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司えむ騎士姫パロ新刊「黄昏の丘で、さようなら」のサンプル(予定)です。

全体公開 6 21586文字
2023-07-01 13:52:40

司えむ騎士姫パロ新刊「黄昏の丘で、さようなら」の設定・注意書き・起承転結の「起」の部分です。注意書きを確認の上、問題ない方のみ閲覧をお願いいたします。

注意書き

ざっくり言うと剣と魔法のファンタジー。考証は何もしてないです。このセカイだとそうなんだなくらいの雰囲気で読んでください。
カップリングは司えむと類寧々のみですが、ピコワンも保護者会もワンツーもたい焼き真ん中もめちゃくちゃ仲良いです。
えむがモブと婚約してるところから始まります。ただえむが好きなのは司だけですし、最終的にはきちっと司えむになります。
めちゃくちゃ喋るモブがたくさん出てきます。モブに名前はないです。
設定の都合上、司と寧々がえむに敬語を使っています。寧々はえむとふたりの時にはタメ口です。類は使っていません。


設定(という名前の幻覚)


 司………流れでえむのお付きになった騎士。妹のことを大切にしている。
    なんだかんだえむの世話を焼いていないと落ち着かない体質になっ
    てしまった。寧々とは軽口の応酬しまくってる(そして負ける)し
    類にはよく分からない実験に巻き込まれているけど仲が良い。
えむ……一国のお姫様。威厳はないが街の人には愛されている。国中の人が
    笑顔になったら良いなと思っているので教会の慈善活動に積極的に
    参加している。司と寧々が敬語使ってくるのが寂しいけど立場があ
    るのは理解している。類は敬語使わないで喋ってくれるので嬉しい。
寧々……えむのお付きの侍女。えむに誘われて侍女になった。えむのことは
    大切。司にはよく悪態をついているが、類曰く信頼しているからら
    しい。幼馴染である類のことはなんだかんだ好き。
………色々な国を放浪してる錬金術師。寧々の幼馴染。ふらっと帰ってき
    た時には大体司の家に居候しているし司を実験台にして色々してい
    る。司たちの前でえむに敬語を使わないのでよく怒られている。寧々
    のことをひとりの女の子として好きだが、本人に伝わっていない。

寧々以外はVD/WDの☆4カードイメージ。寧々はシニヨン+エプロンドレスイメージで書いてます。

ダショ以外に出てくるのは咲希・彰人・瑞希・まふゆ。
名前だけ出てくるのが穂波・冬弥・愛莉・一歌・志歩・絵名。
彰人・瑞希・冬弥は王国の騎士(司の後輩)。
愛莉は商家の娘、穂波は教会のシスター、一歌・志歩は教会騎士。
まふゆは看護人、絵名は絵描き、咲希は貴族の娘(司の妹なのは変わらず)です。


