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夜明けに思う

全体公開 1 16 6410文字
2023-07-05 19:35:23

令和るろアニED「切っ先」のTV Ver.を聞いて感じたことでお話を書きました。とにかく、フルを聞く前、ED映像を見る前に書き上げてUPしたかったので(笑)
京都編エピローグ 剣薫前提、剣→←薫、剣→巴。

Posted by @tachik_k

「なんかごめんね、剣心。結局つき合ってもらっちゃって」
「拙者が言ったことでござるし、薫殿が気にすることではござらんよ」
 申し訳なさそうに眉を寄せた薫に、剣心はいつもの穏やかな笑みを浮かべた。
 夏の盛りが近いとは言え、夜明け前の今は空気もまだ少しひんやりとしている。
 うっすらと靄の立ち込める薄暗い参道は、人はおろか、虫の声も鳥の羽ばたきも聞こえず静まり返っていた。二人の足音と葉擦れの音だけが聞こえている。
 緑の匂いが肺を満たして、その濃さに軽いめまいすら感じた。
 この道を抜ければ、目的の場所はもうすぐそこだ。

 ことの起こりは数日前。
 滞在先である白べこの冴が、近くに蓮が群生している池があるのだと教えてくれた。
 神社の参道から少しそれた脇道の先にあるその池は、この時期になると水面いっぱいに蓮の花が咲き乱れるらしい。特に朝日に照らされたその光景は、まるで夢のようなのだとか。
 見たい、と言ったのは薫だった。
 そんなに美しい光景なら、一度は見てみたい。
 けれど問題は時間だ。
 蓮の花が咲くのは午前中のみ。しかも朝日を見ると言うのなら、出かけるのは夜明け前になってしまう。
 薫が朝に弱いのは根性でなんとかするにしても、さすがにまだ暗い時間に不案内な場所まで一人で行くのは心許ない。
 左之助や弥彦は薫と同じく不案内なので同行には向かない。何より、二人はまったく行く気がない。
 葵屋の面々は、早朝は修繕した葵屋での仕事が忙しい。操は――正直、ちょっと心許ない。それに朝に弱いと言う点では薫以上だ。
 冴はさもありなん。
 朝日を見るのはあきらめて、午前中に蓮の花だけでも――と思っていた薫に、では拙者が、と言ったのは剣心だった。
 志々雄との闘いで瀕死の重傷を負った剣心が床上げしてからそれほど経っていない。確かに怪我は随分よくなったし、街に出るようにもなったけれど、あまり無理はさせたくない――心配する薫に、剣心は笑いながら「大丈夫でござるよ」と言った。
「それに、せっかくだから拙者も見てみたいでござるし。かまわないでござるか、恵殿」
 唐突に話を振られた恵は、しかし、大人の余裕を感じさせる表情で微笑んだ。
「かまいませんよ。そろそろ体力も戻ってきた頃でしょうし」
 恵が了解を出せば、薫が反対する理由はない。

 かくして今日。
 ふたりは夜明けの蓮を見るために、まだ暗い内に白べこを出たのだった。



 整えられた参道から、普段であれば見逃してしまいそうな細い脇道に入って少し。
「うわ……もうけっこう咲いてるのねぇ」
「これはなかなかでござるな」
教わった場所にたどり着く頃には、周囲の靄はそのままに、空が少しずつ明るくなり始めていた。昨日降った雨がまだ乾いておらず、朝露が薄闇の中で鈍く光っている。
 池はそれほど広いものではなかった。せいぜい一反と言ったところか。聞いたところによると、底からわき出した水が溜まってできた池らしい。
 木々に囲まれた池は静かで、まだ夜明け前と言うこともあり、周囲は朝よりも夜の気配が濃い。
 朝日が山の間から顔を出すまでにはもうしばらく時間がかかるだろうか。
 しかしその薄闇の中でも、池の至るところで大輪の蓮の花が開いているのが見えた。
 まだつぼみだったり、今まさに開こうとしている花。それから、すっかり大きく花弁を開いて、夜明け前の空に向かってすっくと立っている花。
 ぼんやりとした薄闇に浮かび上がる花が、朝日に照らされた時にどんな姿を見せてくれるのか。
「楽しみだね、剣心」
「そうでござるな」
 期待に目を輝かせる薫に、剣心も目元を綻ばせた。
 屈託のない薫の笑顔を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。
 この場所は洛中にあるものの、少し入り組んでいる。まだ夜の明け切らない早朝に薫を一人で行かせるわけにはいかないと思って同行を申し出たが、こんなに嬉しそうな笑顔を見れたのだから、本当に来てよかった。
 ――実のところ、この神社の周辺界隈は、剣心がまだ人斬りとして小萩屋に身を寄せていた頃に何度か訪れたことがあった。
 自分が同行すると言ったのも、多少なりとも土地勘があったからだ。
 小萩屋にいたのは暗殺者として活動していた半年ほど。近くに神社があることは知っていた。先ほど通ってきた界隈の景色もなんとなく見覚えがある気がする。
 けれど、その近くにこんな見事な蓮を見ることができる場所があることは知らなかった。
 あの頃は、そんなことに興味を持つ余裕などまったくなかったから。

