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侵食は胃袋から

全体公開 反転ドラヒナ 1 4 6742文字
2023-07-07 21:30:28

反転ドラヒナで、ヒナイチくんがドラルクさんに初めて胃袋を掴まれた時期のお話です。この頃は、女性として執着していなかったので、健康的な人外をしていますね。
最後のページは、「新しい目標に乾杯を。 https://privatter.net/p/10015484」以降の時間軸に飛びまして、吸血鬼と人間の抗争終結を目指す反転みっぴきの作戦会議で締めます。
ドラルクさんとヒナイチくんのトレーニングシーンを追加しました。
2023/05/04に上げました。

Posted by @kw42431393

 『ヒナイチくん、いるのだろう?そろそろ、お茶にしようじゃないか。』

 床下からからかう様なあいつの声がする。子供扱いされているのが、悔しくて思わず声が大きくなってしまった。                                    
 「う、うるさい!今、監視にそっちへ行こうと思ってたんだ!」 
 美味しそうなバタークッキーの匂いと紅茶の香り。監視用の屋根裏部屋で、報告書を書いていたのだが、気がそぞろになっていた所だ。いいいよな、休憩しても。
 屋根裏の扉を開けて、下を覗く。私から見て、逆さまになったドラルクがクスクスと笑っていた。
 「こんばんは、可愛いお嬢さん。」
 「その呼び方をやめろと言っただろう。」
 ストンっと、床に飛び降りる。あいつがクッキーを並べ終わった頃を見計らって、テーブルに近づいた。

  ヒナイチくん、いらっしゃいヌ。はい、どうぞヌ。

 ソファに座ると、ドラルクの使い魔のジョンがやって来た。いつも通り、ティースプーンと砂糖を差し出してくれる。
 「ありがとう。いつもすまないな。」

 ヌフフ、どういたしまして!

 そのままジョンは、私の膝に座ってしまった。私は、彼の甲羅を撫でる。今日も、主にケアされてるらしくて触り心地も最高で、よい匂いがした。
 吸血鬼のドラルクは、こういうものは食べない。一人と一匹で、おやつを堪能する。とはいえ、筋トレをしてウェイトコントロールをしているジョンは、さほど食べない。ほとんど、私一人占めに近いのだ。
 「私にも、そろそろ慣れて欲しいところだがね。」
 そう言いながら、ドラルクが向かい側に座った。頬杖をついたその姿は、監視員に対するものでなく、フランクな印象を与えた。私にも警戒心を解け、と言うのだ。
 「馬鹿を言うな、私達は
 「危険度A級の吸血鬼とその監視員それは分かっているとも。」
 クックと忍び笑いを漏らす、あいつを睨み付ける。
 「警戒心を解けだと?ふざけるな。」
 「じゃあ、どうして君は私の作ったお菓子を口にしているのかね?」
 返す言葉がない。仕方ないだろう、美味しいものは美味しいんだ。

 目の前の男を改めて見る。スラリとした長身に、吸血鬼特有の血色の悪い肌。失われた右目の代わりに嵌められた黒い義眼が、白髪と相まって薄気味悪い気配を醸し出していた。



 私がドラルクの監視任務に就く事になったのは、先月の事だ。
 「吸血鬼ドラルクしかし、彼は右目を失ってから、何十年も問題は起こしてないはずでは?」
 「かつて同じ反人間派に属していた者から、連絡を受けている事が、分かったのじゃ。『療養が終わってるなら、また参戦して欲しい』とな。」
 おどおどと、心配そうなヒヨシ隊長に苦笑する。こんなのでよく隊長を務めているな、と言われるが人柄はとてもいいのだ。私も含めて、皆が彼をサポートしようとして、この隊は纏まっていると言っていい。
 「確認に行け。そして、再び戻らない様に監視する必要がある、そう本部長から連絡を受けてな。初めにカンタロウ、次にモエギをやったのじゃが。」
 そこで、隊長は口ごもる。

 『彼は、無実無根であります。そんな事より、行方を眩ませた辻斬りナギリの方がもっと危険で、優先すべきは奴の捜索にこそ
 『心配する必要は、ないと思います。今日日の人間や社会情勢に興味はないと、きっぱり言っておりました。』

