2023/08/06 床下クッキーパーティー参加作品です。
両片思い期の本編ドラヒナで、お盆ネタです。ロナルドくんが両親の墓参りで不在の事務所で、ジョンとヒナイチくんとの会話の中で「あの人」を思い返すお話。
ラストがちょっと不穏です。私の中で、ヒナイチくんって人外に対して爆弾発言をする子なイメージでして…彼女を人として見送るルートか、転化ルートかで、意見の別れる方はご注意下さい。
@kw42431393
「ロナルドくん、忘れ物はないかね?」
「うるせえな、お袋か。お前は…。」
お盆前後の帰省ラッシュもあって、『新幹線が止まるだけの虚無』と普段けなしている新横浜駅も混雑している。いつもの退治人服とも部屋着とも違うロナルドくんは、こうして見ると素直にイケメンだと思う。まぁ、私ほどじゃないけどね。
「じゃあ、留守番頼むわ。」
そう言って、少しウキウキした様な緊張した様な相棒の顔。これから、ご両親のお墓参りの為に県外に向かおうとしているのだ。
ロナルドくんとヒヨシ隊長は、高校生の時から私がシンヨコにやってくるまで、ある勘違いが元で疎遠となっていた。だから、お盆にこうやって家族で都合を合わせて墓参りをするのも数年ぶりだという。雪解けのきっかけが、私がこの事務所に転がり込んで、ヒナイチくんが監視任務でここに出入りする様になり、さらに半田くんやサギョウ氏が起こしたトラブルが原因だったのだというのだから、分からないものである。ますますもって、感謝して貰いたい。
「喧しいわ。ありがとう…よ!!」
「スナ!!」
「ヌー!!」
ちなみに、何県かは聞きそびれてしまったが、ロナルドくんは明後日には帰ってくると言っていた。久方ぶりに、ジョンと一人と一匹…それはないかな。
「いってらっしゃい。家族水入らず、ゆっくりしておいで。」
「そうもいかねえだろ。お盆だったら、ポンチ共が騒ぎ出すからな。早めに帰ってくるぜ。」
「ヌッヌヌッヌイ!」
プシュッと音を立てて、新幹線の扉が閉まる。さて、私達も事務所に戻ろうか。
事務所に帰ると早速、私はこれからやってくるであろう可愛いハムスターを迎える準備をする。最近夏バテ気味だから、冷たいゼリーにしてあげよう。
『ヒヨシ隊長が、ご家族と墓参りする事になって休暇を取ったのだ。私が、その間隊長代理をする事になる。』
『それはそれは、大変だね。』
少し、背後でロナルドくんがビクッとした顔をしたが、私とジョンはさあらぬ顔をしてみせた。若造、そんな事ではバレてしまうぞ。
『そういえば、ロナルドもだったな?』
『お。お…おうよ。』
『お前もずっと仕事詰めだっただろう。ゆっくりしてきてくれ。』
『…ありがとな。』
うん。こういう素直な子達、お母さんは大好きだよ。という事は、彼女の仕事がさらに増えるという事だ。やって来たら、好きなものを食べさせて、ゆっくり休ませてあげよう。
「ドラルク、こんばんは。今夜も監視に来たぞ。」
「いらっしゃい、ヒナイチくん。隊長代理、ご苦労様。」
いつもよりずっと遅い11時頃、ヒナイチくんが事務所に姿を見せた。実質、監視に来たというよりご飯を食べに帰ってきたに近い。早速、冷たい麦茶とゼリーを出してあげると、疲れた顔に笑顔が戻る。
「おいしい、おいしい。」
「ヌイヌイ。」
くにゃりとアンテナが、ハートマークを描くのを見届けながら、次々と夕飯を並べていく。料理が吸い込まれる様に消えていくのが、心地よい。今回、ジョンは夕食とおやつを先に済ませているので、余裕をもって彼女の頭を撫でている。うん、いつもはね…ちょっと死活問題だもの。
「ごちそうさま。」
両手を合わせてペコリと下げる彼女を見ながら、心が満たされていくのを感じる。やっぱり、この子が来てくれてよかった…私はロナルドくんがいつも寝転んでいるはずのソファを眺めた。ここに来てから、騒がしいのが当たり前過ぎて、一人と一匹でドラルク城にいたのが嘘みたいだ。静か過ぎると寂しくなる。これは、ジョンも同感らしい。
「これ、ヒナイチくん。お風呂を沸かしておいたから、入ってから寝なさいよ。」
お腹が膨れてウトウトし始めた彼女を揺する。汗で気持ち悪いだろうし、私じゃ床下まで運んであげられない。何より…
「ん…分かった。フフ、お母さんみたいだな。」
「ロナルドくんにも言われたよ。世話を焼かさないの。」