 ――そう言えば、彼女は訪れたことがあっただろうか。

 何気なく思い出した横顔に、剣心はぎくりとして一瞬息を止めた。
 胸の中にこみ上げてくる息苦しさを慎重に飲み下す。
 ちらりと見やった薫は何も気づいていないようで、一心に蓮の花に見入っていた。
 朝日が昇って来るのを今か今かと待つ子供のような表情に、ほっと胸を撫で下ろす。
 ――よかった、気が付かれていない。
 薫に気づかれたところで誤魔化すことはできるだろう。だがここ三ヶ月近く、数え切れないほど心配をかけている薫に、これ以上の心配をかけさせたくはなかった。
 特に、まだ話せていない過去にまつわることでは。
 ――京都にいるからだろうか。
 最近、やけにあの人の顔を――横顔を思い出す。
 自分が幸せを――そして、命を奪った人。
 この十年、あえて思い出さないようにしていた。過去に囚われてそこから進めなくなるのが怖かった。彼の人を思い出すことはすなわち、自分の罪の重さを思い出すことでもあったから。

 無意識に左頬に触れる指先。
 頬に刻まれた十字傷の凹凸を指先がなぞる。

 脳裏に浮かぶのは寂しげな横顔ばかりだ。
 いつも何かを探すように空を見つめていた、遠い横顔。
 何を探しているのか――どうしてそんなに寂しそうなのか理由を知りたくて、けれど近づいてはいけない気がしていた。
 近づくことでこの穏やかな日々が終わってしまうことが怖かった。
 ――その横顔の意味を知ったのは、彼女がこの世を去ったあと。遺された日記を読んでから。
 きっとあの人は、遠い空に探していたのだろう。
 心から愛した、たった一人の許嫁を。
……
 形取りそうになった名前を吐息とともに胸の奥に沈める。
 その名前を形にする勇気は、まだ、なかった。



……
 頬に刻まれた十字傷をまるで壊れ物のように触れる剣心を、薫はそっと盗み見た。
 剣心が十字傷に触れている姿を度々目にするようになったのはいつからだろう。怪我から目が覚めて、身体を起こすようになってからだろうか。
 そんな時、剣心はいつも決まって遠い目をしてここではないどこかを見つめている。
 思い出しているのは流浪をしていた時の頃か、それとも『人斬り抜刀斎』と呼ばれていた時のことか。いずれにしろ、その記憶は間違いなく頬の十字傷に関わっている――――そしてそれは、薫には決して触れることのできない剣心の過去だ。

 胸の奥に生まれた切なさを吐息で散らして、薫は蓮の花に視線を戻した。
 朝日を待ちこがれるように夜明けの中で密やかに咲く花。
 たとえ誰に見られなくても、この花は日々、美しい花を咲かせるのだろう。
 ――自分も、そうであることができれば。
 まだ咲かけの花に想いを重ねて、薫は祈るように瞼を閉じた。