以上大丈夫な方のみ閲覧をよろしくお願いします。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「らんらんら~ん! お出かけお出かけ嬉しいな~!」
透き通るようなソプラノボイスが、晴れ渡る空に響き、溶けていく。
「お、お嬢様、お待ちください!」
石畳の道を高らかに打ち鳴らし、ふんわりとしたスカートを惜しみなく揺らしながら駆ける少女に、彼女の数歩あとを歩いていた侍女……寧々は、慌てて声をかけた。寧々の声に、スカートの少女……えむは、肩に付くくらいのおさげを揺らしながらこてんと首を傾げた。
「どうしたの寧々ちゃん?あ、もしかして疲れちゃった?」
「つ、疲れてはいませんが……そんなに走っては怪我をしてしまいますよ」
寧々のもっともな忠告。とはいえ、肝心のえむはぴんと来ていないようだ。桃色の瞳を瞬かせながら、こてんと首を傾げる。
「だってだって! 絶好のお出かけ日和だよ?とってもわんだほいだよね!」
「これはお出かけじゃなくて領地の視察で……
「分かってるよ~! お仕事お仕事! 大事なお仕事~!」
そう言いながら、道の真ん中でくるくると回るえむ。軽やかな身のこなしは視線を奪われるほど優美で、まるで各国をめぐる旅団の踊り子のようである。道の真ん中で踊り始めた姫に、寧々はがっくりと肩を落とした。
「もう……
「えへへ~!もう一回くるくるしちゃおう!」
楽しそうに笑いながら、また一回転。ぴたりと動きを止め。指先でスカートをちょこんとつまむ。満面のえみを浮かべるえむと、眉間に皺を刻みながらため息を落とす寧々……そんなふたりを見守っていた司は、耐え切れず苦笑してしまう。
「まったく……姫様、あまり寧々を困らせてはいけませんよ」
「うんっ! 分かった!」
「絶対分かってないですよね……
地を這うような声が、寧々の口から漏れる。あのお転婆なお姫様は、侍女の言葉を本当に分かっているのか、聞く気はあるのか。まあ、あのお嬢様があの調子なのは今に始まったことではないし、気にしすぎないのが正解かもしれないが。現に今だって、八百屋の主人も、仕立て屋に並ぶ老婦人も、行商人も、道行く薬草売りすらも、……皆にこにこと笑いながら、無邪気なお姫様の即席ショーを眺めているのだ。
「はは、相変わらずですね、お姫様」
ショー(と漫才)がひと段落したところで、顔なじみの菓子屋の主人が声をかけてきた。ぴたりと足を止めたえむは、屋台に向かってぺこりと頭を下げたあと、ぱっと顔を上げる。
「こんにちは! はーいっ、今日もとってもわんだほいです!」
そのままぴょんぴょん飛び跳ねるえむに、菓子屋の主人の笑みはますます深まった。
「それはそれは何よりです。では、そんなわんだほいなお姫様に、贈り物をひとつ」
そう言いながら、主人はカゴの中から茶色いものを取り出した。魚のかたちをした焼き菓子……たい焼きを見た途端、桃色の瞳がキラキラと輝き始める。
「こ、これって……!」
「どうぞ。焼きたてですよ」
「えっ! 良いんですか!」
両手の平を合わせて、菓子屋の主人の手にある焼き菓子を覗き込む。大の好物を前に声を弾ませる彼女に、菓子屋の主人は微笑みながら頷いた。
「勿論ですよ。……とと、良いよね、寧々ちゃん」
「あ、はい!」
「それなら良かった。……それでは、どうぞ」
そう言いながら、主人はえむにたい焼きを差し出した。焼きたてのそれを手に、えむははにかむ。
「えへへ、ありがとうございます! あ、あとふたつくださいっ!」
「勿論ですよ。最初からそのつもりでしたからね」
そう言いながら、主人はたい焼きを追加でふたつ、慣れた手つきで包装紙に包んだ。
「はい、どうぞ」
「わあっ……!ありがとうございます!」
元気にお礼を言いながら、えむは残りのたい焼きを受け取る。「あつあつのぽっかぽかだあ」とはしゃぐ主人の横で、寧々が籠から貨幣の入った布袋を取り出した。
「いつもありがとうございます。こちらたい焼きのお代になります。わたしと姫様の分で、二つ分」
「はいはい、こちらこそいつもありがとうございます。寧々ちゃんもいつも大変だねえ」
「あ、えっと、これが仕事ですから……
お釣りを受け取りながら、寧々は小さく首を振る。とはいえ、謙遜しているが、褒められたのはやはり嬉しいのだろう。頬をほんのりと赤く染めながら、寧々ははにかむ。かわいらしい笑顔だ、あの過保護な寧々の幼馴染に見せたら大喜びするだろう……いや、そんなことはどうでもいい。司は寧々に尋ねた。
「おい寧々、オレの分は」
「は? 何言ってんの? 自分で払ってよ」
司が話しかけたとたんに、万物(少なくとも類)を魅了する笑顔がすっと引っ込む。先ほどとは別人のような表情で睨んでくる寧々に、司は小さくため息を落とした。……まあ、寧々はえむのお付きである以上、司の焼き菓子の代金を払う必要はないので、別に間違ったことは言っていないのだけれど。
「あ! お姫様だ~!」
司が自分の分のたい焼きの代金を払っていると、近くの露店にいた男の子たちがえむに向かって走って来た。たい焼きを食べきったえむはの手を、少年は躊躇いなく握る。
「わっ」
「お姫様、また遊んでよ~! また魔よけのぬいぐるみ一緒に作ろう」
「あのね! 俺の家、新しく羊が来たんだ! すっげーもふもふだから触りに来てよ!」
「ええ~っ!? もふもふの羊さん!?」
少年たちの言葉に、えむは目を輝かせる。
「ちょ、ちょっとあんたたち!? ああもう、申し訳ありません、姫様……
少年たちと心温まる交流をしていると、慌てた様子の母親がえむたちのところに駆け寄って来た。そのまま子どもたちの頭を掴むと、えむに向かって下げさせる。
「いでっ」
「ああもう、とんだ失礼を……
そう言いながら、母親も頭を下げる。並ぶ旋毛に、えむはわたわたと手を振った。
「わわっ、気にしないでください! あたし羊さん大好きなので!」
「いえ、そんなわけには……
「羊さん! 大好きなので!」
えむの言葉に、母親は口ごもる。とはいえ、母親の反応も無理もないだろう。いくら人当たりが良く親しみやすい(つまり高貴なオーラがない)とはいえ、えむは王族だ。走って来たのが大の大人だったら、司が静止に入っていたところだろうし。一方の王族らしくないお姫様は満面の笑みを浮かべながら、ふるふると首を振った。
「大丈夫ですよ! もふもふの羊さんとってもわんだほいで……あ、でもでも今お仕事中なんだ……だから見に行けないなあ……
「えーっ」
がっくりと肩を落とすえむに、子供たちは唇を尖らせる。見るからに落ち込んでいる子供たちに、えむは小さく笑うとその場にしゃがみこんだ。男の子と目線を合わせながら、顔の前で両手を合わせる。
「ごめんね! 羊さんはまた今度!」
「そんなあ」
「うーん、それじゃあ、また今度木登り競争しよう! 今度も絶対負けないからね!」
唇を尖らせる男の子に、そう言いながらえむは手を差し出す。きょとんとしている男の子の小さな手と小指を絡め、軽く揺らしながら歌を歌い出す。
「ゆ~びき~りげ~んまん~……指切った!」
指切りをすれば、男の子はぱあっと目を輝かせた。
「わーいっ! 約束だよ、姫様!」
「もっちろんっ! 次会える時とってもわんだほいになれるように、あたしお仕事頑張るね」
「うんっ! それじゃあ、またね、姫様~!」
「ばいばーい!」
「あ、ちょっともうあんたたち!……はあ……
はしゃぎながら駆けていく少年たちに手を振っていると、様子を見ていた母親ががっくりと肩を落とした。そのまま、えむに向かって頭を下げる。
……姫様、とんだ失礼を……
「いいえ! 大丈夫です! それより……今度羊さんを見に行っても良いですか? もふもふなんですよね?」
えむがそう尋ねれば、少年たちの母親は目を瞬かせ……そして、緩く微笑んだ。
……姫様のお願いを断る理由などありませんよ。美味しいお茶を淹れてお待ちしていますね。勿論、たい焼きも」
「! ありがとうございます!」
「ふふっ……それでは、私はあの子たちを追いかけますので」
「はーいっ! お気をつけて!」
少年たちの後を追う母親を、えむは手を振って見送る。一連のやり取りを眺めていた寧々と司は顔を見合わせ小さく笑った。
「まったく……
「威厳も何もあったものじゃないな」
親しみやすいにも限度があるだろう。
……まあ、世界は広いわけだし、こういうお姫様がいても良いのだろうけれど。
「はあ……お嬢様、そろそろ」
「うんっ! 今日はお父さんのお世話になってる人のところに行って~、愛莉ちゃんセンパイのおうちでお話して、牧場と畑を視察して、あとは教会だよね! えへへ~、愛莉ちゃんセンパイと穂波ちゃんに会えるの、楽しみだなあ~」
「そうですね。ふたりとも喜んでくれると思いますよ」
「うんっ! 今日もとってもわんだほいになると良いね!」
声を弾ませるえむに、司と寧々は顔を見合わせ、そして微笑んだのだった。