誤魔化す為に、くしゃりと頭を撫でる。汗ばんだ肌から、舌なめずりしたくなるよい匂いがする。私の手料理で出来た極上の血液から作られた、君の…
「なぁ、ドラルク。」
「な、何!?」
呼びかけられて、我に返る。危ない、危ない。
「お前は、どうなんだ?吸血鬼には、お盆とかお墓参りとかはないのか?」
くるり、とアンテナが?マークを描く。深い意味はないらしい、ロナルドくん達が墓参りに行っている事で連想した、純粋な疑問だろう。
「う~ん。母が日本系だからお盆の行事に抵抗はないんだけど、身内に死んだ吸血鬼がいないから基本ないね。お祖母様が人間の方だから、帰国した時はするけど、お会いした事がないからピンと来ない。」
「…そうか。悪い事を聞いたな。」
「そんな事はないよ。あと、自分のお墓参りならあるかな。」
人間に紛れて生きていた世代の吸血鬼には、何個か自分の墓を持つ者もいる。長命種である我々が同じ土地で姿が変わらないままで生活すると怪しまれるので、墓を建てて死んだ事にする。そして、別の土地に移る訳だ。その土地に暮らしていた時分を思い出したり、その時代の人々の子孫が自分の事を噂していたりして、なかなかに面白い。
「なるほど。じゃあ、昔会った人達で参りたい人とかはいないのか?」
「南米のマジロ達のお墓なら、参ってるよ。人間はないね。」
「ヌーン。」
そこまで関心を持った昼の子は、君達が初めて…いや。
「ごめん、訂正させて?いるよ。」
「ヌヌ?」
「…どんな人だったんだ?」
頭に浮かんだのは、黒づくめでもじゃもじゃ頭の聖職者。私とヒゲの前に現れた、神の御名のもとに何人も同胞の心臓に杭を打ってきた男。
「15の頃にね。私のクッキーと紅茶を美味しいと言ってくれて、このドラドラちゃんを無邪気で儚いと言ってくれた悪魔祓い師だった。」
「優しい人…だったのか?」
優しい…か。実をいうと、彼の事を知っている訳じゃない。たった数時間、お茶した相手だ。
「いつか参ってあげてはどうだ?」
眠そうな目を擦りながら、なんとか言葉を紡ぐ君に笑いかける。参るも何も…私の記憶が正しければ、彼のお墓はないかもしれない。あるとすれば…ノースディンが時々出かけていると噂の廃教会。
『…私が善き…のではないから……しくじった。何故、目覚め…。』
通りがかった時に、部屋の中から微かに聞こえた涙声…ノースディンは、私とお父様に甘い。修業時代の私が凍えない様に、何かと彼は手を講じていた。当時は、私が親元に帰るのが寂しくて、コントロールを失っていたと思っていたのだが…あの男はどこかにいるかもしれない。我々と同じ夜の者として。
「いや…参りたくても参れないよ。」
仮に昼の子として生きていても、教会の指令に逆らったのだ。おそらく破門されただろう。真っ当な人生を送れたはずがない。
どちらにしても、私が行って彼の心は休まるとは思えない。
「そう…か。」
微かな声に苦笑いをする。だから、お風呂に入って来なさいと言ったのに。
「ヒナイチくん、先にソファで休もう?そのままだと溺れちゃうよ?」
「…あぁ。」
ジョンに手伝って貰って、彼女を自分に寄りかからせる。なんとか引き上げて立ち上がらせたものの、体重がかかった瞬間ザラっと塵になりかける。が、そこは耐えた。レディに「重かった」なんて可哀想だもの。
「ヌンヌヌヌーヌ♪」
「あんよって…赤ちゃんじゃないんだよ。ほら、ヒナイチくん。1、2、1,2。」
ジョンに言っておいてなんだが、実際赤ん坊の様な歩き方だ。歩行訓練の様なやり方で、彼女をソファに誘導する。本当はかっこよくお姫様抱っこをしてやりたいものだが、こればかりはどうしようもない。
「さ、ここに座って。ごめんね、リボンタイとジャケットを取るよ?」
「…うん。」
正直、かなり紳士力が試される。この角度から本当に綺麗なうなじをしているのがよく分かるので、尚更だ。
ドラルク様、ヌン床下からタオルケットと枕を取ってくるヌ。
え…ちょっと、ジョン。二人っきりにしないで。
そう言いたかったけど、それを言うとジェントル違反をしそうで葛藤しているのがバレバレだ。結局、そのまま彼を送り出してしまった。
「なぁ…さっきの話…」
「えっ?」
焦点の合わない翡翠の瞳がこちらを向く。口元がふっと綻んだ。このクッキーモンスターは、こんな表情をする子だっただろうか。
