□例の部屋に入った二宮匡貴と三雲修の話。
エワ9記念
@wtkotaji
二宮匡貴と三雲修は、目が覚めると例の部屋に閉じ込められていた。
勿論、気を失う前は別々の場所にいた。
以前よりはある程度交流するようになったとはいえ、態々二人で会う程親しい訳でもない。
目が覚めたのは二宮が先だった。
散々暴れたのであろう苛立った様子の二宮に、咄嗟に目覚めなかったことにしたかった修だが、そういう訳にもいかずに声をかけた。
「実は一度、この部屋を経験したことがあるんです」
「⋯なんだと?」
二宮は、ネットや都市伝説的なことには疎かった。修も元々は知らなかったが、一度実際に体験してからは、ある程度情報を集めていた。千佳や遊真などが巻き込まれた時にも対処出来るようにとも考えていた。今回も対象は修だったらしいことには少し安堵していた。
それとは逆に二宮は聞き捨てならないことに苛立っていた。
「ということは、あの巫山戯た内容に前回も従ったのか」
「はい、色々と試してみたのですが換装は出来ず、壁も床もとても生身で壊せるものではなかったので」
二宮は不快そうに壁を睨み、修もつられてそれを見た。
今回の指令は正直言って簡単だった。『相手を褒めないと出られない部屋』なのだから、正直拍子抜けするくらいだ。
しかし問題は相手だった。
この全てにおいて完璧に近い二宮が、あらゆる面において不足している修を褒める訳がない。真剣に「お前に長所があるのか?」と尋ねられそうである。これが相手の不足している所を指摘しないと出られない部屋だったのなら、あっという間に出られるだろうが。
言っても始まらない。
「二宮さん、嘘みたいなんですが、この指示に従えば部屋からは出れる筈なんです。気が進まないかもしれませんが、一度試してみませんか?」
「⋯⋯」
それはあの注記も含めて従わなければならないのか。二宮は忌々しげに壁を睨んだ。
先程の指令の下には少し小さく『※伝える時は相手の身体に触れながら相手の眼を見つめて本心を伝えましょう』と書かれている。
完全に喧嘩を売られている。
あまりにふざけている内容に、加古や太刀川が絡んでいるのではと二宮は疑ったくらいだった。
あら失礼ねという脳内の加古望の呟きを無視し、直ぐ様メテオラで全てを爆破しようとしたのだが。この部屋では本当に換装が出来なかった。
ここはただの部屋ではない。
じっと待っている修に、二宮は観念したように息を吐いた。
「⋯⋯そうだな」
「ありがとうございます」
ほっとしたように修が言い、更に失礼しますと手に触れてきたので二宮はビクリとする。思わず身体を引きそうになるが、壁の言葉を思い出して諦めた。
何かの神聖な儀式のように慎重に手に触れ、修が二宮を見上げる。
本当に巫山戯た指令だ。
一体なんの意味があるのか。
先程とは違う感情に揺さぶられている事には気付かず、眼を逸らせないことがこれ程居た堪れないものなのかと二宮は眉間に皺を寄せた。
物凄く嫌そうな二宮に、修は早く終わらせようと口を開いた。
「二宮さんは、頭の形がキレイですね」
「⋯⋯⋯」
以前から思っていましたと言う修に、二宮は困惑した。
二宮匡貴は容姿に優れている。
それは自身の容姿には興味がない二宮でも客観的に眺めて知っていたことだった。
嫌味ではなく事実である。
幼少からの周りの反応と評価でそれを理解していた二宮自身としては、清潔であれば特に何の感情もなかったのだが。
つまりは普段から褒められ慣れていたのだが、そんな二宮でも頭の形を誉められたのは初めてだった。
悪い気はしない。不満でもない。そもそもここから脱出する為にやっているのであって。
分かってはいるのだが、二宮は内心突っ込まずにはいられなかった。
何で頭の形なのか。
他にねぇのか。
口にしたくなったが、褒められることに不服を唱えるのも何か違う気がする。
(そもそもこんな事で扉が開くのか)