「穂波ちゃんたちに会えてとってもわんだほい!」
「そうですね。穂波も元気そうで何より」
愛莉の家でお茶を飲みつつ仕事の話をし(どう考えても雑談の時間の方が多かったと司は思っていたが、当のえむは気にした様子もなかった)、穂波が勤める教会をまわった三人は、人でにぎわう商店街をゆっくりと歩いていた。
「アップルパイ、こんなにもらって良かったのかな」
籠に入った紙袋を揺らしながら呟いた寧々に、司は肩を竦める。
「穂波のことだし気にしないと思うが……まあ、気になるようなら、何かお礼を用意しておけば良いんじゃないか」
「そ、そう?」
「ああ、きっと穂波も喜ぶぞ」
「うんうん、それが良いよ!」
司の言葉にえむが頷けば、寧々はふっと頬を緩めた。紙袋を優しい手つきで撫でながら、こくりと頷く。
「それもそうですね……でも、お礼って何をあげたらいいんでしょうか」
「あ、じゃあじゃあ、お魚さんの形のアップルパイなんてどうかな? たい焼きとアップルパイが合体しちゃったの!」
「アップルパイのお返しにアップルパイですか……?」
首を傾げる寧々に、えむは力強く頷く。
「 穂波ちゃん、アップルパイ好きだから喜ぶと思う!」
「う……言われてみたらそうですね」
「穂波ちゃんへのあたしも一緒に作りたいから、寧々ちゃん、作る時呼んでね!」
両手をぎゅうっと握りしめるえむに、寧々はふっと目元を緩めた。
「ふふっ、分かりました」
「あら、えむ様」
穂波へのお返しがまとまったところで、えむの名前を呼ぶ声がした。声のした方を見れば、えむと同い年ぐらいの少女が三人、歩いてくるところだった。司は寧々に耳打ちする。
……あの三人は?」
「ああ、お嬢様のご友人。下級貴族のご令嬢たちだけど……
「ふむ、なら大丈夫か……
「あ! こんにちは~!」
「ごきげんよう、お元気そうで何よりです。今日はお出かけですか?」
そう言いながら、真ん中にいた三つ編みの少女がえむを見、次いで司と寧々を見る。彼女の問いに、えむはにこにこと笑いながら頷いた。
「うんっ! 今日はね、町をぐるぐる~ってしたんだ。教会にも行ったの。それで、今から国境にある丘に行くんだ~。とっても綺麗な野原があるんだよね」
「まあ、そうなんですね! お忙しい様子で……
「あの辺りは良いですよね、お散歩もお昼寝も楽しいです」
三つ編みの少女の隣で、おっとりした少女が笑う。そんな彼女を、快活そうな少女が彼女を肘で小突いた。
「もう、貴女らしいと言えば貴女らしいけど」
「そうですか? 野イチゴを摘んで食べるのも良いですよ? 木の実だって美味しいですし、薬草だっていっぱいあります。楽しくて一日中過ごせそうです」
想像しているのだろう、緩くウェーブのかかった髪を揺らしながら、おっとりとした少女は笑う。そんな彼女に、えむはこくこくと頷く。
「うんうん! 野イチゴも木の実も美味しいよね! あたしもだーい好き!」
「そのままも勿論ですが、ジャムにしても美味しいですしね。たい焼きの中に入れても美味しいと思いますし」
「た、たい焼きの中に……! お、美味しそう……!」
頬を押さえながらはにかむえむ。彼女の口元はだらしなく緩んでいた。
「えへへ、野イチゴ~、木の実~」
「ふふっ」
素っ頓狂な歌を歌うえむに、三人はくすくすと笑った。はっと我に返った様子のえむは、ふるふると首を振る。
「あ、あたしの話ばっかり! みんなはこれからどこに行くの? 買い物?」
えむの問いに、快活な少女が頷いた。
「はい。夕食の材料と、花と……あと魔よけの品を少々」
「魔よけ?」
物騒な言葉に、えむは首を傾げる。一方の司は、快活な少女の言葉にきゅっと唇を引き結んだ。少女は神妙な顔で頷く。
……はい。最近魔術を使って悪さをする人たちが増えていると聞きました。えむ様たち王族の方はともかく、私たちは魔術への耐性もありませんから、魔よけの品を持っておかないと不安でして」
……ないよりはマシ、くらいかもしれませんが、それでもないに越したことはないですからね」
おっとりとした少女が笑いながら言葉を引き取れば、えむは目をぱちぱちと瞬かせた。
「そ、そっかあ……
「えむ様もお気を付けくださいね。魔術への耐性があるとは言え……何があるか分かりませんから」
そう言いながら、おっとりとした少女は司を見た。彼女の視線の意図が分からず、司は首を傾げる。
「あ……こほん」
友人たちとのやりとりを見守っていた寧々が、わざとらしく咳き込んだ。途端に、彼女に視線が集まる。人見知りな彼女には少し辛いのだろう、「あう」と小さく声を上げながらも、彼女は気丈に言葉を続けた。
「お、お話のところ申し訳ないのですが……お嬢様、そろそろ行かないと陽が暮れます」
ところどころつかえながらもそう言えば、えむがぱっと顔を上げる。両手で口を押さえると「あっ!」と小さな叫び声をあげ、がっくりと肩を落とした。
「そうだった! う~、もっとお話したいよ~」
「ふふっ、そうしましたらまたお城に伺いますね」
おっとりとした少女がそう言えば、えむはぱあっと顔を輝かせた。
「うんっ! わんだほいなお菓子、い~っぱい用意して待ってるね!」
「ええ、是非」
両手で大きな円を描くえむに、三人は頬を綻ばせた。
「それでは、失礼します」
「うんっ! バイバ~イ!」
ちぎれんばかりに手を振って三人を見送ったえむは、そのままむむっと考え込んだ。
「魔術を使って悪さをする人、かあ」
「先日の夕食で、旦那様たちがそんなお話をされていましたね」
「物騒ですね。咲希にも気を付けるよう言っておかないと……
寧々の言葉に、司も頷く。えむは頬を膨らませと、両手をぶんぶんと振ってみせた。
「むう、ひどいよね! 折角すっごい力使えるのに……魔法が使えたら、みんなをも~っと笑顔に出来るかもしれないのに!」
「そうですね。類ですら魔力を集めて自動人形の動力源にすることしか出来ませんし……人に影響を与えるような魔術を使えるなんて」
「いやまあ類も十分すごいからな……まったく、羽も生えてないぬいぐるみが突然飛んだのには驚いたぞ」
魔力を集めて好き勝手……というと人聞きが悪いが……していた友人を思い出し、司は遠い目をした。司のぼやき声に、寧々が口角を吊り上げる。
「すごかったよね、司、ずーっと追いかけられてるの」
「うんうん、一日中追いかけられてたね」
「うっ……その話はやめてください」
からかうようなふたりの言葉に、司は頬を引きつらせた。鍛錬を手伝ってあげるよと言いながら、魔力を込められた石を埋め込まれたぬいぐるみに一日中追いかけられたのは、出来れば思い出したくない記憶だ。えむは目をキラキラ輝かせながらぬいぐるみと司を見ていたし、類の奇行に慣れている(諦めている)寧々もスルーしていた。ちなみに近くには瑞希や冬弥もいたのだが、なぜかピンポイントに彰人(爆笑していた)もぬいぐるみに追いかけられていた。巻き込まれると思っていなかったらしい彼の引きつった顔は正直なところ面白かったのでそこだけはなんとしても覚えておきたいと思っている。というよりそこだけ覚えてそれ以外忘れたい。
……えへっ」
苦々しい顔をしていると、隣を歩いていたえむが両手で頬を押さえながらはにかんだ。突然のことに、司は首を傾げる。
「姫様?どうされたんですか?」
「えへへ~、今日は大好きな人にいっぱい会えてとってもわんだほいだなあって」
……そうですね」
そう答える司の隣で、寧々も頷く。
と、えむがぱっと顔をあげた。そのまま、片手を天に向かってぐっと突き上げる。
「よ~し!この調子でどんどん行こう!二人とも、早く早く~!」
「きゃあっ!?お嬢様、ですからそんなに急がないでください!お嬢様!」
寧々の悲鳴を聞きながら、司も二人の後を追った。