 そういう二人の目は、どこか虚ろだった。催眠術でさっさと追い返されたそんな所だろうと、隊長は言うのだ。
 「ナギリにしか興味のないカンタロウはともかく市民を守るという確固たる信念を持ったモエギは、簡単に引き下がりはしないからな。」
  「まあ、そういう事じゃ。それで
 隊長は、ますます言いづらそうにする。察しはついた。そして、察しがつく理由にムッとした。
 「次は、私が行くのだろう?違うか?」
 「そ、そうじゃ。しかし、そのぉ。」
 言いたい事は、分かる。お前は女じゃからそう言うのだろう。
 「分かった。じゃあ、行ってくる。」

 そういう経緯で、私はここに来た。まあ、隊長の予想通りだったのだ。
 言うに事欠いて、初めて会った私に「これは美しいお嬢さん」ときた。彼らにも、動揺する様な事を言ったのだろう。そして、催眠術にかけた。
 一瞬、私もグラリと視界がブレる。彼の視線は、さっきまで読んでいた小説に移っていた。
 私も彼らと同じ事をすると思ったのか?そして、小説の続きを読もうとでも思ったのか?
 舐められたものだ私は元々催眠術の効かない体質なのだ。だから

 ヒュッ!

 奴の喉笛を狙って、斬り払いをかけた。躱されるのは予想通りだが、その時の奴の顔が忘れられない。
 心底、嬉しそうな顔をしたのだ。新しいオモチャを見つけた子供の様に。
 「見くびった非礼をお詫びしよう。」

 私は、奴のお眼鏡に叶ったらしい。それからだ。パトロールを終えて、何も事件がなければ、毎日私が吸血鬼の居城に通う様になったのは。



 監視任務を行う様になって、痛感するのが彼の手料理の絶品さだと思う。
 吸血鬼に、人間を油断させる技術として料理の腕前が素晴らしい者は多いが、ドラルクにとっては『純然たる趣味』だそうだ。師匠の元に修行に出て、有意義だった唯一のもの、とも言っていた。
 初めて、紅茶とクッキーを出された時、体裁と食欲でしり込みしている私にあいつは言った。
 「料理に混ぜ物は、絶対にないと誓って言おう。だから、安心し給え。」
 差し出されたクッキーをおそるおそる、口に入れる。その瞬間をなんと表現したら、よかったのか。私は監視員だ、監視対象の前でだらしない顔は見せられない見せる訳。
 「お、おいしい!」
 欠食児童の如く、バクバクとがっついたのは我ながら情けない。言い訳にしかならないが私も兄もフードファイター並に食べるのだ。実家にいた頃は、母がやってくれたから問題なかったのだが、激務をこなしながら自炊となるととても不可能だった。
 詰まる所、コンビニ弁当やジャンクフードに頼る事になる。それも大量にだから、まあそういう事だ。
 「ウフフ、それはよかった。もっと焼いてあげようか?」
 頼む、と喉まで来た言葉を飲み込んだ。
 「そ、そうまで言うなら食べてやらんでもない。」
 ふいっと顔を背けて言う。大人になるにつれて、『素直じゃない』『可愛くない』と言われてきた性格が、そんな態度を取らせたのだ。だが、ドラルクはムッともせず、ますます楽しそうに芝居がかって言う。
 「フフ、私が君を餌付けしたいのだ。こんなに美味しそうに食べてくれる、リスはなかなかいないからね?」
 耳元で囁かれる。カチンときて思わず手が出たが、それは軽く避けられてしまった。

 

 何をしていたんだっけ?
 フワフワと浮いた感触に、お香の様な匂いが鼻腔をくすぐる。なんだか、とても心地よい。

 そうだ、ドラルクと中庭で試合をしていたんだった。この前から、トレーニングを一緒にやる様になったんだ。元々、あいつが抜け出して妙な真似をしないかの監視だったはずなのにいつの間にかそれが日課になっていた。

 「さてと、今宵もお相手願えますかな?」
 「その気障ったらしい喋り方をやめろ!」
 私が監視に来る様になって、中庭で何度となく繰り返された試合。さすがに、トレーニングで殺してしまっては大変なので、刃引きしたものを使うが、少なくともいつでも私は真剣勝負だ。
 「残念、惜しかったね。」
 「うるさい!!」

 年季も実力も違う、何度も私の刀は奴のレイピアに弾かれてしまう。これまでも何度やっても勝てなくて、悔しくてでも、今回は惜しい所までいったのだ。

 キィン!!

