろう)
 修は改めて数分前にあった電話を思い出しつつ、疑問符を浮かべた。
 
 初めに修が迎えに行ったのは、玉狛第二のオペレーター、栞だった。
 夕飯を作る小南の手伝いで買い出しに行こうとしていた時に連絡があり、栞を迎えに行くことになったまでは良かったのだ。
 もう直ぐ栞がいるはずのカフェに着きそうになった時だった。修の携帯が鳴った。
『ごめん、修くん。今、アタシ風間さん達に拾われてね、』
「?」
 雨宿りしている宇佐美を見かけた風間達の車に乗ってボーダーに向かっていると連絡があった。玉狛支部に帰る予定だったが、急遽オペレーターとして呼ばれたという。
『夜勤だけど、歌歩ちゃんが来れなくなっちゃって。それで、重ね重ね申し訳ないんだけど、アタシの代わりに別の人のお迎え、お願い出来ないかな?急に降られて困ってるみたいで』
「全然構わないですよ」
 聞けば近場である。5分もかからない距離に、修は嫌な顔もせずに頷いた。宇佐美がほっとしたような声を出す。
『ありがとー、修くん。助かるよ~』
「いえ、このくらい何でもないです」
 宇佐美も頼まれたのだろう。
 早速、進行方向を変えながら通話を終えようとした修は、誰を迎えに行けばいいのかを聞いてから、思わず足を止めた。
 犬飼澄晴ならば、断ればいいのにと簡単に言ってくれそうだったがそういう訳にもいかない。
 偶々風間隊が宇佐美を拾い、偶々氷見から連絡がきた宇佐美が情報をキャッチし、偶々近くにいた修に白羽の矢が立っただけのことだ。
 別に嫌な訳では無い。
 ただ、迷惑そうな眼を向けられる気しかしなくて気が進まないだけなのだ。
(余計な世話だとか、何故お前が来たとか無言の視線を貰いそうだな)
 そうしたら、何故でしょうねと間抜けに返してしまいそうだ。
 あと一分程で到着してしまう。
 図書館自体は見え始めている。
 修は手に持っていた傘を持ち替えた。
 元々は栞の傘を持ってきていたので、なんとなく取替えたのだ。二宮が使うなら、どちらかといえば黒が合うだろう。
 パステルカラーの傘を差す二宮を想像し、修は無言で黒の傘を抱え直した。

 
 
 
 *
 
 
 
 
 ピッチピッチチャップチャップランランラン。
 雨の日に迎えに来てくれて嬉しいと、童謡の歌詞で表現したのは北原白秋だ。
 実際はそんな雰囲気では全くなかったが。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
 気まずい空気の中、修は怪訝そうな顔でこちらに気付いた二宮に、どんな顔をすればいいのかと汗をかいていた。
 傘を忘れた筈の二宮は、既に傘を手に持ち差していたので余計だった。
 修の心情を知らない二宮が尋ねる。
「図書館に用事か、三雲」
「いえ、その。お使いを頼まれまして」
「おつかい?」
「はい、氷見さんから、」
「氷見だと」
 正確には氷見に頼まれた宇佐美からだが。
 傘を持ってきていたことを説明した修に、初耳だったらしい二宮は、少し前に雨宿りをして行く旨を氷見に伝えたからかと思い至る。
「一応二宮さん用に持ってきたんですが、ちゃんとぼくが持ち帰りますの、で?」
 言い終わる前に手を差し出される。
 不思議そうに見返す修に、二宮が言う。
「俺用の傘なんだろう」
「あの・・・、持ってきておいて何ですが、無理に使う必要は」
「使うのは俺の勝手だ」
「はぁ、」
 明らかに二宮が持っているビニール傘の方が大きいような気がするのだが。ビニール傘は本来好かないというので、そうなんですかとだけ修は返した。
 こうなるともうやることはない。
 会話も途切れたタイミングで二宮が背を向けた。先程出てきたばかりのコンビニに入っていく。買い忘れだろうか。
 二宮もコンビニを利用するのかと、何やら新鮮な気持ちでそれを見送り、修は役目は果たしたとほっとした。
 何も言われなかったがこれで解散ということなのだろうと判断した修は、二宮とは別方向に背を向ける。後は小南の買い物の用事があった。
 こうしてお互い無言で背を向けた形になったが、二宮としては解散したつもりはなかった。
 頼んだ訳では無いが、態々傘を届けてくれたのだから、コーヒー位は奢るつもりだった。お礼も何も言っていないので、当然付いてきているだろうと振り返りもしなかった二宮は、飲料コーナー前に来てから主語もなく言った。
「どれがいいんだ」
 当然ながら答えはない。
 微妙な無言に振り返ってから、二宮はやっと修がいないことに気付いた。一瞬、呆気に取られてから状況を理解した二宮の機嫌が急降下する。
 何故あの眼鏡はいないのか。
 更に嫌な事は重なる。
「二宮、お前一人で何言ってんだ?」
「・・・・・」
 図書館にいようと思った原因が目の前にひょっこりと現れた。
「俺に気付いて奢ってくれようとしたとかかー?なら俺はこの、」
「失せろ」
「機嫌最悪じゃねーか」
 そんな怒るなよとヘラと笑った太刀川に、無性に腹が立った二宮は、持っていた傘を無言で振りかぶった。

 
 
 
「待て三雲、」
「わ!?」
 傘も差さず結構な速さで修を追いかけた二宮は、ずぶ濡れになりながらも修に追いついた。
 傘を渡した筈なのに、何故こんなにびしょびしょなのかとギョッとした修が立ち止まる。
「二宮さん?あの、傘は、」
「・・・・・折れた」
「折れ、え?二本共ですか?」
「太刀川が悪い」
「た、太刀川さん、ですか?」
 数分の間に一体何があったのか。そもそも何故太刀川が関係あるのか。
 太刀川に渾身の力を込めて傘を打ち込んだとは知らない修は、流石に風邪を引くと二宮に近寄り傘を傾けた。すっかり濡れているので、もう無駄かもしれないが。
 おまけに修が差しているのは元は宇佐美の傘なので、やや小さめだ。男二人では明らかに狭い。これでは確実にじわじわと二人とも濡れてしまうだろう。
 新しく買い直すかとコンビニに戻ろうとも考えた修だが、二宮が何故追いかけて来たのかが気になった。
「あの、二宮さん。もしかしてぼくを追いかけて来られたんですか?」
「礼も言う前にお前が消えるからだろうが」
「れい?別にお礼を言われるようなことは、」
「人に物を持ってこさせて一言もない無礼な奴になったつもりはない」
 それは、確かにそうなのだが。
 ずぶ濡れになってまで引き止めに来た二宮を、改めて修は不思議そうに見上げた。
 じっと見られたら見られたで決まりが悪かったのか、二宮は視線をズラしながらも言う。
「・・・助かった」
「いえ」
 ただ一言を呟いた二宮に、修は少し眼を丸くした。妙に律儀な人である。
「態々ありがとうございます。その為に走ってきてくれたんですか?」
「走ってはいない」
「なら、傘なしで歩かれたからですかね。どちらにせよ風邪を引いてしまいますし、一回ボーダーに行った方が、」
「もう夜勤の交代時刻だ。換装していく」
 用は済んだとばかりに、今度こそ立ち去ると思った二宮は、何か言いあぐねているようだった。
「・・・・・・・今度、隊室に来い」
「はい?」
「茶くらいなら淹れてやる」

 
 
 
 今度こそ飲み物を修に渡す。
 二宮はなにやら意地になっているようだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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