「ふうっ……着いた!」
日も天上を過ぎ、少しずつ、少しずつ、地平線に近づき始めたころ。
貴族の家や商会、愛莉の家、穂波が勤める教会を回った三人は、本日最後の目的地である小高い丘にたどり着いた。
「えへへ、い~っぱい歩いたね」
一面に広がる野原と木々を見回したえむは、ふたりの方に振り向くと、満面の笑みを浮かべる。
「そうですね。様子を見た後、少し休憩していきましょうか」
無邪気な笑顔を浮かべる雇い主に、寧々も額の汗を拭いながら頷いた。肩で息をしている侍女に、司も頷く。
「体力ない寧々も疲れているようですし……っておい肘で小突いてくるな」
「う、っるさい……! お嬢様や司ほどじゃないけど最近は体力ついたし!」
「だー、分かったから! もうやめろ!」
執拗に肘をぶつけてくる寧々を、司は睨みつける。一方の寧々は唇を尖らせながらそっぽを向いただけだった。……普段はそうでもないくせに、相変わらず、司に対してはどこか子どもっぽい。彼女の幼馴染曰く「あれは寧々なりに司くんに甘えてるんだよ」ということらしいけれど。
──そして、その寧々より数倍子どもっぽいえむはと言うと……
「あ、あの木とってもわんだほい! あたしちょっと登って来る!」
「って、ちょっとお嬢様!?」
……寧々の制止を無視して、木登りを始めてしまった。それなりに大きな木にも関わらず、えむはするすると登っていく。一国の姫らしからぬ俊敏な動き……大道芸でも難なく出来てしまいそうだ……に、司も寧々の隣で頭を抱えてしまった。
「姫様、その格好で木に登るのはおやめください!」
「えっ、なんで?」
「なんでもなにも……
上を向こうとした司は、えむの状況を思い出し慌てて顔を背ける。……危ない、ひととして、男として見てはいけないものを見てしまうところだった。司の動揺を感じ取ったのだろう、隣にいる寧々が、じとりとした目で司を見た。
……変態」
「へへへんたいじゃないが!?」
「そういう反応どうなの……
「むむむ……喧嘩しちゃダメだよ! あっ、こんなところに木の実発見!」
そう声を弾ませながら、木の実をもぎるえむ。真っ赤な実をひとつ口の中に放り込んだえむは、丸い頬を綻ばせた。
「ん~! 美味しい~! 司くん、寧々ちゃん! これ一緒に食べようよ~」
あっけらかんとした主人に、それまで司と言い争いをしていた寧々は額を押さえると、深い深いため息をひとつ落とした。
……お嬢様、お願いですからその辺になってる木の実を片っ端から食べようとするのはおやめください。毒があるかもしれないんですよ」
「大丈夫だよ~! この木の実、この前類くんが食べて大丈夫だって教えてくれたから……あっ!リスさんだ! こんにちは~!」
「類の言うこと全部鵜呑みにしないでください! あと髪が汚れるのでリスを頭の上に乗せないでください!」
寧々の叫び声が丘に響く。……とはいえ、肝心のえむは気にしてはいないようで、頭にリスを乗せながら木の実を頬張っていた。
「らんらんら~んー リスさんと一緒に食べる木の実も美味しいね~!」
足をぱたぱたさせながら木の実を頬張る彼女は、とても幸せそうだ。緊張感のかけらもないえむの笑顔に、寧々はがっくりと肩を落とした。
「はあ……
「まあ、流石の類も命に関わる冗談は言わないだろうし……
がっくりと項垂れる寧々を慰めつつ、司は頭の中に某錬金術師を思い浮かべる。……ぬいぐるみを使って追いかけてきたときのように、司をからかうのはいつだって全身全力な類ではあるが、流石にこの割と何でも信じるお姫様に言って良いことと悪いことの区別はついている。そうでなければ──たとえ幼馴染であったとしても──侍女である寧々がえむに近づけるわけないのだ。
「それは……そうだけど……
案の定、寧々はもごもごと口ごもる。気まずそうな顔をして顔を背ける寧々に、司は苦笑した。……なんだかんだ言いながらも、寧々はあの奇想天外な男を信頼し、大切に思っているのだ。そして、それは寧々だけではないだろう。
まあ……あの男が抱いている感情は、多分寧々のそれとは少し違うだろうけれど。
……どうしたの司、急に黙り込んで」
「あ、いや、なんでもないぞ。……類と言えば、それ、あいつからもらった自動人形か?」
話題を変えるようにそう尋ねれば、寧々は司の方を見た。司は顎で寧々の持っている籠を示しながら「それだ」と言葉を続ける。
「あ、これのこと?」
司の問いに、寧々は籠からそれを取り出した。掌に収まるくらいの金属製の自動人形が、寧々の手の上でかくかくと踊り始める。
「そ。これにも魔力が込められた石が埋め込まれてて、ここを引いたら大きな音が出るみたいで。……危険な人がいたらこれを鳴らせって言われたの」
「大きな音?」
「うん……ま、引いてみるのが一番早いか」
人形についた細い指を糸に絡め、そのまま引っ張れば、途端に甲高い音があたりに響き渡った。辺りを切り裂くような強烈な音に、司は思わず耳を押さえる。
「どわっ!? うるさいぞ!」
「うん、あんたの声と同じくらいうるさい」
「ここまでじゃないだろうが!?」
「大して変わんないけど……
司の反応に満足したのだろう、彼のツッコミを言葉を鼻で笑い飛ばした寧々は自動人形を止めた。籠の中にしまわれる自動人形に、司は耳から手を離しつつため息を落とす。
……まったく。相変わらず、類は本当にお前のこと好きだな」
からかうようにそう言えば、眉間に皺を寄せた彼女は首を傾げた。
「そう? からかわれてるだけなんじゃないかと思ってるんだけど。あんたもよくからかわれてるし」
「それはそうだが……なんか、違うだろ、オレとお前のからかい方」
そう言いながら、友人の顔を思い浮かべる。……司に無茶ぶりをしたり、えむに色んなことを教えたりする類。そんな彼に時にぷりぷりと怒る寧々を見る彼の顔は、いつだってとても優しいのだ。それに何より、司を追いかけるために作られたぬいぐるみと、寧々を守るために作られた音が鳴る機械人形を比べてみれば、あの器用で不器用な彼の、司への感情と寧々の感情が違うことなんて一目瞭然だろう。
……気のせいじゃない?」
……まあ、当の本人は気づいていないようだけれど。正直なところ、寧々のこういうところは類に少し同情してはいる。とはいえ、司に出来ることは何もないのが実情ではあるけれど。
「はあ……まあ。だから類は良いの。類はあんな感じだけど、でも、お嬢様に危険なことはさせないし、危害を加えることもしない。類は……大事な人のためなら、なんだってしようとするから」
「お前、それ類に直接言ってやれ。泣いて喜ぶから」
「う、うっさい……でも、世の中類みたいな人ばかりじゃないでしょ」
そうぼやきながら、寧々はえむを見つめた。菫色の瞳に不安の色を滲ませる彼女に、司は小さく苦笑する。
……心配か」
「当たり前でしょ。心配して何が悪いの」
躊躇いなく言い切る彼女に、司の笑みは深まる。
……まあ、寧々の心配は痛いほど分かるがな。姫様は王族だと思えないくらい、人を信じやすいし、子どもっぽいし」
そう言いながら、司は木の上にたたずむえむを……粗相がないように注意しながら……見上げる。太い木の枝に腰掛けつつ、リスと一緒に調子はずれな歌を楽しそうに歌う彼女は、寧々や妹、その幼馴染と同い年にはとても見えない。どこまでも純粋で、無垢な少女だ。
……あんた、その言い方、世が世なら殺されてる」
「む……
あんまりな言いざまに、司は口をへの字にゆがめた。まあ、寧々の言うことは事実なのであえて言い返すことはしない。彼女の苦言に沈黙を返すと、司は再びえむの歌に耳を傾ける。えむの歌声が、弾けて、橙が混ざり始めた青空に溶けていく。……寧々のようにうまくはないし、どこか調子はずれな歌だけれど。けれど、どこか耳に心地いい彼女の歌声が、なんだかんだ司は好きだった。
「ねえ、司」
えむの歌に耳を傾けていると、隣にいた寧々がふと口を開いた。彼女の方を見れば、頬杖をついた寧々がえむを見て、目を細めていた。
「む、なんだ」
……ずうっと、こんな時間が続けば良いのにね」
……
ぽつりと零された言葉に、司は無言を貫いた。