 何度目かの再戦で、やっと私の刀はあいつのレイピアを押さえ込む。睨み付ける私を見るドラルクはとても嬉しそうだった。狂戦士とはこういう顔をいうのかもしれない。
 ここでどう動くか純粋に力と経験は向こうが上なのだ。ここでそう思った時

 キッ!!
 
 あいつの義眼が音を立てた。そうだ、この音を鳴らす時は急にレイピアに込めていた力が抜ける。体勢の崩れた私にあいつは
 「何!?」
 あいつの動揺した声。私は先手を取って、右から回り込んできたドラルクの喉笛を切り払った。私が勝ったそのはずだった。
 
 あいつは、霧になって避けてしまった。

 バランスを崩した私は無様に地面に倒れこんだ。頭に血が昇って、思わず怒鳴り付ける。
 「ひ、卑怯だぞ!術は使わないって言ったくせに!」
 「
 少し驚いた様なあいつの顔、そんな顔は初めて見たかもしれない。
 「咄嗟に、つい。それにしても、よく私が右から来ると分かったね?」
 「その義眼の音がキッと鳴る時、お前は右から回り込んでくる事が多い。だから、わかっただけだ。」
 
 私の勝ちだったのにそう恨み言を言う間もなく、眠気が襲ってきた。
 「この義眼の癖は、長年連れ添ってきたジョンならいざ知らず。たいしたものだよ、ますますもって楽しみだ。」

 楽しそうなあいつの声が微かに聞こえるああ、だめだ。ねむい、なさけないな。



 「うぅあれ?ここは?」
 またか。ムキになって、何度も挑んで、疲れてまた眠ってしまったんだっけ。いつも、あいつに屋根裏部屋まで運んで貰って、眠り込んでいるこれは監視になっているのだろうか。

 「お目覚めかね?ヒナイチくん。」
 暗闇から聞こえてくる声に飛び上がる。いつも、あいつは私を寝かしつけるとそのまま部屋から出ていく。だから、顔を会わせない様に、見計らって寮に帰っていたのに。
 「お、お前!何を勝手に人の部屋で!」
 寝苦しくない様にジャケットを脱がされ、シャツのボタンを緩めた姿こうして見ると、恥ずかしさが込み上げてくる。
 「人の部屋ねえ。ここは、私の居城だがね、ところで。」
 ドラルクが部屋の隅から、袋をつまみ上げて見せてくる。中には私が夕飯に食べた、コンビニ弁当のゴミが詰まっている。
 「1、25つも。よく食べるのは知っていたが、感心しないね。」
 「ば、馬鹿!見るな!寮に帰る時、ちゃんと持ち帰ってるんだ!」
 なんとも恥ずかしい。しかも、それでも足りないんだ。だから、今夜もお前のクッキーで帳尻を合わせてたんだ。
 「君達は体が資本だジャンクフードばかりでは、持たないだろう。」
 「し、仕方ないだろう。自分の食べる分全て、仕事しながら自炊出来ないんだ。」
 ああ、馬鹿にされるそう思っていると、頭を撫でられた。おずおずと顔を上げると、ドラルクがフッと笑う。

 優しい顔だ父親みたいないや、そんな訳はない。

 ドキドキと胸が痛くなる。今まで私を小動物でも見る様な目で見て、からかって何でそんな。
 「今夜はそのまま休むといい。これからは、君の分も食事を用意しよう。ジョンに頼んでおく。」
 「な、何を言ってる。もう、私は!」
 時計を見ると12時だ、監視任務は終わりのはずだ。
 「12時で終わりなんて、そもそもおかしいのだよ?吸血鬼は深夜こそ動き回る。それで監視になるのかね?」
 そ、それはそうだが私はそれ以外も仕事があるんだ。
 「うっ、うう。」
 「私の監視は終わってないだろう?」
 ぐうの音も出ない。彼はゴミ袋を持って部屋を出ていった。私はそれを見送る事しか出来ぬまま、ジョンが朝食に呼びに来るまで屋根裏で過ごした。



