七夕企画 第一弾
りったま 夜明け
シナリオネタバレあり
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藍色の空が、薄明に包まれていく。
鞄を抱えて椅子に腰掛けていた環雅は、昨日と今日の境目の世界が少しずつ色付いていく様をただじっと眺めていた。
きつく感覚を失うほどに握り締めた手のひら、列車の定期的な揺れ。そのどれもが、彼を急かすものでしかない。
夜明けと共に着くと約束した。最終の電車に飛び乗り、恋人に会うことだけを考えて飛び出した雅に対して、電話越しの彼はただ静かに、待ってる、と返したのだ。その声が僅かに震えていることに、雅はずっと気がついていた。
「……あと、すこし。」
モデルの仕事が立て込んだ雅は、少し前から泊まり込みで遠方に出掛けていた。
電話やメールでお互いの生存確認は行なっていたが、お互いがずっと会いたくてたまらないと考えていたのだ。
仕事がようやく折り返した昨晩のこと、帰宅の目処が立った旨を伝える通話中に、彼が耐えかねたようにぽつりと零した。
「会いたい。」
彼の言葉を噛みしめるように雅は呟く。
受話器越しに聞こえた鼻を啜る音を聞いたとき、雅が強く頭を殴られたような衝撃を受けたのだ。
今から会いにいく、だから待っていてくれ、そう言って駆け出した雅の耳には、素っ頓狂な声を上げる彼の声が今も残っていた。
窓の外が少しずつ、見慣れた景色に変わっていく。
急遽飛び乗った寝台列車は寝付けるはずもなく、数時間前からずっと手持ち無沙汰に外の景色と腕時計を代わる代わる追っていた。
会ったら何を話そう、これからのこと、これまでのこと、話したいことが沢山ある。
けれど何よりも、長い時間をひとりにしてしまったことを謝りたかった。それでも待っていてくれる彼に、正面から礼を伝えたかった。
『次は、ーー駅。ーー駅。』
眠たげなアナウンスが、目的の駅に近づいたことを知らせる。
鞄を背負った雅はすぐに席を立って、扉の前へと向かった。少しずつ速度を落とす電車の中、少しでも早く彼に会いたい一心で窓の外を見つめる。
『ご乗車ありがとうございました。』
アナウンスと同時に電車の扉が開いた。迷う事なく外に飛び出した雅は、朝霧に包まれた夏草の匂いが漂う駅のホームを走る。
待ち合わせはこの駅の待合室だ。スマートフォンの充電が切れる直前に着く時間を送ったので、彼も到着してるか少し不安だった。
都心から少し離れたその場所は、早朝も相まって人が殆どいない。後から降りた客が次々と改札に向かっていく様子を横目に、雅は待合室をそっと覗き込んだ。
木造のベンチと屋根が設けられた小さな場所に、彼はぽつんと座っていた。
「……りっくん。」
伏せていた顔が、雅の声によって弾かれたように上がる。少しだけ驚いた表情を浮かべていた彼…双六陸は、待合室の椅子に座ったまま小さく口を開いた。
「みー、ちゃ、」
掠れた声と赤く腫れた瞼、自分を待っている間に泣いたのだろうか。痛々しく残る涙の跡を見つめていると、陸は嬉しそうな笑みを浮かべて今度こそ口を開く。
「みやび、」
途端、その笑顔から涙が零れ落ちた。後から後から伝う涙が、陸の頬を濡らし視界を烟らせていく。
何が起こったか自分でも理解していないらしい彼は、目を丸くして両手に落ちる涙を見つめていた。
「あ、あれ、なんで、」
涙は止まるどころか、みるみる陸の喉を詰まらせて呼吸を浅くさせる。そんな恋人の姿に居ても立っても居られなくなった雅は、大股で彼に歩み寄りその体を抱き寄せた。
雅の胸に顔を埋めた陸は、最初こそ驚いた様子であったが、すぐに顔を歪めると雅の服を握りしめて啜り泣いてしまった。
「ごめ、ん…しごと、あるって」
「ちゃんと区切りつけてきたから。昼に戻れば現場にも支障ないよ。」
「でも…」
ずっと閉じ込めていた思いが爆発して、女々しいと、嫌われてしまうかもしれないと、そんな不安を抱いても尚彼は止められなかった。
いつの間にか二人は、手を取り合っていなければ呼吸すらまともにできないと知ってしまったのだ。
「ごめんなりっくん、寂しい思いさせて。」
「あやまるの、っおれだろ…こんな、わがまま…」
俺は大丈夫だから、仕事頑張れよ、そう言って笑っていた彼はきっと、心のどこかで無理をしていたに違いない。その優しさに自分はずっと甘えていたのだと、雅は深く反省する。
話したいことは沢山あった。けれど触れ合った途端に、言葉がうまく出てこなくなってしまった。
それでも今の気持ちを伝えなければならないと、雅は自分に言い聞かせて陸を抱き寄せたまま口を開く。
「まさかこんなに時間かかる撮影になるなんて思わなくてさ…俺もずっと、りっくんに会いたかったよ。」
「……うん。」
「だから、りっくんだけのわがままだなんて思わなくていい。」
会いたいと言い出せなかったのは、ただの雅の強がりだ。もう子供じゃないから、たった数日で我慢が効かないなんて言えない、そんなくだらないプライドで、陸を不安にさせてしまった。
どうすればこの胸の思いが全て伝わるのかが分からず、雅は陸の体を抱き締めて彼が泣き止むのを待っていた。
「…………なぁ、りっくん。」
「……なに」
「もういっそ、一緒に住むか。」
「……ぇ、」
雅の言葉に陸は顔を上げる。涙の最後の一粒が頬を滑り落ちる様は、ぞっとするほど美しいものだった。
腹を括った雅は、呆然とする陸の顔を見つめて話を続ける。
「部屋探しとか、審査とか?そういうので少し時間掛かるかもしれないけどさ、今年中には絶対。」
「…まじ?」
「おー、まじのまじ。」
もう自分に言い聞かせて、我慢しなくてもいいのだろうか。
彼を焦がれて、寂しいと子供のように泣かなくてもいいのだろうか。
帰る家が同じになるということは、つまり。
「おかえりって言える…」
「言えるね。ただいまも言うよ。」
「いってらっしゃいも、」
「なんならいってきますのキスしてやんよ。」
「………それはいい。」
「いいんかーい。」
雅の気の抜けたツッコミに、陸はいつもの調子を取り戻した様子で笑う。
その笑みは朝の光の粒に照らされて輝き、今まで見た陸の中でも一番に美しい姿を映し出す。
雅には確かに、そんな彼の背に白の翼が見えたような気がした。
終