「はー、楽しかった!」
ひとしきり歌を歌い終えたえむが、するすると木から降りてきた。軽い身のこなしで地面に着地すると、頭の上に乗っていたリスがえむの身体を伝い地面に降り、そのまま森の方へ去っていく。
「リスさんばいばーい!」
「もう、お嬢様ったら」
「えへへ~、とってもわんだほい! はい! これ寧々ちゃんと司くんの分!」
そう言いながら、えむは木の実を寧々たちに向かって差し出す。顔を見合わせたふたりは、素直に主人から木の実を受け取った。
「ありがとうございます」
「とってもとっても美味しかったよ!」
「ふむ……それでは、家に帰って咲希と一緒にいただくことにします」
「あっ! それなら咲希ちゃんの分も取って来なきゃ」
「やめてください! 半分こしますから」
「ほへー、そっかあ」
また木を登りだそうとするえむを必死に止めれば、お転婆なお姫様はしぶしぶと言った様子で木から足を外した。再び登りださなかったことに安堵しつつ、司は木の実をしまい込む。寧々も籠の中にしまった。
「それでは、そろそろ……
「あ、待って! あのね、お花摘んで行きたいの」
「花?」
「木の上から見てたらね、色んなお花がぶわわ~って咲いてて、とってもわんだほいだったから!」
「なるほど……
言われてみれば、色とりどりの花が緑の大地に咲き誇っている。ふっと、司の頭の中にかわいい妹の顔が思い浮かんだ。
「折角だし、オレも摘んで帰るかな」
「うんうん! 咲希ちゃんもきっと喜んでくれるよ」
「そうですね……お嬢様も、旦那様たちにですか?」
「うんっ! お父さんと、お母さんと、お兄ちゃんと、お姉ちゃんと……寧々ちゃん!」
「わ、わたしも?」
「うんっ! あ、あと……
そこで言葉を切ると、えむは顔を上げた。地平線の向こうをじっと見つめ、すっと目を細める。
「明日、あの人来るからプレゼントしようかなあ」
「あの人?」
抽象的な言葉に、司は首を傾げた。
……婚約者の方ですか?」
誰ですか、と聞こうとしたところで、言いにくそうな顔をした寧々が口を開いた。
「あ」
「婚約者」という言葉を、口の中で繰り返す。えむはちらりと司を見た後、はにかんだ。
……うんっ。わんだほいになってくれたら嬉しいなあ」
……そうですね」
「えへへ。あ、あのね! 木に登ってる時に気づいたんだけど、あっちの方にとってもきらきらほわわ~なお花咲いてたんだ! ちょっと摘んでくるね!」
それだけ言うと、えむは花を摘みに行った。薄桃色のおさげを揺らしながら駆けていく彼女の後ろ姿に、司は小さく息を吐く。
……婚約者、か」
「うん。明日旦那様たちに会いに来るんだって。一緒に食事もしていくみたい」
「うーん……
……何その顔。……お嬢様の婚約者、司も会ったでしょ?」
「あ、ああ」
──数か月前行われた顔合わせ。ほぼお互いの親族しかいない場ではあったが、えむ専属の侍女である寧々と、ほぼえむのお付きの騎士となっている司も同席したのだ。
「姫様に着いていけるか心配だったが……まあ、杞憂だったな」
隣国の王族の末席の身分だというえむの婚約者は、覇気こそないけれど、とにかく人当たりの良さそうな青年だった。えむ語もある程度理解できるようで、ともすれば支離滅裂に聞こえる彼女の言葉を聞いて何度も頷いていた。穏やかな笑顔を浮かべつつ、えむの話を聞いている彼の姿は、今でもよく覚えている。
司の言葉に、寧々も頷いた。
「良い人そうだったし、そんなに心配しなくても良いんじゃない?」
「それは……そうだが」
寧々の言葉に、口ごもる司。確かに、寧々の言うとおりだ。えむの……主人の結婚相手として、なんの不足もない相手である。
あるのだ、けれど。
「そう……そう、だよな……
らしくなく歯切れが悪い司、寧々は目を細めた。
……ま、司の場合それだけじゃないんだろうけど」
「どういうことだ」
……別に」
それだけ言うと、寧々は鼻を鳴らした。相変わらずの彼女に、司は眉間に深く皺を刻みこむ。本当に、司(と類)にだけはこの調子だ。まあ、彼女のこういう態度は類曰く「甘えている」らしいし、人見知りの彼女がそれだけ心を許してくれているのだと思うと悪い気はしないけれど。
「司くん! 寧々ちゃん!見て見て~!」
と、籠いっぱいに花を摘んだえむが戻って来た。彼女の腕の中には、色とりどりの花があった。
「このお花、婚約者さん好きなんだって! ゼラニウムって言うんだって。綺麗だよねえ」
「そうなんですね」
そう言いながら、司はえむが示した花を見る。真っ赤に咲き誇る花は、言われてみればとても美しかった。司の手を見て首を傾げる。
「あれ? 司くんお花摘んでないの?」
「あ、そう言えば……
寧々と話をするので忘れていた。頭をかく司に、えむは小さく笑う。
「しょーがないなあ……はい!」
そう言いながら、えむは摘んで来た花から数輪手に取ると、司に差し出した。突然のことに、司は目を瞬かせる。
……良いんですか?」
「うんっ! 咲希ちゃんも喜んでくれたらとってもわんだほいだもん!」
「分かりました、ですからそんなにぐいぐい押し付けないでください」
ほらほら、と言いながら花を押し付けてくるえむをいなしつつ、司は黄色とオレンジ、そしてピンクの花を受け取る。上品な匂いに、司の頬も思わず緩んだ。
……ありがとうございます。咲希も喜びます」
そう言えば、えむの顔に笑顔の花が咲き誇った。
「えへへ! どういたしまして! ところで、ふたりで何のお話してたの?」
「あ、いえ」
「なんでもありませんよ。……それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」
「ええ~」
頬を膨らませるえむ。そんなえむに、寧々は苦笑した。