 ――寒い満月の夜に出会ったのは、左頬に十字傷のあるるろうにだった。
「言いたくなかった」と言う言葉とともに向けられた哀しげな瞳は、今も薫の脳裏に焼きついて離れない。
 その時から、心の内で膨らんでいくつぼみがある。
 五月の夜に気がついたそれは、今ではこの蓮のように花開くのを待つばかりだ。
 想いは必ず届くと信じるほど、薫も無邪気ではない。
 けれど、胸の内で開こうとしている花を大切にしたかった。たとえ彼が、この花を愛でることがなかったとしても。
 薫がどんなに願ったところで、きっと剣心の傷が消えることはない。
 何より、剣心自身がそれを良しとしないだろう。
 それでも――それでもいつかと願わずにはいられない。
 この哀しい程に優しい人が、いつか自分を許すことができますように――――



 ふいに鼻先を掠めた花の甘い香りに、記憶の底を漂っていた意識が現実へと引き戻される。
 ――まただ。
 再び過去へと飛んでいた意識に、剣心は軽く眉を寄せた。
 先程、薫に心配を掛けたくないと思ったところなのに、記憶の狭間からなかなか抜け出すことができない。
 これは何かの暗示なのだろうかと考えて、いや、と内心で嗤う。
 恐らくはただ――自分が迷っているだけだ。
 胸の奥にわだかまる、今まで抱き続けていたものとは違う、別種の罪悪感。
 まさか十年も流浪人をしてきて、今さらこんなことで迷う日がくるなんて。
 それはひとえに……――――
 迷いの原因に目を向けた剣心は、彼女――薫が目を閉じて何かを一心に祈っていることに気が付いた。
 何を祈っているのか。それとも、願いごとだろうか。
 何となく微笑ましい気持ちになってその横顔を眺めていると、ふいに薫が瞼を開けた。
 黒目勝ちの大きな瞳がどこか憂いを含んだように現れ――しかしすぐに、剣心を振り返ってふうわりと綻ぶ。
さくらんぼのように色づいた唇が、彼の名前を紡いだ。
「剣心」
 それが、彼女の宝物であるかのように。
 刹那、心臓がぎゅっと音を立てた気がした。



 伏せていたまぶたを開けると、こちらを見ていた剣心と目が合った。
 いつから見られていたんだろう。剣心のことを考えていただけに少し恥ずかしい。
 どうしていいか分からずに照れ隠しで「剣心」と名を呼ぶと、なぜか彼は困ったように眉を寄せた。
 それがなんとなく不機嫌そうで、思わず心配になる。
「あの、どうかした?」
 首を傾げた薫にすぐに微笑んだ剣心は、何でもないでござるよ、と首を振った。
「何か、願い事でも?」
 少し釈然としなかったが、逆に尋ねられて咄嗟に言葉につまる。
 剣心のことを――なんて、答えられるわけがない。
 とりあえず笑って誤魔化してみる。……誤魔化されてくれるだろうか。
……まぁね。でも、乙女の秘密」
 立てた人差し指をくちびるにあてると、剣心の目が「おろ」と丸くなった。
「なるほど」と苦笑する。
「ならば、深く聞かない方がいいでござるな」
「そうしてちょうだい」
 思いの他あっさり引き下がった剣心にほっとすると同時に、ひどく残念な気持ちになる。
 けれど、きっとそれでいい。家主と食客。それが、今の自分たちの距離だ。

 ――その時、言葉が途切れた瞬間を縫うように、急に周囲が明るさを増した。
 朝日が差し込んできたのだと気が付いたのは、一瞬後のこと。
「剣心、見て!」
 目の前に現れた光景に、薫は歓声を上げた。
 先ほどまでの憂いが彼方へと消え、その光景に思わず見入る。
 光が差し込む池には、確かに冴の言った通りの光景があった。



 蓮の花が咲く池に、山の頂に姿を見せた朝日が降り注ぐ。
 立ち込める朝靄に光が差し込んだ刹那、花たちが一斉に光の粒を纏った。
 靄に差し込んだ光が乱反射を繰り返し、周囲が明るさを増す。
 水面が光をはじいて、それがまた靄の中で輝く。
 光の粒になったいくつもの朝露が濃い桃色の花弁から滑り落ち、受け止めた葉の上で輝きながら弾けた。
 いたる所で繰り広げられる花と光の饗宴。
 それはまさしく、夜明けの中で輝く天上の華だった。