 それからだ。私はいつもの仕事を終えると、ドラルクの城に向かう。あいつの監視という名目で、夕食とおやつをご馳走になり、彼とジョンと時間を過ごし、翌朝、ジョンと朝食を済ませると、お重に詰めた昼食とお菓子を持たされて署に向かう。 
 周りからは、少し太ったと言われて複雑だったが、健康的になったのは間違いない。自分では分からないが、お弁当を食べている時の私は、気難しい顔ではなく、幸せそうな顔をしていると言われる。
 パカッと音を立てて、今日も署でお重を開ける。今日は、筍の炊き込みご飯と鰤の照り焼き、山菜の天ぷらに、煮物やごま和え、漬物が色鮮やかに詰められている。あと少し早いけど、待てない。おやつ用のタッパを覗く。
 「そっか、忘れてた。今日は端午の節句か。」
 柏餅とちまきが入っていた。私が実は和菓子党だったので、よけいに入れてくれたのかもしれない。
 いつしか、私はあいつに胃袋を掴まれて何を食べても物足りなくなっていた。特に頭のアンテナがハートを描いていると、それは今も言われている。
 「おいしい、おいしい!」
 城では意地を張って言えないセリフ署では素直に飛び出してくる。
 「ヒナイチさん、嬉しそうね。好きな人でも出来たのかしら?」
 ルリさんの言葉に、吹きそうになったのはいつだったか。

 実は、この頃の私はドラルクを男性としてより、父親代わりに甘えていたのだ。私の父は仕事が忙しく、幼い頃の私は構って貰えなかった兄を父親代わりにして育ったのだ。
 出会ったばかりの私達は、食事とトレーニングを通じて、いつしか疑似親子の様な関係になっていったのだ。そのくせ、監視員である事を振りかざして、事あるごとに居丈高になっていた私は子供だった。

 それが、それまでの関係を壊すあの夜を作ったのだと思っている。それが後に、牙を剥く事になると思っていなかったのだ。



 「おかえりなさい。ヒナイチさんも戻って来られましたわね。」
 「おかえり、ヒナイチくん。さあ、座り給え。」
 「ヌヌヌヌ。」
 ドラルクが椅子を引いて、私を座らせてくれる。ふぅ、と凭れてため息をついた。
 下等吸血鬼の大量発生、市民の避難を終え、片付けが終わると、そこそこいい時間となっていたのだ。
 「お腹が空いただろう。柏餅を作っておいたよ。お茶を淹れて来よう。」
 「すまないな、お前達だって疲れてるだろうに。」
 あの頃と違って、素直に餅に手を伸ばす。上品な甘さだ。疲れが抜けていく感じがする。
 「ヒナイチさん、和菓子がお好きなんですってね?いつも、クッキーを食べてらしたのでお意外ですわ。」
 「ん、ここに来てからクッキー党になってしまってな。元々、和菓子派だった」
 「そうかもしれませんわね。ドラルクさんのクッキーは、お吸血鬼さんとのお話し合いでも評判がいいんですの。」
 「ところで、ロナルド。そっちはどうだった?」
 上品にお茶の香りを堪能するロナルドに、少し威儀を正して話しかける。次に起こりうる事件を未然に防ぐ布石を張ってくれている彼こそ、大変だったはずすっと青い瞳が閉じられた。
 やはり、簡単ではなかったらしい。今夜、ロナルドは中立派の者達とお話し合いに行ったのだ。

 人間と吸血鬼の抗争終結、という共通の目標の為に、私達はこの城に集まる事が増えた。
 吸血鬼、退治人、吸対の連携を強める為に、ロナルドは飛び回ってくれているのだ。
 「五分五分という所でしょうね。このままだと。」
 「そこまで懐柔してくれれば十分だとも。そこからの交渉は、師匠が動いてくれる。リーダーの男は、氷笑卿を尊敬しているのでね。」
 ドラルクは、交渉の余地がないと目される者達への最終手段お野蛮担当だが、竜の血族の嫡孫という立場を利用して、吸血鬼側の有力者への繋ぎとしても走り回っているのだ。私は彼の顔を覗き込む。

 複雑な顔をしているな、頼みに行ってくれたのか。本当は嫌だったはずだ、それなのに

 ドラルクは変わった。私を手に入れる為に動機は不純だが、私という存在が自分を侵食していったのだ、と自嘲気味に言う。
 胃袋から侵食されていった私は、最低な経緯を辿って、身体、精神と彼に染まっていったのだ。

 そして、平和になったその時は、約束通り彼の血を受け入れる肉体までも侵食を許すのだ。
 賑やかに打ち合わせをする彼らを見回した。あの当時の私に、こんな風景が描けただろうか。

 彼の血を受け入れるのは、そう遠くないだろうその恐怖が日に日に薄れていく自分が当たり前に感じているのだから。
 
 
 


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