「もうそろそろ夕暮れ時ですよ」
「う……
「はあ、まったく……今日が最後というわけでもないんですし、またこうやって出かければ良いじゃないですか」
……はあい」
寧々と司に窘められたえむは、唇を尖らせながらも立ち上がる。相変わらずなお姫様に、司は苦笑しつつ立ち上がった。
と、その時。
……!」
ピン、と、あたりの空気が震える。思わず腰の剣の柄に手をやった。異変に気付いたのだろう、寧々も背後にえむを隠す。夕暮れ時の橙と夜の藍色が混ざり合う世界に降りる、静寂。鳥の声すら聞こえない静けさに、司は小さく息を吸い、詰める。
その間が何秒だったのか、何分だったのか分からない。長く短い時間のあと、僅かに茂みが揺れ長身の男が姿を現した。
「おやおや、みんなおそろいで」
ひょっこりと姿を現した男……類は、黄金の瞳を緩めながら手を振った。途端に、周りの張りつめた空気がふっと霧散する。
……類」
突然の友人の登場に、司は肩の力を抜いた。柄から手を離し、掌にかいていた汗をそっと拭う。
「あっ、類くんだ~!わんだほーいっ!」
一方のえむは司の心中など気にした様子もないようだ。元気に叫びながら類のところに駆け寄ると、類の前でぴょんぴょんと飛び跳ねることで歓迎の意を表す。
「えむくんは元気そうだねえ」
満面の笑みを浮かべるえむに、類は笑いかける。突然の幼馴染の登場に、寧々は顔をしかめた。大股で歩み寄ると、額を指先ではじく。
「いたっ」
「ちょっと、服汚れてるじゃない。……はあ、お嬢様の前になんて姿で現れてるの」
「まあまあ、お土産を持ってきたから許して欲しいな」
「えっ、お土産!?」
お土産という四文字に、目を輝かせるえむ。類は両手を広げると、無邪気なお姫様に向かってにこりと笑いかけ、持っていた鞄を揺らしてみせた。
「ああ。えむくんがとってもわんだほいになれるお土産をいっぱい持ってきたよ」
「お話も?」
「ああ、勿論さ」
……! お土産も楽しみだし、お話いっぱい聞きたいなあ……そうだ! 折角だしうちでご飯食べて行こう!」
「ちょっ」
バッと顔を上げる寧々。類は寧々を横目でちらりと見ると、目を細めて頷いた。
……それはそれは、折角のお招きだ、喜んでご相伴させていただこうじゃないか」
「ああ、もう……
「お前、本当ためらいなく誘いを受けるな……
「こういうのは受けないと失礼だろう?なんてったってお姫様のお誘いだ」
しれっとした類に、司と寧々は肩を落とした。……普段えむをお姫様扱いしてない人間が何を言っているんだ。
……まあ、お前なら文句は言われないだろうがな」
「そうだね、ありがたいことだよ」
「えへへ~、ご飯~ご飯~」
類に会えてご機嫌なえむは、隣にいた寧々の手を握る。
「きゃっ」
「寧々ちゃんも一緒に食べようね!司くんも!」
「オレは食べませんから」
「ええ~……
頬を膨らませるえむ。そんな彼女に、寧々はため息をひとつ落とした。
……お嬢様、類はともかく、わたしは侍女ですし、司もお付きの騎士です。……立場というものがありますから」
「あ、そ、そっかあ……
寧々が何を言いたいのか理解したようだ。整った眉毛をハの字にしながら項垂れるえむに、司と寧々は内心白旗を振った。悲しいかな、この顔にはとんと弱いのだ。
……その代わり、こうやってまた一緒に出掛けましょう。司が言っていたように」
「!」
「ああ、今度は類と四人で」
「! うんっ!」
寧々の言葉を司が引き取れば、姫君はぱあっと顔を明るくし、頷く。そんな彼女に、三人は顔を見合わせて笑った。
と、その時、不意にえむが寧々の手を取った。
「わっ」
「えへへ~、お腹ぺこぺこだし、早く帰ろ~」
「ちょっ、ちょっと」
寧々の手を引き歩き出すえむ。軽い足取りで歩くふたりの後ろ姿に、司はほっと息を吐いた。
「まったく……
「えむくんは相変わらずだねえ」
「お前もな。……しかし」
そこで言葉を切ると、司は類を見た。夕暮れを灯した瞳を、すうっと細める。
……助かった、類」
「どういたしまして。……しかし、今回は少し肝が冷えたね」
地面に書かれた文字を脚で消しながら、類は肩を竦めた。彼の動きに合わせて消えていく文字を苦い顔で見つめていた司は、ため息をひとつ落とした。
……ちなみに、今度のは?」
「皮膚が醜くただれる呪いだね。高熱のおまけつきだ」
「うわあ……
真っ赤にただれた柔肌を想像し、思わず顔をしかめてしまう。
──本当に、類が来てくれて助かった。
……それで? 何か分かったか?」
そう訪ねれば、類は顔を顰めた。
「まだ色々調べてるところだよ。早くけりをつけたいんだけどねえ」
……そうだな」
『最近魔術を使って悪さをする人たちが増えていると聞きました』
えむの友人の言葉を思い出し、ため息をひとつ。
……王族がこんなことになっているなんて、口が裂けても言えないが。
「まだ、目立った被害は出ていないけれど……えむくんの家族にも、引き続き調べて欲しいと頼まれているし……えむくんの婚姻までに、なんとかけりをつけないとね」
……
「ね、司くん」
……ああ」
そうぼやくと、司は先ほどまで文様が書かれていた場所をもう一度踏みつける。足先に力を籠めれば、土がわずかにえぐれた。
……理由は分からないが、ここ数か月、えむに呪いがしかけられることが増えたのだ。
王族であるえむは魔術や呪いへの耐性も高く、大半の呪いは効かない。そうでない呪いも司や類がこうやって術式を破壊しているから大事になっていないだけだ。いい加減どうにかしないといけないと思ったえむの家族たちが、類に依頼をして色々調べているけれど、まだ何も掴めていない状況である。
「早くなんとかしないとね。……えむくんの婚姻も近いし」
「ああ」
婚姻、という言葉に、司は顔をしかめた。