「あ、OKだったみたいです」
「⋯⋯なんだと?」
二宮の内心に答えるように手を離した修が示した入口には、先程まで二つの電子ロックがされていた。赤いランプが点灯していた内の片方が、今はグリーンになっている。
あれで解錠されたらしい。
ふざけてるとしか言いようがないが、修は「あと1回ですね」と再び二宮の手を掴んだ。
褒めれば解錠されることは実証された。
さっさと言ってしまえばこの憎らしい空間を破壊出来る。
分かっているのに舌が回らない。
二宮は、じっと見つめられていることに今更動揺していた。この若草色の瞳に、知られたくない感情まで見透かされている気がしたのだ。
掴まれている手も気になった。先程よりも慣れたのかしっかりと二宮の手を握っている。その手は明らかに二宮よりも小さな手だった。相手はあの三雲修だと分かっているのに落ち着かないのだ。
二宮とは違い、平気な顔で見上げてくるのも気に食わなかった。
しかしいつまでもこうしているわけにも行かない。
これは飽くまで部屋から脱出する手段だ。
本心を伝えるのもその為だ。
三雲修に出来て、自分に出来ない訳が無い。
二宮は、静かに待つ修に口を開いた。
「二宮さんの声って、耳に心地良いですね」
「────あ?」
がちゃり。
何を言われたかと認識する間もなく、音が響いた。
まさかと二宮が扉を確認する。先ほどまでは閉ざされていた入口が解放されていた。
ぱっと手を離した修がホッとしたようにしている。
「上手くいったみたいですね」
「⋯⋯⋯おい」
早く出ましょうと言う修の肩を二宮が掴む。
「今のはどういうことだ」
「はい?」
「お前は既にクリアした後だっただろう、なのに、」
何故解錠したのか。
知っていたのかと眼だけで訊いてきた二宮に、半信半疑でしたがと前置きして修が答えた。
「初めはぼくもそう考えたんですが、どちらか一方だけが言ってはならないとは書いてなかったので」
「⋯⋯⋯」
試すだけならタダである。
成功して良かったですという修に理解はした。確かに相互に言わなければならないとは書いていなかった。
書いてはいなかった、が。
「──おい、三雲」
「はい、⋯?」
先に出ようとしていた修は振り返り、二宮が思った以上に近くにいた事に些か驚いた。
どうしたのかと尋ねる前に、二宮は修の顔に手を伸ばし、そっと前髪を右側に寄せていた。
少し伸びたままにしていた前髪から、澄んだ色が覗いて見えた。二宮の視線を阻むようにある眼鏡のレンズを煩わしく感じたので、それを取ってしまいたくなる。
そんな二宮の心情など知らず至近距離から見つめられた修は、居心地悪気に身動ぎをしていた。
指令は達成したのにどうしたのか。
先程までとは何かが違う。微かにこめかみに触れている二宮の指と、静かな榛色の瞳が修の胸を少しざわめかせる。息がしにくい。酸素が薄い気がする。
「あの、二宮さ、」
「──お前の眼は、新緑の色だな」
「⋯⋯はい?」
「帰るぞ」
言ったきり、修からすっと離れた二宮が背を向ける。暫しぽかんと見送ったが、修は慌てて後を追いかけた。いつ閉まるかわからない部屋に残されたら堪らない。
今後また遭遇しないとも言いきれない部屋を後にしながら、先を歩く二宮の背を眺めた。
先程の行為はなんだったのだろうか。
よく分からないが、今は機嫌が悪そうなので今度会った時に聞いてみることにする。
(それにしても、一つも褒めるところがないっていうのも物悲しいな)
褒めるところが無いから言われなかったのだろうと一人結論付け、改めてもっと色々と向上させなければと決心し直していた修は知らなかった。
先に隊室に帰ると足早に去った二宮が、一人で本棚に激突する程動揺していたことなど。
…end?
「そういえば前回は誰と入ったんだ」
「犬飼先輩です」
「そうか」
(帰ったら犬飼に聞いてみるか)
数日後。
修は指令が同じだと思い込んでいた二宮に、超近距離で壁際に追い込まれる。