パフェを食べに行く霧凍と湊と時々多喜
@lianmiso
トントンと霧凍は机を指先で叩く。苛立ち混じりで叩かれる音に気づかず目の前の少年はクリームを掬って自分の口の中に入れ、力の抜けた笑みを見せる。
一体どうしてこうなった。数時間前に遡る。
霧凍がノートパソコンに向かっていると、おずおずと湊がそばに寄ってきた。霧凍の近くでそわそわしている。
「何か用でも?私もそこまで暇ではないんですよねぇ。いちいち時間を取らせないでくださいよぉ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい。鬱陶しいですし時間の無駄。それがわからないほどあなたも阿呆じゃないでしょう。」
「えっと……実は、ここに、行きたくて。」
湊が後ろ手に持っていたチラシを差し出す。近くの百貨店でスイーツフェスティバルが開かれるお知らせだった。
「果物なんてわざわざ皮剥いて食べるんですか?夕飯当番を誘いなさいよぉ」
おずおずと湊はチラシの端を指差す。
【イートインスペースではパフェが振る舞われる】
霧凍はパソコンに目を戻し、指は再度キーボードを叩く。
「あなた1人で行きなさいなぁ。私は忙しいんですよぉ?壱樹さんはぁ?」
「壱樹さんは、理央さんに、呼ばれたじゃないですか。それに、僕は霧凍さんと、行きたいんですよ。せっかくのおやすみ、だし。」
顔を上げる。画面から目を外して湊の方を見る。日に良く愛された肌はTシャツの裾を掴んだ指の先から俯きがちの顔まで真っ赤だった。
「……自分で照れているんじゃないんですよぉ。」
しゅんと湊の髪先が心なしか下がる。
「ほら、早く支度なさい。早く行って早く帰りますよぉ。まったく自分から言い出したんだから準備くらいしておきなさいなぁ。」
「………!?ハイッ!5分で支度します!」
ぴょんとその場で飛び跳ねて敬礼。湊はバタバタと自室へ戻っていった。
「車出そうか?」
ノートパソコンを閉じた霧凍の背に掛かるのは多喜の声だ。霧凍の眉間の皺が一段と深くなる。
「いたんですかぁ。」
「ちょっと打ち合わせをしてから休みの予定だったじゃないか。」
「もう少し片付けに時間が掛かると思っていたんですよぉ。」
今日の食事当番は多喜であった。他の3人と比べて多喜は手際が悪い。
「僕だって成長するよ。それよりどうする?」
「駐車場の料金が勿体無いでしょう。」
「ちょうど来週そこで展示イベントをやるから最終調整も兼ねればいい。春風さんの作品が本当に入るか心配なんだ。関係者は駐車場の料金無料だよ。」
「………ちゃんと休日出勤の申請は出して置いてくださいねぇ。」
車で揺られること1時間。スイーツフェスティバルの行列に嫌気が刺したがにこにこと霧凍の手を握る少年の手を振り解く気にならなかった。仮にそんなことをして涙目にさせてしまったら周囲になんて言われるかわからない。生暖かい視線が首の裏側をむずむずとさせた。
「お兄さんと来たの?」
妙齢の店員に話しかけられ、湊はぴゃっと飛び跳ねると指をもじもじさせながらニコリと店員に笑いかけた。
珍しい。いつもは歳上に話しかけられると赤くなって何も答えられなくなって動かなくなるのに。
「もう少しよ。もうちょっと待っていてね。」
湊に笑いかけるとメニューを手渡して別の客の元へ向かう。片手でメニューを抱き、片手で胸を押さえて深く深呼吸する湊に霧凍は囁いた。
「そういったことは仕事では勘弁してくださいねぇ?」
「………がんばります。」
順番は店員が言った通りすぐ回ってきた。席についた霧凍はすぐに決まったものの湊はなかなか決まらずにメニューをじっと覗き込んでいる。
「お決まりですか?」
「すみません。まだです。もう少し掛かります。決まりましたらお呼びいたしますので。」
去っていく店員が別の客に話しかけた時、霧凍はぎろりと湊を睨んだ。
「早く決めなさい。」
「ごめんなさい。」
5分程悩むと湊はフルーツパフェを指差した。店員を呼び止め、湊の注文といちごと練乳のパフェを注文した。混雑具合に比べ、霧凍の注文したパフェはすぐにやってきた。富久岡県産の鮮やかないちごが美しくカットされとろりとした練乳が掛かるパフェに向かい、霧凍はスマートフォンを構える。きょとんとした湊が「いつもならすぐスプーンを入れるのに。」と首を傾げる。
「壱樹さんに送るんですよぉ。悔しがるでしょう?」
壱樹さんなら悔しがるどころか『霧凍!お前、今日出掛けたのか!』と喜びそうだなぁ、と湊は思ったのだが口にはしなかった。
「なんですかぁ?」
「……いや、別に。」
まだパフェが来ていないのににやにやしてと不可解なものを見る霧凍から湊は目を逸らした。
フルーツパフェが湊の前に置かれる。
いちごにメロンにグレープフルーツ、ぶどう……各地名産のフルーツがふんだんに使われたパフェに湊は目を輝かせた。机の上に置かれた瞬間に果物の華やかな香りとクリームの甘い香りが鼻を擽る。
冒頭に戻る。
「ほら、みっともない。口元にクリームがついてますよぉ。」
夢中になって口に運んだせいかスプーンが湊の頬を掠め、クリームがついていた。
「え、あ。」
指摘に途端、湊が赤くなり、固まった。
まったく完熟したいちごじゃあるまいし。冷凍されたわけでもないでしょうに。
霧凍は手元にあった紙ナプキンでぐいと湊の頬を拭う。
「ありがとう、ございます。」
「まったく……」
ビタミンに糖分。霧凍の目の前にあるパフェは連日の勤務で鈍った頭にはちょうどいいモノだ。
壱樹にRAINを送る。
壱樹の悔しがる顔がさらにパフェの味を上げるだろう。
……RAINの通知が秒も立たずに鳴る。
『お前、今日出掛けたのか!美味そう!楽しんでこいよ!写真送ってくれてありがとな!』
それから先はスタンプの連打だった。壱樹の通知をミュートにし、カバンに放り込む。
「スタンプくらい返しなよ。」
いつのまにか霧凍の背後に多喜が立っていた。
「誰から来たかわかるんですかぁ?それとも覗き見の趣味がぁ?いい趣味していますねぇ。」
「壱樹くんか雪花ちゃんか………壱樹くんだろ。」
言い当てられて、霧凍の顔が歪んだ。
「すいません、メロンパフェとコーヒーをお願いします。」
湊の横に座ると、多喜は早々にネクタイを緩めた。
「おつかれ、さまです。」
「ありがとう。今度は壱樹くんも連れてこようね。まだ開催期間はある。」
まだ1週間はやっている。きっとまだチャンスはあるだろう。湊がますます瞳を輝かせた。
「いいですね!それ、いいです!」
「煩いから嫌です。今日は糖分補給にちょうどいいから付き合っただけですよぉ。休息は仕事の効率をあげるといいますしぃ、湊くんの息抜きに付き合っていただけです。」
霧凍がバッサリと切り捨てた。
嘘だ。
湊と多喜は互いに顔を合わせてにこりと笑った。