翌日。
「ふあああ」
雲一つない青空の下、城の見張り台に立っていた司は、大きな欠伸をひとつ落とした。
「司センパイ、何アホ面してんスか」
呆れた声に顔をあげてみれば、そこには隊の後輩……彰人が立っていた。彼の後ろには同じく後輩である瑞希が立っており、にやにやと笑いながら司を見ている。
「アホ面言うな」
目じりに浮かんだ涙を拭いながら睨みつけてみれば、彰人は鼻を鳴らした。
「事実じゃないっスか。つーか、なんでそんなに眠そうなんスか」
「いや、昨日類の実験に付き合わされてな……
そう、何を隠そうあの男、城から戻って現状報告をしたあと突然「そう言えば旅先で面白いものを見つけてね!」と鳥の形をした自動人形を取り出したのだ。どうやら障害物を器用に避けながら飛んでいく自動人形のようで、元の持ち主に頼み込んで手に入れたらしい。折角だし飛ばしたいと熱弁する類に、それまでの神妙な雰囲気はどこに行ったんだとツッコミを入れたくなったが、結局付き合って遅くまで起きてしまっていたのだ。
「あはは、類らしい」
類の旧友でもある瑞希には、彼がどんな顔をして司を実験に付き合わせていたのか容易に想像が出来るのだろう。けたけたと楽しそうに笑う後輩を軽く睨みつけながら、司は腕を組んで城壁にもたれかかる。一体全体、今日はいったいどんな実験に付き合わされるんだろうか、そんなことを考えながら、欠伸を噛み殺した。
……あ、お姫様だ」
「む」
瑞希の声に、司は顔を上げる。瑞希の視線を追いかけ、庭の方をちらりと見ると、寧々を連れたえむが男と歩いていた。先ほどともに昼食を食べていた婚約者だ。えむが両手に持っていた花……昨日摘んでいたゼラニウムだ……を渡せば、彼は一瞬驚いたような表情を浮かべた後、満面の笑みを浮かべて受け取った。しばらく話したあと、手を振って別れる。従者たちとともに城から出ていく彼を、えむは手をちぎれんばかりに振って見送っていた。
「あー、一緒にいたのお姫様の婚約者でしたっけ?」
一連のやりとりを頬杖を突きながら見ていると、彰人がそう言った。内々の話ということになっているけれど、そう言えばふたりも知っていた。そんなことを考えながら、彼の方を見れば、片頬を吊り上げながら司を見てくる。
「なんだその目は」
からかうような色を滲ませた後輩を、司は睨みつけた。とはいえ、当の彰人は気にしていないようだ。首元を押さえながら、庭にいる雇い主一行に視線を向ける。
「お姫様のことめちゃくちゃガン見してんじゃないスか」
「な」
「あーあ、弟くん言っちゃった」
彰人の声に、瑞希の声が重なる。後輩たちの容赦ないダブルパンチに、司は思わず頬を引きつらせた。
「う、うるさい」
「お姫様になつかれてますもんねえ、センパイ」
「なつかれ……
「あー、確かに。司センパイいたらすーぐ飛びついてくるし」
彰人の言葉に、瑞希も頷く。からかうような口調に、司は嘆息する。……あれをなつかれていると言っても良いのだろうか。
……姫様は割と誰にでもあんな感じだろ」
「え?」
「そっスか?」
司の言葉に、彰人と瑞希は首を傾げた。心底不思議そうな顔をするふたりに、司の眉間に皺が増える。
「なんだその反応」
……いや、別に……
……まあ、確かに割と誰にでも飛びついていくよねえ。この前は王宮に絵を描きに来てた絵名に飛びついてたし。ま、絵名も嬉しそうだったけど」
「あー……絵名なんかに飛びついて何が面白いんだか」
「あはは、あ、でも割と司センパイは特別?って感じだよね~」
姉のことを思い出し苦々しい顔で鼻を鳴らす彰人の言葉を、そうやって引き取る瑞希。そんな瑞希の言葉に、司は首を傾げた。
……そうか?」
「あー、確かに。女にならみんなあんな感じだけど、男であそこまで突撃するのは司センパイくらいじゃないっスかね?」
……言われてみれば」
彰人の言葉に、普段のえむを思い返す。……普段からあんな調子なのでそこまで気にしていなかったのだけれど、言われてみれば彰人の言うとおりかもしれない。自由気ままな性格ではあるけれど、彼女も王族の一員。破天荒ながらもわきまえているところはあるようで、家族以外の男性に飛びつくことはないように思えた。意中の相手(と書いて寧々と読む)がいる類は勿論だが、それなりに仲が良い彰人や冬弥に飛びつくこともない。あそこまで躊躇いなく飛びついてくるのは司くらいだ。
「ほらやっぱり~」
彰人の指摘に黙り込んでしまった司に、瑞希が楽しそうに笑う。楽しそうな瑞希に、司は嘆息した。
「そこまでなつかれるようなことをした記憶はないんだがな」
声を弾ませる瑞希にそう呟きながら、司は庭に視線を投げる。今話題のお姫様は、なにやら寧々と楽しそうに話をしていた。うっすらと頬を染めているように見えるのは、婚約者と会っていたからだろうか。彼女にとって、あの人畜無害そうな青年は「そういう表情」を向ける存在なのだろうか。そう思うだけで、なぜだろう、なんだか胸の奥がざらざらして仕方なかった。
「あれ、司センパイどうしたの?」
「知らん。そろそろ行くぞ!」
「行くってどこに……ん?」
と、そこまで言った彰人がぴたりと足をとめた。次いで、瑞希も。突然黙り込んだ後輩たちに、司も足を止め、彼の方を見やる。
……ふたりとも、急にどうしたんだ?」
「いや、なんか騒がしくなったなって」
「騒がしく……確かに」
「なにがあったのかな……って、アレ」
「どうしたんだ?」
「お姫様が倒れてる」
……なっ!?」
瑞希の言葉に、司はさっと顔を上げた。彼女の指さす方に向かって、勢いのまま身を乗り出して庭の方を見れば、瑞希の言うとおりえむが倒れていた。ぐったりと横たわる少女に、司は目を見開いた。
「え、えむ!? ねえ、えむってば!」
隣で泣きそうな声でえむの名前を呼ぶ寧々。しかし、彼女は目を覚ます気配がない。予想していなかった事態に、さあっと、顔から血の気が引いていく。
「ちっ……
……って、司センパイ? って、どわっ!?」
彰人の言葉を無視して、司は中庭へと駆け下りた。そのまま、えむと寧々に駆け寄る。
「どうしたんだ!?」
そう叫べば、青ざめた寧々が顔を上げた。菫色の目に涙を浮かべながら、力なく首を振る。
「わ、分かんない。急に倒れて」
「急に?」
「う、うん……ど、どうしよう……こ、このまま、し、しんじゃ……
「ええい! 落ち着けっ」
真っ青な顔をした寧々に、思わずそう叫ぶ。とはいえ、正直なところ司も落ち着いているわけではない。一瞬目を離したうちに、えむがこんなことになっているのだから。とはいえ、司は騎士だ。この状況でパニックを起こしている場合ではない。狼狽える寧々を落ち着かせながら、司は異変を探すように辺りを見回す。と、見慣れない文様が地面に刻まれていることに気が付いた。ぼんやりと怪しい光を滲ませる文様に、司は眉を顰める。
「これか……っ!」
足で乱暴に消してみるものの、えむは起きる気配がない。相変わらず、寧々の腕の中で力なく横たわっているだけだ。一歩遅かったようで、呪いは完全にかかってしまったようだ。
「くそっ……一体誰が……
目を開かないえむに、司は舌打ちをする。……とはいえ、こんなところで油を売っている暇はない。犯人捜しはとりあえず後だ。司は寧々からえむを預かると、そのまま抱き上げた。身体はあたたかいし、浅くではあるが、呼吸はしているようだ。
「ど、どうするの」
「とりあえず、早く、医師に見せなくては……あと、こういう時は……
「どうしたんスか……
「えっ、お姫様大丈夫?」
司が思案していると、彰人と瑞希がやってきた。
……そう言えば、瑞希は「彼」のことを知っている。
「暁山! 頼む、類を呼んで来てくれないか!」
そう叫べば、瑞希は首を傾げた。
「類? 良いけど、でも今どこに……
「今日はオレの家にいるはずだ! 頼む、早くしないとえむが……
……
「あー……
叫び声に、瑞希と彰人は顔を見合わせた。そのまま、小さく息を吐く。
……りょーかい」
「すまん、頼む」
「じゃあオレは医者呼んで来るんで」
「助かる! ……寧々、行くぞ!」
「い、行くって?」
「えむの部屋だ」
「わ、かった!」
えむを抱えた司は、寧々と一緒にえむの部屋に向かう。彼の後姿を見送ったふたりは、思わずと言ったように顔を見合わせた。
……司センパイ、ほんっとうに、分かりやすいよなあ……
「気づいてないのは本人だけだよねえ……まあ、らしいっちゃらしいけどさあ。……と、いけないいけない。類呼んで来なきゃ」
「オレも行ってくる。……やばそうだしな」
……そうだね」
そう言葉を交わしたふたりは、目当ての人物を探しにいくために走り出した。