「私やロナルドのお墓は、参ってくれるよな?」
「随分と気の早い事を言うね。それは勿論だとも。」
考えたくもないけれど…私の吸血鬼生で一番楽しい時間をくれた君達のお墓参りなんて。
「今年のハロウィン。その人がおいしいって言ってたクッキーを焼いてやったらどうだ?」
「…?」
なんだろう。寝ぼけているからか、話があちこち飛んでよく読めない。クラージィの墓参りをしたくても出来ないという話から、何故ハロウィンなのか。
「あれ?日本と違って帰って来るのは、お盆じゃなくてハロウィンじゃないのか?」
「どうかな。ハロウィンって、実はキリスト教の祭りじゃないのだよ。クッキーは、君が食べたいだけじゃないの?」
ジャケットを脱がせると、ヒナイチくんは滑る様にして体をソファに横たえた。私は慌ててマントを脱ぐと、彼女にかけてやる。マントをずり上げながら、彼女はさらに続けた。
「ん…いい匂い。じゃあ、私の時はとびきり早い馬を用意してくれるか?」
「馬?待って、待って。話がついていけない。」
マントの匂いを嗅ぎながら、彼女の目がさらに落ちていく。
「おぼんに…だれよりはやくかえって…きて、おまえに…あいたい。クッキー…たべたい。」
「な、何を言って…!?」
「まねいて…おくから、きて…ほしい。わたしのときは…まいり…に」
「!!?」
招いておく…我々にそんな事言っちゃいけない。牙がうずく、理性が崩れていく音がする。

「あ…ぁ。」
すぅすぅと寝息を立てる君を覗き込む。出会った時から目をつけていた、私の可愛い可愛い獲物。
『いい奴だ。一緒にいると楽しいんだ。』
その言葉に感動したから、欲望に蓋をしたのに。
「ねぇ、選択肢を増やしていい?」
のしかかると、その白い首に舌を這わす。あぁ、やっぱり汗ですらこんなに美味しい。
ビクリと彼女が飛び上がるが、目覚める気配がない。頸動脈に沿って…私がずっと牙を突き立てたいと思って見ていた場所を甘噛みする。
「はう…うぅ。」
「せめて、君の墓だけでも参らなくて済む選択肢を。」
何度も血を吸えば、吸血鬼化に適した血液が作れる。吸血鬼になってしまえば…そんな心配いらないでしょ?
「んん…?」
くすぐったいのか、ヒナイチくんが嫌々をする様に首を振る。ますます背筋がゾクゾクする。吸血鬼としても男としても、本能が刺激される。
「動かないで…招いておくと言ったのは君じゃないか。」
「あっ!?」
ぐっと牙に力を入れる。さらに、片方の手を滑らせて、小振りな胸をまさぐった。
「…は……ふ…ぅ」
漏れる吐息が、さらに私を追い詰めていく。
「招くって事は、嫌じゃないんでしょ?だから、私に頂戴?今から君の血を、君の…」
ドラルク様、持ってきたヌよ。
ガチャリと扉の開く音…長年連れ添ってきたマジロの声に、ハッとなる。
ヌ?どうしたヌ?
「い、いや…何でも…ない。それより、それは?」
悪い夢でも見ていた様なバツの悪さに、ジョンを直視できない。マントを取ってタオルケットをかけてやると、私はジョンが持っている何かに視線を戻した。
「それ、私が彼女にあげたぬいぐるみ…。」
嫌そうな顔で受け取ってくれた、私の変身失敗シリーズじゃないか。
ヌン!ヒナイチくん、いつもこれ抱いて寝るの知ってるヌから。よく眠れる様ヌって!
「そ、そう。」
ヌン、ヒナイチくん。どうぞヌ。
「う…ん?」
ジョンがぬいぐるみを近づけると、彼女はそれを抱き寄せた。安心しきった顔で、幸せそうに…。
「ウフフ…ちん。」
ヌ、実は気に入ってるんだヌ!
私のぬいぐるみ、そんなに大事にしてくれていたの?尚更、罪悪感で体がザラザラと崩れていきそうになる。
あとは、お湯とタオルもいるヌ?あれ?ドラルク様?
首を傾げるジョンを置いて、夢遊病者の様な足取りで部屋を出る。そして、壁に頭をぶつけて一度死んだ。そんな事で、さっきまでの最低な自分がリセットされるとは思えないけれども、少しでも心が軽くなればと思ったのだ。
「ロナルドくん、早く帰ってきてくれないかな。」
やっぱり、私達は一人でも欠けてはいけない気がする。時計を見ると日付がとっくに変わっていた。彼が帰ってくるまで、我慢すれば…。
『お盆に誰より早く帰ってきて、お前に会いたい。クッキーが食べたい。』
『招いておくから、来て欲しい。私の時は参りに…。』
こんな言葉を聞いて、いつまで私はこの渇きに耐えられるだろう。