……きれい……
……ああ」

 幻想的な光景に感嘆の声が漏れる。
 朝日が差し込むわずかな間でしか見ることのできない夢のような光景。
 けれど互いの存在が、それはまぎれもない現実なのだと教えてくれる。
 薫の指先がもぞりと動いて、一瞬、剣心の袖に触れた。しかしすぐに何事もなかったかのように下ろされる。
 夜明けを告げる太陽の下、二人の影だけが重なり合っていた。



 それはそれほど長い時間ではなかった。
 太陽の熱で温められた靄が徐々に晴れ、それとともに光の乱反射が収まってく。
 やがてすっかり晴れた靄の中から現れたのは、ごく普通の――それでも十分に美しい――蓮の花が咲く林の中の池だった。
 夢の余韻に薫がほっと息をつく。
……夜が明けたね」
「ああ」
「もう帰らなきゃ」
「そうでござるな」
 振り向いた薫の肩の上で、まるで何かを振り払うように長い黒髪が元気に跳ねた。
「行こっか、剣心」
「ああ」
 軽い足取りで参道に向かって歩きはじめた薫を、剣心も追いかける。
「ね、剣心」
 参道まであと少し、と言うところで不意に薫が肩越しに振り返った。笑う。
「剣心と一緒に見れてよかった。一緒に来てくれてありがとう、剣心」
……それはこちらのセリフでござる。拙者も薫殿と一緒に見れてよかった」
 それは心からの言葉だった。
 朝日の中で輝く蓮の花。
 蓮の花が咲くのは、せいぜい四日から五日。しかも様々な条件が重ならなければ、先刻のような情景は見れないだろう。次に来た時に見れるとは限らない。
 そんな夢のような一瞬を、薫と二人でみることができて、本当によかった。



 来た時とは打って変わって明るい参道を歩きながら、剣心は薫と出会った時のことを思い出していた。
 あれは――夜明け前の夜が一段と静かに沈む頃。
「人斬り抜刀斎!!」
 鮮烈に夜の闇と静寂を貫いた少女の声。
 今思えば、あの声はやがて訪れる夜明けを告げる声だった。
 ずっとずっと、自分の夜は明けないのだと思っていた。
 その、明けないはずだった夜にいつの頃からか漂い始めた夜明けの気配。静かに、しかし確かに明けて行く夜に戸惑いながら、けれどもう、出会う前には戻れないと――戻りたくないと感じていた。
 なぜなら、夜明けを待ちこがれていた自分に気づいてしまったから。
 向けられた笑顔に導かれて夜明けの先に進みたいと願うことは、横顔の彼の人への誓いを違えることになるのだろうか。
 胸に浮かぶ横顔は何も答えてくれない。
 ただ、いつか見た姿のまま、遠い空を見つめている。

……

 いつの間にか立ち込めた靄が晴れ、周囲はすっかり朝の気配に満ちていた。
 けれど、木々の間にはまだ夜の暗さが残る。どんなに明るくなったとしても、どこかに必ず残る闇がある。
 そんな剣心の考えをあざ笑うかのように、木々の間からばさりと翼を打たせて、鳥が空へと飛び立った。
 音を追って見上げた空はどこまでも青く――青く。
 くちびるの端で小さく笑って、剣心は先を行く薫の背に追いつくために足を速めた。



 空へとたなびく、葬送の白い煙。
 弔いの花が風に揺れる。
 自分でも驚くほどの穏やかさで、剣心は言葉を紡いだ。

――やっとこの墓に、花を添える決心が着きました」








※「切っ先」について少し※
この歌を最初に聞いた時に、剣心が巴さんに別れを告げる歌だなって思ったんです。薫ちゃんたちと出会った剣心が過去を思い出に変えて、未来へ踏み出そうとする歌というか。
あと、薫ちゃんが剣心が救われますように、と願う歌であり、巴さんが剣心に対して、奪われた痛みは消えないけれど、いつか許すことができるなら、と願う歌。
そんなことを考えてできたお話です。
……2番を聞いたら考えが変わるかもしれないので、1番のみのイメージ。
別解釈もあると思いますが、とりあえずこれが私の解釈ってことでひとつ!!


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