「はあ……
重たい扉の前で、司はため息をひとつ落とした。


あれからすぐ、類と医者、そして医者の助手であるまふゆがやって来て、部屋の中に籠った。部屋の中には三人と共にお付きの侍女である寧々が、特に出来ることもない司は見張りがてら外で待っていたのである。
「しかし……なんで、あんなところに呪いの文様が……
そう呟きながら、司は庭を思い浮かべた。
言うまでもないが、城に入ることが出来る人間は限られている。部外者が入ろうとすれば、門番に止められるはずだ。中に入れるのは、王族と侍女や騎士たち、それに客人たちくらいである。
(しかし、それなら誰が……
「ふう……
考えていたその時。重たい扉が音を立てて開いたかと思うと、深いため息が聞こえてきた。ぱっと顔をあげれば、類と医者、そしてまふゆが部屋から出てくるところだった。
「朝比奈さん、姫様の様子は……
……今すぐ命に関わるようなことはなさそうですが、ひとまず安静に……といったところですね」
「そう、ですか……
「行きますよ」
「あ、はい。それでは」
司たちに軽く会釈をすると、医者とまふゆはそのまま去っていった。ふたりの背中を見送った司は、隣でふたりを見送っている類の方を見た。
……本当に、大丈夫なのか?」
そう尋ねれば、類はわざとらしく鼻を鳴らした。
「君らしくないねえ。朝比奈さんたちの言うことを信じられないのかい」
「うぐっ」
「朝比奈さんたちの言うとおりだよ。身体的にはどこも問題ない」
「身体的には、って……?」
やけに引っかかる物言いに、司の眉間に皺が寄る。司の問いに、類は肩を竦めた。
「主治医曰く、えむくんの身体はいたって健康らしい。脈も正常、呼吸もしっかりしている。少なくとも、外観で分かるような症状は何もない。……ただ、眠っているだけなんだって。それなのに……
「眠り続けている……そういう呪いか?」
「ああ」
頷くと、類は人差し指をぴんと伸ばした。
「見たところ単純な魔法だけど……とても丁寧にかけられてる。普通の人間なら絶対に目覚めないだろうね。……それでも、えむくんならどうにか出来そうなんだけど……
そこで言葉を切ると、類は扉の方を見た。
「どうして目覚めないのかは分からないままだ」
……くそっ」
司は顔を歪め、ダン、と壁に拳を叩きつけ……ずるずるともたれかかった。
「~~っ、なんでこんなことに。そりゃ、姫様は突拍子もないことばかりするが、だからといって人に恨まれるようなことなんてひとつもないのに」
「そうだねえ……
司の言葉に嘆息する類。
と、その時、再び扉が開いた。見れば、疲れた顔をした寧々が部屋から出てきたところだった。
「寧々、大丈夫か」
「うん、わたしはなんともないよ……。ただ、少し休んできたほうがいい、って、朝比奈さんたちに言われてたから。少し落ち着いたから出てきたの」
嘆息する寧々。か細く震える手に、司はため息をひとつ落とした。
「寧々」
「なに」
「先に言っておくが、え……姫様がああなったのは別にお前のせいじゃないぞ」
……っ」
司の言葉に、寧々は押し黙る。項垂れる彼女に、司は眉間の皺を深くした。……やはり、えむを守れなかったことを気にしていたようだ。
「で、も」
エプロンドレスをぎゅっとにぎりしめ、唇を引き結ぶ寧々。弱弱しく肩を震わせる幼馴染の頭を、類が優しく撫でる。
「司くんの言うとおりだ。えむくんはともかく、普通の人間は生身で魔法に対抗する術を持たない。むしろ、寧々に渡していた魔よけのお守りを、もっと広範囲に効くものにしておかなかった僕の落ち度だ」
「そ、そんなことないし……わたしが、わたしがもっと」
「ええい、お前は悪くないと言ってるだろ! しっかりしろ!」
……っ!」
司の叫び声に、寧々が肩を震わせる。明らかに怯えた様子の彼女に、司は我に返った。
……すまん」
「う、ううん。ありがと。……でも、どうしよう、このまま、お嬢様が目覚めなかったら」
声を震わせる寧々。類はふっと頬を緩めた。
「そんな顔をしないでおくれ。大丈夫さ、司くんと僕が絶対になんとかするからね」
「ああ、だから安心しろ、寧々」
そう言えば、寧々は顔をくしゃくしゃにして頷いた。


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